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魔王様 煙を食らう

「焼けたでなぁ、えんりょせーで、食っちけれ」


 夜の帳が降りた街道脇の草原に、魔王と爺さんが焚き火を囲んで座っていた。


「いただきます、オルトンさん」




 爺さんの名前はオルトンといった。

 白狼を撃退した後、街道に倒れ込む魔王に、オルトンは謝罪とお礼を述べ、白狼に追われていた経緯を話した。


 オルトンと名乗った爺さんは、この街道の先の村で猟師をやっているらしく、今回は近くの森の獲物が減ってきたため、あまり狩りすぎると森のバランスを崩すからと、少し遠出をしたそうだ。

 その成果は上々で、荷馬車に狩りとった獲物を積み、ホクホク顔で村に帰還する最中に、街道脇にあの白狼達を見つけた。

 あの白狼は肉はマズく毛皮も質が悪く好んで狩る者はいないそうだが、熱を感知する魔法を有しており、よく街道脇に待ち伏せしては馬や人間を群れで襲っているらしく、国からは害獣認定されており、見つけ次第近くの街に報告する義務があるそうだ。

 報告を受けた街は、ギルドに依頼を出すなり領主が挙兵するなりして害獣討伐をするらしい。


 オルトンはすぐさま荷馬車を反転させ、全速力で馬を駆けさせたが、街道脇にポツポツと白狼が現れては、道を外れないように誘導され、いつの間にか左右を白狼に囲まれていたそうだ。

 このまま進んでも馬が疲れを見せた瞬間殺され、かといって減速するわけにもいかず、止まればあっという間に囲まれて喰い殺されるだろう。

 弓や鉈は持っていたが、激しく揺れる馬車の上で狙いなどつけられず、止まって応戦しても一匹か二匹仕留めた所で群がられてしまうだろう。


 この街道はもう使われていない旧道に近く、助けを求めようにも利用者がないため、人気がなくそれもできない。おそらくは白狼達もそれを計算してこちらに誘導したのだろう。

 段々と狭まってくる白狼達の包囲網。オルトンは数瞬先の未来を想像してキツく目を閉じていた。


 声を掛けられた気がして目を開けると、そこには――――爆走する馬に併走する、笑顔の魔王が走っていた。


「あんときゃーよ、まっぼろしでも見たかと思ってよぉ」


 未だに信じられないという顔のオルトンは、新しく捌いた肉を木串にさして塩をかけ、火で炙るため焚き火の近くに挿した。

 今焼いている肉は、オルトンが仕留めた猪の肉だ。白狼のものではない。

 白狼の肉はひどく臭い、味も人の舌にあわないので、他の魔物が寄ってくる前に二人で協力して骸を集め、草原に穴を掘り埋葬した。




 白狼の骸がバラバラだったため埋葬に手間取り、いつの間にか日が暮れてきていた。

 オルトンが言うには夜の森は危なく、見通しが良く開けた草原の方が危険も察知しやすいとのことで、街道脇に荷馬車を止め野営の準備を始めた。

 その際、命の恩人に是非お礼をしたいというので、魔王はオルトンが仕留めた獲物の丸々一匹を夕食にご馳走になっていた。


 魔王としては食事にそんなに関心はなかったのだが、老人さんとじっくり話す機会を逃がす訳がなく、二つ返事で了承した。


 しかし食事を取る段階で会話がピタリと止まってしまっていた。

 原因は、魔王がガツガツと肉を食べ、オルトンがひたすら肉を焼く作業に分かれてしまったからだ。この時魔王は初めて口に物を含んでいると上手く喋れないと知った。


(なんだこれ?! 俺の知ってる食事と違う! そうか! これが“美味い”だな!)


 今まで味わったことのない味に魔王が舌鼓を打っていると、それに気を良くしたオルトンが次々と肉を焼く。


「腹減ってたのかい、にぃちゃん? じゃんじゃんやってくれぃ! こちとら明日の朝日もおがめなくなる所だったんだ、そうこなきゃ、恩にむくいるとは言わんだろ」


 カカカッと笑うオルトン。黙々と肉を消費する魔王。


 ――しばらくは、魔王が肉を咀嚼する音と焚き火の火がはぜる音だけが、草原の上で響いていた。





「ふぅーー。いやぁ、美味かった。こんなに美味しい食事は初めてだよオルトンさん」


「なーに大袈裟な。塩振っただけの猟師飯よ。本当はちゃんとご馳走したいんだがなぁ……、ロックウルフ見つけたら近場の街に報告にいかにゃーならん。ゆっくり村に帰って歓待するわけにもいかんからなぁ」




