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6-1話

「名前は知っていたが、初めて会ったよ。魔王」

「ひぃ!」

「こちらもだ。呪眼使い」


冷たい風が久しぶりの来訪者を包み込む。戦が始まり、殺し合いをし続けたこの場から生物は消えた。争いが終ってもなお何も住みつかず、血と肉で鉄だけがしばらく地面に残り続けた。古戦場に吹く風は村や町よりずっと寒かった。

満月の下、戦場で佐藤と呪眼使いはにらみ合っていた。


ゼラフを侍らせた佐藤から話を切りだす。


「呪眼使い。本名ダージリン・シュガー。本来は下等騎士の生まれだったが呪眼を持ったことで一家ごと出世。そこから貴族の権力争いに巻き込まれるはずだったが、管理していた町の平民である勇者に目を付けられてパーティーに参加。魔王討伐の任務を遂げ、公爵兼近衛騎士副隊長か。ずいぶんと俺のおかげで裕福になったじゃないか。菓子折りの1つでも持ってきたか?」

「よく調べているじゃないか。今までただ寝ていたってわけじゃなさそうだね。菓子折りはないよ」


 呪眼使いは力の抜けた自然体で対峙する。

 一見隙だらけだが、彼の場合そのシャンデリアのような紋様が入った目に少しでも力を入れれば呪いが発動する。向き合っている佐藤からすればいつでも気が抜けなかった。


 佐藤は状態を崩さないように小さくゆっくり呼吸をする。


「俺は今、何の力もないぞ。このまま退いて国の再建に力を尽くした方がいいのではないか?」

「ぼくはたいしたことしてないから。それに、今は違くても君はいずれこの国を脅かす存在になる」

「待て待て。そもそも俺が魔王という証拠がどこにある? 見た通りただの人間だぞ」


両手を左右に振って否定する佐藤。呪眼使いは答える。


「雰囲気かな。あなたの気配は勇者に似ている。それに、こいつが教えてくれている」


呪眼使いはネックレスを取り出した。


「世界有数の占術士と聖魔導博士が造り上げた探知機さ。これは魔王が近くにいると聖気で熱を発してくれる。今までにないぐらい熱いよ。あの部屋越し以上にね」

「なるほど。諦めるしかないというわけか」

「もう御託は終わりでいいかい? ぼくは勇者みたいに悪魔の関係者から遺言とか聞いたりしないから最初に言っといてくれ」

「ああ。それなら――」


 佐藤は魔力波動を拡散させた。本来ならばそこで反応しなければならない溜めの時間、そして呪眼使いにはそれが出来るはずだった。


 だが。


「――汚いんだよ。おまえの眼」

「あぁっ」


 忘れたかった過去と怒りが肉体を硬直させた。


 魔力は戦場全てに行きわたり、眠っていた死者を起こした。


「……ゾンビの軍団か」

「その通り。3000でこの場所が尽きたから隣の戦場からのものも詰めて約5000だ」

 

 その量と迫力は数日前のゾンビ集団よりも遥かに上回っていた。


古戦場を埋め尽くし、そこからはみ出ているゾンビさえいるほどの大量の悪魔。歴戦の兵士たちだろうと隠しきれないほどの恐怖を抱えていただろう。


「さて呪眼使い。集団リンチの開始だ」

「残念ながらそうはいかないね」


シャンデリアが回転する。

呪眼使いの眼が赤く染まり、紋様が黄金に輝いた。


これが呪いだ。眼を見たもの全てが、持ち主の命令全てに従う。人間だろうが悪魔だろうが関係ない。生物ならば例外なくこの眼に抗えない。

 

 呪眼使いは、この場にいる全てのものへ伝える。


「死ね」

「………………ふふっ」

 

 眼に見入り、命令を聞いたはずの佐藤から笑い声が漏れてきた。

 

 何が起こったか。

これまで例外などなかったはずなのに、初めて出現したそれには呪眼使いも驚きを隠せなかった。


「どういうことだ?」

「悩ませるのも面白いが、答えたほうが面白そうだから答えよう。本来ならば俺はあそこでお前たちと戦うはずだったのだ。ならば対策を怠っていないわけないだろう」


 佐藤とゼラフは自らの眼を叩いた。すると1秒だけ、そこに青白い膜が浮かびあがった。このコンタクトはあらゆる目への攻撃を封じ、呪いなどの不可視の力すら遮断する。

 あの脱出から唯一残った魔王具――『絶壁』だった。

 

「あまりの馴染み心地に当初は残っていると忘れていたが、実はあってね。いや助かった。こいつのは、俺のものが問題ないぐらいに切り取ったやつだ」

「じゃあ何でこいつらにも効かない? それほど特別な魔道具を使ってやっとなのに、なぜこれほどの大量集団の奴らにまで。目蓋ぐらいでは簡単に通過するぞ」


 戦場ではゾンビたちが一体残らずそのまま立っていた。今までだったら一度死んだゾンビにさえ聞いていたはずだった。


 佐藤は指を離れさせて、今度は目をさした。


「目、いやそれがない生物にも効くから正確に言うならば視覚だ。事前に全員目玉を繰り抜いてある」


 周囲を見渡すと、ゾンビたちの目だった部分は全て空洞だった。

 

「通常ならば視覚を失った兵士なんて後は右往左往するだけだが、元々意志などなく宿主の言うことに必ず従うゾンビならばこの後の行動に特に支障はない。最初から俺が目のようなものだからな」

「……ちっ」


 自分の力が完全に通じなかった悔しさからか、舌打ちする呪眼使い。


 佐藤は嬉しそうに口元を歪め、両手をあげる。


「いけ! ゾンビ軍団! 生前に残された貴様らの憎しみを敵へぶつけろ!」

 

 ゾンビどもは走りだした。

衰え、個体によっては失われてしまっている部位まであるはずなのにその足は速い。脳のリミッターが無くなった影響は、むしろ生前以上に彼らを強めていた。


かつて馴染んだ武器を振り回し、獲物を狙う。斬撃、打撃、突き刺し、十人十色が入り混じったゾンビどもの鋭い攻撃は呪眼使いを殺そうとした。


切り裂く音が聞こえた。


武器が唸る。風が起こる。獲物に一番近かったゾンビどもが、地面へと崩れた。半壊した肉体が砕かれる。

 

呪眼使いは足を上げて、言った。


「……」

「もしかして、ぼくにはこの眼しかないと思っていたのかな?」


 抜かれた剣身が丸い月を映す。ゾンビたちを仕留めたのは呪眼使いの長剣だった。


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