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11.義務からの脱出

 成人の儀の試練として、エリアスには竜種(ドラゴン)を討伐してその魔素結晶を持ち帰ることが課せられた。竜種であればどの竜種でも良いだろうということで、当初は、弱い下位竜種(レッサードラゴン)を狩って魔素結晶を得ようとしたエリアス達だったが、下位竜種を探している途中で火竜に襲われる。

 空を飛び火炎のブレスを吐く火竜に苦戦したエリアス一行だが、エリアスが開発した魔導小銃によってついには火竜を倒し、その体内から巨大な魔素結晶を持ち帰ることに成功したのだった。


 火竜を倒した後、イリーナは正式にフリートラント家の護衛として雇われることになった。エリアスが王族だと知ったイリーナはすこし驚いたが、特に臆することもなかった。


「にゃー。だって王様はともかく、この国の王族ってこう言っちゃ何だけどそんなに権威はないよね。次期王の候補を擁しているだけで権力もあんまりないしさ。伝統はあるのかもしれないけれど……しかも、フリートラント家ってあまりぱっとしない……あ、ごめん」

「イリーナ詳しいですね」

「この国の国民なら常識だよ?」


 イリーナはこう見えて意外とエリアスよりも常識を持っていたのだった。

 本当にイリーナを雇って大丈夫なのかと言うことについては、ナーニャに聞いたところ、


「エリアス様、優秀な人間はいくらでもいますが、心の底から信用できる人間というのは滅多にいません。大事になさいませ」


 と、諭されてしまった。

 こうして、イリーナはフリートラント家の――実質はエリアスの――護衛として、屋敷に住み込みで働くことになった。



◇◆◇◆



 エリアスが執務室で陳情の書類を整理していると、ナーニャがやってきた。


「エリアス様。火竜討伐の祝賀パーティーを催したいとの申し出が来ています」

「いいよ、面倒だし」

「今やエリアス様は注目の的です。全く社交の場に出ないというわけにもいきません。他にもパーティーの招待状がたくさん来ています。いくつか見繕って参加なさって下さい」


 エリアスは招待状の(たば)を受け取ると、陳情の書類に視線を戻す。火竜を討伐して以来、毎日のようにナーニャがパーティの招待状を持ってきていた。エリアスはそれをのらりくらりとかわしていた。


「ええと、この陳情は……水源の調査依頼?」

「エリアス様!」

「これはいそぎのいらいだ。たいへんだー。ちょっと調べに行ってくるよ」


 最後の台詞は棒読みで言うと、エリアスは招待状の束を空中に放り投げた。空中でばらばらに広がった招待状はひらひらと床に落ちる。ナーニャが慌ててそれを拾い集めているその隙に、エリアスは走る。


