6.学校初日2
午後は学年ごとの合同授業だった。午前は兄や姉との徒弟的な教育、午後は授業という体制になっていた。
最初は運動の時間だった。校庭に初年生が集められる。全校生徒が一斉に使えるほどは、校庭は広くないので、午後一は初年生の運動の時間で、半刻ごとに二年生、三年生、四年生と順番に入れ替わるシステムである。運動の時間は、晴れていれば毎日あり、基本的には校庭で遊ぶ時間である。
エリアスはここで始めて初年生全体を見たが、全員で四〇人弱くらいの人数がいた。
「今日から入ったエリアス君です。今日の運動は自由時間にしますので、みなさん、エリアス君と仲良くなってあげてください」
エリアスが全体に紹介された後、自由時間となった。新入生が入ってくるのは珍しいことではないのか、大半の子供達はあまり興味を持たなかったようで、三々五々遊びに行ってしまった。教員も、エリアスを紹介し終えるとどこかに行ってしまった。
それでも何人かは興味があるのか、少し離れたところからちらちらとこちらの方を見ている。その中から、一人の男の子が近づいてきた。
「よう、エリアス! 俺はドノヴァンっていうんだ。ドワーフだ。よろしくな!」
初対面なのに呼び捨てでフレンドリーに話しかけてきたドノヴァンを、周りに話しかけるきっかけがつかめなくて困りかけていたエリアスは、ありがたく思った。
「エリアスです。よろしくお願いします。ドワーフですか?」
ドワーフ! やっぱりいたんだ! さすがファンタジー! と、少し興奮しながらも、さりげなくドノヴァンを観察した。少し骨格ががっしりしている他は、エリアスと背丈もあまり変わらないようにみえる。
「おう。まだ小さいから、人族とあんま見た目は変わんないけどな。力は負けないぜ!」
少し話をして、ドワーフというのはやはりエリアスが描くイメージ通り、背が低くて膂力がある種族なのだと教えてもらった。物作りに喜びを感じるタイプが多く、街で暮らしているほとんどのドワーフは鍛冶や木工の職人として暮らしているのだということだった。
「うちも鍛冶屋やってるんだぜ。まあ鍛冶屋っていっても何でも作るけどな」
「へえ。ドワーフってすごいんですね。僕は今まで家からあまり出たことがなかったので、他の種族の人がいるというのを知りませんでした」
あまりというか、実際は初めてなのだがそこは置いておく。ドワーフを褒められて嬉しかったのか、機嫌の良くなったドノヴァンは、他の種族について教えてくれた。
「なんだ、人族しか知らなかったのか? まあこの辺住んでるのは、だいたいは人族だけどな。ドワーフとか獣人もそこそこいるぞ。エルフは滅多に見ないけどな」
ドノヴァンは振り返ると近くの樹の方を向いて言った。
「そうだな、あそこの木の陰で、さっきからお前のことちらちら見てるイリーナが猫獣人だ。興味津々なのがバレバレだっての。こっち来ればいいのに」
エリアスがそちらに視線を向けると、そこには一人の女の子がいた。樹の陰に隠れてこちらを伺っているつもりなのだろうが、全然隠れていない。しかも、ここから樹までは五メートルも離れていないため、こちらをガン見している姿が丸見えである。
◆◇◆◇
女の子はつり目気味のくりっとした瞳に、黒髪のショートカットの女の子で、オフホワイトのチュニックを着ていた。そして、その頭の上には、
(ネコ耳だ……!)
そしてチュニックの腰の辺りからは、
(しっぽだ……!)
エリアスは何かにとりつかれたように、ふらふらとイリーナの方に歩いて行く。
「お、おい。エリアス?」
ドノヴァンが声をかけるが、エリアスの耳には入っていない。イリーナの前までたどり着いていた。イリーナは、ふらふらと歩いてきたエリアスを警戒し、毛を逆立てそうな雰囲気である。
(まだだ。これ以上近づいたらいけない。急に近づくと猫は……逃げる!)
エリアスは慎重に間合いをはかる。その目はネコ耳に釘付けである。
「にゃ……なによ?」
緊張感に耐えかねて、イリーナが口を開いた
(『にゃ』! いま『にゃ』って言った!)
