「戸惑い」
チャイムが鳴って、お昼休みを告げる。
それぞれに動き出すクラスメイトと同じく、わたしも急いで席を立った。
「初音ちゃん、頑張って」
「はいっ、行ってきます!」
分かりきってるらしい雪帆さんの声に見送られて、廊下に出る。
あれから毎日、昼休みにSクラスを尋ねてるのだけど……和斗さんに会えない。
わたしは車で通学だから、朝も帰りも通学路でばったり、なんてあり得ないし、ゆっくり会えるのはお昼休みと放課後しかないのに。
お弁当を食べてからSクラスを覗いていては、確実に会えない、と気付いて、今日はお昼休み開始と同時に覗いてみることにしたの。
なのに。
……やっぱり、和斗さんはいらっしゃらない。
一番後ろの席だから、後ろの入口から覗けば、いるかどうか分かるもの。
和斗さんは生徒会や執行部に入らなかった、って聞いてるから、お昼休みは普通にお昼を食べて過ごしてると思うのに……教室ではなく、別の所で食べてるのかしら?
……はぁ。
あまり長居すると、特Kクラスの生徒に見つかることも考えられるから、早々にSクラスの前を立ち去った。
教室に戻ると、雪帆さんはお弁当を食べずに待っていた。
これも、連日のわたしの失敗から分かってること、というか。
わたしが和斗さんに会えずに帰ってくる、と想定して、お弁当を待ってくれてるらしい。
ありがたいというか、なんというか……。
「どこか別の所で……って、どこかしら?」
「それが分かれば、苦労しないんですけど……」
もぐもぐ、口を動かしながら、雪帆さんは考え込んでいる。どうも雪帆さんは、こういった「謎解き」に夢中になる性格らしく、和斗さんの行動に興味を持ってるの。
行動に興味を持ってるだけで、和斗さん本人に関してじゃないところが、雪帆さんらしいんだけど。
「……考えられるのは裏庭……は、校舎のどこからも見えるわね。あと人の寄りつかないところ……武道場の庭じゃ、行って帰ってくるだけで昼休みが終わってしまうし……屋上?」
「屋上?」
雪帆さんは、形よく伸びた指先を、自分の頬に当てて続けた。
「Sクラスからなら、階下に降りるより屋上に行く方が早いわ。初音ちゃんがどんだけ急いで尋ねてっても、捕まらないっていうなら、屋上が妥当じゃないかしら」
「屋上……は、盲点でした」
だって、屋上に出入りする人がいるなんて、思いもしなかったし……立入禁止じゃないんだから、出入り自由なんだけれど。
「明日、いいお天気だったら屋上に行ってみたらどう?」
「そうですね。ありがとうございます」
雪帆さんは自分でも納得いったのか、にこり、と笑っておにぎりを口に運んだ。
「……それにしても」
「はい?」
「こんなかわいい初音ちゃんが探してるのに、出てこないなんて、失礼な男の子よね」
「失礼……ですか」
「そうよ。初音ちゃんの気持ちに真面目に向き合わないで、こんな落ち込ませて。失礼以外のなにものでもないわ」
そういうもの……なのかしら?
「ま、女の子の扱いに慣れてるのも問題だけど……これで初音ちゃんのこと泣かせたら、あたしが説教してあげるわっ」
雪帆さんは、少し年の離れたお兄さんと弟さんと3人兄弟で、なんというか、レディーの扱いを受けて育った女の子。今時、と言われそうだけど、シヴァリーが真面目に通るおうちらしい。
だから男の子を見る目も、ちょっと独特なの。
彼女を好きになる男の子は、大変だろうなぁ……と、自分のことは棚に上げて、思ったりした。
次の日、雪帆さんに言われたように屋上に行くため、特進科の校舎へ向かった。
階段を上って、重い鉄のドアを身体いっぱい使って、開ける。
陽射しが眩しいくらいに、遮る物のない屋上には、やっぱり誰もいなくて……それでも、広い屋上だから、どこかにいるかもしれない、と歩いてみる。
「和斗さ~ん。どちらにいらっしゃるんですか~?」
入口からくるり、と後ろ側に回ってみる。隠れるところって言ったら、ここくらいだし……ここにいなかったら、帰ろう。
「和斗さ~ん、和斗さ~ん」
入口の裏にある給水塔の陰とか……かくれんぼには最適よね。
と、給水塔の陰から見える長い足……もしかしてっ?
「……んだあ?お嬢ちゃん、こんなとこで何やってんだ?」
でも、そこにいたのは、和斗さんじゃなかった。無愛想な……というか厳しい顔立ちの上級生で……リボンタイが黒ってことは、特KかSの先輩なんだろうけど……。
とにかく怖いっっ……!
「えっ…あっ…えとっ」
「石戸先輩」
不意に上から和斗さんの声が降ってきて、顔を上げる。
「和斗さんっ」
「おう、和斗か」
石戸先輩という方も、和斗さんを振り仰いだ。知り合い……なの?
