プロット
この作品はフィクションであり、実在する人物・団体・地名等とは一切関係ありません。
彼女は買い物をしようとして書店へ入った。銀色のゲートの間をくぐると、ピンポン、という軽やかなチャイムの音がする。やがてぶーんという唸り声を上げながら、まるでハチドリの様な形をしたロボットがゆっくりと飛んで来た。彼女の前で止まると、くちばしの先についたレンズからスクリーンが投影される。
『いらっしゃいませ、ご用件をお伺いします』
「人間の店員さんはいないのかしら…」
『少々お待ちください』
ロボットの目の周りが青色にピカピカと光る。彼女はゆっくりと辺りを見回した。レジにも人はおらず、代わりにセルフレジが四台置いてある。レジでは彼女と同じ紙の書籍愛好家らしい男性が、半ばうんざりした顔で本の購入手続きをしていた。
薄いブルーとホワイトでまとめられたシックかつ衛生的な内装の店内には客はまばらだ。あちこちに掲示されたホログラムが、今流行の本を広告している。通路にはキャタピラのついたまるで芋虫の様なロボットがいて、書籍の整理を行っている。彼女は目の前がクラクラして来た。
「すいません、お待たせしました。何か御用でしょうか?」
若い女性の声で彼女は我に帰った。髪をハーフアップにした若い女性が息を切らしている。腕にはめている腕時計らしい物は、よく見れば超小型のウェアラブルコンピューターだった。画面はひっきりなしに明滅を繰り返している。店員は腹ただしげにバシッと画面を叩いて明滅を止めた。
「ごめんなさい、あの・・・ちょっと戸惑ってしまって。どうしても慣れないのよ、ああいうものには」
彼女はロボットを指差した。それを見て店員が苦笑する。
「そうですよね、私もです。ご用件をどうぞ」
「人におくろうと思って本を探しているんだけど、タイトルを忘れてしまったのよ。ジャンルは時代物だったかしら…」
「時代物ですね、他に何かございますか?作者の名前やキーワードなどは」
「そうねえ…」
彼女はゆっくりと本の内容を思い出してはそれを店員に告げて行く。店員は手慣れた様子で腕にはめていたウェアラブルコンピューターに情報を入力して、やがて一冊の本を探し出す。
「少々お待ちいただけますか?ただいま本をお持ちしますので」
「じゃあちょっと腰掛けさせてもらおうかしら」
彼女が白いソファーに腰掛けると、全身をコの字型に変形させた芋虫型ロボットがものすごいスピードでこちらに走ってくるのが見えた。キャタピラに装着された車輪で移動しているらしい。やがて彼女の目の前で止まると、載せていた本を彼女に見せた。
「こちらでよろしいでしょうか、お客様」
「ええ。・・・それにしてもすごいわ。皆ロボットがやってくれるのね」
「はい。だから人間の店員は私を含めて二人しかいないんです。実質的には一人ですが」
彼女は目を瞬かせた。まさかそこまでオートメーション化が進んでいるとは思わなかった。
薄いビニールでコーティングされたハードカバーの本を取り上げると、ハチドリがゆっくりとこちらに近づいて来る。その目はじっと彼女を見ているようだった。どうやら防犯のためのカメラが内蔵されているらしい。
「書籍のカバーには特殊なチップが内蔵されているので、お会計がお済みではないお品物をゲートの外に持ち出すと警報が鳴ります。ご注意ください」
「ありがとう。・・・このままだとそのうち人間が不要になるんじゃないかしら」
「ええ、もうすぐですよ。来月には人間型のドロイドが配備されるので、人間の店員が不要になります。ご用件はお済みですか?それでは失礼いたします」
また腕にはめているコンピューターの画面が明滅しだし、店員は一礼すると慌てて走り去った。