内心大興奮のエリアスだが、表には出さない。イリーナと仲良くならなければならない。仲良くなった暁には、魅惑のネコ耳を触らせてもらうのだ。エリアスの頭にはもう、ネコ耳のことしかなかった。ネコ耳、ネコ耳、と考えていたら思わず声が漏れた。
「耳……」
「……なに? この耳に文句でもあるの?」
言葉に合わせてイリーナの耳がぴくぴくと動く。
「(ネコ耳)、可愛いね」
「――――!」
イリーナは顔を真っ赤にすると、ピューっと逃げて行ってしまった。
「おいおい、何いきなりナンパしてんだよ……」
ドノヴァンはあきれた口調でエリアスに言った。自体を遠巻きに見てタイミングを見計らっていた、数人の男子が集まってきた。
「お前すごいな」
「あのイリーナがたじたじだったぞ」
こうしてエリアスは、入ってきてそうそうイリーナをナンパした、なんだかすごい奴だということで、男子連中に一目置かれたのだった。
◆◇◆◇
運動の後は社会の授業だった。大教室に集まって授業を受ける。席は特に決まっていなかったため、ドノヴァンの隣に座ると、授業が始まる直前になって、二つほど離れた席にイリーナが座った。直接目線は合わせないが、エリアスをしきりに気にしているようだ。
授業は、社会の成り立ちや社会常識を教えていく物で、一般的な六歳児にもわかるような簡単な内容だった。この世界には、人族、エルフ、ドワーフ、獣人がいるといった、実にタイムリーな内容だった。獣人には現れている獣の特徴によって、猫獣人や犬獣人などいくつかの種類があるが、混血によってよくわからなくなっている場合も多いらしい。
中途入学したので途中からのはずだったが、簡単な内容であったため、エリアスには特に問題はなかった。滞りなく授業が終わった。
本日の授業はこれで終わりである。時刻は午後3時頃だろうか。あとは家の人が迎えに来るまで、それぞれ自由に過ごすようだ。
隣の席のドノヴァンが訊いてくる。
「エリアス、これからどうするんだ? 誰か迎えに来るのか?」
「うちのメイドが迎えに来るはずだから、待ってるよ」
「メイドってお前、いいとこの坊ちゃんだったのか。ああ、たしかに見た目良家の坊ちゃんって感じだな」
どこか納得したように言いながらドノヴァンは立ち上がる。
「俺んちはこの近くなんだ。だから一人で帰ってるんだ。俺は帰るわ。じゃあな、また明日!」
そう言い残すと教室を出て行ってしまった。
「ね、ねえ!」
後ろから声をかけられ振り返ると、イリーナだった。エリアスはイリーナの方を向くが、声をかけてきたイリーナは下を向いて黙ったままだ。
「えーと……」
そろそろ声をかけようかと迷っていると、
「にゃ……。あのね、……またね! エリアス!」
顔を上げてそう一気に言うと、イリーナは、お母さんだろうか、二十歳くらいの猫獣人の女の人のもとにとたとたと駆けていった。
「じゃあな」
「またな、エリアス」
その後、迎えが来たらしい男の子たちもぽつぽつと帰って行った頃、ナーニャが迎えに来たため、エリアスも家路につくのだった。
◆◇◆◇
「エリアス様、学校はどうでしたか?」
帰り道、手をつないだナーニャが尋ねてきた。
「僕についた姉がね、アイアリスっていうんだけど、すごい綺麗な子なんだよ!」
エリアスは今日あったことを興奮気味に話した。敬語を使うのも忘れてはしゃぐ。ナーニャと話していると、安心するのかまるで本当の子供のようになってしまうのだった。
「あとね、イリーナっていう獣人の女の子がいるんだけどね、ネコ耳なの! ネコ耳としっぽ! ネコ耳が可愛いの!」
エリアスはネコ耳の良さを熱く語った。
「エリアス様は女の子の事ばかりですね」
「そんなことないよ! 男の子とも仲良くなったよ! ドノヴァンっていうドワーフの子がね……」
心外だとばかりに今日できた男友達のことを話すエリアスを見つめながら、エリアスを学校に通わせてよかったとナーニャは思うのだった。
「帰ったら奥様にも学校の話をなさってあげてくださいね」
「はい!」
そんな話をしながら、二人は屋敷へ帰って行った。
◆◇◆◇
なかなか話が進みませんが、主要キャラがぼちぼち登場してきました。