じゃあきっと、悪い人じゃないわよね。
「お騒がせしてすみません」
和斗さんが、先輩に言った。
和斗さん、入口の上にいらしたってことは……わたしが屋上に上がってきたこと、ご存じだったのよね?
それなのに、返事してくれなかった……これって、わたしは嫌われてるってこと?
教室を尋ねても会えなかったのは、迷惑だったから……とかっ。
和斗さんにやっと会えた、という嬉しさより、その考えに行き当たって悲しくなってしまった。
「で、初音は何か用だった?」
やっと降りてきてくれた和斗さんが、そう訊く。何か用って……。
「なんで、いつ行っても教室にいらっしゃらないんですかっ」
思わず和斗さんの腕にしがみついた。口を開いたことで、感情があふれ出したみたいに涙が零れる。
「か、初音っ!?」
「わ、私のことが嫌いなら嫌いって……っ迷惑だって言ってくださいぃっ」
「ちょっ……えぇぇっ!?」
和斗さんは戸惑ってるというか、困ってるというか……やっぱり、迷惑なのかしら?
和斗さんが何も言ってくれないから、そんな考えが頭を支配して、泣き止むことが出来ない。
「女の子は泣かせるもんじゃないぞ。邪魔者は退散するからちゃんと収拾つけろ」
そんな声がして、石戸先輩という方が、屋上から出て行かれたことにも、気付かないまま。
わたしは和斗さんの腕にしがみついて、泣き続けていた。
ふわふわ、髪の毛を撫でる感触がする。和斗さんの手のひら……あったかい。
その暖かさに、だんだん気持ちが落ち着いてきた。
自分のことだけで、和斗さんのことを考えてなかった……。こんな状態じゃ、ちゃんとお話を聞くことも出来ないし、和斗さんもどうしたらいいか、分からないわよね。
それに……ひやり、と頬に触れる感覚は、明らかに和斗さんの制服が濡れてることを伝えていて。
わたしってば……っ。
「……すみません」
おずおず、しがみついていた腕から力を抜いて、和斗さんを見上げる。和斗さんはわたしを見下ろして、「あ~ぁ」というような顔をした。
「まるでウサギだね」
「え?っあ……」
慌ててポケットから手鏡を取り出して、顔を確認する。目が真っ赤……瞼も腫れてて、これで教室に戻ったら、雪帆さんが心配するわ。
どうしよう……っというか。
もうお昼休みは、終わってしまうのでは?
「あ……どうしよ……授業っ」
キーンコーンカーンコーン……
タイミング良く、予鈴が鳴った。ああっ……パウダールームに行ってる暇、あるかしら?
「ちょっと、ごめんね」
「え?」
和斗さんの身体が少し沈んだ、と思ったら、いきなり膝裏に腕が回されて、和斗さんと視線がぶつかる。
だ、抱きあげられっ……?
「あの?え?え?」
「その顔じゃ教室戻れないでしょ。保健室で休んでな。肩にもたれて顔隠しとけばいーし」
和斗さんはそれだけ言って、歩き出した。
さっき私が身体いっぱいで開けた入口を、和斗さんは片手で軽々と開けてしまった。
わたしを抱き上げてるのに……やっぱり男の子、なんだわ。
そんなこと考えながら、和斗さんの顔を見つめていたら、手のひらが後頭部にあてられて、肩口に顔を押しつけられた。
「ほら、顔隠して」
「あ、はいっ」
こんな顔を見られないように……って、和斗さんが気遣ってくださってるのだから……大人しく従った。
その気遣いが嬉しくて。
「あのっ」
「ん?」
「お、重く…ないですか?」
「これぐらいなら十分支えられるよ。というか…50kgぐらいまでならいける気がする」
和斗さんはこともなげに言った。そ、そうなんだ……。
「力持ちなんですね」
「だからってわけじゃないけど、女の子にありがちなダイエットとかする必要無いよ。健康が一番だ」
「あ、はい…その辺りは大丈夫です。ちゃんとカロリー計算して食事とってますから」
「あぁ、それは良いね。君はこれからもっと綺麗になるんだろうし」
さらり、と落ちてきた言葉に、身体がびくん、となった。綺麗って……。
「そう…思います?」
その質問に対する答えは、ちょうど保健室のドアを開ける時だったから、返ってこなかった。
保健室のベッドは、それぞれ個室になっていて、中から鍵を掛けることも出来る。
何のためにそうなってるのか分からないけど、具合が悪くて寝ている時に、外の雑音が聞こえないのはいいことよね。
和斗さんは、一番奥の個室の扉を開けると、わたしをベッドに座らせた。
「うん。で、さっきの質問だけど」
さっきの、というのは、どれかしら……?と考えながら、頷いた。
「はい」
「俺は君のことを嫌ってるわけじゃないよ。迷惑……ってのともちょっと違うかな」
「どういう……」
「戸惑ってるってのが一番近いかな」
「え……?」
戸惑ってる?
