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7.アイアリスと魔術

 エリアス灯や瓶詰の事業など、エリアスが始めた担当事業については意見を求められたり仕事をにかり出されたりすることもあったエリアスだったが、それも次第に落ち着いてきて自分の時間が取れるようになった。


 瓶詰のように現代の知識によって解決策を提示した事案については、この世界の技術や流通に少なからず影響を与えていたが、エリアスはそんなことは気にしていなかった。技術というのはいずれ誰かが発見するものである。大量破壊兵器などを作らなければ、特に問題はないと思っていた。

 そして今、エリアスはその大量破壊兵器になり得るかもしれない物についての処遇について、どうするか考えていた。


「やっぱり銃を完成させたいですね。以前スチールタイガーで試したときは部品の状態でしたからね。中途半端なままで終わってしまいました」


 それは銃の完成であった。以前、部品まで用意して、実際に撃って十分な威力があるところまで確認したのに、その後開発を凍結したため完成に至っていなかった。途中まで組んだプラモデルを放置してるみたいな、なんとももやもやした気分をエリアスはずっと持っていた。


「しかし、銃の技術が外に出たらさすがにまずいような気がするんですよね……。爆弾並みの爆発の魔術が飛び交うような世界だったら特に躊躇はしなかったんですが、魔術も案外しょぼい威力しかでないし……」


 自分の魔術の威力を思い浮かべながらエリアスは考える。ファンタジー物でよくあるように、爆発だのエネルギー弾だのが飛び交うような戦争をやっている世界ならば、それはもう、爆弾やら銃やらで戦っている現代世界とあまり変わらないといえる。そんな世界だったらエリアスも躊躇しなかっただろう。しかし、剣と弓矢で戦っているレベルの世界に銃が登場したら社会構造ががらりと変わってしまう可能性がある。


「うーん、でもまあ設計図書くだけなら良いですよね。幸いなことに僕の銃は繊細な魔術制御が必要です。魔術回路組み込まないと実用にはならないでしょう。設計図だけでは完成しないです。よし、自分への言い訳終わり。さて、楽しい設計図柿をはじめましょうか。前回は先込めの火縄銃みたいな物だったのでもうちょっとマシな物を設計しましょう」


 そうして、エリアスが銃の設計を始めようとしたときだった。外からごう音が聞こえてきた。


ドン! ズズーン!


「これは……爆発音?」


 エリアスはペンを置いて立ち上がると、急いで外に向かった。


◇◆◇◆



 エリアスが通りに出ると、周りは同じように様子を見に来た人々で騒然としていた。


「なんだなんだ」

「向こうから聞こえたぞ!」

「あっちは……魔術組合の方向だ」

「なんだよ、また魔術組合かよ」


 魔術組合絡みらしいと結論づけた人々は、次第にそれぞれ散っていった。


「魔術組合……今日はイリスが行っているはず!」


 アイアリスの身を案じたはエリアスは、戻り始めた人々をかき分け、魔術組合に向う。

 魔術組合の建物は半壊していた。そして、組合員と思われる数人が、がれきを検分していた。


「すみません! いったい何が起きたんですか?」


 エリアスが組合員に声をかける。


「いやあ、我々も爆発音を聞いてやってきて、今さっき着いたところなのだよ」

「ちょうど魔術の学会があってね、組合のほとんどの人間はそちらにかり出されていたのだ」

「倉庫にしまわれている未解明の古代魔術回路でも暴走したのだろうか。いや、人がいないときで良かった」


 組合の本部が半壊しているのに、組合員たちは落ち着いたものだった。古代の遺跡から発掘された魔術の品などが発動し、魔術組合が損壊するようなことはたまにあるらしい。だから、街の人間も、またかといった態度だったのだ。


「イリス……アイアリスを知りませんか?」

「ああ、あの銀髪の……そういえば組合長が学会に飽きたからって、先に一緒に組合本部に戻って行ったような」

「爆発よりずいぶん前だよ。これは……被害者はいないと思っていたけど、もしかしたら巻き込まれているかもしれないな。みんな! 捜索に手を貸してくれ!」

「そんな! がれきの下にいるかもしれないって事ですか!」

「ああ、君も一緒に探してくれ。組合長! 誰か! 下にいますか!?」


 組合員は建物のがれきをのぞき込むと、下に人がいないかを確かめていく。他の組合員もそれにならって声かけを始めた。


「そんな……イリス! イリス!」


 エリアスもアイアリスの名前を大声で呼んだ。


「イリス! どこですか!? 返事をして下さい!」

「ん……エル。ここ」

「え?」


 振り返るとそこには、ばつが悪そうな顔をしたアイアリスと魔術組合長ダンテがいた


「おおい、みんな。私はここだ。爆発のとき、建物内に人はいなかった。大丈夫だ」


 魔術組合長は組合員の方に行くと、事後の処理を指示出す。組合員たちも手慣れたもので、再建の人を手配したり報告書を起こすために各人が動き出した。やがて、指示を出し終えた組合長がエリアスたちのところに戻ってきた。


