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9.竜の巣

 翌日の早朝、エリアス達一行は村を出て下位竜種(レッサードラゴン)の巣となっているという滝へと向かった。


 半日ほど森の中を進んだとき、森の奥からなにか争うような気配とともに、助けを求める悲鳴がかすかに聞こえてきた。


「うわあ、助けてくれ!」


 一行は顔を見合わせる。


「エリアス様!」

「うん!」


 エリアス達は急いで声の元へと向かう。少し走るとすぐに声の主の姿が見えた。村人らしき人間が体長三メルトほどの巨大なトカゲに襲われていた。


「あれは……下位竜種(レッサードラゴン)です!」


 下位竜種のその姿はエリアスが想像したとおり、コモドオオトカゲを巨大化したような姿であった。

 ナーニャはすぐさま、【身体強化】(ブースト)の魔術を使用すると、村人の元へと急いで駆けていく。状況を観察していたアイアリスが静かに言った。


「……いけない!」


 ちょうど下位竜種は村人の右腕に食いついたのが見えたのだった。村人をくわえた下位竜種は、そのまま村人の体を振り回し始めた。このままでは間に合わない。

 エリアスはすぐに肩から魔導小銃を下ろすと、下位竜種に狙いを定めようとした。しかしやや距離が遠い。【遠視】(スコープ)の魔術を発動させようと魔力を込めた、まさにそのときだった。


「にゃー! ちぇすとー!」


 突如下位竜種のそばの茂みから人影が現れた。人影が剣を一閃すると、その剣は勢いそのままに下位竜種の首を通り過ぎていた。ずずっと音を立てて下位竜種の首が地面に落ちる。少し遅れて首を失った体が音を立てて崩れ落ちた。

 剣を振って血のりを払いながら、人影――剣士が村人に尋ねる。


「ふう……。そこの人、大丈夫?」


 剣士が、いまだ腕を下位竜種にかじりつかれたままの村人に声をかけた。村人は右腕を地面に転がった下位竜種の頭にかじられたままだったが、命に別状はない様子だった。


 事態が収集したのを見たナーニャは足を緩める。急いで追いかけてきたエリアスとアイアリスとともに村人と剣士の元へと駆け寄った。そこでようやく、下位竜種を倒した人物がこちらに気づいた。


「あれ、ナーニャさん? そっちはもしかしてエリアス?」

「イリーナ!!?」


 成長したイリーナがそこにいた。



◇◆◇◆



 数年ぶりに会ったイリーナは、見た目は大きくは変わっていなかった。多少背丈は延びていたが、それでも同世代と比べて低い身長であったし、童顔を残していたため、全体的に幼い感じがした。しかし、柔らかい胸の膨らみが年頃の女性であることを主張している。


「イリーナ、こんなところで何をしているんですか?」

「にゃ、それはこっちの台詞だよ。こんな山奥で出会うとは思わなかったよ」


 アイアリスが村人に【治癒】(キュア)をかけている間、エリアスはイリーナと話をしていた。


「ボクは山ごもりで剣の修行だよ。もうすぐ成人だからね。ナーニャさんとの約束もあるし」

「約束?」

「うん。成人してまだその気があるなら、ナーニャさんの権限で護衛の剣士として雇ってくれるって。あ、内緒だっけ」


 別れを惜しむイリーナを見かねて、ナーニャは、アインブルクの街を出るときにそのような約束をしたのだった。その後もイリーナは、剣の腕を独自に磨いてきたが、最近は山奥などにこもり、修行のようなことをしていたらしい。これにはナーニャも驚いた。


「まさか本当に修行しているとは思いませんでした」

「え!? ナーニャさん、本気じゃなかったの?」


 その言葉を聞いてイリーナは愕然とした。


「はい、まさか何年も後まで初志を貫徹しているとは」

「じゃあ護衛の話は無しなの!?」

「いえ、イリーナさんにその気があるならそれは責任を持って口利きをしましょう。剣の腕についても問題ないようですし」

「やったあ!」


 そんな話をしていると、村人の治療が終わった。

 村人は山菜を集めに森に入ったのだが、山菜採りに夢中になるあまりここまで入り込んでしまったとのことだ。村まで送ると申し出たのだが、もう大丈夫だと断って、村人は何度も礼を言うと村に帰っていった。


「で、エリアス達は何をしに来たの?」

下位竜種(それ)を倒しに来たんです。ナーニャ、解体して魔素結晶がないか確かめましょう」


 解体しながら今までの経緯をイリーナに話す。竜種(ドラゴン)の魔素結晶が必要なこと。そのために下位竜種の巣である滝を目指していること。ついでに、この一帯の下位竜種の動きがおかしいことも伝えておく。


