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16.大白虎

 エリアスは、さっそく魔導塗料を手に入れると、超音波振動の魔術の魔術回路化を行った。アイアリスから借りた本に魔術回路の実例は豊富に載っていたし、エリアスにとっては()えている【魔素】(マナ)の流れを図示するだけの作業だった。大した困難はなく、程なくして魔術回路は完成した。


 ショートソードの刀身に、超音波振動の魔術回路を魔導塗料で描く。そして、【魔素】(マナ)を流して魔術回路を起動すると、木の枝に押しつけた。


キーーーン


 かすかに甲高い音を立て、ショートソードの刀身が枝に食い込んでいく。バターのように、とまでは行かないが、力をかけると、じわりじわりと枝が切断されていった。



「ドノヴァン、お願いがあります」


 翌日、エリアスはドノヴァンに剣の加工を頼んだ。


「このショートソードの魔術回路を、魔導金属で刻んでもらえませんか。魔導塗料で動作テストはしたのですが、これではすぐ剥がれてしまうので」

「うん、魔剣か? なんだ、炎の魔剣でも作ろうっていうのか? あれはかっこいいから一時期流行ったらしいけど、使えねえぞ。熱いし、剣は痛むし、思ったより相手に炎のダメージいかねえし。たいまつと同じだぜ」

「いえ、もっと地味な魔術です」

「そうか? 魔術回路がもう書いてあるならすぐできると思うぞ。魔導鉄の材料費かかるから、ちょっと値は張るがな」


 ドノヴァンはそう言って簡単に請け負った。工房さえ空いていればドノヴァンにもできるレベルの作業で、早ければ明日にもできるという。


「ではお願いします。あともう一つお願いがあるのですが……」


 エリアスはついでに、ちょっとした思いつきを試すために部品を調達することにした。


「長さ一メルトくらいの鉄の筒が欲しいんですが。」


 一メルトは長さの単位で、エリアスが見るところだいたい約一メートルである。メートル法の定規など用意のしようがないので、完全にエリアスの目視と記憶からの概算であるが、面倒なのでエリアスは一メルト=一メートルということにしていた。ちなみに一センチに相当する。一サントという単位もある。


「筒? 鋳造でいいのか? そんなのわざわざ作らなくても工房に転がってそうだな」

「試作なので細かいことはいいですが、内側がなるべくまっすぐ、誤差なく直線になってい筒が欲しいんです」

「じゃあ内側だけ別に削るか、いやとりあえず鋳型でいいか?」

「あと外から内側に【魔素】(マナ)が流しこめるようにしたいのですが、できますか? あまり穴は開けたくないんですよ」

「ああ、そういうときは魔導鉄のネジを貫通させておけば大丈夫だ。以前魔導かまど作ったときそう作ってた」

「なるほど、確かに。ああ、あとついでにこれも」

「ついでが多いなおい」


 エリアスとドノヴァンは口頭で詰めていく。以前のクロスボウと違って、細かい図面があるわけでもなく、部品自体簡単なものなのでこれで十分だ。


「じゃあお願いします」

「あいよ。工房に転がって入ればすぐに渡せると思うよ」


 そう言ってエリアスが別れようとしたとき、ドノヴァンは思い出した。


「お、そうだエリアス。こないだお前が言ってたスチールタイガーな。兄弟か親が近くにいるかもしれないから、近々街の青年団で山狩りをするらしい」

「そんなおおげさな」

「おおげさじゃねえよ。スチールタイガーの成獣が街の近くに出たら、死人を覚悟しなきゃならん。そういう魔獣だぜ」

「じゃあ、山狩りなんてしたら返り討ちじゃないですか」

「近づかないで、大人数の弓で滅多打ちにすれば倒せるらしいぞ」


 エリアスは懐疑的だった。子供ですら魔力複合クロスボウの長射程から襲いかかってきたのだ。普通の弓の射程で倒せるのだろうか。


「あー、お前がまえディック兄貴に頼んだ弓な。クロスボウっていったか? あれがなかなか面白そうだっていうんで何個か作ってみたらしいんだけどな。それも持って行くって言ってたぞ」

「え?」


 エリアスは驚いた。


「あれは威力はありますが、実戦では微妙ですよ」


 魔術を使用しない状態でのクロスボウは、通常の弓より射程は多少伸びていて威力はあるが、連射性に非常に難があるため、対魔獣戦ではあまり戦力にならない。そのことをエリアスは身をもって知っていた。


