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7-1話

「お疲れ様です、魔王さま」


 森から出てきた佐藤をゼラフが出迎えた。


「終わった。みたいですね」

「ああ。やっとだ」


 森の唯一の出入り口からする悲鳴が聞こえた。


「どうなっちゃうんでしょうか?」

「最初の実験では、入ったものは骨どころか魂すら食われていた。次の実験では栄養を抜き取られ、ひからびていた。おそらくだがより効率的な栄養摂取をされるだろうな……それより離れるぞ。こいつら動くからな」

「は、はい」


 もともと森がなかったこの地帯に百獣が出現した理由は、百獣自身が餌を求めて自ら移動してきたからだった。


「放っておいて大丈夫なんです?」

「これからは定期的に凝縮エネルギー剤を与えておく。食事さえ用意しとけば何もしないし、その場からも動かん」

「ペットみたいでそれなら安心――て、臭っ!」

「すっかり忘れていた。貸せ」


森から離れられたことで安心し、激臭に気付くゼラフ。


佐藤は受け取った小瓶の水を頭から被った。


「ああ癒される」

「臭い臭い臭い!」

「こっち傷止めのほうじゃねえか! 早くそっちを渡せ!」

「ごめんなさい。臭い! 死体と毒花を混ぜて灰にしたみたいな臭さ!」


 新たに受け取った小瓶から液体をかけた。


 ゼラフは抑えていた鼻を、ゆっくり取る。


「……大丈夫みたいですね」

「といっても一日程度だがな。明日は一日中、身を隠して染みついた匂いが取れるのを待つ」

「よかった。魔王さまから臭いさまに呼び名が変わってしまうところでした」

「調子に乗るな」

「いてっ」


チョップが頭に入った。


「いてて……」

「……」


気が付くと、黙って顔を見合わせる2人。


ゼラフから口を開いた。


「わたくしたち。勝ったんですよね……生きてるんですよね……」

「ああ。久しぶりのジャイアントキリングだ」


落ち着いたことで、結果に実感が湧いたようだ。


自分たちの全力を尽くし、罠を張り、それでも最終的には天に任せるしかなかった戦い。

その結末が、勝利に終わったのだ。

 

2人して笑顔で喜ぶ。


「ふふふ」

「やったー! やったー! ばんざーい!」

 

「――ならば、次は我々だな」

 

新たな声がそこに現れた。


声の持ち主は、前方の少し離れたところにいた。


「おまえたちは……」

「う、うそ……」


 ゼラフは佐藤の影へ隠れる。


 2人の人間。それぞれが先程の呪眼使いに匹敵する力を感じた。

 

 己の身よりも巨大な盾を持つ女から話しかけられる。


「私の名前は、キャンディー・ストレート。堅牢騎士という呼び名のほうが、あなたたちには有名かな」

「守りに入ったその身を傷つけたものは誰一人としていない、で有名な堅牢騎士か。ということは、脇のお前はやはりあいつか」


 堅牢騎士と同じ髪色をしている男。右手に持っている杖を、地面へ突き立てた。


「うわ」

「まずい!」

 

 その動作を見た佐藤は、ゼラフを抱えて横に跳んだ。

 

 次の瞬間には、そこは変形した土が串の網を作っていた。固まった土は元のものと違って、岩のように硬そうだ。


 転がりながら、レイシステムを構える。

 

「銀色の髪から力を放て!」

 

 詠唱後、光線が男の元へ走った。男は手をかざす。白い円が生まれると、そこに光線は吸い込まれていった。


 男は杖を地面から離し、円を閉じた。

 

「失礼。悪魔に名乗る名前など持ち合わせていなくてな」

「だったらこっちから呼んでやるよ――大魔導士」

「あ、あれが」


 ゼラフの背筋に寒気が走る。

 

本名ウヴァ・ストレート。キャンディーの兄でストレート伯爵家の長男。

魔力の扱いに長け、わずか10歳で魔導学校を卒業。貴族の爵位を継ぐために魔導の道から遠ざかったが、高い実力と数々の功績から多くの魔導士や国に誘われた。


その多くの功績はほとんど悪魔に知られていないが、唯一、悪魔たちからしても有名なものがあった。


それは魔王討伐の際、最も多くの悪魔を殺したのがこの男だということだ。


ゼラフの前へ、立ち上がる佐藤。


「なぜ今ここにいる? 呪眼使いと一緒に戦えばよかったはずだ」


 質問に、大魔導士は答えた。

 

「実は、あいつは邪魔でね。貴様が仕留めなくても、我々がやっていた……魔王を葬るために、その命を捧げたと言い分も立っていた」

「ただの仲良し集団ってわけでもないわけか」

「仲良し……だと……」


 ふいに顔を伏せる大魔導士。


 背中が何度も弾けるように震えた。


「兄様? 兄様?」


 不審な挙動に、堅牢騎士が心配する。


 大魔導士は急速に体を起こした。


「わっはっはっはっはっは。仲良し、仲が良いだと――あいつと我がそんなわけないだろうが!」

 

 杖を両手で掲げる。頂点に取り付けられたリングが回転し始める。

 

 集まる見えない力に、佐藤は反応した。


「大型魔術。この様子だと、かなりの威力だ。ゼラフ!」

「はい!」


 羽に血を飛ばす。元に縮んだ羽がまた巨大化した。

 手首を掴み、ゼラフは飛ぶ。


「上へ行け。魔術は重力の影響を受けないが、基本的に人間は上方向への狙いが苦手だ」


 指示通り、ゼラフは上空へ向かって昇っていく。

 

