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あれから、1年が経過した。
ハイハイが出来るようになってから行動範囲はかなり増えた。おかげで、眼が見えないのに調子に乗ってしまい思いっきり壁にぶつかってしまった。あれは、痛かった。精神はおっさんだが、体は赤ちゃんなので泣くことを我慢できずにかなりの時間ぎゃん泣きしてしまった。
その時に一緒にいたメイドが一番若いカトレアだった。
俺のミスなのに「自分がしっかり見ていなかったせいだと」自己嫌悪に陥り、メイドを辞めようとしていたのだが、周りの説得により何とか事なきを得た。。
いやー。あん時は、本気で焦ったわ。これからは、自重しよう。うん。
その事件の後からかなり過保護になってしまい、壁の下側全てがぶつかっても大丈夫なようにクッションみたいな物が張り巡らされ、ハイハイする時は、常時2名体制の監視付きになってしまった。
くっ。自由が手の届かないとこにあるのは、悲しいな。まあ、自業自得なんだけどな。
一人目の医者に「見えるようになることはない」と診断されてからは、いろんな医者に俺の眼を診てもらったのだが、どの医者も診断結果は同じだった。どうもこの眼は先天性みたいで、一生見えるようになる事はないみたいだ。
何人者の医者に見えるようにはならないと言われたおかげで、母さんが精神的に参っているようで、空元気なのが気になる。
元気な優しい声で話しかけられるが、どこか憂鬱とした声に聞こえてしまうのだ。
少しは、話せる様にはなっていたので「僕は、見えなくても大丈夫だよ」と笑顔で言いたかった。母さんを安心させてあげたかった。しかし、本当に安心させられるのか?「大丈夫だよ」と伝えることで問題ないのか?
このことが頭から離れず、怖くて結局話すことができなかった。
そろそろ何か話さないと言葉も喋れなんじゃないかと、更に不安にさせてしまいそうになってきて焦っていたのだが、数日後に俺の1歳の誕生日会が開かれることを聞いた。
父親も帰ってくるらしい。その時に家族全員がそろうみたいなので、ここしかないと思った。
目が見えないというハンデを負っている俺に対してこれ以上心配させないように、俺の計画が練られた。
くふふふ。この計画が成された時が楽しみだな。
そして、俺の誕生日会の当日がやってきた。
「遂にこの日が参ったのじゃ」
「んっ?今声が聞こえたような。マティアス様の声?? なわけないよね。気のせいだよね」
「そろそろ喋ってもおかしくないのに未だに一言も話さないからみんな心配してるんですよマティアス様」
あっぶねー。テンション上がりすぎてて、声が出ているって気づかなかったぞ。危うく全ての計画が狂うとこだった。気を付けないと。
近くにいたのがカトレアで助かった。
「さあ、マティアス様。今からお着換えしましょうね。これからマティアス様の誕生日会ですから」
「あーー」
そう言われ、俺は、誕生日会用の洋服に着替えさせられた。
バン。
「マティアスーー。会いたかったぞーーー」
突如、ドアを開けられて、着替え中の俺はいきなり男に抱きかかえられた。
なっ、なんだ。うおっ。
びっくりしたー。この声は、誰だ?
父さんなのか??
「うりうりうりーー」
「また、そんな風にドアを開けて。エミリッサから叱られても知りませんからね。それと、そのぐらいにしておかないとマティアスから、嫌われるわよ」
「ううう。エミリッサには、言わないでくれよ。そんなことないですー。マティアスも父さんに会えなくて寂しかったから喜んでますー」
そんなことはない。母さんの言う通りだから早く離してもらいたい。それと、エミリッサから怒られてしまえ。
「マティアスの今にも泣きそうな顔を見てもまだそれを言えるかしら」
「ぐぬぬ。ようやく帰ってこれたからこのぐらいいいではないか。エリーシアとフェルナンは、どうした?」
「旦那様。お二方は、まだ着替え中でございます」
「そうか。まだ、着替えの最中であったか」
「セバス。みなの用意が終わったら、案内を頼む」
「承知いたしました」
「マティアス。びっくりしたわねー。もう大丈夫よ。今のはあなたのお父さんのガードルフよ」
やはり、父さんだったか。急に抱きかかえるのは、辞めてほしいな。こちとら目が見えなくて、状況が把握しにくいんだぞ。
まて。今「セバス」だと言わなかったか?まさしく、THE執事の名前ではないか。顔が確認できないのが悔しい。
「イレーネ。やはり、マティアスの眼は「あなた」みえ」
「今日は、マティアスの誕生日なのよ。その話は、後でしましょ」
「ああ、すまない。イレーネの言う通りだな。せっかくの誕生日なのだから。笑わないとマティアスが不安がるな」
「そうよ。盛大にお祝いしてあげましょ。マティアスもその方が良いわよね」
ここは、肯定の意味も踏まえて笑っておかないとな。
