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18.狩猟会 その3


 午後の狩猟にエリアスは参加しないことにした。もう少しリース達と話がしたいとなどと、適当な理由を付けてダフト達と同行を断ったのだった。彼らの出発を見送ってしばらく立ったあと、エリアスは行動を始めた。


「ではそろそろ行きましょうか」


 エリアスが声をかけるとイリーナが聞き返した。


「にゃ? リースさん達とお茶をするんじゃないの?」

「いえ、せっかく来たのでちゃんとした狩りがしたいなと思いまして。あっちの方の狩りはちょっと面白くなかったので……」

「あー、あれはちょっとね」


 イリーナも今回の狩りのやり方には少々疑問を持っていたようだった。


「というわけで僕は一人で山の中を散策してこようと思います」

「だめだよ、エリアス。ボクも一緒にいくよ。一応護衛だしね」

「そうですか。まあ、イリーナなら狩りの邪魔にはならないでしょうね」

「当然!」


 こうして、エリアスはイリーナを連れて森へと向かっていった。



◇◆◇◆



「向こうの方に数匹何かいますね。これは……ウサギ?」


 エリアスは【魔素】(マナ)の視線を使って獲物を探っていた。


「え? 全然気配わからないよ。ほんとにいるの?」


 イリーナは耳をくるくる回して音を探り、鼻をひくひくさせて匂いを追うが、木々のざわめきや森の匂いに邪魔され、ウサギの気配など全く感じることができなかった。


「まだ二、三百メルトは向こうにいますからね。音も匂いもわからないんじゃないでしょうか」

「じゃあエリアスはなんでわかるのよ」

【魔素】(マナ)を……うーん、魔術みたいなものですよ」

「ずるい、ずっこいよ。ちゃんとフェアに狩りをやろうよ」

「いや、午前中の狩りよりはずっとフェアだと思うんですけど。僕にはイリーナのような高性能な耳や鼻がないので」

「だけど、うーん……」


 イリーナはいまいち納得がいっていないようだ。そうしているうちに、ウサギたちは移動している。


「いけない、ウサギが逃げてしまいます。ここからは気配を消していきます。イリーナは少し離れてついてきて下さい」

「にゃー、ボクも気配くらい消せるよ?」

「いいから、見ていて下さい」


 そう言うと、エリアスはイリーナを置いて慎重に歩を進める。しばらくすると、木々の間にウサギが三匹見えてきた。距離は百メルトほどだろうか。エリアスは木の陰に身を潜め、クロスボウを取り出すと慎重に矢をつがえる。イリーナは十メルトほど後方に付いてきているようだ。


キリキリ……


 慎重にやっていてもどうしても巻き上げの音は発生する。エリアスの額を一筋の汗が流れる。ほどよい緊張感を感じながらクロスボウをウサギに向ける。何とか気づかれなかったようだ。

 エリアスは【遠視】(スコープ)の魔術を発動させるてウサギに照準を合わせる。スコープの中のウサギにエリアスの意識は没頭する。


(この辺り……いや、矢の放物線は緩いからちょい上)


 エリアスが照準を微調整していると、突然後ろから木々をかき分ける大きな音が上がった。


「エリアス危ない!」


 イリーナが後ろから飛びついてきた。



◇◆◇◆



 イリーナは少し離れたところでエリアスを観察していた。最初ウサギがいると言われたときは正直半信半疑だったが、エリアスは本当に発見したようだった。ここからはまだ見えないが、確かに小動物の気配を感じる。


「にゃー、まさかホントにいるなんて。やっぱりなんかズルい」


 イリーナは口の中で呟いた。これまでも、エリアスが狩り得意だという話は何度か聞いていたのだが、そんなイメージがわかなかった。こういうタネだったのか、とイリーナは納得する。

 イリーナは、気配を探る作業に集中する。離れて見ていろと言われたので他にできることはない。


 直接ウサギが見える位置ではないので、聴覚に集中した。イリーナのネコ耳はピンと立ち、時折くるくると回って周囲の音を拾っている。そんなことをしていると、イリーナの耳は新しい音を拾った。


「にゃ? なんだろう。何かいる。人?」


 イリーナの耳は、後方から何者かがやってきたのを捉えていた。気配は消しているが、木々をかき分けるカサカサというかすかな音を聞き漏らすことはなかった。


 狩りに行った集団だろうか。そうであるならば、警告が必要かもしれない、とイリーナは思った。エリアスがウサギを狙っている最中であるので大きな音は立てて欲しくないし、何者かがこのまま進んで間違ってエリアスの射線に入ってしまう可能性もゼロではない。


 イリーナは、あまり大きな音は立てないように何者かの方に近づいていく。


(おーい、そこの人ー。気づいてー)


 エリアスの邪魔をしないように、音量を潜めた声をかけるが、まだまだ距離があるため向こうは気づかない。そうこうしているうちに相手の姿が見えてきた。まだ彼我の距離はまだ三十メルトほどある。何者かは木々の間に身を潜め、弓を構えていた。フードで隠れて顔は見えない。


「にゃにゃ? ここからじゃウサギは狙えないよ。何を狙って……」


 イリーナは弓手の視線の先をたどる。そこにいたのは、


「エリアスを狙っている!? だめ!」


 弓手の狙いを知ったイリーナはすぐさま魔術を使った。


【身体強化】(ブースト)!」


 イリーナはそのまま腰の剣を抜き放つと足に力を込める。このまま弓手を制圧しに行くか、エリアスをかばうかで一瞬迷った。


弓手(あいつ)まではまだ遠い。エリアスまでなら数歩。仕方ない」


 数歩と行っても【身体強化】を行ったイリーナにとっては、ということである、いぜん数メルトほどの距離がある。決断したイリーナはエリアスの元に飛ぶ。弓手はすでに弓を引き絞って、矢を放つ体勢に入っている。


「エリアス危ない!」


 イリーナはエリアスの体に飛びつくと、そのまま横に転がった。エリアスのクロスボウから矢が放たれ、明後日の方向に飛んでいく。


ガッ!


