「はじめまして」
※以降「」タイトルはお嬢様視点になります。
痛いぐらい冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。
「はぁ…」
今日は中等部へ進学する生徒が制服を受け取る日。もちろん平日だからこの足元の校舎内では通常通り授業が行われているだろうことは想像に難くない。
寸法は進学が確定した数日後には測っていたから今日は受け取るだけだし。外部受験組も受取日は一緒の筈だから…眼下に見える校庭のざわめきの中にも何人かは居るだろう。
良い天気…寒いとはいえ、今日は日も照ってるし比較的暖かい気がする。まだ制服を受け取っていなかったりする。学校に到着するなり、何かに引かれるようにして、屋上に上がったから。
あぁ、でも。暖かいって言ってもやはり冬。首筋を風が撫でる寒さに首に緩く巻いていたマフラーを口元まで引き上げて視線を敷地内に彷徨わせた。
わかっていたつもりだけど、やはり広い。気をつけてないと、すぐに迷ってしまいそうだわ。正面に見える屋上からぐるっとほぼ半周したところで視界の端に何かが引っかかったように感じた。
少しだけ視線を戻して見れば、何もない野原が広がる丘に人の姿。あんな所で何やってるのかしら?
少し近寄って、よくよく眺めてみればその人は寝ているようだ。お昼寝…かな?気持ち良さそうだなー。なんて暢気に考えていたけど、ふと気付いた。そう。今の時期、外で昼寝するには寒過ぎて不向きだということに…。
てことは、じゃあ…あれは…とそこまで考えが及んだ所で駆け出していた。
今が授業中だから静かに階段を下りなきゃいけないとか、そういった考えはいっさい抜けていた。
来客用玄関でスリッパから靴に履き替えて再び駆け出す。目的地はそう遠くなくて、途中見えなかったけど丘を少し登ったところで草の上に転がる同じ年頃の男の子を見つけて、そっと近付いた。
長めの黒髪…顔は帽子で覆われていて見えないけど、規則正しく上下する胸元に倒れているわけじゃないのねと安堵の息を吐いた。
それでも一応と、顔を隠す帽子を持ち上げて、額に手を当ててみる。うん。熱は無いようね。
「良かった…」
ほっとして、覗き込んだ姿勢のまま腰を下ろしたところで男の子が目を覚ました。眩しそうな様子で徐々に瞼が開かれる。少しぼーっとしてるなぁと思ったらふいに視線が向けられて心臓が音を立てた。
「あ、すみませんっ起こしてしまいました」
慌てて言って頭を下げた。そして気付いた。彼の視線の先。私は彼の帽子を持ったままだった。
「あの、これ…すみませんっ」
両手を伸ばして差し出す。あぁ、もう…私ったら何やってるのっ…!
私の手から帽子が離れて顔を上げると彼がこちらを見ていた。視線が絡まる。何もかもを見通すような眼差し。案外何も考えてないのかもしれないけど…その時私は綺麗だと、目が離せないと思ったの。
少しの間無言で見詰め合って、彼から先に視線を逸らした。
「君も制服受け取りに来たの?」
「はい、そうです」
「よく見つけたね」
言外に校庭からは見えない位置なのにどこから見てたのかと尋ねられていると思った。
「屋上から見えて…」
「屋上?」
「はい。あちらです」
振り返って背後に立つ校舎の上を指差す。
「なるほど。こんな寒い中、昼寝してるとは普通思わないか」
くしゃって微笑む顔に心臓が跳ねる音を聞いた。
「いえ。私が勝手に勘違いしただけですしっ」
と、そこで授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。時計を見ると昼の2時半を指し示していた。
「おっと、そろそろ帰らないと…えーと?」
私の名前…かな?
「和蔵 初音です」
私は気に入ってるけど、わかりにくい字面だから持ってたメモ帳に書いてみせる。同じように彼も私の名前の横に書いてくれた。
「そか。俺は真渡 和斗。春からよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
「それじゃ」
「はい。新学期、お会い出来るのを楽しみにしてますね」
走り去る後姿にそう声かけた。出会ってすぐだけど、何故だか仲良くなりたいって…思ったの。