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12.小さな淑女

「妖精……?」


 妖精は体長四分の一メルトほどの大きさだった。大きさの違いに目をつぶれば、その姿は薄い金色の長髪を持つ少女であった。人間と異なるのは背中に透明な二対の羽を持っていることである。そして、今はその羽が蜘蛛の巣に張り付いて身動きが取れない様子であった。


「ちょっとそこの人、驚くのは後にしてさっさと助けて! ああ、そこに蜘蛛が、大蜘蛛ジャイアントスパイダーが近付いてきてる!」


 見ると人の頭ほどの体を持つ大蜘蛛が、蜘蛛の巣の上から妖精にゆっくりと近付いていた。大きすぎてちょっと気持ち悪い。


「わかりました、ちょっと待って下さい」


 エリアスは妖精を慎重に蜘蛛の巣から剥がす。そして、羽に絡み着いている粘着性の糸を丁寧に取ってやった。獲物がいなくなったのを感じたのか、大蜘蛛は、糸を伝って木の上の方に消えていった。


「あー、危なかったあ! もう少しで大蜘蛛に捕まって、生きながらにして体液をすすられて干涸らびていくところだったわ。ぶるぶる」


 妖精は大げさに身震いをするとエリアスに向き直った。


「ありがとう。あたしはフィリア。見ての通りの妖精族(フェアリィ)よ」

「わあ、妖精族だ。ボク初めてみたよ」

「こらイリーナ。挨拶の途中だよ。僕はエリアス。こっちはイリーナです」

「にゃ、よろしくね」


 お互い簡単に自己紹介をする三人。


「でも、危なかったね。ボク達が通りかからなかったら、今頃は蜘蛛のご飯だね」

「本当に助かったわ。ありがとう」

「もう、うっかり蜘蛛の巣に引っかからないように、次からはよく見て飛んで下さい」


 エリアスがフィリアに忠告した。


「失礼ね。あたしだって蜘蛛の巣くらい普通なら見えるし、避けるわよ」

「じゃあ何で引っかかっていたんですか」

「それはそのう……飛行訓練をしていて、あそこからダイブしたらちょっと風に流されて……」


 フィリアは少し気まずそうに、少し高台になっているところを指さした。


「飛行訓練って……もしかして、ちゃんと飛べないんですか?」

「……妖精族(フェアリィ)は基本的に飛べないのよ」


 フィリアの口から驚きの言葉が発せられた。


「ええ!? 背中に羽根がついているのに?」

「こんな小さな羽根じゃ空は飛べないわ。考えてもみなさい。鳥や翼竜は自分の体より大きな羽根を持っているでしょう。羽ばたいて飛ぶにはあれくらいの羽根が必要なの」


 理路整然とした説明にエリアスは納得した。確かに空力的なことを考えれば、フィリアの翼面積は揚力を得るためには明らかに足りてなさそうに見えた。


「この羽根は魔術器官なの。【魔素】(マナ)を込めれば多少の浮力が発生する。せいぜいそうね、あんたの背丈の倍くらいまでなら浮遊することができるし、高いところから落ちてもふわふわとゆっくり落ちることができる。でもそれだけ」

