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プロローグ

「すみません、魔王様」


 四天王最強の悪魔――ガルキアが前のめりに倒れていく。


 倒れた背に、勇者は告げる。


「あなたは強かった。そして誰よりも気高かかった。それなのに、なぜ魔王を」


 悪魔は死んでいる。

 だが、その顔に死への苦しみは見えず、死ねたことを満足すような笑みがあった。


「……勝った?」


 悲しそうに、仲間は2人を見つめた。


 勇者は首を振る。


「いや、まだだ。まだ終わっていない。あそこにいる魔王を倒すまで、この戦いは終わっていない」


 そう言って、4人の仲間と共に、魔王城を見つめた。


 ----------


 カッカッカッ。

 キーボードを叩く音が、部屋中に聞こえる。


「オークが1体、オークが2体、オークが3体……さあこい、さあこい。騎士にエルフにクノイチ。女たちよ、この城に入ってきやがれ。貴様らが、いくら愛の力に目覚めようがエロスでそれを吹っ飛ばしてやるよ。見てろよ、女に媚びた男どもよ。お前たちがいくらその媚びを愛と言おうが、所詮は棒と穴の関係なんだよ」


 男は、目に垂れてくる汗も気にせずに、一心不乱にキーボードを叩いていく。


 その背後にある扉が、ギィギィと音を立てる。

 男がそれに気付かずに放っておくと、ガシャーンと壊れるような音がして扉が開いた。


「魔王さま! 伝令です!」

「ああん! こっちは今いそがしんだよ!」


 入ってきた悪魔を、男は殴る。


 その悪魔は、泣き始めた。


「ご、ごめんなさい。ですけど」

「うるさい! 黙れ!」

「は、はい」


 悪魔は、床に黙って座る。


「触手が1本、触手が2本……ヒーヒッヒッヒ」

「あ、あの魔王さま」

「どうした、ゼラフ?」

「あの魔王さまって、たしか昔は違う世界にいたんですよね?」


 一瞬で、眼球が触れるくらいに顔を近づけられる。


「ひぃいいい」

「いつもなら怒っていたところだぞ、ゼラフ。だが、今日の俺は機嫌がいい。教えてやらんこともない」

「あ、ありがとうございます。魔王さま」


 頭を下げているゼラフに、魔王は天を見上げながら語る。 


「前の世界にいたころの俺は、いわゆる落ちこぼれだった」


 その口調は淡々としている。


「喧嘩で勝ったこともないほど力もなく、テストも得意な科目以外は全てビリなくらいに頭も悪く、デブで不細工でチビの容姿も悪い人間だった」

「今もたいして変わらな、いたっ!」


 ゼラフは喋りきる前に、ガツンと拳骨された。


「だが、そんな俺にも運命は微笑んでくれた」


 先程までと違い、懐かしむように話す。


「ある日、神が俺のところに来た。そこで神は言った。我に従い、ある世界を助けてやってくれと、その分の力はやると」

「それで、神様に力をもらったと」

「は? なに言ってんだお前。俺が誰かに従うわけないだろ」

「え?」


 キョトンとするゼラフ。

  

「まあここからはこれを見てもらったほうが早いな」

 

 魔王は指輪の石を回す。すると球体の中心から映像が飛び出した。

 

「記憶が投射される」 

「相変わらず凄い性能ですね。魔王具」

 

 感嘆していると、映像が白い薄膜から二人の人間が話している姿へと変わった。

 老人が若者へと語りかける。


『それでは勇者よ。我に従い、世界を助けてくれ』

「なんて魔力……」


 ゼラフは息を呑んだ。

 映像からすら感じる神々しさ、そしてあまりの力量差に、敬意と恐怖を浮かべた。

 