「二人とも無事で良かった。いったい何が起きたんですか?」


 エリアスが組合長に聞く。魔術組合長を待っている間、アイアリスに聞こうとしたのだが、アイアリスは微妙に気まずそうに視線をそらしていたので、聞きそびれたのだ。


「……加減を間違えたの」


 アイアリスはそうぽつりとつぶやくと、口を閉ざしてしまった。魔術組合長が後を引き継ぐ。


「殿下、アイアリス君は大変な才能だ!」

「はあ……」

「魔術を扱う天性の才能もさることながら、座学においてもここ数ヶ月で一般的な魔術理論を修得してしまった。もはや彼女はこの国でトップレベルの魔術師だといえる」

「トップ? そんなにですか?」

「まあ、王国の魔術レベルはひどく低いんだがね。魔術先進国のシグルズ帝国に比べたら大人と赤子みたいなものだ。目下のところ、アイアリス君は帝国レベルを目指せる数少ない王国人といったところだ」


 王国人は一般に魔術の素養があまり高くなく、魔術の研究レベルも低いらしい。なので常日頃から魔術組合は肩身の狭い思いをしていると、組合長の話は愚痴混じりに脱線を始めた。


「いくら王国人が強大な魔術を使えないからと言って、研究をおろそかにしているから! 先の戦争のように魔術にボロ負けしてしまうのだ! 飛び交う【爆発】(エクスプロージョン)の中戦える剣士を作るのも、魔術の研究があってこそ!」


 さすがに、話が違う方向に行ってしまったのを感じたエリアスは、話を元に戻す。


「組合長、その話はいずれまた。それで、いったい何が起きたんです?」

「さっきアイアリス君も言っていたではないですか。加減を間違えただけですよ」

【爆発】(エクスプロージョン)の威力と飛距離をどこまでのばせるか実験していたの」


 アイアリスは魔術組合長の指導のもと、隣にある魔術実験場という名の広大な空き地で、【爆発】(エクスプロージョン)の魔術の改良実験を行っていた。そして、これまでに学んだ魔術理論を元に【魔素】(マナ)の流れや制御を改良したところ、飛距離と威力が強化されすぎた。その結果ががれきの山となった魔術組合本部の半分をであった。この魔術は、エリアスの【爆発】(エクスプロージョン)の威力を考えればもはや別物と言えた。


「魔術って正直もっとしょぼい物だと思っていました……ここまでの爆発を引き起こせるとは」

「ええ。しかしこの魔術は才能のないものでは発動できないでしょう。しかし、これで停滞していた爆発系の魔術の研究が飛躍的に進むことでしょう。研究が進めば帝国がまた攻めてきても対抗できる。見ていろよ魔術エリート(づら)したクソ帝国め!」


 魔術組合長は帝国に何か特別な恨みでもあるのか、興奮して独り言をつぶやいていた。端から見ると少し怖い。



「何にせよ、アイアリス。無事で本当に良かった」

「うん」

「こんな状況だし、今日のところは帰りましょう」


 エリアスは右手を差し出す。


「うん」


 アイアリスはその手を取った。



◇◆◇◆



 魔術組合長の話が気になって、エリアスは過去の戦争について調べていた。


 ホルン王国は北に面するシグルズ帝国と過去に何度も戦争をしている。小競り合いははるか昔から続いており、国境線は一進一退を続けている。そんな中、停滞する状況にしびれを切らした両国は二十年ほど前、国力を注ぎ込んだ総力戦を行った。結果はここでも痛み分け。引き分けである。これが魔術組合長のいう、「先の戦争」だ。


 その後も幾度か小さなの衝突があり、いつ終わるかもわからない戦争状態が続き両国は疲弊していった。そのためいつしか状況はは停滞。次第に小競り合いもなくなっていった。その後も厳密には戦争は終結していないが、事実上の停戦状態状態が現在まで十年ほど続いている。


