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19.卒業後の進路(前編)

 エリアスは、アイアリスを屋敷に招いていた。


 現在エリアスは九歳である。四年生も終わりかけ、卒業するのか、『学校』に残るのか、進路をそろそろ考えなければならない時期になっている。

 エリアスよりも三歳年上のアイアリスは、もう十二歳である。家庭の事情などで、四年生以降も『学校』にとどまる生徒は少なくない。在学できる上限年齢は、個々の事情も鑑みて柔軟に対応されるので、はっきりと決まっているわけではないが、慣習的には十二歳までとされていた。

 アイアリスは在学期間を延ばし延ばしにしているが、もうそろそろ限界の年齢だった。エリアスは、アイアリスに対して、今後どうするつもりかを何度もそれとなく聞いたのだが、のらりくらりとはぐらかされてばかりである。そんなことをやっているうちに、時間もあまりなくなってきた。このままではいけない。今日こそはちゃんとアイアリスと話をしよう、そう思って、屋敷に連れてきたのだった。


 ナーニャがいれてくれたお茶を飲みながら、話を切り出した。


「それでイリス、今後のことなんですけど。『学校』を卒業したら……ううん、その前に、イリスはいつまで『学校』に通うつもり?」

「エルこそ、いつまで学校に通うの? 来年はどうするの?」


 アイアリスに、質問に質問で返されてしまった。


「ええと、実は僕もよく知らないんです。そろそろお母さまと話さないといけないと、思ってはいるのですけど」

「早めに話し合った方が良い」


 諭されてしまった。違う。こうなるはずではなかった。アイアリスの今後の話を聞き出すのだ。


「僕の事より! イリスはもう十二歳ですよね? そろそろ『学校』を卒業するの? 卒業した後どうするの?」

「……私のことより、エルの方が」

「僕は大丈夫です。通おうと思えばまだ何年かは通えるし、たとえ卒業しても、たぶんしばらくは養ってもらえるよ。その間に決めればいい。それより、イリスはもう在学できないよね? 卒業後の予定はあるの?」

「……」


 いつになく強気でエリアスが問い詰めると、アイアリスは黙ってしまった。


「ご家庭の事情か何かですか? そういえばイリスの家の話って聞いたことがないね?」


 実際には何度か聞こうとしたことはあったのだが、あまり話したくない様子だったので、遠慮して触れないようにしてきたのだった。しかし、かたくなに話題を避けるその様子から何か事情があることは明らかで、事ここに至っては触れないわけにはいかない。


「イリスのことが気になるんです。心配なのです。何か事情があるのはわかりますが、話してくれませんか? それとも……そんなに僕には話したくないですか?」

「そんなこと! ……わかった。エルには話す。話しておきたい」


 アイアリスは自身の身の上をぽつりぽつりと語り出した。


「私は今、知り合いの人の家に厄介になっている」

「え、家族は?」

「お母さんは、小さいときに死んだ。お父さんは知らない」


 そして、少し迷うようなそぶりを見せたが、意を決した。アイアリスは髪をかき上げると、少し恥ずかしそうに頬を染めて言う。


「私の耳をみて」


 エリアスがアイアリスに近づいて耳をのぞき見ると、アイアリスはすこし顔を赤くして身じろぎした。


「エル、近い」

「あ、ごめん!」


 アイアリスの耳は、ぱっと見ただけでは見逃しそうだが、よく見ると明らかに人間の耳とは形が違っていた。耳の上部が巻いており少しとがったような形になっていた。


「私のお母さんはハーフエルフなの。だから私はクォーター」


 アイアリスは自分の母のことを語り出す。


 アイアリスの母はエルフと人間の間の娘、つまりハーフエルフだった。エルフは人間よりはるかに長命であると言われているが、ハーフエルフも人間の二、三倍の寿命があるらしい。


「私もクォーターだから、人間より少しは長生きのはず」


 というのがアイアリスの談。アイアリスの母親は五〇歳代でアイアリスを産んだそうだ。しかし、アイアリスの記憶にある限り、その外見は十代後半にしか見えなかった。


 今でこそ、人間や亜人間の種族間の差別は少なくなっては来ているが、以前はまだまだ偏見が大きかった。さらに、種族間に生まれた混血については、どちらの種族の庇護も受けられないどころか、両者から迫害を受けることが多かった。アイアリスの母親は、そういった迫害を受けてきた。


