外伝:ロケテスト編(その1)
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西暦2018年1月下旬、遊戯都市奏歌とは別エリアの草加市、そこではさまざまなARゲームのロケテストが行われている。
そのジャンルは多種多様であり、対戦格闘、レース、リズムゲームの様な物から、更には拡張現実を利用したカードゲームと言う物もあった。
「平日の割には混雑している」
「他社のスタッフも偵察をしている以上は、平日でも混雑するだろう」
「そう言う物か?」
「ロケテストが休日でなくても、有名作品ならばある程度のユーザーは来る」
この様子を見ていたライバル会社のスタッフらしき男性2人が、双眼鏡で対戦格闘のロケテストを遠くから見ている。
男性2人が様子を見ていたロケテスト、それは対戦格闘ゲームをリアルフィールドで再現したら……という発想のARゲームだ。
リアルの格闘技では怪我の問題もあるかもしれないが、ARゲームの場合は拡張現実技術で再現されたARアーマーとARウェポンを使う為、大怪我という心配はない。
一方で、プロレス団体や格闘技団体からは人気を二分しかねないという事で批判的な意見もあった。その反応は、正論であり当然の反応だろう。
しかし、格闘ゲームでしかありえなかった飛び道具や対空必殺技、連続コンボや超必殺技等もARウェポンやARガジェットを使用する事で可能となり、プロレスや格闘技等とは違うファン層を獲得している。
「AR格闘ゲームは秋葉原でも実用例があるが、あちらはストリートファイトに近い。こちらの様な中二病テイストな世界観が確立されている、こちらの方は――」
「しかし、あのアクションはARアーマーやARシステムの補助があってこそ成立しているような物だ。素人があの動きをシステムなしで行うのは危険すぎる」
「それでも、ARゲームにしか出来ない、ARゲームにしか出来ない体験を求め――ARゲームのプレイヤーは増え続けている。違うか?」
「彼らは廃課金やワンパターン化したソーシャルゲームに飽きが来てしまった。だからと言って、基本有料のゲーセンに戻ってくるとは思えない。だからこそ、常識破りとも言えるARゲームを求めた」
「ARゲームは有料だとしても、得られる体験は100円以上の物がある。だからこそ、ARゲームは派手な演出を求め始め――あの事件が起こるべくして起こった」
「ARゲームを炎上させようとした、アイドルグループの事か」
その後も彼らは格闘ゲームの様子を見ている。それ以外にも含む所はあるかもしれないが、特に事件を起こすような様子もなかったのでスタッフも呼びとめない。
1月某日午後1時、草加駅前ではあるARガジェットを装着した人物が駅の方向を見つめていた。
この人物は少し変わった衣装をしている。ARガジェットを両腕に装着、両足のローラーブレードに似たようなブーツはARアーマー、背中にはバックパック、ARメットの形状もバイクのメットを思わせた。
黒いインナースーツは、身体のラインが逆に目立つような気配もする。所々にアーマーが装着されているので、安全性と言う箇所は犠牲になっていないようだが。
「変わったARガジェットを――」
これを見ていた現地の観客も、遊戯都市奏歌で使用されている一般的なガジェットと規格が違う事に驚く。
メーカー側も新型ガジェットと誤認識する位には、見た事のないタイプだった事も衝撃度が大きい事を物語る。
アキバガーディアンや他の勢力も見守る中、しばらくたってフィールドに変化が起こった。
周囲のスピーカーから音楽が流れ出す。それも、CDランキングを独占しているような超有名アイドルグループA系列とB系列ではない。
それに関しては周囲のギャラリーもざわつき始める。しかし、その曲も数秒経過した所で別の曲へと変化した。どうやら、あの人物はプレイする曲を選んでいるようである。
「あのガジェットで演奏すると言うのか?」
「ARリズムゲームは楽器演奏型がメインだが、あれは明らかに違うだろう」
「しかし、あの装備だと普通に道路のど真ん中で演奏する訳でもない」
「ソレは言えている。ARゲームでも、道路を占有してのプレイは出来ないはずだ」
ギャラリーはこの人物のパフォーマンスに関して、警察に捕まる可能性も考えていた。
そうでなくても、超有名アイドルのゲリラライブの類は遊戯都市奏歌では禁止されている。それは草加市も例外ではない。
補足をしておくと、この当時はARゲームでも道路を占有してのパフォーマンスは警告を受ける状態になっていた。
これは、ARゲームの市民権が取れていたとしても――遊戯都市奏歌を含めて、その辺りの説明が徹底されていない事も言える。
後に改善されるのは、シティフィールドのロケテストや他のARゲームが、警察の許可を得てロケテストを歩行者天国等で行う事が浸透してからだ。
過去にもパルクール・サバイバーで草加市をコースにした事もあったが、あちらは特例と言えるのかもしれないだろう。
実際、この時は遊戯都市奏歌に話は通っていなかったという話もあったからだ。そうしたつぶやきも一部がログとして残っている。
ただし、これらはネットのまとめサイトに残っている物であり、実際に報道されたニュースのアーカイブ記事等ではない。
この人物が2分程楽曲の選曲、ノーツのスピードを含めたカスタマイズを行い、ようやくパフォーマンスを始めるようだ。
この人物の装備しているメットは素顔が見える様な仕様ではない。そう言った事もあって性別も不明か――と思われていたのだが――。
「あのプレイヤーは女性か?」
ある1人の観客が、この人物が女性である事を見破った。身体のラインが強調されている事に加え、胸のふくらみも確認出来る。
巨乳や爆乳であれば即バレだが、そこそこのサイズと言う事もあり、気づかなかったのかもしれない。
「しかし、一体何をする気だ?」
「素顔を隠した覆面アイドルの可能性もあるが」
女性と分かると、今度は超有名アイドルがCDの宣伝活動でARゲームを利用しているのでは――という疑惑も浮上した。
「あのモニターを見ろ!」
1人の男性が指差す方向、そこは草加駅の外に置かれているARゲーム用のセンターモニターである。
普段は、ここでARゲームの動画を視聴したり、スコアの確認なども出来るのだが、そこに表示された楽曲名を見て、周囲が驚いていた。
「超有名アイドルのグループ名も書かれていない?」
「曲名も該当する物がない。一体、これはどういう事か?」
「新曲だとすれば、もっと露骨な宣伝方法もあるはずだ」
「あの人物は超有名アイドルとは無関係と言う事か」
「無関係を装い、あとで宣伝と言う可能性も否定できない」
さまざまな声が聞こえるなか、ARガジェットのカスタマイズも完了した彼女は、いよいよ動き出す。
動きだそうとした人物を、草加駅のホームから見つめていたのは、変わった服装をした一人の女性だった。
身長175センチ、金髪の隻眼、スリムな体形だが若干の巨乳疑惑もありそうな気配もする。
しかし、彼女の周囲に人が集まらないのは、改造軍服に軍帽というコスプレ紛いな服装も理由の一つだろうか。
「あれもARゲームなのか――」
彼女は電車から降りた後で、駅前のARゲーム専門のアンテナショップへ向かおうとしていた。
後に、彼女の名はビスマルクと判明するが――それが本名なのかは定かではない。