「あ、その滝知ってる」

「え?」

「水場を探してたときに見つけたんだ。でもその大トカゲどころか動物の姿は見なかったけどなあ」


 行ってはみたものの場所が不便なためすぐに引き返し、水場はもっと下流を使っているとのこと。


「イリーナのせいで、下位竜種が村の近くまで下りてきたんじゃないでしょうね?」

「濡れ衣だよ! 私がここに来たの五日前だよ。もっと前から様子がおかしいんでしょ?」

「確かに」


 話している間に下位竜種の解体が終わる。残念ながら魔素結晶はなかった。


「どうしますか、エリアス様」

「当初の予定通り滝を目指しましょう」

「ボクもついて行くよ」


 イリーナを仲間に加え、四人は滝へと向かった。


 しばらく歩くと、目的の滝にたどり着いた。滝は落差約二十メルト。滝つぼの周りには穏やかな水場が広がっていた。


「ここがくだんの滝のようですね」


 エリアスは周りを見渡す。確かに下位竜種どころか、動物の気配がない。


「……とても静か」


 滝壺の静謐な空気を浴びて、アイアリスが気持ちよさそうに呟いた。


「本当にここが下位竜種の巣なのですか?」

「そのはずです。少なくとも数ヶ月前には、下位竜種の群れがここを拠点にしていたとの目撃情報があります」

「にゃー。だから何もいないっていったじゃないのさ」

「別にイリーナの言葉を信じていなかったわけじゃないですよ」


 抗議の声を上げたイリーナをなだめるエリアス。


「最近村の近くで見かけるようになった下位竜種。そしてもぬけの殻の巣。符号が会いますね」

「何か理由(ワケ)があって巣を変えたのかにゃー?」

「……巣を追われて、散り散りになったのかも」


 ナーニャとイリーナ、それにアイアリスが考えられる可能性を論議する。


「巣を変えたのならば、新しい巣を見つければいいのですが、散り散りになってしまったのだとするとやっかいですね。まとまった数の下位竜種を狩らないといけないのに」

「何か……手がかりがないか調査すべき」


 アイアリスがこの場所の調査を提案する。。


「そうですね。下位竜種がなぜここを捨てて違うところに行ったのか、何か手がかりがあるかもしれません。調べてみましょう」

「わかりました」

「にゃ!」


 エリアスたちは手分けをして滝周辺を調べることにした。エリアスは滝壺周辺を、他の三人は周りの茂みを探索している。


「見たところ特に何かがあるようには感じませんが……これ以上は水に潜って調べることも考えないと……ん、あれはなんだろう?」


 何となく滝を見上げていたエリアスは、滝の中腹に何かあるのを見つけた。崖の途中に少し平たい部分があり、そこに何かが置いてあるようだ。滝のしぶきが激しくてここからではよく見えない。

 エリアスは確認のため、自らそこまで行くことに決めた。下から登るよりも滝の上から下りてきた方が良さそうだ。一応、三人に声をかける。


「ナーニャ、イリス、イリーナ。滝の中腹に何かがあります。僕は大回りして滝の上からロープで下りて確認してこようと思います」

「なら、ボクも行くよ。一人のところをまた襲われるかもしれないし」


 エリアスは、イリーナと一緒だしどうせここに下りてくるのだからいらないだろうと、荷物と魔導小銃を滝の脇に置くと、イリーナと一緒に滝の上まで移動した。そして、近くの木にロープをくくりつけて、逆の端を崖から垂らした。エリアスはロープを掴み、崖に足をかけた。


「大丈夫エリアス? ボクが行こうか? 高いところは得意だし」

「いえ、これは僕の成人の試練です。イリーナに頼りっぱなしと言うのもかっこ悪いですし」


 エリアスはロープを伝い、崖上からゆっくりと滝の横を下りていく。滝のすぐ脇を伝っているため、飛沫をまともに浴びて全身水浸しである。慎重にロープを伝うエリアスは、しだいに、目的のテーブル状になっている部分に近づいていく。しかし、上からだと滝の流れに視界が遮られて、下から見たときよりもさらに見づらかった。もっと近くまで寄らないと何が置いてあるのかわからない。


「うん……もう数メルト!」


 エリアスがそう言って、さらに近づこうとしたとき、大きな羽ばたきの音とともに、巨大な影がエリアスを覆った。


ギャアアアア!


