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10.不穏な影

 地上では三人が火竜が落ちてくるのを待ち構えていた。


「にゃー! さっきから散々好き勝手やってくれちゃってるけど、飛べない竜種(ドラゴン)なんてただのトカゲ! 私の剣でやっつけちゃる」


 火竜が落ちてくるのを見たイリーナが、喜び勇んで落下地点に走る。


「あ、イリーナさん! アイアリスさん、早く後を追いますよ」

「はい」


 ナーニャとイリーナも急いで後を追った。

 一方、見事狙撃を果たしたエリアスも、火竜の落下地点に向かっていた。エリアスがたどり着いたとき、イリーナが剣を構えて火竜に突撃するところだった。


グオオオオオオ!


 火竜はイリーナに気づくと口を大きく開き、ブレスを吐く体制に入った。イリーナは真っ直ぐ火竜に向かっている。


「あのバカ! イリーナ!」


 エリアスは横合いから飛び出すと、イリーナに抱きつき押し倒す。女の子らしく柔らかみを帯びたイリーナの体をエリアスが感じる暇もなく、そのまま二人で横に転がりブレス射線からそれる。火竜のブレスがギリギリのところを通過していった。


「にゃっ! 熱っ! あちち」

「イリーナ、次が来ます! 立って!」


 エリアスはイリーナを立たせると火竜から遠ざかり、岩陰に隠れた。そこにナーニャとアイアリスが遅れて到着した。


【治癒】(キュア)! 【水雫】(ウォーター)!」


 エリアスとイリーナが軽い火傷(やけど)を負っているのを見たアイアリスは、【治癒】で傷を治療する。そしてその後、【水雫】で作った水の塊を二人の頭からかぶらせた。


「ぷは、何をするんですかイリス」

「にゃ、また水浸しだあ……」


 突然水をかぶらされた二人が文句を言う。


「だって……火傷には冷たい水をかけないと」

「そこまでの火傷じゃありません。それに、さっき【治癒】(キュア)で治してくれたじゃないですか」

「そっか……」


 どこかずれた答えをするアイアリス。今更だが、初めての実戦で緊張しているのだ。


「にゃー。でもこれで、あのブレス一回くらい耐えられるんじゃないかな?」

「確かに火事場には水をかぶって突入すると言いますが」

「わかりました。アイアリスさん、私にもお願いします」

「え?」


 そう言うとナーニャはアイアリスに水をかぶせてもらう。


「私は今回ほとんど役に立っていません。ここで挽回します。私は右から突撃します。イリーナさんは左からお願いします」

「にゃ。了解!」

「そんな無理しなくても、飛べなくなったあいつからなら逃げられるんじゃないですか?」

「何をおっしゃっているのですかエリアス様。当初の目的をお忘れですか?」

「あ……」


 そう言われてエリアスは、この旅の目的を思い出す。竜種(ドラゴン)を倒してその魔素結晶を持ち帰るのだ。


「あの大きさの火竜ならば、相当な純度と大きさの魔素結晶を宿していることでしょう。下位竜種(レッサードラゴン)を狩って回っても、運が良ければ小さな魔素結晶の欠片が手に入るかという程度。この機会(チャンス)をみすみす逃すわけにはいきません」


 そう言われると欲が出てくる。あの強力な火竜をここまで追い詰めたのだ。その魔素結晶を持って帰りたい。


「では、そのように私とイリーナさんが突入します。エリアス様はその武器で、アイアリスさんは水の魔術で援護をお願いします」


 ナーニャとイリーナは岩陰から飛び出していった。



◇◆◇◆



「はっ!」

「にゃ!」


 ナーニャとイリーナは、何度目かの炎のブレスを避けた。


 最初はブレスを避けながら順調に火竜との距離を詰めていた二人だったが、ある一定の距離からは近づけなくなっていた。火竜は落下の際に足でも痛めたのか、その場から全く動かず、ブレス攻撃のみを行っていた。

 そのためブレスが届く範囲は、火竜から扇状に広がっており、ナーニャ達が近づけば近づくほど、火竜は頭を動かさずにブレスを当てることができるため、避けづらくなっていた。近づこうとしてはブレスを避けるために後退する二人の姿は、さながら、往年のシューティングゲームのようだった。


 アイアリスはブレスの範囲の外から【水雫】(ウォーター)の魔術で、二人を襲うブレス攻撃を防いでいた。しかし、【水雫】は改良版の【爆発】(エクスプロージョン)ほど射程は長くはなかったため、二人が火竜に近づくと届かなくなってしまう。アイアリスの身のこなしではブレスを自力で避けることはできないため、これ以上は近づくことができなかった。


