分相応
色々変でもスルーしてください。
※ 法律に関する表現に対し、追記を忘れていたので後書きに足しておきます。(9/9)
↑に関してご指摘があったので、変更しておきます。(10/1)
「言い分は分かりました。で、いつ転校なさるんですか?」
一つ頷いて言った繭子に、亜由美も取り巻きも野次馬もぽかんとした。
そんな様子には目もくれず、繭子は淡々と言葉を続ける。
「正直申し上げて、野中さんはこの学院には相応しくないのだと思われます。ですので、転校されるのは喜ばしいです。野中さんご自身の為にも」
「な、なにを勝手な事言ってんのよ! 人の事を見下してバカにしてっ」
「見下した覚えもバカにした覚えもございません。私は当然のことを申し上げただけです」
「品が無いって公衆の面前でバカにしたじゃない!」
「公衆の場で大口開けて大声で笑っておられる行為が品がある、と? 皆様、いかがでしょう?」
やじ馬に視線を投げかければ、うんうん、と納得したように頷いている。
亜由美の取り巻き(良家の跡取りである生徒会役員達)ににらまれてさっと顔を背けているが、その場から去ろうとはしない。
「忘れ物をしただけで見下してきたじゃない!」
「教科書を忘れた方に、学生の本文を全うする気が無いのならお帰りになられたらいかが、と申し上げただけです。私とて、一度や二度なら申し上げません。ですが、貴方は週に五回、一日に一回は教科書や辞書をお忘れになられるではありませんか。特定の教科ばかり、そして、教科書や辞書を借りる方も教科によって特定の方ばかり。勉強をする気が無い、ととられてもおかしくないと思いません?」
確かに、と誰かが呟いた。
「…せ、制服のシャツが指定じゃないからって…!」
「貴方、校則を読んでいらっしゃらないのですか? 当校に所属する生徒は指定販売店で購入した指定学生服を着用すること、と書かれているのですけれど。確かに、指定シャツは一般的な学生用のシャツよりかなり高価ですね。替えにと数枚予備を買うとなると中々に痛い出費になられるのでしょうね。一般家庭では。その場合、異装許可申請制度、といってしかるべき理由であると判断された場合は常識を逸脱せず風紀を乱さない範囲で制服の代用を許可する証明書が学校から発行される制度があります。特待生の方々にはきちんと入学説明会で口頭及び文書説明がされているはずですけれど?」
野次馬の中にも特待生の子がいるのだろう。何人か頷いている。
「特待生の分を弁えて無駄口を叩くなって!」
「それが何か? 声高に資産家というだけで非難することは貴方方にとって得策ではないので申し上げました。現状も、未来も、貴方方にとって苦難ばかりとならない為に気を配ったつもりでおりましたが」
「庶民には発言権も自由もないっての?! あんた達に従って言うこと聞いて、そうやって動けっての?! ふざけないでよ!!」
「そっくりそのままお返しいたします。自らを貶め、卑下し、被害者面して周囲に当たり散らす子供のような振る舞い、私個人としては不愉快にしか感じません。ふざけたことはおやめなさい」
不快、と言わんばかりに眉を寄せた繭子の言い分に、亜由美がなおも口を開こうとするが、それを繭子が遮った。
「私が申しあげた事、ご自分に都合のいい事しか記憶しておられなかったのですね。野中さん、私は申し上げました。特待生たる身、他者の温情で学業に専念できる立場を得ているのですから、分を弁えて自らの責務を全うする為に無駄口を叩かず精進されるべきではないのですか、と」
銀縁眼鏡の奥で嫌悪と侮蔑を宿した繭子の瞳が、亜由美を正面から射抜く。
今まで隠してきた負の感情が、最早我慢ならないと言わんばかりにあふれ出ている。
