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3話

「働け! 働け! 奴隷ども!」


 佐藤はやぐらから大声で叫んでいた。

 下にいた村人たちはそれに急かされ、与えられた仕事を素早くこなしていく。


「そうだ。働かないものに飯はないぞ! 水もないぞ! 寝床もないぞ! ひどいことされるぞ!」

「じゃあおまえもそうだな」

「あうっ!」


 パシーン!

 喜びながら命令するゼラフの背中に平手打ちが加わった。


「いたた」

「いたたじゃねえ。おまえも働け、駄悪魔」

「そんなー。せっかく人間たちを奴隷にしたのに」

「労働力はあるにかぎる。それに従わらせるためにわざわざ男どもは削ってしまったんだ……正直これだけでは世界征服どころか一年を生き延びることすら出来ん」

「えぇ……分かりました」

 

 ゼラフは羽を広げて、やぐらから降りる。

 だが完全に飛び出す前に、背中から声がかかった。


「まあすぐにそんな嫌な顔をしなくて済む。今夜、出かけるから付いてこい」


 地面に着いたゼラフは人間たちの仕事を補佐した。


 やがて日が落ち、月が天に現れた。


 夜、2人は村から離れたある場所にいた。


「ぜえぜえ。結局嫌な顔するんじゃないですか」

「もう少しの辛抱だ」


 自分の体よりも大きい荷物を抱えながらゼラフは進んでいる。

 顔は若干青ざめ、汗を垂らした。


 そのまま歩いていると、佐藤は止まった。


「ほう。ここが良さそうだな」


 見下ろした手の平には十字架が乗せられていた。


「もう降ろしてもいいぞ」

「よかった。ぜえぜえ」


 地面に置かれた袋の紐を解いていく。


「そういえばこれ何なんですか?」

「見ればわかるさ。しばらく休憩していてもいいぞ」

「本当ですか。やったー」


 ゼラフは息を吸い込むと、上空へ昇っていた。


(月の光は悪魔の大好物)


 陽の時間は人間に力を与え、闇の時間は悪魔の力を増幅させる。ウルセイ教聖書の言葉であった。


 ゼラフは空中を飛び回る。その速さと運動はまるで空の支配者である鳥のようだった。


(太陽の下だとまともに体も動かせないのに、こうして月の光を浴びていると全力で飛行しているはずなのに逆に癒されている気さえする)


 昼ならばとっくに尽きている体力。それを超えてもなおまだ力が漲っていた。


「あはははは! 荷物もわたくしを邪魔するものも、何もかもない! 楽しい! 楽しい!」


 ゼラフの飛行はどんどん範囲を広げ、どんどん元いた場所から離れていった。


「……どこ? ここ」


 気づけば、知らない場所にいた。


「どこかの森みたいだけど」


 周囲は木や草で溢れかえっていた。

 空を覆う茂みの潜りながら、ゼラフは脱出できる場所を探す。


(すごい静かだ。獣の寝息さえ聞こえない。そもそも生物らしきものすら見当たらない……けど本当にここどこなんだろう? 地図を見せてもらったけど近くに森らしきものはなかったはず)


 考えを巡らせていると、途中で土を踏む音が聞こえた。

 後方だ。


(まずい!)


 ゼラフは振り返って誰もいないことを確認してから、すぐ近くの木へ隠れた。


(動物? 悪魔? 人間? 一体だれが――)


 目前の木の幹。それが左右に割れた。


「ひぃ!」


 挟むようにこちらへ来た幹を横に避けた。

 幹は鉄と鉄がぶつかったような音を鳴らす。


「なにこれ!?」


 驚くゼラフ。しかし自分を襲ったものの正体を知る時間はなかった。

 

「くっ!」


 腹の脇を何かが通った。切られたような跡ができて、そこから血を流す。

 

 ゼラフは全力の飛行を開始した。


(ともかく、逃げなきゃ)


 後ろで様々な音が聞こえる。

 自分が聞いたあの木の音も聞こえた。


(追われている)


 音は少しずつ大きくなっている。


 追いつかれている証拠だ。


 佐藤といたときとは真逆の、冷えた汗を流しながらゼラフは前へ進む。


「あった! 出口だ!」


 月光に照らされた草原が見えた。


 ゼラフはそこへ速度を落とすことなく突っ込んだ。


「よし! こ……れ…………」


 喜びは絶句へと変わった。


 出口に差しかかった場所。

 そこでは無数の鞭と袋が待ち構えていた。


「きゃぁあああ!」


 悲鳴をあげるゼラフ。

 だが、彼女を傷つけるものは決して容赦しなかった。


 ――ゼラフの命が失われる。その寸前、銀光が線となって輝いた。


「え?」


 数十の鞭や袋。それらは全て鋼鉄の矢によって貫かれていた。


 ゼラフは首を回すが、どこに誰もいない。


「誰? 新たな敵? 味方? こんなこと出来るの将軍でもいなかったと思うけど……はっ!」


 前方の脅威は去ったが、後方のほうは去っていなかった。

 音がいまだ近づいていることが分かったゼラフは出口から上空へと飛んだ。


(……よかった。もう何も追ってこない)