「ああ、でも狙いやすいんでな。弓が苦手な奴に持たせるらしい。

そいつらの主力は槍だ」


 その台詞を聞いても、エリアスはあまり安心はできなかった。しかし、あの白虎のような化け物はそうそううろついていないだろうと高をくくっていたのも確かだった。



◆◇◆◇



 数日後、エリアスは注文の品をドノヴァンから受け取っていた。布に包まれた一メルトほどの棒状の物体が二本である。うち一本は刀身約七〇サントのショートソードである。超音波振動の魔術回路が刀身に刻まれて戻ってきた。いまエリアスが確認しているもう一方の布には、細めの鉄筒が入っていた。


「ありがとうございます。ドノヴァン」

「なに、代金はもらったし、いい小遣い稼ぎだ。その鉄筒は工房にあった規格品の鉄パイプ材ほとんどそのまんまだしな」


 そう言ってドノヴァンは、ついでに頼まれた細かい部品が入った皮袋を渡した。


「そういえば、山狩り、今日やってるらしいぞ。何もないと思うが気をつけろよ。じゃあな」


 別れの言葉を言うと、ドノヴァンは去って行った。エリアスも帰宅しようと準備をする。鉄棒が都合3本分あるのでちょっと重い。荷物をまとめているとイリーナがやってきた。


「イリーナ。今日はうちで稽古する日でしたよね? 一緒に帰りましょう」

「にゃ、了解! そのつもりだよっ」



◆◇◆◇



 アインブルク青年団30名は山狩りを行っていた。


 スチールタイガーの子供はエリアスの屋敷の敷地内で発見され、駆除された。屋敷の敷地は魔獣避けの柵で覆われているが、その一部が経年劣化で壊れていて、そこから侵入したのである。すでにその柵は修理され、他の部分においても問題ないことが確認されている。また、屋敷の敷地内部については、青年団の責任の及ぶところではない。助力を願われれば協力はするが、屋敷の管理者、つまりナーニャが、責任を持って管理するので問題ないとの旨を街に伝えていた。


 スチールタイガーは割とポピュラーな魔獣で、比較的生態が知られていた。物の本によると、子供を一度に一匹か二匹産み、体長二メルト程度になるまで親と過ごす。成獣は二メルト半から三メルトになる。エリアスが倒したものはまだ親離れするには小さく、親が近くにいると考えられた。最悪の場合、もう一匹の兄弟もいるかもしれない。


 青年団は横に広がってローラー作戦で、街側から順に山向こうまで捜索する予定だった。山の森の一番街側はエリアスの屋敷である。そこから山狩りを開始した。


 捜索開始してまもなく、横一列に広がろうとした青年団の先頭集団5名が、エリアスの屋敷の魔獣柵近辺にさしかかったとき、その一団は魔獣を発見した。そして同時にその魔獣に発見された。残念ながらエリアスのように【魔素】(マナ)から獣を探知できるような鋭敏な感覚を持った者はおらず、発見したときには両者の距離は五〇メートルほどだった。


 そこに居たのは、体長三メートルの大白虎、スチールタイガーの成獣であった。はぐれた子供を探していまだ屋敷の周辺をうろついていたのだ。


ピーーーッ!


 先頭の男が、非常事態、つまり予期せぬ奇襲を受けたことを知らせる笛を吹いた。


 青年団の誤算は2つあった。

 まず一つは接敵があまりに早すぎたことだ。予定では定期的に木に登って索敵し、相手よりも早く発見する手はずだった。しかし、全員が配置に着く前に遭遇してしまったため、先手を取ることができなかった。

 そしてもう一つは、突然の接敵で混乱が生じたことだ。手はずでは敵を発見した場合、連絡係が密かにメンバーを招集し、包囲を築いて矢の集中砲火を浴びせる予定だった。しかし、目と鼻の先現れた魔獣に混乱し、隊列どころではなくなってしまったのだ。


 それでも、大白虎と対峙した先頭メンバー達はすぐに弓を取り矢を射かける。


ヒュンッ! ヒュンッ!


