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「入学式の朝」

今日は中等部の入学式。

 朝少し早めに起きて、制服に着替える。

 ぴしっ、とした制服に腕を通すと、中学生なんだという実感も湧く。兄様のように優秀ではないけれど、頑張らないと!と、気合いを入れてみた。

「お父さま、お母さま、おはようございます」

「はい、おはよう」

「似合ってるじゃない、初音。かわいいわよ~」

 忙しい二人は、すでにお仕事にいく準備を終えている。お母さまにいたっては、すでに市場に一度足を運んだ後だったりね。

「ごはんは?」

「兄様のところで食べます」

「じゃあ、すぐに送っていこう」

「まことちゃんに心配かけないのよ~」

「はぁい。行って参りま~す」

 孝音兄様のマンションは車で10分くらいだから、お父様が送って下さるの。


 インタホンを鳴らすと「はぁい」とマコ姉様の声がした。

「おはようございます、マコ姉様」

「おはよう初音ちゃん。わ~かわいい、初音ちゃん!後で一緒に写真撮ろうねっ」

 マコ姉様が、目を大きく輝かせる。

「はい、ありがとうこいます」

「朝ごはん出来てるから、食べよ」

「はい」

 兄様は朝早いのが苦手らしく、朝ごはんはマコ姉様が作ることが多いみたい。上手じゃないから、って言うけど、姉様のごはんはおいしい。兄様も、そう言ってるし。

「初音、おはよう」

「おはようございます、兄様」

 洗面所から出てきた兄様は、まだ眠そうな顔で、食卓に座った。

「少し早いけど、食べたらすぐ送ってく」

「はい」

「マコ、迷子になるなよ」

「分かってるもん」

 当然のことながら、お父様とお母様だけじゃなく兄様も忙しくて、入学式についてこれない。お父様はなんとか時間を合わせようとして下さったんだけど、無理で。

 一人で行けるって言ったんだけど、心配するみんなを見て、マコ姉様が付き添いを申し出てくださったの。大学はまだお休みだし、七宮の図書館に本を返却するからって。

 入学式後のホームルームは父兄参加だから、それが終わったら二人で大学の図書館にいけばいいもの。

 マコ姉様がついてきてくださるなら、私も嬉しい。で、お言葉に甘えて、お願いしたんだった。

「図書館に行ったら、そのまま待ってろ。昼には迎えに行くから」

「いいの?」

「ああ。午後は急ぎの仕事がないから、3人で飯食いに行ける」

「本当ですか?」

「わーいっ。ありがとう孝音!」

 ぎゅう、と抱きつく姉様の腕を、兄様は「はいはい」とでも言うように、優しく叩いた。

「ごちそうさま」

 食事が終わると、マコ姉様はご自分の部屋へ向かって、兄様が空いてる食器を持って台所に立つ。片付けはしておくから、姉様は準備をしなさい、ってことみたい。

 兄様は口数が少ないけど、姉様には丁寧に説明したり、会話をしたりするほうだと思うの。それでも、二人の間で何となく意思の疎通が出来てるみたいなところがあって。

 そういう場面に遭遇すると、わたしはむしろ感動すらしてしまう。

 兄様を理解できるなんて、マコ姉様はすごい、って。

「お待たせー」

 戻ってきた姉様は、淡いヒヤシンス色のスーツ姿だった。長い髪を簡単にバレッタで纏めて、いつもより少しだけ大人っぽい。

 考えたら、姉様は兄様と同い年なんだから、今年で成人式なのよね。大人っぽいとか言ったら失礼に当たるわ。

 だっていつも、わたしと同じ目線で優しく接してくださるから、年の差を感じないんだもの。

「どうどうっ、孝音?」

 マコ姉様の声に、兄様が肩越しに振り返る。

「大丈夫かな?変じゃないっ?」

「大丈夫だ。似合ってるから」

「普通は着物だったりするんだろうけど……」

