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1万PVありがとうございます! って書こうと思ったら、今回の話を書いている間に2万PV突破しました。本当にありがとうございます。

(遅くなっちゃったな)


 アイアリスは六番教室に続く廊下を急いでいた。先生に資料運びの手伝いを頼まれて、いつもより出足が遅れたのだ。

 足早に廊下の角を曲がろうとすると、向こうの方から何かを言い争っているような声が聞こえるた。


(何?)


 角を曲がったアイアリスの目に、今にもエリアスに拳を振り上げようとしているゲイルの姿が映った。


(だめ! エリアス!)


「やめて!」


 アイアリスは大きな声を上げて、エリアスとゲイルの間にその身を割り込ませた。



◆◇◆◇



「!」

「アイアリス!」


 ゲイルに殴られたアイアリスの小さな体が、廊下に倒れ込む。幸いなことに、拳は顔ではなく肩口に当たったようだ。


「ゲイル! なんてことを!」


 倒れたアイアリスを見たエリアスは、頭に血が上った。ゲイルはショックを受けたように一瞬、固まっていた。エリアスは一気に飛び出すと、ゲイルの懐に一気に踏み込んだ。そして、勢いそのままに、大外刈りでゲイルの体を廊下に叩きつけた。中学校か高校の授業で習っただけの、簡単な柔道技だが、思いのほか上手く決まった。

 しばし沈黙が支配する。ゲイル一味は、事態が理解できずに呆けたような顔をして固まっていた。三分の二にも満たない体格のエリアスが、ゲイルを一瞬で床に沈めたことに頭がついていかなかった。床に転がされたゲイル本人でさえ、何が起きたかわからなかった。


 傍観者であったため、取り巻き二人が比較的早く立ち直った。


「こ、こいつ! ゲイルさんを!」「やっちまえ!」


 取り巻き二人がエリアスに駆け寄る。先ほどは不意を突いたため、素人の柔道技が簡単に決まったが、本来は六歳と九歳の体格差である。正面からやり合ったら、結果は考えるまでもない。そして1対2となれば、エリアスに勝ち目はなかった。

 取り巻きAがエリアスを掴み動けないようにしたところを、取り巻きBが顔を殴った。取り巻きがもう一度殴ろうとしたところで、


「やめろ!」


 ゲイルから制止の声が飛んだ。


「でも、こいつ! ゲイルさんを!」

「俺は何ともない。手を離してやれ!」


 ゲイルは立ち上がりながら言った。そして、アイアリスとエリアスの方を一瞬見ると、


「……悪かったな。行くぞ、お前ら!」


 と言って、取り巻きを連れて去って行った。



◆◇◆◇



 エリアスは倒れたアイアリスに駆け寄った。殴られた頬が痛かったが、そんなことは今はどうでもよかった。


「アイアリス! 大丈夫!? アイアリス!」

「うう……、ぐず……」


 アイアリスは泣いていた。


「アイアリス、どうしたの? 殴られた肩が痛いの?」

「ううん、違う……。ごめん、ごめんなさい、エリアス。私の、せい、で……!」


 自分のせいでエリアスを巻き込み、怪我をさせてしまった。アイアリスは、そのことで自分を責めていた。


「アイアリス、僕は大丈夫。アイアリスが無事でよかった。アイアリスが殴られるくらいだったら、僕は何度でも殴られるさ」


 エリアスはアイアリスを抱き起こして言った。


「大丈夫だから。アイアリス。君の顔が殴られなくて本当によかった」


 アイアリスの頭を優しく抱いて、髪をなでながら何度も名前を呼ぶと、アイアリスはしだいに落ち着いてきた。


「アイアリス、もう泣かないで。ね?」


 もう何度名前を呼んだかわからない。その言葉にようやくアイアリスは涙を止めた。そして、ぽつりと口を開いた。


「ぐす……イリス……」

「え?」


 小声でさらに鼻声だったため聞き取れず、エリアスが聞き返す。


「イリスって呼んで。お母さんは、そう呼んでくれた」

「イリス?」

「うん、エリアス」


 エリアスが愛称で呼ぶと、アイアリスは少しはにかんだように微笑んだ。


「なら僕の事も、エルって呼んでください」

「エル?」

「はい、イリス!」

「エル」

「イリス」

「ふふ」「あはは」


 愛称で呼び合うと、なんだか嬉しいような、可笑しいような気持ちになって、二人は笑いあった。



◆◇◆◇



 エリアスの頬が腫れてきたので、アイアリスは早退を勧めた。先生にそのことを告げるとあっさりと許可が下りた。


「エリアス君はまだ初年生ですから、アイアリスさんが家まで送ってあげてください。あとエリアス君、ケンカはいいけど怪我はしないようにね」


 教員は、エリアスの顔の怪我にも気づいたが、軽く触れるだけでスルーだった。『学校』は基本的に、自由で放任だ。所詮、託児所に毛が生えた程度の運営施設だ。何があっても自己責任である。細かいことには口を出さない。