「きゃっきゃっ」
父さんも母さんも大分気にしているな。今回は、派手にやらかしますか。
「旦那様。準備ができました」
「ありがとうセバス。さて、移動しようか」
「はい」
「「マティアス誕生日おめでとう」」
「「おめでとう」」
「俺達からは、洋服のプレゼントだ」
「マティアスに似合うもの選んできたわ」
父さんたちからは、洋服か。妥当なプレゼントだな。見れないけどな。
「まてぃあすー。わたしたちからは、おはなのぷれぜんと」
「ねえさんとふたりで、えらんだんだよ」
「まあ。赤と青のお花ね。とても綺麗でいい匂いがするわね」
「「えへへー」」
「マティアス触って匂いをかいでみて」
おお。確かにめちゃくちゃいい匂いがする。見えないけどな。
だが、見えなくてもしっかりと愛されてるんだなとわかると嬉しいな。誕生日を祝ってもらってプレゼントを貰うなんて何年ぶりだろ。前世では、ほとんどなかったから恥ずかしいやら嬉しいやら反応に戸惑うな。
「マティアス様。私たち使用人からは、帽子でございます」
おお。メイドさんたちからも貰えるのか。帽子って。頭をぶつけても大丈夫な様にだろうか。ちょっと気になる。
「さて、食事をいただきましょ」
「「「「豊穣の神アルステンよ。命を育む神アリアーデよ。我らが今日も生を全うできていることに感謝を」」」」
「マティアス。お口を開けて。美味しいかしら?」
おおお。美味い。いつもの味付けは、少し物足りない感があるが今日のご飯は、美味い。いくらでも入りそうだ。
「美味しいみたいね。良かったわね」
「あーー」
「奥様。本日の料理は、料理長のジュディウスが相当張り切っていたみたいで後で労ってあげてください。マティアス様は、目が見えないとのことで非常に味にこだわっていました」
「彼らしいわね。マティアス良かったわね。私の愛しい赤ちゃん」
「おかあさま、わたしはー?」
「ぼくはー?」
「勿論エリーシアとフェルナンも愛しているわ」
「「えへへへへ」」
畜生。涙が出るじゃないか。泣いちゃだめだ。泣いちゃだめだ。思い切り笑え。
「きゃははははは」
「マティアスもご機嫌ね」
さて、そろそろ計画を発動させようじゃないか。みんなに俺に注目を集めて・・あつめる・・・あつ・・め・・・
ぬおおおおお。注目を集める方法考えてなかった。やばい。やばい。やばい。
早くしないと終わってしまう。どうする。どうする。くそっ。
こうなっては、思いっきり声をあげて無理やり注目を集めて勢いで言うしかないな。
俺の「マティアスが初めて話したよ」作戦が。
誰だ。ネーミングセンスがないと言ったやつは。他に良いのが思いつかなかったんだよ。
こうなったら、とりあえず、思いっきり叫んで注目を集めるしかないな。
「うああああああ」
「マティアスったら急にどうしちゃったのかしら。おもらしでも無いみたいだし一体どうしたの?」
うれションだと勘違いさせてしまったか。まあいい。今が好機なり。
「おとうしゃま」
「お、おい。い、いま。マティアスが喋ったぞ」
「あなたは、黙ってて」
こええ。今の声本気で怖かったぞ。いかん。早く次を言わねば。
「おかあしゃま」
「きゃあああ。今、マティアスがお母さまって。お母さまって」
「イ、イレーネよ。私にい「なにか?」ま。何でもありません」
父さんよ。もう少し頑張ってもらいたい。父の威厳というものが・・・
そうだ。それよりも、続きを言わないと。
「えりーしあおねえたま。ふぇるなんにいたま」
「ふおおおお。まてぃあすがいましゃべってる」
エリーシア姉さん。今いいところだから少し黙っててもらいたいぞ。
めいどしゃんたち。しょれにしぇばす。みんな…あいあと」
くっ。やはり滑舌が上手くいかなかったか。だが、これで伝わったはずだが。
あれっ?反応がない?ちゃんと言えてたよな。うん。問題なかったはずだ。
だが、思ってたのとみんなの反応が違うんですけど。ねえ、今どんな感じなの?どーなってるの?
くそっ。まったく状況がつかめん。成功したんだよな?成功でいいんだよね。ねえ。誰か教えてくれ。
「あっ・・あなた・・」
「イレーネ」
「マティアスがありがとうって」
「ああ。確かに言ってたな。まさか、こんなに話せるとは思わなかったが」
「ううん。今初めて喋ったの」
「そうなのか。さすが、俺たちの子だな」
「はい」
良かったあああ。成功してたみたいだ。反応が遅くて、失敗したかと思ってしまった。
母さんは泣いているのか。父さんも泣いてるみたいだ。というか、耳をすましたらこれ、メイドさんたちも泣いてないか?どおりで反応がなかなか返ってこないわけだよ。
よし、フェーズ2へ移行だ。
「おとうしゃま」
「なんだい。マティアス」
「おかあしゃま」
「なあに、マティアス」
「ぼく、め…みえなくても…だいじょうぶだよ」
このまま最終フェイズだあああ。
「みんなだいしゅき」