 やや射程からは遠かったが、大白虎に矢が降り注ぐ。しかし大白虎は目にも見えないスピードで矢をかわすと、まっすぐ青年団の方に向かってくる。青年団は連射で応じるが、大白虎は近くの木に飛びつくと、そのまま三角飛びの要領で、右に左に、上に下に、立体的に飛び回りながら近づいてくるためなかなか当たらない。ついに、先頭にいた一人が大白虎の爪にかかった。大白虎はそのまま彼を踏み倒すと、隣の一人に飛びかかり一瞬でのど元を噛み切った。


 一瞬で仲間がやられた青年団であったが、残りの三人はそれでも果敢に至近距離から矢を放った。それにより、なんとか数本の矢が大白虎の体躯に刺さった。しかし大白虎は意に介さずに周りの人間を蹂躙し、あっという間に先頭集団は全滅した。


 先頭集団からの笛信号を受けた後続集団は体制を整えていた。おそらく敵はすぐ近く数百メルト以内だ。すぐさま陣形を整えなければならない。

 弓を持つ十五名ほどが左右に広がり、槍を持つ数名が間から槍を突き出す。弓手のなかにはクロスボウを構えたものも三名いた。後続集団は長く伸びてしまっていたため、残りはまだ到着していなかった。


 不完全ではあるが、一応の陣形を展開し終えたとき、先頭集団が進んでいった方向から、大白虎が駆けてきた。


「撃て! 撃て!」


シュッ! シュッ! バシュッ!


 十数の弓、クロスボウから放たれた矢が大白虎へと迫る。大白虎は避けるが、左右前面から迫る矢は避けきれない。数本の矢を体に受ける。弓士たちは間髪入れずに連射する。クロスボウを持っていたものは、クロスボウ捨て槍を持ち替えて身構える


 大白虎は矢の連射を受けていた。持ち前の俊足で集中砲火から抜け出そうと試みたが失敗した。半包囲され降り注ぐ矢からなかなか逃れることができない。すでに全身に矢が突き刺さり、ハリネズミのような姿である。さすがの大白虎も傷が堪えてきたのか、矢を避けきれないと悟って中央突破を決心した。

 顔に飛んできた矢のみ避け、低い姿勢から一番近い弓士まで疾駆したかと思うとすねに食らいつこうとした。しかしそこには槍が待ち構えている。弓士の両側から突き出された2本の槍が、大白虎の腹に突き刺さる。


グルアアアアァ!


 大白虎は苦悶の声を上げた。体を激しく振り回し、槍を持った槍士ごと吹き飛ばす。そのまま正面と両側の二人をはじき飛ばすと、大白虎は包囲を突き抜けて、一隊の後方に脱出し、そのまま逃走を図った。


「だめだ! 奴を止めろ」


 弓隊がすぐさま追撃するがほとんど当たらない。何発かは当たるが、もはや矢の一本や二本が刺さったところで、全身矢だらけの大白虎は気にもしない。全身への矢と槍のダメージで大白虎の足は鈍っていたが、それでも全速力で逃走する足は素早かった。


「まずい、このまま逃げられると……この屋敷の入り口の辺りか!」

「後続メンバーは?」

「もう数人しかいない。この人数でも仕留められなかったんだ! 期待できるか!」


 その言葉通り、若干名しか残っていなかった上にまともに陣形も組んでいない後続メンバーでは大白虎は止められなかった。大白虎は後続チームを横目に見るとそのまま逃走し、ついには森の外れまで逃げ延びた。



◆◇◆◇



「にゃー、エリアスもさー、もっとハードに剣術やろうよ剣術」

「僕は体づくりのためにやってるだけだからいいんです」

「えー、たまにはボクと組み手やろうよ。手加減するからさ」

「手加減されるのが嫌なんです!」


 エリアスはイリーナと一緒に家路についていた。同級生女子と一緒に下校というシチュエーションだったが、色気も何もなかった。剣術の話題である。それに、イリーナはネコ耳で可愛いが、まださすがにそういう対象ではない。一緒にお風呂に入る仲ではあるが。


「にゃ? ん……」

「イリーナ、どうしたの?」

「し、森の方が何か騒がしいよ」


 イリーナのネコ耳がめまぐるしく動いている。音に集中しているのだろう。


「それに……血のにおい?」


 イリーナは警戒し、腰を落とすとショートソードを抜き放った。剣の稽古のために自前の剣を持ってきていたのだった。


「イリーナ? いきなり剣抜くなんて物騒な……」

「エリアスも構えた方がいいよ。あの辺りからなんか来る」


 言われてエリアスは【魔素】(マナ)の視覚に集中する。森の中からこちらに向かって何かが移動してくる。何の生物かわからないが、かなり大きな【魔素】(マナ)を持っている。これでエリアスにも冗談ではなく本当だとわかった。慌ててドノヴァンから戻ってきたばかりのショートソードを抜いた。


がさがさがさ


 森が揺れる。


バッ!


 そして、エリアスとイリーナの前方に、森を割って大白虎が現れた。



◆◇◆◇



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