天井を見上げると、監視カメラの隙間を縫うようにしていくつものハチドリ型のロボットがゆっくりと上下にホバリングを繰り返している。
「気持ち悪いわねえ、あれ」
彼女はぽつりと呟いた。
何気なく聞いていたニュースにふと何かを感じて顔を上げると、ビルの壁面に映っていた女性を見て私は少し驚いた。
『それでは次のニュースです。“ロボット裁判官”のあだ名で親しまれていたアンドロイドの裁判官、JM-2が裁判所の前で破壊されました。警察はその場にいた女性を逮捕。詳しい経緯について調べています。女性は“機械が人を裁くなどと言う事は決して許される事ではない”と供述しており、警察はこの事件の裏に、ロボットの普及に反発する過激派の存在があるとみて捜査を続けています』
後に私は新聞で詳細を知った。彼女には殺人事件で収監中の一人息子がおり、その刑を言い渡したのがJM-2だったのだ。弁護側は彼には、事情酌量の余地があると主張したが、JM-2はそれを認めなかった。かわいい一人息子には懲役二十年という刑が下された。
『もし裁判官が人間であれば、私はここまでやらなかったわ』
供述中、彼女はそう呟いたと言う。
私はため息をついて視線を前に戻した。目の前では問題が発生中だ。
「僕は何もやってない。本当だよ!ちょっと友人から分けてもらった物なんだ。自分で楽しむために持ってただけだ!売って無いよ!」
私は手の中で小瓶を弄んだ。目に痛いほど鮮やかなオレンジ色の液体がちゃぷちゃぷと揺れている。眼鏡をかけ、スーツとネクタイが似合ういかにも真面目そうな男が一人、両脇をがっちりと未登録の軍事用ドロイドに挟まれて、暗がりでもはっきりと分かるほど青ざめている。
「嘘つきやがれ。お前が別の奴に包みを渡してんのを何人も見た奴がいるんだ!」
そう言って私の隣にいたゴツい筋肉質の男______こちらはサイボーグ_____が男を殴った。粗悪なドラッグが流通しているので出所を探れと言うお達しがボスから出たので、現在関わっていると思われるうちの一人を尋問中だ。私の役目は、隣にいる相棒が尋問する相手にやりすぎないか見張る事。そろそろ止めないと首の骨を折りそうだな、と私は考えた。
私の手の中にあるこの小瓶の中身は、組織が管理しているドラッグの成分と良く似た成分から構成されているが、こっちの方の副作用がかなり強烈のためそろそろ死人が出る頃だとボスは睨んでいる。お粗末な流通経路があるようで、警察に挙げられても商売敵が消えるだけだが、こちらのネットワークに飛び火する様な事があって欲しくないため、対岸の火事であるうちにさっさと消えてもらいたいというのが組織の意向だ。
「さあ、そいつをお前に卸した奴は誰だ?さっさと吐け!」
「わ、分かった。名前を言う。言うよ…」
男がなんとか呟いた名前を、私はかろうじて聞き取ってメモした。手帳をしまって小瓶の蓋を開け、相棒に手渡す。相棒は手慣れた様子で注射器を取り出すとそれを使って瓶の中身を吸い出し、男の血管に注射した。
「お、おい待てよ、名前を言ったじゃないか…助けてくれよ、なぁ」
「いい夢を見るんだな」
オレンジ色の線が血管状に全身に浮かび上がり、男の瞳孔が大きく開いた。がらごろと喉が鳴り、目からどんどん生気が失われて行く。私の合図でアンドロイド二体がどさりと男の身体を放り出した。眼鏡のレンズが割れる、微かなカシャンという音が響く。相棒が注射器を捨て、瓶を地面に落として割った。警察は男を薬物の過剰摂取で片付けるだろう。
「製造元のところへ行く前に晩飯を食おうぜ」
「いいねえ。中華がいい」
私は相棒に相づちを打ち、アンドロイド達を連れてその場を後にした。聞こえてくるニュースは、失業率増加についての問題提起に変わっている。