あれからのなんやかんや。
ガタゴトガタゴトと馬車は進む。おっかしいなぁ、何故俺はマリエ嬢と公爵家の馬車に乗って、公爵家に向かってるんだ?
「では、レオルード様。少々お願いなのですが、これから父に説明しなければならないのですが」
「・・・そうですね。公爵閣下にすぐにでもお知らせしなければなりませんね」
「一緒に来て説明していただけませんか?」
「・・・・は?」
急な話だが、結構ぐいぐい頼み込まれて、馬車に乗せられて今に至る。
公爵家の屋敷に着くと、さくさくと応接間に通された。さすが公爵家、お茶もお茶請けも超絶美味い。公爵閣下を待っているので、マリエ嬢は隣に座ってちょっと緊張した面持ちで茶を飲んでいる。
・・・なんでマリエ嬢が緊張してんの?
「マリエ嬢?何故マリエ嬢が緊張しているのです?」
「だって・・・婚約破棄なんて、わたくしなんて言われるか」
「ちゃんと話せば、どう考えたって殿下が悪いのですから気にしなくて良いでしょうに」
「でも」
「その事をちゃんと話すのが、俺でしょう?」
「そうですわね・・・ありがとうございます、レオルード様」
へにゃぁと笑い、マリエ嬢が落ち着いた所でメイドが公爵閣下の到着を告げる。立ち上がって出迎えて、きちんと礼をする。
「おかえりなさいませ、お父様」
「お初にお目にかかります、ビビッド公爵閣下。マープル伯爵家次男、レオルード・マープルです」
手振りで公爵に座るよう促され、座る。メイドが全員分のお茶を入れ直した。
「それで、マリエ。急ぎ報告したい事とはなんだ?」
俺についてはノーコメントでいきなり本題に入った。なんかちらちら来る視線が怖いです。
「実は、ジャンクロード殿下に婚約破棄されまして」
「ぶぅっ!?」
おしぼりを広げて公爵の口から噴霧されたお茶を回避。マリエ嬢、間が悪ぃよ。なんだって一口含んだ瞬間に切り出すの。
「げほっげほっ、すまない。一体どういう?」
「それはこちらのレオルード様から」
初っ端から丸投げされた。それはないと思うが、任されたらしょうがない。
「たまたまその場に居合わせた縁で説明しに来ました」
で。語ります。
昼休みにプリント渡しに来たら、王子一行が乱入してきた件。
・・・ここまでは普通に聞いてた。
いきなりヘレン・ティーゴ男爵令嬢に悪質なイジメをした咎で婚約破棄を突き付けられた件。
・・・怒りに顔を歪ませつつも苦い顔をしていた。
王子妃になりたいのかとか嫉妬は見苦しいとか悍ましいとか罵倒された件。
・・・怒気が冷気に変わって、痛むこめかみをグリグリしだした。
マリエ嬢がヘレン嬢どころか王子すら誰だか分からなかった件。
・・・ぱっかーんと口を開けて唖然としている。娘とそっくりだ。
そしてどーにかこーにか解散に持っていくまでの間に、公爵閣下の御身は徐々にソファに沈み、目を覆って、天を仰いで。ソファと一体化するんじゃないかという勢いで倒れた。心中お察しします。
一応一通り話し終えたが返事がない。
「・・・・閣下。大丈夫ですか」
「なんだその、一から十までツッコミドコロに溢れた顛末。殆ど喜劇じゃないか。現実か?」
「悲しいことに」
思わず、だろう。心の呟き駄々漏れになってますよ。そうしたい気持ち、よく分かるけどさぁ。
「不躾ながら一つ確認させて欲しいのですが。ジャンクロード殿下とマリエ嬢の婚約、というのはあったのですか?二人ともそこが定かでなくて、その場がなんとも言えない空気になったので」