 二人でエリアスの家に帰る。アイアリスを連れて屋敷の玄関をくぐると、早速ナーニャに見つかった。


「エリアス様、お早いですね? そちらの方は……、おや、お顔にお怪我を? 奥様! 出番ですよ、奥様!」


 エリアスの怪我に気づいたナーニャは、急いでルーシアを呼びに奥へ駆けていった。すぐにルーシアを連れて戻ってくる。


「あらあらエリアス、ケンカでもしたのかしら? やっぱり男の子なのね。【治癒】(キュア)!」


 ルーシアの治癒魔法で、エリアスの頬の腫れがみるみるひいていった。


「お母さま、イリスの肩も診てあげてください」

「こちらの綺麗な子はイリスちゃんって言うのね。こっちの肩かしら? 【治癒】(キュア)! 【治癒】(キュア)! どうかしら?」

「ありがとう、ございます。もう大丈夫です」


 アイアリスは、もともと大して痛みもなかったのだが、少し熱を持っていた肩が楽になったのを感じた。


「よかった。エリアス、何があったの? そうだ! あなたたちお昼はまだでしょう? 食べながら話さない?」



◆◇◆◇



 エリアスとアイアリスは、ルーシアと、食堂で昼食を囲んでいた。

 突然の訪問にもかかわらず、ナーニャがすぐに3人分の食事を用意した。エリアスが始めて連れてきたお客さんということで、張り切ったナーニャは、パンと具だくさんのシチューといういつものメニューに加えて、鴨のコンフィ(保存用の油漬け肉)をおろしてきてソテーにした。さらにサラダまでついた、かなり豪華な昼食となった。質素な『学校』の昼食とは比べるべくもない。


「私はアイアリスと言います。エル……、エリアスの(スール)を任されています」

「アイアリスさん、あらためてよろしくね。エリアスのことをいつもありがとう。手間をかけていないかしら?」

「いえ、そんな」


 アイアリスがあらためて自己紹介をした。


「それで、今日は何があったのかしら? 男の子だからたまにはケンカもしかたないけれど、むやみに暴力を振るうのは、お母さまあまり感心しないわよ?」


「違うんです! 私のせいで!」

「ううん、イリス。これは僕が自分でしたことだよ」

「だってエル!」


「あらあら、仲がいいのね! 羨ましいわ」


 ルーシアに言われて、二人は赤くなってしまった。エリアスとアイアリスは、今日あったことを説明していった。


「エリアス、女の子を守って戦ったのね。相手に怪我をさせなかったようだし、今回はいいわ」


 ルーシアはケンカのことは不問にしてくれた。


「それで、ちゃんと勝ったのかしら?」

「ケンカには負けましたが、戦略的には勝ちました」

「そう、ならいいわ」


 食事中にも会話中にも、幾度となく顔を合わせて視線を交わすエリアスとアイアリスを見て、色々察したルーシアは、そう締めくくった。


 食事の後、エリアスとアイアリスは、エリアスの部屋でしばらく過ごした。【治癒】(キュア)が大好きですぐに唱えるルーシアのこと、家事を完璧にこなし、魔術にも詳しいナーニャのこと、魔術の練習をしているけどあまりうまくいっていないこと、など、エリアスは普段『学校』では話さない、自分の生活のことや家族のことを話した。アイアリスは、いつものように言葉少なかったが、控えめな笑顔を浮かべて、「うん」、「それで?」と相づちを打ちながら、優しく聞くのだった。


「エル。またね」

「じゃあね、イリス。また明日」


 楽しい時間はすぎるのも早いもので、思いのほか長い時間が経っていた。名残惜しかったが、だんだんと夕方が近づいて来たので、アイアリスは帰って行った。


 アイアリスを見送ったエリアスは、アイアリスとの距離が急速に近づいた事を感じていた。



◆◇◆◇



ぶっちゃけると、エリアスとアイアリスの名前の語感が

微妙にかぶってたのが前からちょっと気になってたんですよね(台無し)


ゲイル君はそんなに悪い奴ではないんです。まだちょっと未熟なだけで。

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