 そしてエリアスだが、やはり攻めあぐねていた。エリアスは頭を狙って狙撃を行っていたが、頭部に当たった弾丸は全て弾かれてしまっていた。火竜の頭部は他の部分よりもさらに硬いようだった。

 それならばと、今度は唯一むき出しになっている眼を狙ったのだが、飛来する弾丸を眼でとらえているのか、火竜は眼に当たりそうになると決まって目を閉じるのだった。そしてやはり、火竜のまぶたは弾丸を通さなかった。


「はあ、はあ……」

「にゃ、にゃー……」

「……ふう」


 エリアス以外の三人とも、息が上がり始めていた。ブレスを吐き続けている火竜も体力が尽きそうなものだが、表面上は疲労の様子は見られない。


「まずいですね。このままではいずれ疲労したところをブレスに捕まってしまいます」


 考えている間にも、火竜は次のブレスを吐こうと大口を開けて構えている。喉の奥にちろちろと炎が揺らめいている。


「口……そうか! 口の中なら鱗はないはず!」


 なぜこんなわかりやすい弱点を今まで攻撃しなかったのか。火竜のブレスがあまりにも強力で迫力があったため、そこが弱点という意識が働かなかった。

 また、火竜は口からブレス攻撃を行うため、いくら口を開けているからといって、剣や槍などの近接武器で攻撃するのは自殺行為である。また矢を撃ってもブレスですぐに撃ち落とされてしまうだろう。そのため前線で戦っているナーニャ達には、口の中を攻撃するという案は思いつきもしなかった。


 しかし銃弾ならば火竜の口内に届くはずである。それに思い至ったエリアスは、すぐに火竜の口内に弾丸を撃ち込む。


「効いてくれよ……!」


タン!


 【爆発】(エクスプロージョン)の破裂音を響かせ、魔導小銃から鉛弾が発射される。弾丸は真っ直ぐ、ブレスを吐こうと大口を開けている火竜のその口の中に吸い込まれていった。そして弾丸が、火竜の口内に着弾した瞬間、


ドガン!


 直後、轟音が鳴り響き、火竜の喉奥が突然爆発した。


「な、なんですか……!?」


 火竜はそのまま力を失うと、ズズン、と音を立ててそのままゆっくりと地面に倒れた。これはエリアスにも想定外だった。


「……何が起きたの?」

「エリアス様が、倒したの……でしょうか……?」


状況を把握できないアイアリスとナーニャ。


「にゃ……もう動かないみたいだよ!」


 おそるおそる火竜のそばまで様子を見に行ったイリーナが一同に声をかけた。その様子を見た三人も、火竜のもとに集まる。火竜の体はかなりの熱を帯びていて、近付くだけで相当に熱い。まだ触れる温度ではなさそうだった。そこで、火竜を倒した当人のエリアスが疑問を口にする。


「口の中を撃ったらいきなり爆発したんですが、何が起きたんでしょうか」

「口の中ですか……おそらくは『ほのお袋』に引火したのではないでしょうか」


 ナーニャが答えた。


「ほのお袋?」

「火竜は炎のブレスを吐くために、炎を貯めておくほのお袋を喉に持っているという話です」

「なんですか、その怪獣図鑑に書いてあるような器官は……」


 本当に『ほのお袋』という器官があるかはともかく、火炎放射器のように炎をはき続けていた火竜である。なにか可燃物を体内に蓄えていた可能性は高い。それが爆発したのだろうとエリアスは見当を付けた。

 ナーニャが火竜の体を見上げて言う。


「これだけの火竜です。かなり大きな魔素結晶を体内に蓄えているでしょう」

「それなんですが、ナーニャ。解体は任せていいですか? 少し気になることがあるんです」

「気になることですか?」


 エリアスは滝の方を振り返って言った。


「ええ。滝の中腹にあった物です」



◇◆◇◆



 エリアスは再びロープで滝を下りていた。今度は邪魔を受けることなく、順調に中腹のテーブル状の平地に下りる。そこにあったものをみてエリアスは息をのんだ。


「これは……火竜の子供……?」


 そこにいたのは体長一メルトにも満たない火竜の幼体だった。滝の飛沫を全身に浴び、水浸しの幼体は、近付いてきたエリアスに気づいたのか、弱々しく身じろぎをする。もう死にかけている様子だ。


