5.エリアス灯
このようにして始まったエリアスの王都での生活だが、自由であった。好き勝手やり放題だったといっても良い。
現在、家の経営など実務部分はルーシアとノーデンが行っている。また、ノーデンの意向もあり実務に関する部分はノアが勉強をしていた。エリアスとしては将来、実務をノアに押しつけて権利だけを掌握すれば良い、というのがルーシアの考えで、その結果、エリアスは公式行事などに参列するほかは、基本的に暇をもてあますこととなった。
狩りなどをしようにも、屋敷の裏庭でできた以前とは違って街を出る必要があり、なかなか行きづらい。結果、エリアスの生活は読書を中心としたインドアの活動が多くなった。
魔術に関しては、才能がないこととその理由が明らかになったため、エリアスは自分で魔術について究めることを諦めつつあった。しかし、その原理や法則には興味があるので、もっと適した人材を派遣することにした。
「イリス、魔術に興味はありませんか?」
「魔術?」
「魔術会長が言うには、イリスのようにエルフの血が濃く入っている人には魔術の才能があるそうです。逆に僕にはほとんど才能がないとのことです。なので、代わりに勉強してきて、教えてほしいんです」
使用人待遇のアイアリスを教育に派遣することに関しては、高度な知識を持った人材の大切さをよく知っているルーシアがすぐさま許可した。あとは魔術組合が受け入れてくれるかどうかであったが、アイアリスを連れ、魔術組合に紹介にいくと予想以上の反応だった。
「イリス、耳を見せてあげて」
エリアスが促すと、少し躊躇しながらもアイアリスは髪をかき上げた。そこから現れた耳を目にした魔術組合長が目の色を変えた。
「その銀髪、耳の形! まさか!」
「このアイアリスは、エルフのクォーターだそうです」
「クォーター! なんてことだ。我々とともに魔術を学ぶつもりはないか!? いや、ぜひとも研究に協力していただきたい!」
こうしてアイアリスは魔術組合にあししげく通い、その魔術の才能を開花させていくことになる。
またエリアスは、組合長の紹介により、魔術組合が管理する図書館に自由に出入りし、本を借りてこられるようになった。エリアスは、様々なジャンルの本を読みあさり、この世界に関する知識を吸収していた。
しかし、灯りと言えばロウソクしかないこの世界では、夜間に読書をするのは難しかった。ロウソクの明かりは暗く、揺らめくため、読書には大変向いていなかった。また昼間も、窓の明かりが届かない奥まった場所は当然暗く、直射日光の当たる場所は明るすぎた。
このような環境で本を読み続けていたら、いずれ視力が低下してしまのではないかと、エリアスは心配をした。レンズの技術がないこの世界では当然メガネもなく、視力が低下したら致命的だと思えた。
そこで、安定した読書環境を整えるため、そして晩餐会の時の思いつきを実行するため、エリアスは白熱電球が作れないか試してみることにした。
白熱電球の構造は単純である。基本原理はフィラメントに電流を流すだけである。空気中ではフィラメントがすぐに酸化して切れてしまうため、ガラスカバーに密封して、中を真空にするのである。
エジソンが白熱電球を発明したとき、フィラメント部分に竹使用したと言うことをエリアスは知っていたので、ここも竹炭を使用することにした。電源には原始的な電池であるボルタ電池を作成した。ガラス部分については、職工組合長に紹介してもらったガラス職人に製作を依頼した。
これらの部品の開発を初めて一ヶ月ほど経った頃、ドノヴァンが王都に引っ越してきた。総合的な職人見習いとして工房で技術を学ぶ予定だという。
エリアスは、ガラスカバー内を真空にしてフィラメントを封入する作業については、ドノヴァンに依頼することにした。製法をあまりおおっぴらにしたくないため、信用できるドノヴァンに頼むことにしたのである。見習いであるドノヴァンが比較的自由に工房を利用し、その秘密が守られるよう、所属する工房側にも、エリアスがフリートラント王家の名を使って言い含めておいた。
「俺は職人見習いとしてきたんだがなあ。いきなり変なもん作らされるとは。まあ勉強にはなるけどよ。王家の名前出されたら親方も文句いうまい。ていうかお前、王族だったのかよ」
ぼやきながらも、エリアスが王族だと知った後もドノヴァンの態度は特に変わらなかった。彼にとってはどうでもいいことだったのかもしれない。
こうして白熱電球の開発に組み込まれたドノヴァンは、三か月ほどかけて、ガラスカバーの形状の改良や専用ポンプの開発などを行い、ついに白熱電球を完成させた。
エリアスは早速自室に白熱電球を設置した。ロウソクよりも明るく安定した光源は思った以上に便利であった。エリアスはすぐに屋敷の至る所に白熱電球を設置した。明るくスイッチ一つで明るい灯りがつく白熱電球は、屋敷の人間に大好評だった。
【点火】の魔術があるとはいえ、意外なことに全員が使用できるというわけではなかった。