「七日ほどで戻ります」


 エリアスはそう言うと、あらかじめ用意してあった荷物を掴んで部屋から逃げ出した。


「待って下さいエリアス様! わかった。わかりましたから! 今回はそれで良いです! しかし、遠征するならせめて護衛を!」


 走り去るエリアスに叫ぶナーニャ。ナーニャが追ってこないのを見たエリアスは、少し走る速度を落とす。そして、中庭で件の稽古をしていたイリーナを発見した


「イリーナ。一緒に行きましょう」

「にゃ、了解!」


 こうしてエリアスとイリーナは屋敷を後にしたのだった。



◇◆◇◆



「で、どこに行くの? エリアス」


 着の身着のまま出てきてしまったので。街の店で旅装を整えていると、イリーナが聞いてきた。


「ここから二日ほど行った村です。最近、川や井戸が急に涸れてしまったそうです。水源に何か異常がありそうだから調べて欲しいとのことです」

「わざわざエリアスが行くほどの用事?」

「いえ、その、書類が一番上にあったので……」


 パーティーから逃げるための口実として利用しただけなので、そこまで詳しく中身を見ていたわけではなかった。

 そのまま二人は街を出て目的の村へと向かう。


「にゃ。二人きりで旅行なんて初めてだね!」

「そういえばそうですね。誰かと二人きりで旅をするのは初めてかもしれません」

「そうなんだ。えへへ」


 イリーナは道中ずっとなんだか上機嫌だった。二人はそのまま、特に何事もなく村にたどり着いた。


「それで、川や井戸が涸れたとのことですが」


 エリアス達は村長に事態の説明を求めていた。村長は村の端を流れる川に二人を案内した。


「はあ……これを見て下さい」


 川には細々と水しか流れていなかった。もとはそれなりの水量であっただろうことは、川幅や堤から想像できる。


「この川はもともと川幅は三メルト、深さも一メルト半ほどあったのですが、今はこの通りです。各家にも井戸があるのですが、ほとんどは干上がってしまいました。一部はまだ水が出ますが、この様子だと涸れるのは時間の問題でしょう」

「にゃ。川の上流で何かがあったのかな?」

「その可能性が高いと思います。村の方でも調査に人を出したいのですが……」

「何か問題が?」

「川の上流には、食人植物(マンイーター)の群生地が広がっているのです」

「食人植物ですか。イリーナ知ってます?」

「ボクが知ってるわけないじゃない」


 エリアスが聞くと、何故か胸を張って自慢げに言うイリーナ。村長が食人植物について説明してくれる。


食人植物(マンイーター)とは、近付いた動物、時には人間を蔓で捕まえて捕食する恐ろしい植物です。普段は普通の植物のようにじっとしているので、気づかない間に群生地の中に踏み込んでしまいます。そしてそのまま食人植物に捕まり、生きながらにして血を吸われるのです」

「にゃー、怖い!」


 全然怖くなさそうな口調でイリーナが叫んだ。何故かテンションが高い。


「昔は知らずにそこに立ち入っては戻ってこない者が多くいました。なので今は、村ではその一帯への立ち入りを禁止しているのです」


 村長が締めくくった。エリアスは考える。魔獣などであれば魔導小銃である程度は蹴散らせるだろうが、食人植物のような相手に通じるかは疑問だった。


「うーん、どうしましょうか」

「そんな草、ボクの剣でざくざく刈ってあげるよ!」

「村長さん、群生地の正確な範囲はわかりますか?」

「それはもう。命に関わることなので、毎年観測しています」


 村長は村周辺の詳細な地図を取り出した。群生地の範囲が詳細に記されている。


「これなら知らない間に迷い込むようなことはなさそうですね。では、群生地の近くまで行って食人植物(マンイーター)とやらを観察しましょう。手持ちの武器で何とかなりそうもなければ、王都に戻って道具を用意します」

「にゃ、りょーかい!」


 エリアスとイリーナは村を後にして川の上流を目指す。


 川の上流と言うことは山中なので、村から川沿いにしばらく歩くと、だんだんと森の中に入ってきた。


「群生地はまだ先みたいですね」


 エリアスは慎重に地図を見返す。知らない間に食人植物(マンイーター)の群生地に足を踏み入れているという事態は避けたかった。

 そうやってエリアスが何度目かの地図と現在地の確認を行っているとき、何かが聞こえた。


「だ……たす……」


 川が通常の状態であれば、水音で思わず聞き逃してしまったであろうその声は、川がほとんど水量がなく静かだったためエリアスの耳に届いた。


「イリーナ、何か言いましたか?」

「エリアス、あっちから聞こえる」


 イリーナは猫耳をピクピクさせて音を探った。二人は声の聞こえた方へと進む。少し進むと、声がはっきりと聞こえるようになった


「誰かー! 助けて-! あ、そこの二人、お願い気づいて! ああ、蜘蛛がこっち来た! こっち来んなー、あわわわ」


 近くから確かに声はするのだけど、人影は見えない。エリアスが声の主を探していると、いち早くイリーナがそれを発見した。


「エリアス、そこ。木の下!」


 イリーナが指さした先を見たエリアスの目に映ったのは、大きな蜘蛛の巣の中心に、逆さの状態で張り付いている、妖精の姿だった。



◇◆◇◆



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