地面の人間がアリほどの大きさになったころ。


「元素の精霊よ。魔を収束し汝の元へ。邪悪の力を炉に詰め込み、錬成を開始。変容していく力を火に。種すら残らず創り替え、我に戻したまえ。魔よ、燃えろ。汚らわしきその体を熱へ変え、火を炎に、炎を業火へと昇華させろ」

 

 リングが回るごとに、杖を取り巻いている炎が大きくなっていく。

 大魔導士は首を上へ傾けた。


「逃がすと思うか! 燃え上がった業火よ、その結びを解きて飛び立ち、魔界の王を灰へしてしまえ!」


 炎は杖の回りをうねると、拡散して舞い上がっていった。


「あれが、大魔導士の魔術!」

 

 まるでいくら走っても端まで届かない花畑に竜巻が来たような風景。花びらが世界を覆っていく。


 業火からの灼熱がゼラフたちの身を熱くし、やがて燃やされると感じさせる。


「ゼラフ。月を中心にして指示をする。4秒右へ曲がれ、それから3秒左に戻れ!」

「分かりました!」


 月へ視点を集中させ、ゼラフは鋭い曲線を描く。

 

 先に舞った炎が避けられていく。


「ほう。いい動きをするフェアリーだ」


 ゼラフたちを見上げながら、堅牢騎士はそう言った。

 

「だが、所詮はこわっぱでしかないか」

 

 大量の花びらがそろそろゼラフたちへ届く。

 今更、いや最初から一直線に横へ飛んでも逃げきれない広範囲だ。

 隙間など当然ない。


「6秒右、1秒下、4秒左、5秒上、2秒左、1秒下、7秒左、3秒右、10秒上!」

「うぅううううう!」

 

 佐藤の指示に正確に従うゼラフ。


 徐々に増えていく炎の牙から逃げていく。


「敵ながら立派といいたいところだ。悪魔でなかったのなら部下にしてやりたかったほどだな……その悪あがきも終わりのようだ」

 

 業火はもうすぐそこだった。

 

 終わった、と息を吐く堅牢騎士。ゼラフの頑張りに賛辞を送りながらも、その心はやっと訪れた魔王の死の喜びに満ち溢れていた。

 

 業火が、ここからのゼラフたちの姿を覆った。


「ターン! ここだ。ゼラフ!」

「はい!」

 

 今までになかった指示。

 

それを聞いたゼラフは、回転し、なんと業火めがけて飛行を始めた。


炎の中をゼラフは真っ直ぐ潜っていく。


(飛行中、事前に聞かされていた指示。魔術の弱いところを魔王様が見つけたら、地上へ曲がってそこに突っ込む。人間だから魔力に弱い魔王さまだけど、進化の血で服を対熱へと進化させてるから問題ない)

 

 指示の合間に聞かされた言葉を思い出しながら、ゼラフは下へ突き進む。

 

 やがて体の一部を黒焦げにしながら2人は花びらから脱出した。

 堅牢騎士が慌てて口を開く。


「何!? あの魔術を受けて無事だと!? いくら悪魔でもタダでは済まないはず」


 ゼラフを見ると、羽以外の部分には黒い布が巻きつけられていた。進化した魔王の服だ。

 

「魔王さま。これ」

「邪魔な部分をお前に預けただけだ。早く脱いで、逃げるのに集中しろ。レイシステムのエネルギーも尽きたし、もう攻撃は無理だ」

「わ、分かりました」


 佐藤からそう言われながらも、想定もしてなかった助けにゼラフは嬉しさで心臓をドキドキさせながら来た道とは別方向に飛んでいった。

 

「……」

「兄様。どうする?」

 

 佐藤たちの後ろ姿を見ながら、堅牢騎士は尋ねた。

 

「……兄様?」


 けれど何も答えない大魔導士に、堅牢騎士は疑問を浮かべながらその姿へ振り返った。


「この、羽虫がぁああああ!」

「兄様!?」


 大魔導士は右手に砲弾並みの大きさの光の玉を持っていた。

 

 それを視界に入れて、佐藤は表情を歪めた。


「聖気か! まずい、地面へ降りろ!」

 

 すぐに指示に従うゼラフ。地面スレスレに到着し、そこから高速で低空移動をする。

 

 上方向への動きしか見ていなかった大魔導士たちからは、一瞬、消えたように感じたはずだった。

 

「逃すか!」

 

 しかし、大魔導士は的確に佐藤たちへ光球を飛ばした。

 巨大化した光球は先ほどの業火よりも速い。


(躱すのは無理だ。迎撃も不可能。聖気への特化進化が間に合っても、今度はゼラフの羽が消し飛んですぐに追撃されてしまう。くそ、何か方法は?)

 

 佐藤は周囲を探す、あるのは空に浮く満月のときの月のみ。この事態を克服できるものは何もなかった。

 

 そしてその間にも光球は迫り、もうすぐそこの位置まで付けてきていた。


 佐藤は、舌打ちした。


「ちっ。ここで終わりか……」

 

 ゼラフと佐藤。1人と1体の悪魔の姿は光に飲み込まれた。


 業火とは違い、光が過ぎ去ってもそこに彼らの姿形はなかった。


本来ならば1話で済ますはずが長くなってしまいました

次話次第ではこの話と統合するかもしれません

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