4.晩餐会
昼食後、エリアスは、ノーデンのエスコートで王への謁見のため王城に向かう。ノーデンが名を告げると、一旦は控えの部屋に通されたが、まもなくして係のものが呼びに来た。
「エリアス、お母様はここで待っているわ。亡くなった方の奥さんがあまり表に出る物ではないわ」
ルーシアはそう言ってエリアスとノーデンを送り出した。
謁見の間に向かう途中、一般の謁見者が待つ控え室の前を通ったが、部屋から溢れるほどの人々が、謁見の順番を待っていた。エリアスたちは、順番をかなり優遇されて割り込んだようだ。
そのまましばらく歩くと、エリアスたちは謁見の間の扉の前にたどり着いた。重厚な彫刻が刻まれた大きな扉を前に、厳粛な雰囲気を感じて、エリアスは緊張をほぐすように深呼吸をした。
「エリアス殿、緊張しているのか? なに、私が先に歩くので同じようにすれば良い。王の前まで歩き、一礼して跪く。それだけだ」
慣れているのか、ノーデンが気楽に言う。先ほどまでルーシアにやり込められていたことを忘れれば、実に頼もしい言葉である。
「ノーデン・エス・フリートラント殿、ならびにエリアス・ヴェン・フリートラント殿下、中へ」
扉が開かれて中に通される。まっすぐ赤絨毯が敷かれた先に王座とそれに座る王の姿があった。歳は五十代くらいだろうか。プラチナブロンドの髪と髭をたたえた威厳のある立ち振る舞いだ。王座の左右には筆記官と関係大臣が控えいる。また、部屋の両脇には傍聴人席がしつらえてあり、大勢の貴族や政治家が詰めかけていた。
(おお、あれが……)
(フリートラントの……)
傍聴席からざわめきが上がり、エリアスに注目が集まる。しかし当のエリアスは、前を歩くノーデンの挙動を見逃すまいと集中していたためざわめきの内容に気づいてはいなかった。
やがて王座の前にたどり着いたノーデンは、一礼して跪いた。エリアスもそれにならう。
「陛下、このたびは拝謁の栄誉に賜り、恐悦至極に存じます。本日はエリアス・ヴェン・フリートラントならびにルーシア・フリートラントの、王都への帰還の挨拶に伺いました」
「あいわかった。フリートラントの若きひな鳥の帰還を喜ばしく思う」
王の言葉を受けたノーデンが、エリアスに目配せする。
「あ、はい。ありがとうございます!」
返礼を求められているのだと気づくのに一瞬呆けてしまったが、なんとかエリアスは受け答えた。それに満足したように頷いて王は言った。
「うむ。久しく消息途絶えていた王族の帰還、まさに慶事である。王の名において饗宴を催そうぞ」
「は、ありがたき幸せ」
「ありがとうございます」
これだけで謁見は終了となった。控え室に戻り一息つくエリアス。
「ただいま、お母様」
「おかえりなさい、エリアス。何か問題はあった?」
「最初は緊張しましたが、本当に挨拶だけでした」
ノーデンがやや疲れたような表情で言う。
「いやいや、エリアス殿。王はその名において晩餐会を開かれることを公言なさったぞ」
「え、何かまずいんですか?」
「そうね、王陛下主催のパーティですから、貴族や政治家から、各組合の組長やら会長やら、たくさんの人が来るでしょうね。その人たちと挨拶して回るのを考えただけでも嫌になるわね」
「王主催の晩餐会だからな、盛大な物になるぞ」
「うわぁ……面倒くさい……」
◇◆◇◆
晩餐会当日となった。会場は王城の大広間で立食形式である。豪華なシャンデリアや燭台の蝋燭に火がともされ、室内にしては、かなり明るく照らされている。この世界の灯りには慣れたエリアスだったが、それでも電灯の光を知っているので、まだ暗いと感じてしまう。
「そのうち白熱電球でも作りましょうかね。問題は電源をどうするかですね」
開場してからずっと、エリアスはルーシアの隣で参列者の挨拶を受けていた。他王家の王、大臣などを中心に、何十組の挨拶を受けたかわからない。
写真が存在しないこの世界では、相手の顔を知るには直接会うしかない。このような顔つなぎが何よりも大切なのだ。ルーシアから、重要人物は顔と名前をなるべく覚えるようにと事前に言われていたエリアスは、なるべく記憶するように注意したが、途中からは怪しくなってきた。
しかし、ようやく先ほど主要な相手の挨拶は終わったらしい。
「あとのお客さんの相手はお母様にまかせて、何か食べていらっしゃい」
