1話
「あそこだ。あそこで降ろせ」
「はい。分かりました」
佐藤が指さす山のふもとに降りていく。
そこにあったのは、死体の山であった。
「こ、これは」
ゼラフは鼻を抑えて、死臭を嗅がないようにする。
「お前が嫌がるということは、これは悪魔の死体か」
悪魔にとって人間の死体は餌だ。
そこから漂う匂いからは、唾液の出を抑えられない。
だがその逆、同族である悪魔の死体は生理的に嫌悪感を示すものだ。
「ですね。でも、見た目は人間のものに見えますからゾンビでしょうか」
「しくったか。まあいい」
そう言って、佐藤はゾンビの山に手を突っ込んでいく。
「あ、魔王さま。お体が汚れに」
「いいから早く手伝え。この駄悪魔」
「は、はい。でも何をすれば」
「心臓を採れ。生きてなくてもいい、とにかく数を集めろ」
「はい」
そうして、2人は心臓を集めだす。
時間は夜まで及んだが、むしろ悪魔は夜のほうが主体なので効率はかなりよくなった。
朝方。
「お、終わりました。魔王さま」
「ごくろう。だが、血をこっちに付けるな。臭いぞ」
「あ、すみません」
疲れて寝てしまった佐藤は、伸びをしながら立つ。
「それで、何をするんですか?」
「こうする。おい、この骨に血を入れてこい」
死体の山で漁ったこの中では最も大きいしゃれこうべを、佐藤はゼラフに渡す。
そのまま、ゼラフは肉を絞って血を採取していく。
「終わりました」
「それじゃあ寝てろ。こっちはまだ時間がかかる」
そして時間が経ち、もう夕方の頃。
「起きろ! この駄悪魔」
「あ、すみません」
痛む頭を抑えながら、ゼラフは目を開く。
その先には、魔法陣があった。
「あの、これって」
「ああ。ゴーストを呼び出すための魔法陣だ」
たいていの悪魔は、やり方を知っていれば魔法陣によって呼び出せる。
今回は、種族単位での呼び出しを行う魔法陣だ。
「でも、ゴーストなんてどうするんですか? とても使えるとは思えませんが、あの空気たち」
「貴様よりは使える。といっても、工夫は必要だがな」
佐藤は、己の血を魔法陣に入れていく。
「現段階の俺に残っている唯一の力だ」
「え、あの魔王具は出せないんですか?」
「ああ。爆発時の衝撃と煙を吸ったせいで体が弱っている。時間が必要だ」
「なら待ちましょうよ」
「待たん。俺は待つことが大嫌いなんだ」
「ええ……」
そして血が馴染んだ頃、佐藤は魔法陣に手を置き、呪文を唱える。
内容としてはゴーストへの賛美。
そして、多数の生贄を報酬する約束。
手前金もあることを伝える。
その呼び出しに応じた悪魔がいたのか、魔法陣が輝き始める。
そして、現れた。
「かーはっはっはっは! オイラを呼んだのはどこのどなたさんだい!」
赤い目を持った骸骨。
足がないことから、ゴーストだと分かる。
「俺だ」
佐藤は、悪魔の目の前で自分を指さす。
ゴーストは、その顔を凝視してきた。
そのとき、あることに気付く。
「おやおや。あなたは確か、元魔王様でしたっけ? かーはっはっは」
「殺すぞ」
「かーはっはっは。雑魚が調子に乗るなよ」
2体の悪魔は、互いに戦闘態勢になる。
何かきっかけでもあれば、すぐに戦闘が始まるだろう。
そのとき、横から大笑いする声が聞こえた。
「あっはっはっは。その通りだ、ゴースト。俺はあの戦力を持ってしても勇者に勝てなかった馬鹿魔王よ!」
あまりの場違いさに毒気を抜かれ、悪魔たちは戦闘態勢を解いた。
「まあ、それはさておき。貴様、力が欲しくないかね?」
その言葉に、ゴーストは驚くが、すぐさま諦めた顔をする。
「欲しいさ。出来ればそこにある生贄よりもな」
心臓の山を見てから、ゴーストは言う。
ゴーストは弱い。
たとえどれだけ強くなったとしても、上位の悪魔とは種族的な差がある。
(ふざけるな! ゴーストたちを差し置いてあんな醜き奴らに力がある! なぜゴーストに力が無い! これでは不平等が過ぎる!)
それは、ゴースト種族を愛するこのものにとって、どうしても許しがたいことであった。
佐藤は、ゴーストに目線を送りながら、ゼラフに声をかける。
「ゼラフ、葉を持ってこい」
「は、はい」
ゴーストは、それを訝しむ。
「どういうつもりだ?」
「そう焦るな。見てろ」
葉に、今ナイフで切った指先から血を当てる。
その途端、葉は金色へと変わった。
「なっ!?」
「ゼラフ、叩いてみろ」
「はい」
ゼラフが、片手に乗せて潰すように叩くと、葉はガシャンと金属音のような音をさせた。
「な、何が起こった!?」
「進化の血だ。これを受け入れれば、貴様は一段階上の生物になれる」
ゴーストは口を震えさせながら喋る。
「ふ、副作用とかはないのか?」
「ない。全ては俺が容認するかどうかだ」
嘘を感じられない自信満々の答え。
ゴーストはそれを信じた。
「な、ならそれを渡せぇええ!」
そして、血を奪おうと襲いかかった。
その瞬間、心臓へ向かう手を光が止める。
「なんだこれは!?」
引っかくように、何度も光の先に手を伸ばす。
だが、光はまるで壁のようにそこで手を阻む。
佐藤は笑みを浮かべる。
「魔法陣を進化させてある。進化の方向は守り特化だ」
「そ、そんなことも出来るのか!?」
佐藤は、また同じように自信満々で答える。
「出来る。俺が許せば、何でも出来る。さあ、お前を育ててくれた種族に、影に埋もれていた一族に恩返しをしようじゃないか」
その言葉を受け、ゴーストは跪いた。
「分かった。このゴースト――ディナハルトの名において、汝と契約をいたそう」
「おーけ」
佐藤とディナハルトは握手をし、契約を完了した。
「それで魔王さま、どうするんですか? この雑魚を率いて」
「ざ、雑魚だと。この雌が!」
ディナハルトは襲いかかろうとするが、佐藤に手で制されて止まる。
「待て。せめて強者を自負するならば、むやみやたらに弱者に噛みつくな。弱く見えるぞ」
少し考えた後、ディナハルトは跪く。
「……仰せのままに」
「やーいやーい。雑魚のくせに調子に乗るか、いたっ!」
ゼラフは拳骨をされる。
「それでディナハルト。最初の仕事だが」
佐藤は、夜に映える火の集まりを指さす。
「あの村を襲え。そして、1人残らず殺せ」
「仰せのままに」
ディナハルトは、闇の中をその白き体で飛んでいった。