 一瞬前までエリアスがいたところに、弓手から放たれた矢が突き立った。


「え? な、イリーナ?」


 エリアスは状況が理解できず、素っ頓狂な声を出した。ウサギたちが物音に気づいて逃げいていった。


「エリアス、もう少しそこで転がってて!」


ヒュンッ、ヒュン


 次々に飛んでくる矢をイリーナは剣でたたき落とす。【身体強化】を行ったイリーナに矢の数本など敵ではない。イリーナはそのまま弓手との距離を詰めようと前に出る。きびすを返し、逃げだそうとしている弓手の姿が目に映った。


「逃がさない、にゃ!」


 イリーナはものすごい速度で襲撃者を追撃する。その速度はすさまじく、数秒も立たないうちに追いつくかと思えた。しかしそのとき


【圧縮空気】(コンプレッション)


 魔法詠唱の声が響くと、イリーナの眼前で何かが炸裂した。不可視の圧力でイリーナの体が吹き飛ばされる。


「きゃあ!」


 吹き飛ばされたイリーナの体は、近くの木の幹に当たって止まった。


「イリーナ!」


 エリアスがイリーナに駆け寄る。


「だめ……エリアス……隠れてて!」


 衝撃から立ち直ったイリーナが立ち上がりながらそう言った。吹き飛ばされただけでダメージらしいダメージはない。


「何者かはわかりませんが、もう逃げてしまいましたよ」


 その言葉にイリーナも耳を澄ますが、もう襲撃者の気配はなかった。



◇◆◇◆



「あれは誤射……ではありませんよね?」

「当たり前だよ! 完全にエリアスを狙っていたよ!」


 少し落ち着いたエリアスとイリーナは、森を出てリースたちの元に戻ることにした。その道中で先ほどの襲撃事件について話し合う。


「そして最後に使った魔術。あれは何でしょうか、初めて見ました」

「また魔術の話? 今どうでもいいじゃない!」

「いえ、あんな魔術を使えるのなら最初からそれで攻撃してくればよかったのです。ほとんど音も出なかったし、暗殺にはもってこいです。なぜ弓矢で……狩り場の誤射に見せかけて殺そうとした……?」


 長考に入ってしまったエリアスを前にイリーナは黙る。


「ボクの……せいだ」


 襲撃者が何者かはわからないが、今回は自分の落ち度だ。そうイリーナは思った。護衛なのだから、何と言われてもエリアスのそばで控えているべきだったのだ。なんとか矢からは守ることはできたが、もし間に合っていなかったらと思うとぞっとする。


「いえ、イリーナはむしろよくやってくれました。イリーナがいなければ僕はやられていたでしょう」


 エリアスが励ますが、その表情は暗いままだ。


「しっかりして下さいイリーナ。戻ったらナーニャ達と協力して襲撃者の正体を探らないといけません。そしてまた奴らが襲ってくるかもしれません。イリーナだけが頼りなんですよ」


 エリアスの台詞に、イリーナはだんだんと力が戻ってくるのを感じた。


「うん、そうだね。あいつらの正体を暴かないと。エリアスに矢を向けるなんて許せない!」


 ようやくイリーナに目に生気が戻った。


「イリーナ、とりあえずこの狩猟会の間、襲撃事件のことは秘密です」

「なんで?」

「襲撃者の首魁が外部の人間だとしたら、この話をするとダフト氏の顔に泥を塗ることになります。安全保障が問われる事態です。逆にこの狩猟会の参加者だとしたら、言っても何も出ないでしょう。きっと隠蔽のための工作は万全はずです」

「なるほど」

「ここは一旦口をつぐんで、あとから秘密裏に探りましょう。ナーニャ達と協力して下さい。あんな暗殺じみた方法で襲撃してきたと言うことは、敵も人目のあるところでは出てこないでしょう。この後はリース達と一緒にいれば今日は安全です」

「にゃ、了解」


 こうしてリースの元に戻ったエリアスは、彼女たちとお茶をして狩猟会の午後を過ごした。夕方になった頃、ダフトとガリアン達も戻ってきた。


「いや、ガリアン殿下の弓の腕はさすがですな。これほどまでに命中するとは」

「午後になって最初の方は調子を崩されましたが……、後半は百発百中。なかなかこうはいきません」

「うむ、そうだろうそうだろう」


 ガリアンは褒めちぎられて満悦のようだ。


「午前中も、獲物が弱っていたとはいえしっかりと当てていた……ガリアンの弓の腕は確かなのか」


 そんな様子を横目に見ながらエリアスは思った。一同の使用人達は撤収の準備に取りかかり始めていた。


「外れたと思った矢も風に流されて獲物に当たる様は目を見張りましたな。さながら風を味方に付けるといいましょうか」

「それは殿下に失礼だろう。風も計算に入れて撃ったのだ。そうでしょう、殿下?」

「う、うむ。もちろんだとも」


 向こうでは、ガリアンを褒める話がまだ続いていた。


「そこまでの腕なのか……。いや、ガリアンのことはどうでもいいです。今は襲撃者の件を考えないといけません」


 撤収作業を眺めながら、エリアスは襲撃者の正体について思考を沈めていった。


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