 シグルズ帝国は兵力では王国に劣っているが、魔術に長けており、魔術師を前線投入することで絶大な戦果を上げていた。砦や城の防壁は大爆発で木っ端みじん、弓矢は魔術にそらされる、光弾を連射して数十人をなぎ倒す謎の攻撃魔術、数十グランメルト離れた陣地に何故か即座に情報が伝わる、などなど、様々な逸話がこれでもかと残っていた。


「すごい。さながら、爆薬、銃火器、無線通信の魔術版といったところですか。中世レベルの戦術じゃないですね。こんなの相手にして、よく王国生き残っていますね」


 昔は、王国はシグルズ帝国に一方的に負ける事が多かった。五倍の兵力でも負けるとまで言われていた。しかし一つの魔術の開発が戦況を変えた。【身体強化】(ブースト)である。魔術が飛んでくるなら避ければ良い。懐に食いついて叩ききれば良い。強い弓矢で魔術ごと貫通すれば良い。そのような思想で【身体強化】(ブースト)を駆使した戦士たちは、その超人的な肉体でシグルズ帝国と互角の戦いをしたのだった。


「脳筋か……」


 思わずつぶやいたエリアスだが、ナーニャやイリーナの動きを見るとその実力は納得せざるを得ない。


「しかし、お隣の国にここまでの戦力があるとすると、銃くらい作っても大丈夫そうですよね。書物で読む限り、向こうはどう考えても十九世紀末くらいの技術レベルですよ。魔術便利だな」


 自分も火薬の代わりに魔術を使ったことは棚に置いてエリアスは言った。ずっと中途半端な状態だった銃の製作を行える言い訳ができて、ご機嫌である。


「いまさらマスケット銃というのも何なので、ライフル銃を作りたいですね。そうなると後込め式にしないといけないけれど……銃弾の調達とか装填とかめんどうですね。そうだ、ずっと気になっていたことを聞いてみますか」


 エリアスは立ち上がると、自室を後にした。


「イリス、いますか?」


 エリアスはアイアリスの部屋をノックした。


「うん、エル。入って」


 アイアリスに促されてエリアスは室内に足を踏み入れる。アイアリスは近頃子供っぽさが抜け、少女らしさが増してきた。エリアスは、年頃の少女の部屋に入ることに躊躇する気持ちがないではなかったが、エリアスにとってアイアリスはまだまだ子供の域を出なかった。


「イリス、少し聞きたいことがあるのですが」

「何?」

「魔術組合長の話だと、イリスはずいぶん魔術に詳しくなったのですよね?」

「まだ……基本だけ」

「それでも基本的な動作原理はわかりますよね? 聞きたいのは、【石礫】(ストーン)の魔術についてです。あれはどこから石が出ているんでしょう?」


 エリアスはこの世界に生まれてからの疑問をぶつけた。この疑問が解決すれば魔術をもっと科学的に分析できるはずである。


「わからない。魔術で発生する物がどこから来るのかはまだ解明されていない」


 しかし残念ながらアイアリスはその疑問に答えることは出来なかった。エリアスもそれはあまり期待してはいなかったので、本命の質問をする。


「僕は【石礫】(ストーン)で白い石と黒い石が呼び出せます。他の石や鉱石をも呼び出すことができるのでしょうか?」

「むかし……そういう研究をした人がいた。魔術組合には様々な鉱石を呼び出すための魔術回路が残っている」

「金属も?」

「金や銀など希少な金属は難しいみたい。鉄や鉛はごく少量……爪の先くらいのものを呼び出した記録が残っている」

「鉛!」


 突然大声を上げたエリアスに、アイアリスは少し引き気味だ。


「えーと、その。呼び出す物の形なんかも制御できたりします?」

「制御が難しいけど、できる」

「難しい制御は、魔術回路にしてしまえばいいんですよ」

「魔術回路は融通が利かない。いつも全く同じ事しか起こらないから威力の調節とかができない」

「まさにそれが求めている物です!」


 興奮するエリアスを見つめるアイアリスは、あまり顔には出ていないが、しょうがないなあという表情である。


「ありがとうございます。イリス。製作の目処がつきました。また魔術回路を作るときに協力して下さい」

「うん。また何か作るの?」

「はい。狩猟道具です。とりあえずは僕の趣味のものですね」


 こうしてエリアスはライフル銃の製作に手を付けたのだった。



◇◆◇◆



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