「野中さん。この学院では、特待生に対して無償で様々な厚遇を施しております。教科書などの学用品は全て無料、選択授業の講習代はいただきますが授業料は全額免除、通学費も申請書類を出していただければ定期を給付、制服の上下とネクタイとベストと指定靴も給付、シャツに関しては自己負担をしていただいておりますが、初期費用及び高等部だけを見ても三年間の総額を考えればかなりの金額が動いていると小学生でもわかることです。それがどこから出ているとお思いですか? まさか天から降ってきているなんて思っておりませんよね? あぁ、学校が出している、と思っておられたのなら正解ではありますが、厳密には正しくありません」
一つ、呼吸をして繭子は周囲に視線を巡らせる。
真剣な顔をしている者達が大半で、怒りを向けている者がほんのわずかであると見て取って、繭子はゆっくりと口を開く。
「私どもの親が学院に支払った寄付金から出ているのです。優秀な方々に最高の環境とカリキュラムを、という学院の姿勢に共感し、特待生の皆様方に出資しているのです。いうなれば、未来への先行投資、と言った所でしょう。お判りでしょうか? 野中さん、貴方を含めた特待生の方々は私どもの親によって学院に通えているのです。ならば、それに感謝して誠意を見せるべきだとは思いません?」
「だからってあんたの奴隷になれってのっ?!」
「誰もそんなことは言っておりません。私が言っているのは、模範たれ、ということです」
凛として言い放った繭子に、誰もが視線を向ける。
そこに含まれる感情は、好意的なものが多い。
「私どもとて、親に養われております。ですから、親の期待に応え、家の恥にならぬようにと自信を厳しく律しております。そうではない方がいらっしゃるのも事実ですが、真面目で勤勉な方が多いのも事実。その方々と比べて貴方はどうでしょう? 赤の他人の厚意に甘えておきながら、学校設備に傷をつけて悪びれず、校則を破り、はしたなくも男あさりをする始末。同じ女だと思われるのも業腹です」
忌々しい、という言葉は口の中で呟かれたはずなのに、静まり返っているその場には嫌に大きく響いた。
「婚約者がいる男ばかりに狙いを定め、はしたなくもしなだれかかり、口づけを安易に許す様は淫売そのもの。汚らわしい」
今度ははっきりと侮蔑を込めて吐き捨てる。
「そもそも、私が苦言を堂々というようになったのは、貴方が意味の分からない難癖をつけて来たからです。愛情のない結婚なんて最低だの、一方的な執着で北條様を縛り付けるなだの、身に覚えもないことをつらつらと。最悪なのは、私と北條様が婚約していると思い込み、北條様までもそうだと勘違いしたことです」
え、と誰かが驚きの声を漏らした。
周囲は近くに居る人たちと視線を交し合い、時折、亜由美の取り巻きの一人を指さしたりして眉を顰めている。
北條、というのは生徒会長の事だ。
財閥の御曹司であり、繭子の母の妹の息子、つまり従兄に当たる。
有り得ない、うそ、そんなことって、とひそひそと囁き合う声が漏れ聞こえ、その中にはあからさまにバカに仕切ったものが込められている。
北條が睨みつけても、視線をそらしはするが北條に向かう意識はバカにしていることが読み取れる。何故なら、口元を抑えて肩を震わせているのだから。
「親に聞けばわかることを確認しない思い込みの強さにも呆れ果てましたが、一般常識と法律をご存じではおられないことに思わず脱力いたしました。このこと、叔父様にお伝えしたところ、顔を覆ってしまわれ、叔母様は泣きながらお母様に謝っておられましたわ。私としては、お二人を尊敬申し上げておりますので、特にどうということもなかったのですが…。さすがに小学生でも知っている常識を知らないのは色々と問題がありますので、跡取りに関しては再考すべし、とだけ両親と共にお伝えしておきました。今頃、素行調査も完了して、弟君への跡取り教育の準備を進めていらっしゃるのではないでしょうか」
「なっ?!」
「真実の愛、とやらをお知りになったのですから、別にかまわないでしょう? 成績はともかく、素行は最底辺もいいところの野中さんを妻に迎えるには、家と絶縁するしかありませんもの。北條をそう簡単に名乗らせるわけがないでしょう。そんなこともお分かりにならなかったの?」