エリアスが魔術を使用できるのも、あまり血統にこだわらないというフリートラント王家であるから、過去に遠くの血統が混ざる度合いが高かったからなのである。王都に先祖代々住んでいる人間の中には、全く魔術が使えない人間は珍しくなかった。そのような人たちが灯りを得るためには、当然ながら火口箱を持ち歩かねばならず、大変な不便を強いられていた。
屋敷に設置された白熱電球は、好評を博したまではよかったのだが、その結果、電池の消耗が思ったよりも大きくなってしまった。電池の作成と交換に手間取られるようになったエリアスは、発電機を開発することにした。
モーターの開発に半年ほどかかったが、ごく簡単な水力発電機を開発に成功したエリアスは、屋敷の敷地内の水路に無断で設置し、屋敷へ電力を引き込んだのだった。
これによってフリートラント家の屋敷は比較的安定した電力を供給されるようになった。その結果、各部屋や廊下などへの白熱電球設置がさらに進んだ。屋敷は、ほぼ全ての灯りは白熱電球になり夜も明るくなり、使用人たちにも好評を博した。夜間は街灯もなく屋外は真っ暗、屋内でも小さなロウソクの明かりを大事に囲むのが一般的なこの世界では、それは異常な光景であった。
エリアスが屋敷の灯りを置き換え始めた頃、屋敷の人間は、少し明るくて便利なロウソクといった程度の認識だった。しかし、ルーシアは早い段階でその有用性に気づいていた。
「エリアス、この灯りだけどどこにも設置できるの?」
「はい。発電機から導線をひっぱってくる必要があるので、川の近くが良いですが……、最初の頃のように電池を使えば持ち運びも出来ます」
「お母様ね、これを使えばとても大きな商売になると思うの。販売してもいいかしら?」
「はい。もともと家のお金を使わせてもらって開発した物です。それに、これは広まった方が世の中のためでしょう。原理を知ってるのは僕だけですし、製造方法もいまのところは秘密にしてあります。大もうけできると思いますよ」
「じゃあ、これは『エリアス灯』という名前で売り出しましょう」
「いや、それは……やめませんか?」
「やーよ、決めたもの」
ルーシアはまず白熱電球を、フリートラント家所有の鉱山に導入した。その鉱山では粉じん爆発がたびたび起きており、少なくない人的、物的被害が発生していた。しかし、炎を使わないエリアス灯の導入によって、事故はほとんどなくなった。また、その明るさによって視認性が増して、作業効率も劇的に良くなった。その結果、鉱山の収益は大きく上がった。
その後、ルーシアは王都の街灯整備事業を提案した。それまで、王都にはロウソクを使った街灯が存在していたが、設置箇所は王城の周辺に集中しており、またロウソクであるので、毎日点灯して回ったり、なくなったロウソクを交換したりする業務が発生していた。これを、新市街をあまねく照らす街灯を設置し、いずれは旧市街も整備するという野心的な計画をルーシアは提案したのである。
膨大な数の街灯の維持管理を行わなければならないこの計画は、ロウソクを使った街灯では膨大な管理費用がかかるはずであったが、それまでの常識では考えられないほどの安い維持管理費での提案を行った。それは多くの者が、常識を知らないフリートラントの後家が無謀な商売をしようとしているとささやいたものである。しかし実際のところは、鉱山での運用経験から、十分採算が取れるどころか暴利に近い利益を上乗せした提案であった。
実際、受注が決定し、王都各地にくまなくエリアス灯による街灯が立てられたのち、定収入として入ってくるその維持管理費用は、年間数十万ディールを超える利益が見込めた。
ある日突如町中に現れた、今までに見たこともない灯りに王都の人たちは大変驚いた。フリートラント家への問い合わせも多くなり、ルーシアはエリアス灯の量産と市販を決めた。郊外に大規模な発電所を建設し、送電網を整備した。
こうしてエリアス灯の各家庭への普及も次第に進んでいった。王都の夜は次第に明るくなり、エリアス灯と送電される電力の売却益で、フリートラント家の資産は加速度的に増えていった。
街灯整備事業開始の際、生産施設の整備には数ヶ月を要した。その間、エリアスは多忙を極めていた。白熱電球にしろ発電機にしろ、原理はエリアスしか知らないのである。技術移管が完了するまでは面倒を見る必要があった。
工場を立ち上げ、生産ラインを整備した。家庭内手工業が主流であるこの世界において、工場による流れ作業の生産ラインは驚異的な生産効率を生み出した。こうして、安価に生産されたエリアス灯は瞬く間に王都に普及していった。
生産工場と発電所への技術移管が完了した頃には、エリアスは十三歳になっていた。ようやく肩の荷が下りたエリアスは、家路につく途中の馬車の中にいた。街灯が照らす明るい街路を馬車は行く。エリアスは、多忙の合間をぬって馬車をかつての構想の通りスポーク車輪に変更し、サスペンション化の改造を行っていた。
「もう嫌だ、疲れました。次なにか作ったとしても、事業の立ち上げはもうこりごりです」
サスペンションの効いた快適な車内で、エリアスはそう漏らしたのだった。
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