 街や村の住人に受け入れられず、定住することもできず、住居を転々としていた母親は、エルフ由来の華奢な身体もあり、いつしか体を壊していた。

 そんな旅の生活の中、彼女はこの街に立ち寄った。その際、偶然郊外で魔獣に襲われている中年の人間を助けたのだった。エルフは魔術の達人であり、半分とはいえその血を引くアイアリスの母も、強力な魔術が使えたらしい。

 その力で魔獣を退けた母親は、その礼にと、その人の家の隣に住まわせてもらえることになった。それが二十数年前のことだ。


 その後、助けた隣人はアイアリスの母にたいそう良くしてくれたらしい。そして母親は、十三年前にアイアリスを身ごもった。母親が父親と出会った経緯や、そもそも父親が誰であるかという話はなかった。アイアリスも知らないという。母親はアイアリスを出産したが、もともと身体を壊していたこともたたって、数年後に亡くなってしまった。


 残されたアイアリスは、その隣人の家に世話になることになった。アイアリスの母に恩がある隣人は、アイアリスを育てることを約束してくれたが、もう老齢であった彼もまもなく亡くなってしまう。結局アイアリスは、彼の息子夫婦の元で育てられることになった。


 息子夫婦は、親の恩人の娘であるアイアリスの面倒を見てはくれたが、直接恩があるのは自分たちではないし、経済状況も芳しくなかった。そのため、次第にアイアリスをもてあまし始めた。

 隣人の息子夫婦は、アイアリスの生活を保障し『学校』に通わせてくれたが、恩人の娘に労働をさせるわけにもいかず、かといって、好転しない経済状況の中では、はっきりとは言わなかったが負担でしかなかった。


「それでも、成人するまでは面倒を見てくれると、言ってくれている」


 そんな状況で、息子夫婦はしだいに腫れ物に触るような態度でアイアリスに接するようになっていったという。そのことはアイアリスも感じており、近頃は居心地の悪さと申し訳なさを感じることが多い。そのため、あまり家には居たくないので『学校』に長居しているのだった。


「あの家に、私の居場所はないの」


 そう言ってアイアリスは締めくくった。今まで誰にも話していなかった母親のこと、エルフの血のことを全て話した。

 アイアリスの家庭の事情と現在の状況を聞き終えたエリアスは、思ったよりも重い話に、どうしようかと考えていた。


「今まではおじさん達に甘えて『学校』に通っていたけれど、もうこれ以上迷惑をかけられない」

「では、今後どうするのです? 家を出るのですか?」

「どこかに、奉公に出ようと思っている」

「え?」

「どこかの家で、使用人として雇ってもらう。奉公だと、見習いの間何年かは給金は出ないけれど、住む場所と食事はもらえるから」

「そう……ですか」


 経済的に豊かで、今後の心配もないエリアスにはかける言葉がなかった。この年齢から働きに出るのは、この世界では珍しくない。同情するのもおかしかった。


「だから、今年度が終わったらエルとはお別れ」

「そんな! お別れだなんて!」

「ううん、奉公に行ったら、もう会えないと思った方がいい」

「会いに行きますよ」

「だめ、奉公先に迷惑がかかる」


 アイアリスから戻ってくるのは否定の言葉だった。


「イリスは、それでいいんですか! 僕はイリスと会えなくなるなんて嫌です!」


 エリアスはついには駄々をこねた。アイアリスの言っていることは正しく、彼女の処遇についてエリアスができることがない以上、ただの八つ当たりだ。当たり散らしているだけの言葉だった。


「……いいわけない」


 ぽつりと言う。


「私もエルとは離れたくない。せっかくの、一人だけのお友達なのだから」


 悲しそうな顔でアイアリスが、俯むく。


「でも仕方ないの」

「イリス……」


 エリアスは、なんと声をかけて良いかわからなかった。なにかアイアリスのために出来ることはないだろうか。しんみりとしてしまった雰囲気の中、もうすっかり冷めてしまったお茶をすすりながらエリアスは考える。


 エリアスがティーカップに口を付けた。まさにその時、


 ドアが、バーンと音を立てて開いた。


「話は聞かせてもらったわ!」


入ってきたのはルーシアだった。ドアを勢いよく開いたポーズのまま、ルーシアは満面のドヤ顔を浮かべて言ったのだった。



◇◆◇◆



ちょっと短いですが、後半に続く

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