 咆哮にエリアスが振り返ると、数メートル先に、深紅の竜が羽ばたいていた。



◇◆◇◆



「え、竜!?」


 空中にいたのはファンタジーものの物語やゲームでよくみるタイプのドラゴンであった。体長は五メルトほど、ややずんぐりとした体に長い首。背中には大きな翼があってホバリング飛行をしている


 威嚇の咆哮でエリアスが逃げ出さなかったことで――実際にはロープからぶら下がっている状態なので身動きが出来なかっただけなのだが、赤竜はそうはとらなかった――エリアスを敵と見なした赤竜は、攻撃動作に移った。大きく口を開けた赤竜の喉の奥に炎が揺らめく。


 赤竜はエリアスに向かって火炎のブレスを吹き出した。炎に包まれるエリアス。


 一般論として、炎というものは上昇気流が発生するため、下よりも上の方が温度が高い。例えばロウソクの炎も一番下の部分であれば、指でつまんで消せる程度の温度だが、炎の先端は数百度に達する。竜のブレスもちゃんとこの物理法則に従っていた。赤竜がもう少し賢ければ下から炎で炙ってエリアスを攻撃しようとしただろう。しかし、赤竜にそこまでの知能はなかったので、ブレスはまっすぐエリアスに向けて放たれた。


 そのため、直撃を受けたエリアスよりも上方のロープに温度が高い部分が集中した。結果、一秒と持たずにロープが焼き切れた。


「エリアス!」


 イリーナが叫ぶ。ロープを失ったエリアスはそのまま滝壺に落下した。


ザバーーン!


 大きな音を立てて水中に沈むエリアス。しかし、エリアスは無事だった。炎の直撃を受けたが、滝のしずくで全身水浸しだったことで炎の熱から守られたのだ。さらに、ロープがすぐに切れたことによってブレスを浴びていた時間が短かったことや、すぐに水中に落ちたことで消火したことも幸いしていた。何秒もブレスを浴びていれば危なかっただろう。


 エリアスは水中から何とか浮き上がり、顔を出した。しかしそこには、獲物が浮き上がってくるのを待っていた赤竜の姿があった。赤竜は再び口を開く


「く、万事休すか!」


 武器もなければ水中で動きも鈍い。諦めかけたエリアスだったが、そこに、イリーナが降ってきた。


「とりゃーっ!」


 イリーナは落下の勢いそのままに、赤竜の頭に着地した。


ドガッ!


 十メルトの高さから重量を乗せて、頭を蹴り下げられる格好となった赤竜はバランスを失い水中へと落ちる。大きな水しぶきが上がった


「うわ、今すごい音がしましたよ」

「いいから早く岸に上がって!」

「そうでした」


 赤竜は泳ぎは得意ではないのか、水中でもがいている。ここでようやく異変に気づいたナーニャとアイアリスが滝壺に戻ってきた。


「なっ……! あれは火竜!?」


 ナーニャが叫ぶ。直接見るのははじめてだったが、空を飛ぶ身長五メルトオーバーの赤い竜といえば火竜であった。空から炎のブレスを吐いてくる難敵である。鱗は硬く弓矢も通じにくい。十分な威力がある矢であれば通らないこともないが、何せ相手は上空である。矢の威力も弱まってしまう。


「エル! イリーナ!」


 その頃、エリアスとイリーナはようやく岸にたどり着いたところであった。火竜は何とか水中から脱して、水上に羽ばたいていた。その体は高温なのか、全身からしゅうしゅうと水蒸気が上がっている。

 火竜は再び空高く飛び上がろうとしている。それを確認したアイアリスは、火竜に対して魔術を発動させる。


【爆発】(エクスプロージョン)!」


 以前魔術組合を半壊させた改良版の【爆発】である。今回はさらに、エリアス達に被害が及ばないように、爆発に指向性を持たせるという芸当をアイアリスはやってのけた。


ドン!