「火竜はこの子供を守ろうとしていたのですね……しかし、何でこんなところに。火竜はあれほど水を嫌っていたのに」


 そのとき、エリアスは火竜の足に金属製の枷が着いていることに気づいた。枷から延びた鎖の先は岩に打ち込まれている。


「誰かが意図的にここに連れてきて鎖で繋いだのか。酷いことをしますね」


 水に弱いのに、滝の水を受け続けて弱っていたのだろう。火竜の子供はもうぐったりとして動かなくなっていた。


「いえ、偽善ですね。魔素結晶のために下位竜種(レッサードラゴン)を乱獲しようとし、さらにはこの子の親を倒した僕が言えることではありません」


 完全に動かなくなった火竜の子供を看取ると、エリアスは滝を下りた。



◇◆◇◆



 火竜から摘出された魔素結晶は規格外の大きさだった。下位竜種(レッサードラゴン)などが宿す魔素結晶はせいぜい指先程度であり、こぶし大の大きさの魔素結晶ともなれば高額で売買される希少な物である。しかし、火竜の魔素結晶は人間の頭ほどの大きさがあった。

 また、魔素結晶は純度が高くなるほど色が濃く、鮮やかになる。火竜の魔素結晶は血のように鮮やかな深紅だった。純度についても規格外であった。


 エリアスが特大の魔素結晶を持ち帰ると、宮中は大騒ぎになった。


「このような巨大で高純度の魔素結晶は王国でも十年に一度の逸物である。エリアス・ヴェン・フリートラントよ。よくぞ持ち帰った。そなたは火竜殺しとしてその栄誉が讃えられるであろう」


 火竜討伐の報告に赴いたエリアスに、ホルン王は言ったのだった。


「その誉れを認め、我からはこの宝剣を授ける。受け取るがよい」


 王はエリアスに宝剣を下賜した。宝剣は繊細な装飾が全体に施された細身のショートソードだった。実用性はないが、王から賜った由緒正しい剣としての威厳を発露していた。一度これを抜き放てば、水戸黄門の印籠並の威光を振りかざすことができる。そういった逸品だった。討伐の報償としては最上級のものである。


「ありがたく頂戴します」


 エリアスが宝剣を恭しく受け取ると。火竜殺しの英雄を見ようと集まった貴人たちの歓声と拍手が、謁見の間に鳴り響いた。


 その多くはエリアスに取り入るべきか、利用価値を見定めようとする人間達だったが、王威の宝剣を授与されたエリアスの姿は、彼らの目に強く焼き付いたのだった。



◇◆◇◆



 今回の試練は、最近大きく功績を挙げているエリアスを押さえ込む意図が働いていた。ホルン王国では、政治能力だけでなく、ある程度の武功がなければ王には不適格であった。道具の開発や発明が得意でも、竜種(ドラゴン)討伐の課題で、指でつまめるような大きさの魔素結晶を持ち帰ってくるようでは、大きく評判を落としたことであろう。


 しかしそこに、エリアスは巨大な魔素結晶を持ち帰ったのである。エリアスの評価は一気に上がらざるを得なかった。王位争いに手が届くどころか、その気になればその主力となれる位置にまでエリアスの順位は上がったのだった。


 面白くないのは幼少から王位争いの上位を巡って戦ってきた一部の王子達である。


「失敗したようだな」


 薄暗い部屋の中、重厚な椅子に座る男が声を発した。その声はまだ若い。


「はっ、審議会に働きかけ、達成しても評価に繋がらない試練を設定した上で、フリートラント王子が訪れるであろう下位竜種(レッサードラゴン)の巣に、あらかじめ火竜を配置したのですが……まさかそれを倒すとは」

「言い訳は良い。せっかくの郊外に出る機会を逃しただけではなく、敵に花を持たせることになろうとは!」

「ひいっ、お許しを!」


 男は机の上のインク壺を投げつけて声を荒げた。


「今や奴は注目の的だ」


 エリアスは時の人だった。周りに眼が増えて、下手な陰謀工作を打ちづらくなってきている。下手に暗殺などを行った場合、成功しても失敗しても大規模な調査が入るのは間違いなく、リスクが非常に高かった。


「アインブルクの街に潜伏しているのを発見したときに、殺しておけなかったのが悔やまれるな」


 男は腕を組み嘆息をもらした。男は、王都に引っ越す前のエリアスの屋敷に何度か暗殺者を送り込んでいた。しかし、その全てがナーニャに返り討ちにされて帰ってこなかった。


「まあ良い。こちらは審議会に繋がりもある。今後いかようにもできる」


 男はにやりと笑うと、エリアスを蹴落とす次の算段を考え始めた。



◇◆◇◆



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