嘆かわしい、と突き放す繭子に、亜由美が眉をつり上げて喚く。
「最低ね! 自分の思い通りにならないからって家族に取り入って孤立させるなんて!」
「すべては自分で蒔いた種、自業自得です。私はありのままをお告げしただけですよ。えぇ、まさか、従兄妹同士では結婚できない、という誰でも知っている常識をお知りでないなんて思いもしなかったのですから。私も、両親も、北條の叔父様と叔母様も」
あぁ、弟君も呆れておいででした、と告げる声は聞こえていたのか。
大きく瞳を見開いて固まった亜由美とその取り巻き達に構わず、繭子は満面の笑みを浮かべる。
「あ、そうそう、私、つい先日、お父様にお認めいただいて久賀さんと婚約することとなりました。いくら歴代最優秀の成績をたたき出した特待生で、我が家が良家との縁組を必要としない程に安定していると言えど、そう簡単に交際も婚約も許していただけなかったんです。お父様も厳しい条件をお出しになられましたが、久賀さんが頑張ってくださったおかげで卒業と同時に結納を交わすことになったんです」
久賀、というのは繭子や亜由美と同い年の学業特待生で、常に学年首席、学院全体テストで十位以内に入った秀才だ。クール系美少年だが、繭子に対してはかなり表情筋が動く。
「お二人も固い絆で結ばれておられるご様子。お喜び申し上げます。どうぞ、末永くお幸せに。あ、野中さん、転校先に迷っておられるのでしたらと思い、いくつか良い所を見繕ってご実家の方に送付しておきました。ぜひ、参考にしてください」
それでは、と背を向けてしまった繭子は、今しがた登校してきたのだが、家の用事で職員室に必要な書類を受け取りに行った後は帰宅する予定だったので、帰っても問題ない。亜由美が突っかかって足止めを食らった時、使用人の一人が代わりに書類を受け取りにいっていたので。
清々しい、と言わんばかりに軽やかな足取りで去っていく繭子。
置き去りになった亜由美達がその後、どうなったのかは……推して知るべし。
一応、名前が出た人だけ…。
緑川 繭子:18歳。有名金持ち学校高等部三年で、随一の資産家である緑川家の一人娘。
婚約者候補は吐いて捨てるほどいたが、親バカな父親によって未定のまま。
高等部で出会った久賀に一目惚れし、学生らしく慎ましい健全な交際をしていた。
黒髪に黒い瞳、眼鏡をかけた文系儚げな美少女(実は毒舌)。
久賀 智博:18歳。繭子のクラスメイトで非常に健全な交際をしていた彼氏。
家は普通にサラリーマン家庭。親が実は名家の、なんてこともなし。
繭子に一目惚れし、友人から初めて距離を縮めていった。
黒髪に黒い瞳のクール系美少年で基本無表情(繭子以外には表情筋ニート)。
野中 亜由美:18歳。おそらく転生主人公。色々暴走。
思い込み発言と虚言及び妄言癖有りとみなされ、カウンセリングを受ける。
家は久賀同様に普通の一般家庭、事態を知った両親は卒倒した。
栗色のくせ毛と茶色の瞳をした、活発系美少女(ただし電波)。
北條 絢斗:18歳。緑川家よりツーランク下の北條家跡取り(だった)。
生徒会長を務めるだけあって有能でカリスマだった(あくまで過去形)。
繭子と比べられ続け、苦手に思っていた。婚約者は別にいた。
黒髪に青い瞳の俺様系美少年(被害妄想と思い込みが強い)。
※ 生徒会役員達は跡取りをおろされるか、よそに婿にやられます。婿に行っても、実権も発言権もなし。もらう家にしてみれば、多額の持参金と名前、血筋が手に入る形。
※ 北條の婚約者は中等部だったのでこの騒動は後日談として知るが、繭子を姉の様に慕っていたので婚約がなくなって安心。さらに、北條の弟の方と淡い恋心を育んでいたので、婚約者がそちらに変更して歓喜。
※ 世界は現代そのものだが、微妙に違う。ドイツが帝国だったり、アメリカが王国だったりと違いは色々ある、所謂パラレルワールド。現代における乙女ゲームの舞台に酷似しているが、実は別物。
※ 法律は全く違い、現代日本ではいとこ同士の結婚は可能。
…思い付きでガッと書きました。