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魔王様 暇になる

 人間の大陸を中心にした地図の右上に、小さな大陸がある。

 この大陸は“魔物の大陸”と呼ばれ、強力な魔物と魔族が住み、人々から恐れられていた。

 常に暗雲に覆われた魔物の大陸の最奥に、魔王が住むと言われる巨大な城があった。

 その城の一番高い塔の最上階に存在する玉座の間。静謐な空気に包まれたそこには、巨人が座ってもなお余る、石でできた巨大な空の玉座があった。



 コツコツコツ



 その玉座の間に小さな音が響いている。

 玉座の間には空の玉座の下に紫の鱗を持ったドラゴンが寝そべっており、ドラゴンの腹の辺りからその音は聞こえてくる。



 コツコツコツコツ



 止むことのないその音の主は、齢十五、六の少年であった。

 幼さを残すその顔立ちは整っており、足まで届く黒髪は床に広がり、黒い衣服を着てドラゴンに寄りかかっている。その少年の右手の人差し指が一定のリズムで床を叩いていた。



 コツコツコツコツコツ



 少年の床を叩く音が響き続ける玉座の間の扉がゆっくりと開く。


「魔王様。お呼びでしょうか」


 開いた扉から現れたのは、黒いマントをつけた精悍な顔をした青年だ。

 一見すると人間の様にも見えるが、頭から生える角と金色の目がそれを否定していた。


 この角と目が魔族と呼ばれる者の特徴だ。


 彼等は巨大な魔力と強靭な肉体を生まれ持ち、熟達した魔族の戦士はたった一人でも一軍を相手取る事ができる。

 そのせいか繁殖力に優れず、人間に比べるとその絶対数は極めて少ない。


 その魔族の青年に魔王と呼ばれた少年が指を止めて顔を向ける。

 青年に向かって、少年はゆっくりと口を開く。



「ひーーーーーーーーーーーーーーーーまっ!」



 少年の叫びが玉座の間に響きわたる。

 その残響が消えるのを待って、青年が応える。


「ヒーマを喚べばよろしいでしょうか?」


「違う違う。暇って言ってんだよ暇って。つーかわかって言ってんだろ? 俺魔王だよ? 何? ナメてんの? 軽くみてんの? ねぇ?」


 青年の言葉が気にくわなかったのか、魔王のこめかみに青筋が浮かぶ。


「失礼しました。決してそのような事はありません」


 入ってきてから終始真顔の青年が深く頭を下げる。

 それを見た魔王が鷹揚に手を振る。


「あーーー、もういいもういい。わかったよ」


「はっ。ありがとうございます。それでは」


「ま・て・よ!」


 出て行こうとした青年を魔王が呼び止める。

 魔王のこめかみに再び青筋が浮かぶ。


「はっ。如何様にも」


「如何様も何も、暇だって。何かやることあんだろ?」


「魔王様の御手を煩わせるような事は特に何も。それでは」


「待てって、言ってんだろが!」


 魔王は握ってた拳を、つい背にしていたドラゴンの腹に叩きつけてしまう。

 玉座の間に爆音が響き、ドラゴンの腹が拳を起点に放射状にヘコむ。

 魔法も物理攻撃も効きにくいと言われるドラゴンの鱗がヘコみひび割れる。

 突然の激痛に目が覚めたドラゴンが叫び声を上げ涙目を魔王に向ける。

 それを青年と魔王は無視して続ける。


「はっ。如何様にも」


「エンドレスじゃん? 何お前それしか言えないの? じゃあ、お前が案を出せよ。俺が何やるのか」


「はっ。それでは御食事をされては如何かと」


 チラッと視線を上げる青年、ビクッとするドラゴン。


「食事〜?」


 魔族は基本的に食事も睡眠も必要としない。魔力さえあれば生きていけるからだ。但し、人間と違い魔力の枯渇は死を意味する。

 そんな魔族が食事や睡眠をとるのは、単純に魔力の回復を早めたいがためか、娯楽か、である。

 五感が人間と変わらずあるため、味覚を刺激したい時に稀に食事に興じるのだ。


 しかしここは魔物の大陸。魔族と魔物しかいないため、当然料理人など存在せず、出てくる料理は、基本味付けなどされていない丸焼きだ。


 渋い顔をする魔王。何かを目で必至に訴えるドラゴン。


「却下だな」


 魔王の言葉に、ドラゴンが目に見えて脱力する。


「はっ。それでは女を呼びましょうか?」


「却下。俺は暴君か何か?」


「はっ。失礼しました。魔王様は魔王様です」


 至極真面目な態度を崩さず頭を下げる青年に溜め息を吐き出す魔王。


「他には?」


「はっ。御就寝なされては?」


「今、起きたばっかだよ?! そうじゃなくてさ、何か仕事があるだろ? 書類の決済とか軍事訓練とか」


 魔王の言葉に青年が淡々と答えを返す。


「魔王様に決議をしてもらう書類は、今のところごさ゛いません。軍事訓練は予定通り二年置きに行っているので、今年は予定にございません」


 言葉を詰まらせる魔王。指をぐるぐる回して他に何かないかと探す。


「……あー、あれだ……。そ、そうだ! 人間は? 人間が攻めてきたりしなかったか?!」


「魔王様が今の座について二百年。その間この大陸に他の種族が上陸したという情報はありません」


「……じゃあ、魔物の被害……」


「先日、我々の精鋭が魔物を間引いたばかりなので数の方は大丈夫かと。また、強い個体の報告もないので安心と思われます」


「…………設備の新築や調査、備品の補充……」


「結界の点検をこの間行い、問題なしとのこと。備品は月に一度確認を行っておりますので魔王様の御手を煩わす様な事は致しません」


「………………なぁ、……俺って、いる?」


「魔王様は我々の象徴であり誇りです。魔王様が地に伏し死に導かれるというなら全ての魔族は供をするでしょう」


「重い! 重いよ?! ……そうじゃなくて、役割的な意味でさ?」


「魔王様が御不在になられたならば、我々は刃の無い剣と同義にございます」


「ほ、ほとんど俺だね……。じゃあ、特にやって欲しいことないわけね?」


「御随意に」


 深く頭を下げる青年に、魔王は溜め息を吐き出した。


「……じゃあ、もう休むわ。コイツの治療だけ頼むわ」


 魔王はドラゴンをペタペタ触る。

 ドラゴンが魔王に一つ頷きを返すと、地面を揺らしながら扉に向かう。


「御命令承りました」


 青年は魔王に頭を下げると、ドラゴンを手で促して出て行く。

 それを魔王はピラピラと手を振って見送った。




 完全に扉が閉まったのを確認すると、魔王はニヤリと笑みを浮かべた。


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