女神待ち掲示板
「女神待ち掲示板……ですか?」
「そう、コイツで彼女をゲットしたってわけよ」
最近彼女が出来たと喜んでいた同じサークルに所属する先輩の武井さんから聞かされたのは、何とも奇妙な掲示板の話であった。一流大学に入ったは良いものの、鮮やかに彩られたキャンパスライフからはほど遠い生活を送っていた俺は、続くノロケ話にうんざりしながらも出会いのキッカケとなった掲示板の話が頭から離れなかった。
家に帰って武井さんから聞いたアドレスを入力してみると「女っ気の無いあなたに救いの女神を」という煽り文句と共に、それは画面に現れた。
女性との出会いを求める男が書き込みをし、それを見た女性が返信をする、話に聞いた通りのいわゆる出会い系掲示板のようである。
「彼女ね……そりゃ欲しいかと言われれば欲しいけどさ」
そんな風に呟きながら、画面をスクロールさせていく。
どうしても怪しく見えてしまう出会い系の常であろうか、最上部と登録フォームには「当掲示板は個人の趣味で運営しており、完全無料で利用出来ます」と料金がかからない事を主張する文章が書かれていた。
「武井さんのお墨付きだしな。物は試しで書き込んでみるか」
半信半疑といった心境で返信を通知する為の登録を済ませ、テンプレートを見ながら書き込んでいく。個人情報に関しては不安もあり、とりあえずは年齢と居住地域のみを記す事にした。
そんなこんなで書き込みを終えて風呂に入ってくると、携帯に通知が届いている。
「女神1753号に見初められました」
どうやら女性から興味を持ってもらえたらしい。再度掲示板にアクセスしてみたものの、通知文と同じものがレスとして付いているだけで相手の事が全く分からない。他の書き込みを見ても皆同じ様なレスが並んでいて、やはり女性の情報は闇の中であった。
「まぁ、結局こんなもんか。書き込んだ人に適当に通知を送ってるんだろ。全く、武井さんには騙されたよ」
そんな風に独り言ちると俺はそのまま眠りについた。
それから一週間ほど経ったある日。通学のため駅に向かっていると誰かに呼び止められた。
「あの、これ落としましたよ」
どうやら学生証が落ちたらしい。拾ってもらった事に礼を言い、目的地が同じ事もありそのままの流れで駅まで彼女と歩いていく。彼女は美奈といい、この辺りから別の大学に通っている女子大生らしい。
沈黙も気まずいからと当たり障りない会話を交わしていると、お互いに映画が好きだと言うことが分かり次第に話が盛り上がっていく。映画の好みも似ているらしく、おススメの映画を教えあったりと久しぶりに女性と楽しい時間を過ごせた気がする。その日はそのまま別れたものの、それから時々朝の駅までの道のりを彼女と過ごすようになっていった。
そんな時、頭の隅に以前書き込んだあの掲示板の事がチラついた。
「本当の女神はもっと近くに居たんだな」
そんな事を思いながら、俺は初めて仲良くなれた女性に夢中になっていった。彼女は女性との付き合いに不慣れな俺を優しくリードし、他愛のない話でも楽しそうに聞いてくれる。俺が落ち込んでいる時やイライラしている時も敏感にそれを察し、時に慰め、時にそれに触れないよう気遣ってくれる。その上同じ趣味を持っているなんて、まさに理想の彼女であった。
やがて彼女と過ごす時間はかけがえの無いものとなり、俺たちは交際を始めた。
どうやら彼女の家は貧しく、大学もバイトをしながら奨学金で通っているらしい。お金の無い彼女の為、二年間を越す交際の中でデート代は全て自分で持ち、二年目には同棲も始めた。
そして大手企業にも内定が決まった交際三年目となる一月、俺は美奈と向かい合い、リングケースを隠し持ちながら話を切り出す。
「美奈。僕がこんなにも誰かを愛したのは生まれて初めてだ。卒業したらどうか僕と結婚して欲しい」
美奈は涙ながらに頷き、リングケースの中の指輪を指にはめてくれた。二人で抱き合った後、涙で化粧が崩れるのを心配したのか、美奈は一度自分の部屋に入っていった。
上手くいって本当に良かった。一生をかけて美奈を大切にしないとな。アドバイスをくれた武井さんには、今度俺の方からご飯でもご馳走させてもらおうか。
「ええ、そうなんです。今指輪を渡してくれて。本当にお世話になりました」
「いえいえ。この先何か困った事がありましたらまたお電話ください。アフターフォローも仕事の内ですから」
電話を切った武井はパソコンを付け、ブラウザを立ち上げる。
「お金に困っている貴女へ。女性にモテないエリート男性の女神となってリッチな結婚生活を送りませんか?」
女神待ち掲示板女性用トップページ。その婚約成立のカウンターがまた一つ回された。