そうルーシアに促されて、会場を見渡す余裕ができたエリアスが最初に発したのが、白熱電球でも作ろうかという台詞だ。つい道具の改良を考えてしまうあたり筋金入りである。
しかし、お腹がすいたのも確かであるので、手近なテーブルに近寄って料理を物色するエリアス。
「このお肉、全然食べられてませんね。牛肉かな。おいしそうなのに……かたっ! かたい!」
肥育されて肉質が柔らかい元の世界の牛肉と違って筋張っている上に、筋切りがされていない肉はかたかった。エリアスは、ナイフとフォークで肉を切り分けようとしたが、なかなかうまくいかない。
「せめて筋だけでも切れれば……そうだ、【振動】。……おー、切れる切れる」
硬く筋張った肉も、超音波振動の魔術をかけたナイフの敵ではなかった。エリアスは肉を一口大に次々に切り分けていく。
「失礼、エリアス殿下?」
「はい?」
肉を切り分ける作業に集中していたエリアスは気づかなかったが、一人の痩身の男が隣に立っていた。
「私は魔術組合の組合長をやっております、ダンテ・ジムナスと言います。以後お見知りおきを。【魔素】の流れを感じたので見に来たのですが、なにやらおもしろい事をやっておられますな。それは魔術ですか?」
ダンテの問いの返答に一瞬迷ったが、ここでしらばっくれるのも無理だろうと判断して、エリアスは素直に応える。
「はい。刃物の切れ味を鋭くする魔術です」
「なんと! 魔術組合の長などをやっているこの身、それなりに魔術に詳しいと自負しておりますが、そんな魔術は聞いたことがありません!」
「既存の魔術を改良して、私が作りました」
ダンテは心底驚いた様子で言った。
「エリアス殿下は王族でらっしゃるから、その、失礼ながら、魔術の才はあまりないものかと存じておりました」
「どういうことですか?」
「魔術の才能は血筋に大きく左右されます。魔術が使える人間にはエルフの血筋が入っているといわれています。古代に入ったエルフの血、その濃さによって【魔素】の出力は決まると」
「なるほど。魔術が使える人間にはうっすらとエルフの血筋が入っていると。では王族はなぜ魔術の才能がないと?」
「王家や貴族筋は血統を重んじます。古くから続く由緒ある家系同士で結婚が繰り返されます。その結果、エルフの血筋つまり魔術の才能は薄くなっているのです」
エリアスは自身が魔術の才能に乏しい理由がわかって、納得がいった気持ちになった。
「僕は魔術の才能ありませんよ。【爆発】を使っても、爆発というより破裂といった程度ですし。この魔術も小手先の工夫です」
「いや、だからこそ素晴らしいのです。エルフなら使えるという規模の魔術であれば、簡単に構築できるかもしれません。しかし、普通の人間、しかも王族が使用できる実用的な魔術というだけで驚きです」
ダンテは興奮しているが、エリアスはあまり種明かしをする気のないので、それとなく水を向ける。
「やはりエルフは魔術の才能があるのですか?」
「純血に近いエルフはもう人間の前にはほとんど姿を現しません。しかし、耳が多少でもとがってる程度の混血でも、人間とは比べものにならない大魔術が使えるでしょう」
「興味深い話です。魔術には個人的に大変興味があります。またいずれお話を聞きに行っても良いでしょうか」
「もちろんです」
ちょうど話を切り上げようとしたそのとき、後ろから声をかけられた。
「魔術組合長様よ、なにやら興味深い話をしていたじゃないか。刃物の切れ味が良くなるって? 刃物の話なら俺も混ぜろや」
「こらモリス、殿下に挨拶くらいしないか」
「エリアス殿下、モリス・ダーズだ。……です。職工組合長をやっている。よろしく頼みます」
モリスは背が低く樽のような体にひげもじゃの顔という、いかにもなドワーフだった
「よろしくお願いします。無理に敬語を使わなくてもいいですよ。職工組合長というのは?」
「鍛冶やら機織りやら、それぞれの職人組合を統括する、職人全体の組合だ」
「モリスさん! 連絡先を教えてください。ぜひとも作りたい物がいくつかあるんです。職人を紹介してください!」
「お、おう……。王族への紹介となればこっちとしてもやぶさかではない。まかせろ……いやおまかせください」
エリアスの勢いに押されるモリスだった。
こうして、魔術組合と職工組合に顔つなぎができたエリアスは、二人分の食事を持ってルーシアの元に向かった。
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