 そう言うとオルトンは、懐から徐にパイプを取り出し、ポケットから取り出した草をパイプに詰め、焚き火から火種を貰いパイプの先に火をつけた。

 オルトンがゆっくりパイプを吸い紫煙を吐き出す。


 魔王は一連の動作を驚いた表情で見ていた。

 その表情を勘違いしたオルトンが済まなそうな顔をする。


「あ〜、すまんね。食後の一服がつい習慣づいちまっててねぇ」


 魔王の気分を害したと思ったのかオルトンが火を消そうとしたが、魔王が慌てて手を振りそれを止める。


「あ、違う違う! それを初めて見た物だから。なにかと思って……煙を食べるのか?」


 魔王の発言をオルトンは面白そうに声を上げて笑った。


「カッカッ! なーに、にぃちゃん。煙草見たことないのかい? こういうんは食うじゃのうて吸う言うんよ」


「……そうか。何故煙を吸うんだ? 宗教か?」


「なーぜって、そりゃあ、美味いからなぁ」


「うまっ、美味いのか?! その煙が?! オルトンさん! 俺にも少し……」


 魔王のその言葉に、オルトンは笑いながら新しいパイプと草を魔王に渡した。

 パイプを受け取った魔王は、先ほどのオルトンの真似をして草を詰め火をつけ、思いっきりパイプを吸い込んだ。

 パイプの先がボフッと音を立てて大量の煙を吐き出す。

 思いっきりパイプを吸った魔王も、オルトンが吐き出している何倍もの紫煙を口から吐き出した。

 魔王は首を傾げた。


「……? オルトンさん、何か間違ったか? 只の煙だ。全然味がしないんだが?」


 魔王の行動にオルトンがまた声を上げて笑う。


「そらーそうだろ。煙草ちゅーのは、香りを楽しむもんだぁ。味も食いもんとは別の意味でうめーからよぉ」


「……そうなのか。全く理解できん」


「そうだろなぁ。吸わん奴にはよくわからんことだろうなぁ」


 オルトンは魔王にパイプをやると言った。落ち着きたい時に一服吸うのが煙草の通例だそうだ。

 魔王は二度と使うことはないだろうが、ありがたく受け取った。いい土産になると思ったからだ。


 オルトンが煙草を燻らせながら二人はポツポツと雑談をした。


「――アンタ大した魔法使いだぁ。長いこと生きてきたが、アンタみたいな若さで強い魔法使う奴は見たことねぇ」


「そうなのか? 自分ではあまりそうだとは思わないが……」


「アンタがどっかのギルドに入ってないのが不思議だぁ。王宮にいても見劣りせんよ。なんせ、襲ってきたロックウルフ全部バラバラにしちまうんだから」


 実際には、最初の数匹は素手で退治したのだが、オルトンの目では捉えることができなかったため、魔法だったのだと結論していた。

 魔王も特に重要なこととは思わず訂正しなかった。


「あんだけ強かったら、そら武器も防具もいらんわなぁ。……そう言えば旅しとるんだよなぁ。どっか目指してんのかい?」


「見聞を広めるために色んな所を回ろうと思ってる。特に目的地は決めてないなー」


「ふーん。ならとりあえずウギベデアの街まで一緒するかい? ワシは報告に行くだけだからすぐに村に帰っけども、結構デカい街やけ、色々見聞きできっぞ?」


「ふむ。そうだな。街に案内して貰うのはありがたいな。連れていって貰えるか?」


「おー、よかよか。にぃちゃんみたいな強い奴と一緒なら、道中安心できっけんね」


 そう言ってオルトンは喜色を顔に浮かべた。

 不意に魔王が大きな欠伸をした。


「眠かなら先に寝ていいぞ。火の番せにゃならんけん、起きたら交代な」


「あ、ああ。それじゃあ。先に寝るよ」


「あいよ。おやすみ」


 突然襲ってきた眠気に魔王は少し驚いていたが、魔力と体を使い続けたせいだろうと自分を納得させ横になった。

 単に満腹になっただけなのだが、今は気付くことなく、魔王は久しぶりの眠気に身を委ねた。




 ――こうして魔王の人間の大陸上陸初日は終わりを告げた。

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