 振り返って見下ろすと、そこには森しかなかった。


 汗と血を拭いたゼラフは、羽を動かし始める。幸い傷は浅く、すぐに再生しそうだ。


(よく分からなかったけど、そろそろ準備も終わった頃だろうし、とりあえず魔王さまの元へと戻ろう)


 ゼラフは森から離れていった。


----------


 何とか元いた場所までゼラフが戻ると、そこには魔法陣が刻まれていた。


「帰ってきたか」

「今回は何を呼び出すんです?」

「ゾンビだ」


 ゼラフに疑問が湧いた。


「ゾンビですか? 造るのは簡単ですが、本体の意志が弱いので呼び出すのは大変だと聞きますが」

「そうだな。進化の血で最大限に呼び出す範囲を伸ばしても出てこない」

「じゃあ無理なのでは……」


 途端に、地面が揺れ動いた。

 石が転がり、岩が震え、木が騒めく。

 何事かと警戒するゼラフの視界で、大きな変化が起きた。


「あれは」

「きた」


 地面に亀裂が生じる。

 ひび割れたそこから人間の形の手が生えてきた。


 生えた手は地面を掴む。すると引っ張り上げるように体が出てきた。


 大部分が人間の体を保ちつつも、どこか腐ったり砕けたりしている悪魔。

 ゾンビだ。


「け、けどこれは」


 出てきたゾンビは一体だけではない。

 大人の男ぐらいしかない大きさの腐敗した肉体が視界全てを埋め尽くしている。首を回してもどこもかしもゾンビだ。


「さすがは古戦場。数を揃えている」

「うわぁあああ!」


 ゾンビに慣れているはずのゼラフすらこの光景に怯えてしまっていた。

 

 多勢に佐藤は宣言する。


「我、汝らを呼び出したものなり。呼び出しに応じること自体が条件のため、今から汝らと契約を結ばせてもらう」


 発光していた魔法陣がさらに光を強くする。

 契約成立の現象だ。


 佐藤は主として命令する。


「まずは状態を把握したい。20人ごとに縦に並んでくれ」


 ゾンビたちは動き出す。

 目算で100を簡単に超える数の集団が一斉に進みだすのはどことなく不気味さがあった。

 

 ゾンビの整列の前で、佐藤たちは会話する。


「ま、魔王さま。なんでこんなゾンビたち多いんですか?」

「俺が支配する前は人間どもの内乱も多かったらしくてな。この場所はそれに用いられていたらしい。村長に死体が多くありそうなとこはと訊くと、ここだと教えてくれたよ。あと一気にこの数を呼べたのはこれのおかげだな」

 

 そう言って、十字架を出した。


「十字架には霊を弾く力がある。そこを進化させて、霊気のより多い場所を探したからだ」


 十字架が震えている。これが霊気を弾いているということなのだろう。

 この震えが一番大きい位置が、先程まで魔法陣を張っていたところだ。


「では、どうやってゾンビを呼び寄せたんですか?」

「血だ。朝と夜、村人たちに1日2回の採血をさせていただろう」

「ああ。来てからすぐやらせてましたね。ということは5日分くらいですか」

「そうだ。血縁者、恋人、友人。より近しいものほど血は強い媒介となる。おそらくと睨んでいたが、ここで起こった争いから逃げ出したものや女を襲ったやつがいたのだろうな……終わったようだな」


 話していていると、ゾンビたちの行動が止まった。


「うわぁ」

「もはや大隊だな。小さな国ならこれで滅ぼせるぞ」


 100どころか1000さえ超えていたゾンビ集団。

 醜き絨毯のような光景を見下ろしていると、佐藤はずっと考えていたことを呟いた。


「そういえばディナハルトのやつどこ行ったんだ?」

 

 村の男どもを惨殺し、自らに村を献上したゴースト。

 実は村に来てから彼の姿をすっと見ていなかった。


「え?」

「どうした、一体?」


 困惑した反応を示すゼラフへ顔を向ける。

 すると驚くべき言葉を伝えてきた。


「あのゴーストなら王都へ行きましたけど?」

「はっ?」

「いや主の仇である騎士団を倒し、そして王都も乗っ取ってみせるんだって。そう言ってましたけど」

「ちょっと待てちょっと待て」


 頭を抑える佐藤。


 深呼吸をしてから、尋ねる。


「何で、俺にそのことを教えなかった?」

「いやそんな重大なこと当然わたくしに話す前に魔王さまに話してるかなって――ぎゃぁあああ!」


 両拳に頭を挟まれるゼラフ。

 グリグリしながら佐藤は叫んだ。


「嘘だろ! ふざけんなぁあああ! お前も言っとけよぉおおお!」

「だって、そんなこと」

「うるせえぇえええ! 問答無用だぁああああ! この堕悪魔がぁああああ!」

「いやぁああああ!」


 夜の古戦場に、二人の声は響き続けた。


「奴らが来てしまうぅううう! もう終わりだぁあああ!」


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