魔王様 人の街に行く
左右を森に囲まれた、土を固めただけの街道を抜けると、高い石造りの城壁が見えてきた。
こちら側の街道からはオーマとオルトンを乗せた馬車しか見えなかったが、反対側の街道からは多数の馬車や人が結構な賑わいを見せている。
合流地点から右に曲がると、城壁の一部が四角い巨大な門になっており、街に入る人や馬車が列を成していた。
(おお! 初めて見る人間さんの街! ……しかし見た所、結界は張ってないよな? 感知型のみか? だとしたら凄い技術だな! 俺にも感知させない感知型の結界なんて! 余程強い兵力を有しているんだろうな。あの脆い石壁は自信の表れと言ったところか!)
オーマはキラキラと目を輝かせながら城壁を見上げ、やや明後日の解釈をしていた。
列が進み、オーマとオルトンの乗った馬車が門兵の前に進み出る。
城壁の詰め所から顔を出した門兵がオルトンに気づき声を掛けてくる。
「おう、オルトンじじい。まーたこっちまで出張って狩りか? 村の近くの山で済ませときゃいいじゃねえか」
「うるさいわい。村ん近くじゃよう狩れんから来とるんじゃ、ぶつくさ言わずに仕事せんかい。こっちの旧街道沿いにロックウルフが群れで出たぞぃ。あれを退治するのがおまんさんらの仕事じゃろがい!」
オルトンのセリフに門兵の顔が少し真剣味を帯びる。
「害獣か。じいさんよく生きてたな? 領主様にはこっちで一報いれとくわ。――おい伝令!」
積み荷を調べていた門兵が一人駆け寄ってくる。
その門兵に詰め所に居た門兵が二、三言葉をかわし、駆け寄ってきた門兵が馬に跨がり街の中に走り去っていく。
指示を出し終えた門兵が再びオルトンを見据えて声を掛けてくる。
「ギルドにはじいさんの方で頼むわ。多分領主様から依頼が出る形になるとは思うけどな。もし依頼が出なかったら挙兵になるだろうし、その間ギルドの奴らが知らんで二次被害が出ても困るしな」
「言われんでもいくわい! 害獣は報告義務もあるし、ちぃとは報酬も出るからな!」
「それで――」
門兵の視線がオーマを捉える。
「そっちの人はどちらさん?」
(おおう! 人間さんが話しかけてくれたぞ?! 落ち着け落ち着け。これから『街』に入るんだぞ? この先は山のように人間さんがいるんだ。一々驚いていたら身が保たないぞ! 予想される会話パターンを二千百五十六通りも考えてきたんだ! 俺に手抜かりはない筈!)
オーマが落ち着きを取り戻すために深呼吸をしている間に、オルトンがオーマを手早く紹介した。
「こちらぁ魔法使いのオーマさんじゃ。危うく寿命前に逝くとこじゃったワシをすんでで助けちくれての、今も街まで行くいうで護衛しちもらいながら同道しちょったんじゃい」
「へぇー、魔導師か。ロックウルフを単騎で撃退するなんて腕がいいんだな」
にこやかな表情で話しかけてきた門兵に、深呼吸を終えたオーマが同じく笑顔で返事を返す。
「こんにちは。いい天気ですね?」
「お、おぅ。いっ、いい天気、だな?」
突然天気の話を切り出したオーマに狼狽える門兵。
そんな門兵の反応も気にせず、オーマは握り拳を作って軽くガッツポーズを決める。
一連のやり取りを見ていたオルトンが苦笑を浮かべながらフォローをいれる。
「なんでも、どえれぇ田舎から出てきたらしくてなぁ。ちぃぃとばかし変わっちょる。あんま気にせにゃあ」
「おう。いきなり話が飛ぶからびっくりしたぜ。っと、積み荷も問題なしだな。本来なら入門税が銅貨五枚なんだが、害獣報告を兼任してっから、タダにしとくか」
「あったりめぇだクソガキ。てめぇの仕事を変わってこなしてくれた魔法使いのにぃちゃんにワシから金取ろうなんて百年はえぇんじゃ、バカたれ」
フンと鼻を鳴らすオルトンに怖い怖いと肩を竦める門兵。門兵がそのまま手を振り、馬車の前で見張っていた別の門兵に通過の合図を出す。
因みにオーマは人の世界では貨幣が流通されているのを勉強して知ってはいたが、魔族の間では貨幣が流通されておらず、代わりになりそうな純度の高い鉱石や溶かして固めた棒状の純金を持ってきていた。
街に入る際の挨拶が上手くいったので、この後の街に入るためにお金を払うやり取りも上手くいくはずと自信をつけていたのだが、払うことなく門を通されたので、やや拍子抜けもしていた。
(出来ればこの袋一杯分で入れたらと計算して、駄目なら何らかの労役で足りない分を補うと思ったのだが……やはり人間さんは良い人ばかりだなぁ。挨拶をするだけで美味い食事を出してくれたり、恐らくは見た目に反して強固な門を通してくれたり。むむっ、こうなると魔族の閉鎖的な環境も考えものだな)
オーマの中ではロックウルフを倒したという意識は特になかった。
なのでオーマの中では、オルトンはオーマの旅の現状を見かねて食事を施してくれた良い人、門兵はサービスで入門税をタダにしてくれた良い人になっていた。
勿論、人間にも悪い人間がいるのは書物や伝聞でわかっている。それでも単純にそう思ってしまうのは、生きてきた時間に反しない経験不足によるものだ。いってみれば生まれて二百年、城に引きこもっていたため、重度の引きこもりが初めて外に出たようなものなのだ。
だからオルトンや門兵はオーマの事を少し変わった奴とは思っていたが、魔導師にはそんな奴が多いと言われていたので、そんなものかと納得していた。
オーマの方は膨大な試行錯誤の末、幾通りもの対処を考えてきたので、自分は人の中に完璧に溶け込めていると思いこんでいた。
オルトンが操る馬車がゆっくりと門を抜けていく。
こうして魔王は何の抵抗や反発もなく、人間の街の門をくぐったのであった。
人間の文化や人間自身に多大な興味を抱いて。