 火竜は【爆発】を受け、少しよろめいたがすぐに立ち直ると空高く飛び上がった。


「火竜とは火の竜です。【火炎】や【爆発】の魔術は通じません。そもそも、中位以上の竜種(ドラゴン)には魔術自体が通じにくいのです」

「聞いたことがある。竜種は自己の【魔素領域】(マナ・フィールド)が強い生き物……」


 人間を含む生物は、自己が支配する【魔素】(マナ)の領域、【魔素領域】(マナ・フィールド)が身体を覆っている。他者が支配する【魔素領域】に対して外から魔術を発動ことが出来ない。このことから、他者の体内に【爆発】の魔術を行使して木っ端みじんにするといったことはできないというのが、魔術理論の基本である。


 しかし、竜種(ドラゴン)など一部の魔獣については、強力な【魔素領域】(マナ・フィールド)を持つ物がいる。いわゆる“魔術に強い”魔獣である。火竜を初めとする竜種はその筆頭だった。これらの魔獣に攻撃魔術をかけても、その【魔素領域】により威力が弱体化されてしまう。


 先ほどのアイアリスの【爆発】(エクスプロージョン)の魔術も、本来ならもっと強い威力で発動させたつもりであったが、この竜種特有の【魔素領域】(マナ・フィールド)の強さにより弱体化されてしまったのだった。


「やっかい……」

「火竜はその名の通り、火に強く水に弱いです。水の魔術で攻めて下さい」


 ナーニャはアイアリスにそう言うと、荷物から弓を取り出し、エリアス達の元に向かっていった。


 岸に上がったエリアスは、荷物に向かって走った。イリーナは、その場で剣を構えて迎え撃つ体制だ。

 火竜は急降下すると、前足に体重を乗せてイリーナを踏みつぶしに来た。先ほど頭を蹴られたことを根に持っていて、同じことをするつもりなのだ。

 イリーナは慌てずに半身ずらして前足を避け、すれ違いざまに前足に剣をたたきつける。


ガガガッ!


 硬い物どうしが当たる音がして、火竜の鱗が何枚か剥がれ落ちた。しかし火竜にとってはそれはかすり傷に等しかった。鱗のダメージなど全く気にせず、体を半回転させて尻尾でイリーナをなぎ払う。


「きゃあ!」

「イリーナ!」


 吹き飛ばされたイリーナを見てエリアスが叫ぶが、まだ荷物にはたどり着いていない。


【水雫】(ウォーター)!」


 アイアリスの魔術によって生み出された、数メルトもの大きさの水の塊が火竜に押し寄せる。火竜は水がよほど嫌いなのか、ギャアと悲鳴を上げてそれを避けると、また手の届かない空の上に上がってしまった。

 ナーニャが下から弓で矢をけしかけるがその鱗を貫くことはできなかった。鎧のような鱗に跳ね返される矢。火竜は矢を全く気にした様子がない。


 ここでようやく荷物にたどり着いたエリアスが、魔導小銃を取り出して構える。エリアスは魔導小銃に【魔素】(マナ)を込めた。


【鉛弾】(バレット)!」


 【鉛弾】(バレット)は、【石礫】(ストーン)の魔術の応用を探っているうちに発見した、小さな鉛のかけらを生み出す他愛もない魔術である。しかし、エリアスは、あろうことか魔導小銃内に【鉛弾】の魔術回路を組み込んでしまった。


 これによりエリアスの魔導小銃は、わざわざ弾丸を込めなくても【魔素】(マナ)を注ぐだけで、鉛の弾丸が装填され、さらに弾切れも起きないというめちゃくちゃなものになっていた。


【爆発】(エクスプロージョン)!」


 魔導小銃の最奥部、鉛弾で密閉された薬室内で【爆発】が炸裂する。【爆発】によって加速した鉛弾が重工から発射される。


タン!


 魔導小銃から放たれた弾丸が火竜に吸い込まれていく。弾丸は火竜の体に当たり、鱗を一枚はぎ取った。エリアスはすかさず魔導小銃に【魔素】(マナ)を注ぎ込み次弾を装填する。


タンタンタン!


 鉛弾生成、炸裂、発射という一連の動作を繰り返し、銃を連射する。全ての弾丸は火竜に命中した。しかし、この魔導小銃を持ってしても、いくつかは鱗をはがしただけに終わった。火竜にはたいしたダメージを与えられている様子はなかった。


「なんて硬い鱗だ!」


 エリアスは思わず叫んだ。魔導小銃の弾丸は普通の家のドアくらいなら貫通する位の威力がある。それを受け止めるとは驚きでの防御力であった。


 エリアスが連射を続けながらも攻めあぐねていたそのとき、火竜がエリアスの方を向いた。火竜といえども鱗が剥がれるとさすがに痛いのか、単に飛んでくる弾丸がうっとうしかったのか、火竜はターゲットをエリアスに変えたようだ。


 火竜は急降下すると、勢いそのままに進行方向を地面すれすれの水平に変えると、エリアスに高速の体当たりを仕掛けてきた。


 エリアスは、魔導小銃の先端に着いている銃剣にすかさず【魔素】(マナ)を込め、超振動の魔術を発動させる。そして銃床を地面に当てて足で固定すると、姿勢を低くして、銃剣を立てた状態で火竜を待ち受けた。


ズバアアアアア!