わたしは、よく分からない、と素直に顔に表していたらしい。和斗さんは苦笑いして、わたしの頭を撫でた。
「まぁ、いいや。とりあえず休んどきな。在室証明発行しとくから」
在室証明は、保健室にある端末に入力すればいいらしい。雪帆さんが保健委員で、最初の委員会で操作説明を受けた、って教えてくれたの。
和斗さんも、やりかたを知ってるのね……助かっちゃった。
「そんじゃ、俺行くわ」
「あっ…」
さっきの和斗さんの言葉の意味を確かめなくちゃ……それにお礼も言ってない。
そう思って、慌てて声を出したけれど、和斗さんは急いで出て行ってしまった。
程なく聞こえた本鈴の音……和斗さん、間に合ったかしら?
大人しくベッドに腰掛けて、頭の中を整理してみる。
屋上で、わたしが呼んでるのに返事をしなかったということは、和斗さんはわたしに会いたくなかったのかもしれない。でも、わたしを嫌ってるとか、迷惑がってるとか、言うんじゃないのよね……?
それに、泣いて目が真っ赤のわたしが、他の人に見られないよう、お姫様抱っこで保健室に連れてきてくれて。
落ち着くまでここにいられるよう、手配してくれて。
うん……和斗さんは、優しい。
少なくとも、兄様を見てる限り、男の人って、誰彼構わず優しさを振りまく物ではない、と思うし。
とにかく、嫌われてはいないらしい……。
わたしは、少し元気になった。
教室に戻ると、駆け寄った雪帆さんが、手をわたしの頬に当てた。
「大丈夫だったの?熱は?」
「あ、大丈夫です」
和斗さん、わたしが保健室にいる理由を、なんて入力したのかしら?雪帆さんの心配ぶりから、わたしはそっちが気になってしまった。
「あ、あのね、雪帆さん」
「ん」
自分の席に座ると、察したのか、雪帆さんは前の席に座った。そっと顔を近づけて、小声で説明する。
「屋上で、和斗さんに会えたんですけど……もしかして嫌われてるかもしれないって思って、悲しくて泣いてしまったんです」
「嫌われて?なにか彼が、そういう態度を取ったの?」
「いえ……わたしの勘違いというか……嫌ってるとか迷惑とか、そういうことではなかったんですけど」
和斗さんが結局、どう思ってるのかは聴けなかったから、分かってることだけ、口にする。
「それで、目が腫れてしまったので、和斗さんが、落ち着くまで保健室で休んでなさい、って」
「それで、保健室にいたの」
雪帆さんは納得したように、頷いた。
「悪い人じゃないみたいね、真渡くんは」
「はい、とっても優しい人です」
「それはよかったわ」
雪帆さんはにこり、と笑った。
「たとえ初音ちゃんが好きでも、相手がよくない男だったら、これ以上お近づきになるのはやめなさい、って言うところだけど……真渡くんなら、初音ちゃんと一緒にいて見栄えするしね。頑張って」
「は……?はい」
何を頑張るのか分からないけれど、わたしは取りあえず、頷いた。
SHRが終わって、急いでSクラスに向かった。
和斗さんにお礼を言わなくちゃ。
Sクラスから、ぽつぽつと生徒が出てきている。わたしを見て、足を止めたり驚いた顔をしたりしてるけれど、特Kの人達みたいに近づいてこないから安心出来る。
そっと教室を覗くと、和斗さんはまだ、帰り支度をしているところで。
間に合ったわ。
「和斗さん」
机に近づいて名前を呼ぶと、驚いたように顔を上げた。
「あぁ、治ったみたいだね」
自分の目を指差しながら言う。こくん、と頷いて、和斗さんの手をとった。
「何?」
「一緒に帰りましょう」
「は?君。車通学でしょ」
車通学という情報が知られてるなんて思わなくて、ちょっと驚いたと同時に、くやしくて呟く。
「むぅ…バレてましたか」
「自分がどれだけ注目されてるか自覚無いのか?」
注目……それは子供の頃から、痛いほど感じてきたこと。和蔵の人間であるということ以前に、外見が目立つから。
「…他の人より目立つ容姿だってのはわかってます」
「綺麗だし、いんじゃねーの?つい目が行くってのはわからないでもないし」
マコ姉様と同じコトを、和斗さんは言った。だけど、マコ姉様に言われた時より、もっともっと嬉しくて、自然と笑顔になる。
やっぱり和斗さんは優しい……素敵な人だなぁって。
和斗さんが、ぽんぽんとわたしの頭を撫でた。
「じゃ、校門までね」
「はいっ」
校門までの僅かな距離だったけれど、歩幅を合わせてくれる和斗さんが、やっぱり優しくて嬉しかった。
シヴァリー……Chivalry「騎士道」。綴りを見れば「シヴァルリー」っぽいんですが、何度聞いてもローズ先生(英系カナダ人)が「シヴァリー」と言ってるようにしか聞こえないので。