「なるほど、昆虫くらいの飛行能力なのですね」

「虫と一緒にしないでよ。でも悔しいけれど、虫の方が飛ぶのはうまいわ」


 本当に悔しそうな顔をするフィリア。しかし直後、フィリアはエリアスの顔の前まで飛んできて言った。


「で、も! 私は空が飛びたいのよ。大空を鳥のように自由に飛びたいの!」

「それで、高台から飛び降りていたのですか?」

「そうよ」

「で、空中で制御を失って風に流されてきたと」

「そうよ。悪い?」


 どうやらこの妖精族(フェアリィ)の少女は変わり者のようだ。自分の飛行能力に納得がいかなくて、空を飛ぶ訓練をしていたのだという。


「悪くないですが、飛行訓練というのはその身一つで行っていたのですか?」

「うん、そうよ」

「それは無謀じゃないですか? それではやはり、身体能力以上の飛行はできないのでは?」

「何が言いたいのよ?」

「道具を使えばいいのではないでしょうか」

「?」


 エリアスが提案するが、フィリアはピンとこないようだ。


「そうですね、紙を持っていたような。あ、これはもう使わないからこれでいいです」


 エリアスは鞄から水源調査の陳情の書類を一枚取り出すと、それを折り始めた。


「ですから人工的な翼を付けるとか、乗り物に乗るとか、よし、できた」


 エリアスの手の中には紙飛行機があった。


「例えばこういう、ねっ!」


 エリアスの手から紙飛行機が放たれる。紙飛行機は空高く飛ぶと遠くに消えていった。


「え、なに? 今の紙どうやって飛んでいったの?」

「折り紙の飛行機です。折り紙では駄目でしょうけど、ちゃんと翼を設計すれば高台から滑空するくらいなら……」


 空に消えていった紙飛行機を呆然と見つめていたフィリアだったが、はっと我に返りエリアスの鼻先まで飛んできた。


「教えなさい! さっきの紙の鳥の仕組みを私に教えなさい!」


 フィリアは小さな体から考えられないような大きな声を出したのだった。



◇◆◇◆



「それはいいですが、調査を済ませてからです」

「調査? 何をしに来たの?」


 エリアスはこれまでの経緯をフィリアに説明した。下流の村で水が涸れていること、そのために水源の調査をしに来た途中でフィリアと出会ったことを説明する。


「ん……確かにこの辺りの植物、最近水が減ってしなしなだーって言ってるわね」

「言っている? 植物の言葉がわかるんですか?」

「わかるわよ。妖精族(フェアリィ)だもの」

「そういうものですか。もっと詳しいことはわかりませんか?」

「そこまでは……でも上流で何かがあったのは確かなようね。そんな噂話をしているわ」


 フィリアは植物の言葉に耳を傾けるが、それ以上のことはわからないようだった。


「わかったわ。この子たちも心配だし、私もついて行ってあげる」


 こうして、フィリアを加えた三人は、上流に向かうことになった。


 三人は川沿いにしばらく進み、地図に記された食人植物(マンイーター)の群生地に近づいてきた。


「地図によると、そろそろ食人植物(マンイーター)の群生地ですね。注意していきましょう」

「ボクはよく知らないんだけど、そういえば食人植物ってどんな形をしてるの?」

「そういえば僕も知りません」

「あんたたちねえ、そんなことも知らないの? ほら、そこにまとまって生えているのが食人植物よ」

「え?」


 エリアスは言われて、足を止めてフィリアの指す先を見る。そこには背の低いツル植物が生えていた。見渡すと周り中、その植物に囲まれていた。いつの間にか三人は食人植物(マンイーター)の群生地の中に足を踏み入れていたのである。


 足を止めたエリアスたちを絶好の獲物ととらえたのか、周りの食人植物から一斉にツルが伸びてきた。油断していたエリアスは早々に捕まった。


「にゃ! えいっ!」


 イリーナが剣を抜いて、エリアスを拘束するツルを切断する。だが、ツルがさらにエリアスの体を狙って四方八方から伸びてくる。片っ端から切り落とすイリーナ。【身体強化】(ブースト)を使用したのかその速度はどんどん加速していく。

 しかし、このままではジリ貧であると感じたイリーナが一時撤退を考え始めた、そのとき、フィリアが叫んだ。


「あーもう、あんたたち! やめなさい!」


 ツルの動きがぴたりと止まった。イリーナも剣を振り下ろした格好のまま固まる。フィリアが続ける。


「いい? あんたたち。この人たちは水源の異常を調査しに来たのよ。あんたたちも困っているでしょう?」


 フィリアはツル植物――食人植物(マンイーター)に説教をしている。それをエリアスが呆然とみていると、イリーナが絡まったツルを外してくれた。


「ありがとうイリーナ。助かりました。それにフィリアも」


 ようやく食人植物への説教が終わったのか、エリアスたちのところに飛んできたフィリアが言った。


「エリアス。水源で何が起きているか、だいたいわかったわ」



◇◆◇◆



 エリアスたち三人は水源にたどり着いていた。やや離れたところから遠巻きに水源を観察している。


「あれが魔素(マナ)異常を起こした食人植物(マンイーター)ですか」


 フィリアが食人植物(マンイーター)から聞いたところによると、水源に生えていた食人植物(マンイーター)の一株が、何らかの原因で体内の魔素(マナ)に異常をきたして巨大化し、水源の水をすべて汲み上げているとのことだった。


「確かに体内に異常な【魔素】(マナ)が見えますね」

「あらあんた、人間のくせに【魔素】が見えるの?」


 フィリアが意外そうに言う。エリアスの方こそ意外だった、エリアスとしては子供の頃から普通にやっていたことなので、他の人間もできるものだとばかり思っていた。


「フィリア、あれをさっきみたいに説得することはできませんか」

「無茶言わないでよ。完全に魔素(マナ)異常起こしているじゃない。ああなっちゃったらもう話も通じないし元にも戻せないわ」


 フィリアが悲しそうに言う。魔素(マナ)異常を起こした生物は理性を失い、体が変異し凶暴化するのだという。一説によると、魔獣とは魔素異常を起こした生物が、種として定着したものだという。生物として変質してしまうため元に戻す方法はなく、救うためには殺すしかない。


タンタンタン!