 と、わたしに視線を戻した。あ……確かに、マコ姉様の着物姿、見てみたかったかも。

「いいんだよ、マコは初音の母親じゃないんだし。スーツの父兄だっているだろ」

 台所から戻ってきた兄様が、姉様の頭を撫でる。

「着物だったら、着付けするのにもっと早く起きなきゃいけないし、大変だ」

「うん。それに、着物高いしね」

「いや、マコが着たかったら、いつでも選びに行けるぞ」

 なるほど~。

 クリスマスパーティの時もそうだったけど、このスーツは兄様が選んできたのね。

 兄様は姉様の欲しいものや必要なものは、相談もせずにどんどん買ってきてしまうらしく、姉様はそれをいつも気にしてらっしゃる。

 でも、兄様がご自分で働いて手に入れたお金なんだから、兄様の好きなように使うのが当たり前だと思うの。だからきっと、姉様のためにお金を使うのは、兄様にとって当たり前のことなんでしょう。

「今日はそこまでしていただくのは気が引けますけど、姉様の着物姿、見てみたいですー」

「えーと、着物着るったら、成人式か。随分先だけど、そしたら初音ちゃんも着物着て、一緒に出かけようねー」

「はいっ」

 マコ姉様の笑顔に、わたしも笑顔を返した。


 中等部の前で、兄様の車から降りた。数名の新入生が門前で写真を撮っていて、ちらちらと視線を向けられる。

「初音ちゃん、やっぱり注目されるね。かわいいもんねー」

 姉様は、わたしや兄様の外見をあまり気にしてない。単純に言えば「綺麗だし似合ってるからいいと思う」ってことらしいんだけど。

 生まれたままの自分を、そのまま受け入れてくれるのは、すごく嬉しい。

 でもこの視線は、明らかにマコ姉様に向けられてると思うんだけど。

「中等部から入学してる生徒もいるので、確かにわたしのことを知らない人かもしれませんが……でも、殆ど姉様に対してだと思います」

「へ?なんであたし?」

「若いお母さんだと思われてるんじゃないでしょうか」

 マコ姉様は、眼をぱちくりさせて「ああっ!」と手を叩いた。

「そっかー。そうだよね、普通お母さんがついてくるんだもんねっ。わーどうしよう、綾音さんに申し訳ないなーっ」

 どう申し訳ないのか、イマイチ分からないんですけど、姉様。

「名札でも付けて来たらよかったね、母じゃないです、って」

 思わず笑い出してしまった。姉様の感性は、やっぱり素敵だと思って。

「大丈夫ですよ、姉様」

「え?」

「わたしが『姉様』ってこれだけ連呼していたら、周りも分かりますって」

「あ、そっかぁ」

 そんな会話をしながら、クラス分けが張り出された中庭まで、歩いて行った。


 ずらり、と張り出されたクラス分けの張り紙を、じっと見つめる。

 私は英文科だから、自分のクラスはすぐ見つけることが出来たんだけど……。

 彼の名前を探してたの。真渡和斗さん。

 クラスはどこかしら……また会いたいって、会えるって思って入学式を楽しみにしてたけれど……。

「初音ちゃん、どうかした?」

 マコ姉様の声にはっとすると、辺りに殆ど生徒の姿がなかった。ああっ!

「そろそろ入学式の時間みたいよ」

「そ、そうですねっ。それじゃマコ姉様、また後でっ」

「転ばないようにねー」という姉様の声を背に、昇降口へ小走りで向かった。

「おはよう、初音ちゃん」

「あっ、おはようございます」

 一緒に英文科に進んだ鹿島雪帆かしま ゆきほさんが、同じように走ってくる。

「時間、危険よねっ」

「ですよね」

「あたしの考えとして、このまま目の前の階段登ってS・特Kの前走って渡り廊下渡った方が、近いと思うんだけど、どうかしら?」

「賛成です」

 わたし達は上履きに履き替えると、階段を駆け上った。


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