公爵閣下は大きくため息をついて、割とあっさり教えてくれた。
「幼少期から打診はあった。だがマリエの身体が丈夫でなくてな。それでマリエの身体が丈夫になってきたら王子の頭がアレだろ?」
ぶっちゃけすぎです。返答に困るじゃねぇか。臣下としちゃ否定しなきゃアレだろうけど、否定できる要素がねぇ・・・。
「殿下の婿入り先として、殿下を不自由させぬ程度の爵位で、婿を必要としていて殿下と歳近い娘がいる。そんな条件だとウチ以外なくてな。他に選択肢もないし、よっぽどの事がない限りマリエで本決まりだったんだが、お互い不安要素を抱えていたからまだ正式な婚約はしていなかったんだ」
「よっぽどの事・・・ありましたねぇ、よっぽどの事」
あんな大衆の面前で婚約破棄など、普通なら一生お目にかかれないのではないだろうか。あんなバカが世代毎にいたら迷惑だ。
「今となっては、婚約してなくて良かった・・・。今日、来週にでも婚約発表しようと陛下と決めたところだった」
だろーねー。陛下も、今頃王子様から同じ事聞いて、頭抱えて血が上ったり引いたり大変な事になっているだろう。
可哀相に。折角息子のために決めてやった婚約なのに、その息子が因縁つけて相手に喧嘩売って、どう考えたって幸せな未来が見えない結婚がしたいなんて言われて。それにしても・・・。
「殿下とその周辺は、どうしてあのような事をしたのでしょう。わたくし、訳が分かりませんの」
一人お茶を飲みつつ茶請けを黙って食べていたマリエ嬢が呟いた。両手でクッキー持って口の端にカスがついてる姿は・・・小動物みたい。可愛い。
けど、淑女としての尊厳が可哀相なので、カスは取ってやった。
「そういえば王子妃として権勢を振るいたいのかだの、マリエ嬢が王子を愛してるだの、王族の一員になるに相応しくないだの。普通に勉強してれば、10歳で習うような事をなんで知らなかったんだろうな?」
別に決まりがあるわけではないが、普通10歳ぐらいに家庭教師に習うもんだろうに。
それについては心当たりがあるのか、閣下が額を押さえていた。
「・・・・逃げるの得意で癇癪持ち。家庭教師はコロコロ代わり、進捗状況がよくわからない。これが原因だろうな」
「・・・家庭教師さん、ご苦労様です」
彼等の責任ではあるまい。義務から逃げるくせに権利を主張する奴が悪いのだ。
そこで、公爵閣下は執事を呼んだ。
「王城に、明日も登城する旨を知らせてくれ」
「畏まりました」
短いやり取りで執事が去る。昨日の今日で全く正反対な話し合いなんて、お互いやる瀬ないだろうな。
「さて。レオルード君。今日は世話になったな。良かったら、夕食を食べていかないか」
「え?いえ!そんな時間までお邪魔するわけには。家族団欒の時間でしょうに」
お茶だけならまだしも、緊張するので結構でございますです!心で叫んでも表情は申し訳なさげに。だが、相手方に援護射撃です。
「いいえ!ささやかですが、お礼をさせてください、レオルード様。本当にお世話になりましたもの。それに、おうちの方にはこちらからご連絡いたしますわ」
公爵令嬢がそこまで言っちゃうなんて、しがない伯爵家のうちは諸手を上げて蹴り出しにかかりますよ。うん、気を落ち着けて。美味いもんにありつけると明るく考えよう。
「それでしたら・・・慎んでお受けいたします」
メシはマジ美味かった・・・!