 エリアスが魔導小銃を三連射する。弾丸は巨大食人植物(マンイーター)に吸い込まれていった。


「あのツル状植物には銃では駄目そうですね」

「なにその槍! 今何をしたの?」


 フィリアが騒ぐがエリアスは無視した。銃弾はツルを何本か切断したものの、巨大食人植物にはたいしたダメージがないように見えた。


「ボクが突撃しようか?」


 イリーナが提案する。確かにイリーナの剣なら互角に戦えるかもしれないとエリアスは考える。


「いえ、もっと安全にいきましょう。相手は所詮は植物です。いったん村に引き返します」


 エリアス達は村へと戻った。



◇◆◇◆



 村に戻ったエリアスは、村長に瓶と油を集めるように言った。


「本当は火炎放射器とかで焼き払いたいところですが、そんなオーバースペックなものを作らなくても、植物なんてこれで十分です」


 油に石けんを削って混ぜていくエリアス。石けんを混ぜることで油の粘性が増した。


「即興のナパームもどきです」


 それを集まった瓶に詰めていく。そして瓶の口に布を詰め込んだ。


「できました。イリーナ、手伝ってください。これを持って水源地に戻ります」


 エリアスとイリーナは、できあがった瓶を手分けして持つと、水源地へと向かった。先ほどと同じように、遠巻きから巨大食人植物(マンイーター)を眺める一行。


「で、どうするのエリアス。ていうかこれ何?」

「火炎瓶です。これを遠くから投げて焼き払ってしまいましょう」


 エリアスは【点火】(ティンダー)で瓶の口の布に火をつけると、巨大食人植物に投げつける。火炎瓶は地面に落ちて瓶が割れ、中身の油が飛散しそこに引火した。


「おー、燃えてる燃えてる」


 石けんによって粘性を高められた油が、巨大食人植物の下で燃え続けている。巨大食人植物は、突然の炎にツルをうねうねと動かして苦しんでいる。


「でもどうせなら油を食人植物(マンイーター)に直接かけたいところですね。イリーナ、これを食人植物の上に投げてください」

「りょーかい」


 エリアスから火炎瓶を受け取ったイリーナは、それをぽーんと巨大食人植物に投げる。


「ナイスコントロールです。えいっ」


タン!


 巨大食人植物の上に到達した空中の瓶をエリアスは魔導小銃で狙撃した。瓶はばらばらになり、中の油が巨大食人植物にぶちまけられると同時に引火した。あっという間に巨大食人植物は火だるまになった。


「よし、イリーナ。残りの瓶もいっちゃいましょう」

「にゃー!」


 同じように持ってきた火炎瓶をどんどん投げるイリーナ。それを空中で破壊して巨大食人植物に油をかけるエリアス。半数程度は狙撃に失敗して地面に落ちたが、それらも地面で割れて火勢を広げた。全身を炎につつまれ、ツルをのたうたせて苦しむ巨大食人植物。


「あ、あんたたち……えげつないわね」


 しばらく後、燃え続けていた炎が下火になった頃、巨大食人植物はすっかり炭と化していた。エリアスは水源地を見渡すが他には魔素(マナ)異常も見えない。事態は収拾したのである。

 エリアス達は村に戻り村長に顛末を報告した。


「これで水源も元通りでしょう。一件落着です。では、王都に帰りますか」

「にゃ!」

「え、あんたたち、王都にいくの?」


 フィリアが驚く。


「言ってませんでしたっけ? 僕たちは水源調査のために王都からきたんです」

「言ってないわよ! 私も行くわ!」

「え?」

「紙の鳥の仕組みをまだ聞いていないし、あんた言ったわよね、翼をちゃんと設計すれば飛べるって」

「そんなようなことを言いましたね」

「あたしの野望のため、ちゃんと教えてもらうからね!」

「わかりましたよ。じゃあ一緒に行きましょう」


 こうして小さな仲間がエリアスの旅に加わったのだった。



◇◆◇◆



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