『ちょっと待った』

『質問があるのか? 良いだろう。訊きたいことがあるなら好きに訊いてくれ』

『ふざけんじゃねえ!』

「えええええ!!」


 叫びとともに、若者は老人の頬に拳を打ちこんだ。

 ゼラフが舌を飛び出させるほど驚く一方、映像の中で若者は殴り続ける。


『ぐらは! ゆ、勇者よ。一体なにを……!?』

『いきなりやってきて好き勝手に何言ってやがるジジイ! ボケたか!?』

『貴様! 神に対してその口は何じゃあ!?』

『なにが神だ! 一本も残ってねえくせに! それに俺は自分以外の誰かに従うことが大嫌いなんだよ!』

『貴様ぁあああ、言ってはならんことをぉおおおおお! ぐわぁあああ!』


 カウンターが入ろうとしたが、その前に老人の顔へ渾身の一撃が当たった。

 部屋が真っ白になるほど映像が発光すると、またただの薄膜へと戻った。


 魔王は指輪を戻した。


「後で分かったがこの瞬間に世界が滅んだ。神を倒した俺は奴の力を――」

「あの、魔王さまって喧嘩よわいんでは?」


 弱いものは強者にただ怯えるのみ。それがこの世界の常識であった。

 神という絶対のものに、人間でも落ちこぼれのものが殴りかかることなど、真実を目の当たりにしてもゼラフにはとうてい信じられなかった。

 実際、神に殴り返されてしまえば、その時点で体が粉々になってしまうほどの力の差だったはずなのに。


 問いを、魔王は鼻で笑った。


「それがどうした? 俺は相手がいくら強くても偉くても気にくわなければ戦いにいくぞ。まあ、勝ったことはあれくらいしかないがな。いま見ると懐かしいな、はっはっは」

「あ、あの魔王さま」


 急に、ゼラフは頭を地面に着くように下げた。


「何だ? 土下座して」


 魔王がその訳を聞こうとしたその瞬間、警報が鳴る。


「ま、まさか」


 モニターを見る。


 上級悪魔たちの生命反応が全てなくなっていた。


 ゼラフに駆け寄り、顔を掴む。


「ゼラフ。もしかして勇者が来たのか!」

「は、はい」

「なぜ、それを言わなかったんだ!?」

「魔王さまが黙れって」

「時と場合を考えろ!」


 更なる警報が発される。


「これは、誰かが無断でこの部屋に近づいた時のもの!」


 モニターを切り替える。

 もう直前まで、侵入者は来ていた。


「ゼラフ、手伝え!」

「は、はい」


 扉を閉め、部屋の物をおもしにして開けられないようにする。


「どうすればいいんだどうすればいいんだどうすればいいんだ」


 頭を抱え、悩んでいるうちに勇者たちはそこに来ていた。

 開けろ、開けろと扉を叩いてくる。


「どうすれば――」

「さっさと開け! この軟弱もの!」

「うるさい、黙れ!」

「軟弱ものに軟弱ものと言って何が悪い! 四天王たちはみな立派に向かってきたぞ」


 魔王は机をぶん殴った。

 痛む拳を抑えながら、扉を睨みつける。


「殺すぞ! このクソ野郎ども! 人があーだこーだと考えているのに邪魔しやがって。ああ、もういい。やってやるよ。お望み通りにやってやるよ」


 『奥の手』と書いてあるスイッチを押す。

 そこから数字盤が出てきて、中の数字を押していく。


「あの、魔王さま。何をする気ですか?」

「自爆」

「えええ!」


 数字盤が割れ、中から別のスイッチが出てきて、それを押す。

 

 ――残り60秒で、この城は爆発します。


 城内全てに響いた音声を聞いて、勇者たちは逃げていく。


「やりました、魔王さま。さあ、脱出しましょう」

「無理だ」


 喜んでいるゼラフとは対称の、冷たい声で淡々と語っていく。


「この爆発からは、俺の足じゃ逃げられない」


 窓に近づき、熱を創りだして鉄格子を溶かす。


「いけ。爆発は下にいくようにしてある。上のほうに飛び続ければ、怪我もせずに逃げられる」

「ま、魔王さま」


 その名を呼びかけた途端に、ゼラフは鋭い目線で睨まれる。


「早くいけ! 殺すぞ!」


 ゼラフは目を瞑りながら、飛んでいった。


 部屋の中で、魔王は椅子に座る。


「どうせあいつらも死ぬ。なら悪くはない」


 思い残すことはない。

 ただ、部下を無駄死にさせてしまったのは少しだけ心に引っかかる。


「まあ、地獄で謝ることにするか」


 この日、魔王城は壊滅した。

 これにより、魔と人との関係はまた同一線上に戻っていった。


 ----------


「お前なぁ」

「えへへ」


 雲の近くで、ゼラフは魔王を掴んで飛んでいる。

 あの後、すぐに帰ってきて無理やり魔王を引っ張ってきたのだ。


「お前、もう少し遅かったら死んでたぞ」

「魔王さまが変に抵抗したからじゃないですか」

「あのなぁ」


 呆れる魔王に、ゼラフはあのとき言えなかったことばを言うことにした。


「魔王さま、実はあのとき言ってないことがありまして」

「何だ?」


 ゼラフは、息を吸い込んで、大声で叫ぶ


「わたくしは、一生あなたについていきます!」


 キーンと耳なりがし始めた。

 魔王は、ゼラフを睨む。


「うるさい」

「ご、ごめんなさい」


 彼は心中で思う。

 まだ、こんなにも自分に期待するものはいる。

 なら、答えてやらねばな。


 その思いを、彼は言葉にした


「また、世界征服するか」

「はい」


 魔王――佐藤 琢磨。

 2回目の世界征服の始まりであった。


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