幕間その1◇ハウスメイド
私はナーニャ。姓はない。ただのナーニャ。ハウスメイドです。掃除洗濯炊事はもちろん、あらゆる雑事をこなすオールマイティ。そう、あらゆる雑事から主人を守るのが私の使命。
とはいえ、今の主人に仕えて数年、普通の雑事しか発生していない。いまはまだ。
「ナーニャ、髪を切ってください。伸びてきて鬱陶しいんだ」
声をかけてきたのは私の主人、エリアス様だ。御年6歳。幼いながらも、メイドの私にも丁寧な言葉づかいをする優しい子。最近は敬語を使おうと努力をなさっているご様子。子供のころからあまり堅苦しいのはどうかと思いますが。だけど私に対する敬語が怪しいのが気になるところ。でも、母上たる奥様にはもうすこしちゃんとした敬語を使っているので、私に気を許してくれているのでしょうか。だとしたらちょっと嬉しいかも。
「エリアス様は可愛らしい顔立ちをされているのだから、もう少し髪を伸ばされた方が」
「うーん、可愛いとか言われてもよくわからないよ。この家、鏡ないし」
「鏡なら奥様の部屋にありますよ?」
「え、うーん。確かにそうなんだけど……」
エリアス様は口ごもると、あれは銅鏡でよく見えないとか、ガラス鏡がどうとかよくわからないことを呟いています。こういったことは、たまにあることなので最近はあまり気にしないことにしました。
「わかりました、毛先だけ整えましょう。座ってください」
エリアス様を椅子に座らせ、道具入れからハサミを持って来る。乳白色に近いプラチナブロンドの髪にハサミを入れていく。はらはらと床に落ちる自身の髪を見つめて、エリアス様がポツリとつぶやいた。
「僕の髪こんな色だった……でしたか? もっとお母さまの髪の色に似ていたと思ったのだけど」
そろそろ敬語が瀕死状態のエリアス様です。そういえばエリアス様の髪を切るのも数か月ぶり。確かに昔は、奥様のちょっとくすんだ金髪に似た色合いだったのを思い出します。よくそんな小さな頃を覚えているものだと驚きました。
「確かにお生まれになった頃は奥様とよく似たお色でしたね。三歳を過ぎたころから色が変わってきて、ここ数年で今のお色になられました。今では見事なプラチナブロンドです。乳白色の髪に青い瞳。どこに出しても婦女子が放っておかない貴公子ですよ」
顔立ちは奥様に似ていらしたので、奥様の血統が強く出たのだと思っていましたが、やはり血は争えなえないのでしょうか。
「貴公子とかやめてよ。僕は女友達の一人もいないんだよ。女どころか友達がいないよ。ううん、よく考えたらお母さまとナーニャ以外の人間を見たことがないよ。庭師の人は窓からたまにみかけるけど……」
もはや敬語を使うのも忘れて暗くなっていくエリアス様。むむ、これはいけません。同年代の友達と触れ合うというのは人格を形成する上で貴重な体験です。早急に何とかしなければいけません。
「ナーニャ? 手が止まっているよ? もう終わり?」
「あ、ごめんなさいエリアス様。もう少しです」
そうですね……、市井の友人を作る機会というのも今のうちだけです。後々の役に立つかもしれません。
思い浮かんだ考えを実現するための方策を考えながら、私はカットの仕上げ作業に取り掛かるのでした。
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