 火竜がエリアスの上を通り過ぎたとき、火竜の腹には銃剣による傷が一直線に刻まれていた。


「やった!」


 イリーナが叫んだ。イリーナはいつのまにかダメージから回復して戻ってきていた。


「いや……浅いです!」


 銃剣はせいぜい大ぶりのナイフといった大きさである。火竜の巨体からすれば、全くの無傷というわけではないだろうが、人間にたとえるならば、せいぜい紙で指を切ったくらいのダメージだろう。

 それを肯定するかのように、火竜はすぐに振り向くとブレスを吹く体制に入った。


ゴオオウウウウ!


【水雫】(ウォーター)!」


 火竜が吹き出した火炎のブレスを、アイアリスの【水雫】によって生み出された水の塊が受け止める。ジュウ、とすさまじい蒸発音が鳴り響き、辺りは蒸気に満たされた。


 蒸気を嫌った火竜は再び空に上がる。エリアスが数発追撃するが、相変わらず鱗を剥がすにとどまった。


「魔術もだめ、剣もはじかれる。僕の魔導小銃もダメージは与えられますが決定打に欠けますね」

「エリアス様。その武器で何とかあいつを地面に落とせませんか?」

「さっきから撃ってはいるのですが鱗が硬くて。鱗を剥がしたところにもう一撃加えられればもしかしたら……しかし、相手も動いているので」

「エリアス、さっきから見てたんだけど、あそこ、鱗ないよ」


 イリーナが指さす先を眼で追おうとしたエリアスだが、すでに火竜は空高く上がっており、遠すぎてよくわからない」


「どこですか?」

「翼の付け根だよ。あそこをやられたら、もう空は飛べないから剣でも倒せると思うんだ」


 エリアスが【遠視】(スコープ)の魔術で火竜を見ると、確かに翼の付け根は柔らかそうな皮膚で覆われていた。


「エル、その魔術便利そう……今度教えて」


 こんなときでも魔術への探究心を忘れないアイアリス。


「はい、それはいいですが、今はあの竜種(ドラゴン)です。竜種(ドラゴン)はさっきからの攻撃で、どうやら僕を攻撃対象に決めたようです。攻撃をさばきながら翼を撃つというのは、さすがに厳しい物があります」

「わかりました。我々が注意を引きつけます」


 即座にナーニャが言った。


「そろそろ蒸気が晴れます。エリアス様は今のうちに森に隠れてそこから狙撃して下さい。ここで私たちが火竜の注意を引きます」

「にゃー。任せて」

「……ん。ブレスの防御は完璧」


 そんな作戦会議をしているうちに蒸気が薄まってきた。


「エル、急いで」

「わかりました。後はお願いします」


 エリアスは(もや)に紛れて森の中に入っていった。



◇◆◇◆



 数分後、エリアスは森に十メルトほど入ったところに生えていた木に登っていた。水蒸気の靄は晴れたらしく、火竜の攻撃が再開していた。遠くから見ると、急降下してはまた上空に戻ってホバリングして様子をうかがう、というパターンで攻撃しているのがよくわかる。


「狙うなら、上空で留まっている時か……」


【遠視】(スコープ)!」


 下で戦っているアイアリス達のことを考えると、あまり長い時間はかけられない。【遠視】(スコープ)を覗いて火竜が空中で静止するのを待つ。気分はマンガのスナイパーである。


「報酬はスイス銀行に口座に振り込んでくれ、なんてね」


 軽口を叩いて緊張をほぐしていると、火竜がホバリング飛行に移った。


「今だ!」


タンッ!


 エリアスの魔導小銃から弾丸が放たれる。しかし弾は翼の付け根ではなく、翼の空気を受けている膜の部分に当たり小さな穴を開けた。そんな場所にも痛覚があるのか、

火竜が首を巡らせ異常を確認している。


「まだだ、もう一回!」


タンタンタン!


 エリアスは魔導小銃を三連射した。先ほどの弾道から、狙いを修正して放たれた三発の弾丸は、今度こそ火竜の翼の付け根に突き刺さった。


グオアアアアアアア!


 片翼の制御を失った火竜は、きりもみをして地面に落下していった。



◇◆◇◆


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