諸々の後始末のため一週間学院を休んだマリエ嬢を食堂で見かけた。彼女はやっぱり一人で昼食を食べている。
いかにも「寂しい」と全身で物語っているが、あんな騒ぎの後だ。声をかける人はいない。
・・・知らない仲じゃないし、俺はそちらに近寄った。
「マリエ嬢」
「え?あ、レオルード様」
「こちら、いいですか?」
「はい、どうぞ」
マリエ嬢の前に座ると、普通に話し掛け、普通に食事をする。マリエ嬢は時々明後日方向に変な思い違いをするが、概ね教養ある女性として話してて退屈しない。
あと時々すっごく可愛い。食後のお茶まで共にして、午後の授業のため別れる。
一ヶ月の間に何度か昼食を共にする頃には、お互い楽な話し方で話す間柄になっていた。
ある日。昼食を一緒にと誘われて、友人の婚約者・シャーレン・ヴィルズ子爵令嬢と話ながら友人を待っていると、食堂でマリエ嬢に遭遇した。
「レオルード様・・・!あ」
「ん?マリエ嬢、今昼食か?」
普通にそう聞くと、なぜか若干及び腰に答えられる。
「は、はい・・・・あの。申し訳ありません、お邪魔して・・・」
何故か今にも泣きそうですが。さすがにちょっと焦る。
「ああ、別に。友人待ってるだけだし。こっちは・・・」
「いえ、失礼しますレオルード様・・・!」
目に涙を一杯溜めて立ち去るマリエ嬢に唖然とする。
何か俺は、悪いことをしただろうか?きょとんとしつつ、マリエ嬢の涙に思いの外動揺してしまった。何に泣いたのかさっぱり分からない、一体・・・。
「何をやってるの、レオルード!早く追う!」
「え?シャーレン嬢、でも・・・」
「つべこべ言わず行く!それで話す!ほら!」
突き飛ばすように押され、とりあえずマリエ嬢の後を追った。
中庭でマリエ嬢の姿を見つけ、近寄る。が、マリエ嬢は俺の姿を見かけるとすぐに逃げようとするのを慌てて腕を掴んで止める。
「マリエ嬢!なんで逃げる!?」
「離してください!今は放っておいてくださいませ!」
ボロボロと泣きながらそんな事言われても放っておけるわけがない。力加減に気をつけつつ、引き寄せて間近で目を見てやる。
「放っておけるか。一体、何が貴女を泣かせてるんだ?」
マリエ嬢の泣き顔なんて、あまり見たいもんじゃないな。彼女はへにゃりと笑ってる方がいい。
「あの・・・先程の女性の所へ戻ってくださいませ・・・わたくしなど気になさらず」
俯いて、いかにも悲しげに言われて俺は首を傾げた。
「彼女は、俺の親友の婚約者で、親友を交えて昼食を共にしようと言われたから一緒にいただけだけど・・・」
「ふぇ?」
「その彼女に言われて来たんだけど、来て良かった。泣いてるとは思わなかったぞ、マリエ嬢」
マリエ嬢は今度は顔を真っ赤にしている。涙は止まったようで何よりだが、今度はなんだ?
「今度はマリエ嬢の番だ。急に逃げて泣いてる理由は?」
更に俯き、縮こまるマリエ嬢の顔を覗き込み、問う。
マリエ嬢は真っ赤だ。
「レオルード様が・・・女性といて、何故か、どうしようもなく悲しくなって・・・涙が・・・」
「マリエ嬢・・・」
「でも、わたくしの勘違いと知り・・・恥ずかしいのですけど、何故か嬉しくなって・・・」
ぼそぼそと尻窄みに小さくなる言葉の、その「何故か」の意味を察して顔が熱を持ってきた。
それを知ってか知らずか、マリエ嬢は涙で潤んだ目で頬を染めたまま上目遣いにそっとこちらを伺ってくる。
・・・すっげー可愛い。
うああ、ダメだろ、これ。
俺は衝動のままにそっとマリエ嬢の頬に触れて、涙の痕を拭う。
「・・・もう泣かないなら良かった。俺は、へにゃりと笑ってるマリエ嬢が好きだよ」
「あ、レオルード、様・・・!」
何気に掴みっぱなしだった腕を離して、絡めるように手を繋ぐ。少し慌てたように、でも嫌がる様子もなくマリエ嬢は真っ赤になる。
「レオでいい」
「レオ、様・・・では、わたくしも、マリエと・・・」
女が男を愛称で呼び、男が女を呼び捨てるのは、恋人以上にのみ許された呼び方だ。
殆ど愛の告白に等しい事で、マリエ嬢は今にも沸騰しそうなぐらい真っ赤だ。
でも、ね。俺は正直、ちょっと物足りない。
だから、マリエの耳元に口を寄せた。
「愛してる、マリエ」
「ふぁっ・・・!あ、あの・・・わ、わたくし、も・・・すき、です・・・」
わたわたするマリエが可愛らしくて思わず笑うと、つられたようにへにゃりと笑った彼女と一緒に食堂に戻った。
・・・手を繋いだままだったので、瞬く間に俺とマリエが付き合い始めた事は知れ渡ってしまった。
わざとじゃない、マジで浮かれてただけだ!
まだ続くと思います。
短編で出したいです。