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15.魔術回路

 白虎――スチールタイガーをなんとか倒したエリアスだったが、辛勝であった。いくつかの幸運が重なっての勝利だったが、一歩間違えれば死んでいたのはエリアスの方だっただろう。もう一度同じことをやれと言われたら、ごめん被りたかった。


「やはり、連射ができないのが一番の問題ですかね」


 クロスボウは連射が効かない。どんなに急いでも巻き上げて矢をセットし狙いを定めて、とやっていると5秒から下手をすれば10秒近くかかってしまう。

 安全な遠距離からの狙撃には問題ない。そして魔術を利用した際のクロスボウの射程は一〇〇メートルオーバーである。


 通常の生物に対する狩りであれば問題ない。これだけ離れて、物陰から見つからないように注意して狙撃すれば、まず対象に気づかれることはない。さらに、当たれば致命傷を与えられる。エリアスは兎しか狩ったことはないが、鹿程度であれば部位を選んで狙えば1発ないし2発で仕留めることは可能だろう。

 しかし、魔獣は違った。1射目の不意打ちこそまともに食らったが、2射目は飛んでくる矢を察知して避けた。しかも、矢の弾道からかそれ以外の要素からか、一〇〇メートルオーバーの距離から狙撃者を正確に把握して見せた。また、当たった矢も、当たり所が悪かったこともあるが、致命的なダメージは与えられなかった。


「うーん、威力と射程、連射性。クロスボウでは魔獣相手はきついか」


 相手が魔獣という条件を抜いたとしても、敵対する対象と面と向き合った状態で状況が開始したらどうだろうか。相手は当然こちらに向かって距離を詰めてくるだろう。その間二〇~三〇秒程度。こちらは二、三射できるかどうかだろう。動く目標に百発百中というわけに行かない。


「正面から撃ち合うことなんて考えていませんでしたからね……」


 そもそも、隠れて狙撃することを前提だったのだ。その前提が崩れてしまった。


「かといって連射式クロスボウを作るのも、ちょっと馬鹿らしいですね。機構が複雑になるから故障とかしそうですし」


 まあしかし、今回はイレギュラーだったのだ。魔獣と戦うことなんてそうそうないだろう。そう考えて、とりあえずエリアスは考えを打ち切った。



◆◇◆◇



「ということがありましてね」


 エリアスは、いつものようにアイアリス、ドノヴァン、イリーナと集まっていた。そこで先日魔獣と出くわして一戦交えたことを簡単に話してみた。


「おいおい魔獣と戦ったのかよ、よく無事だったな」

「なんでもまだ子供だったみたいですよ」


 驚くドノヴァンに、人ごとのように言うエリアス。


「スチールタイガーだろ? 子供でも無理だろ。ああ、生まれたばかりの幼獣だったのか」

「ええ、ちょっと可哀想なことをしたかもしれませんね」


 実際はそれなりの大きさの子供だったのだが、勝手に納得してくれたのをいいことに、エリアスは心にもないことを言った。自分から攻撃を仕掛けておいて可哀想も何もない。そして、生き物を殺すことに対しての罪悪感も元々あまりない。クロスボウの試射目的に散々兎を狩っているのだ。今更である。


「可哀想とかやめろよ。魔獣に情けをかけているとやられるぞ」


 おや、とエリアスは思った。ドノヴァンの言葉には魔獣に対する敵意が見えた。魔獣は危険な害獣である。この世界の人間は魔獣を明確に敵とみなしていた。

 イリーナが口を挟む。


「にゃ、ボクも見てみたかったなー! 白くて大きい猫でしょ?」

「そんなかわいい物じゃありませんでしたよ」


 死にかけたし、という言葉を続けそうになって飲み込んだ。


「ボクが一緒だったら、ボクの剣術で倒してあげたのに! 最近動きが良くなってきたってナーニャさんにも褒められたんだよ」

「スチールタイガーの毛皮は剣で斬れないので難しいと思いますよ。達人が急所を突けば、倒せないことはないそうですが」


 エリアスとイリーナがそんな軽口を叩いていると、アイアリスの顔がエリアスの目に入った。アイアリスは先ほどから黙っていて会話に参加していない。普段からあまり積極的に話す方ではないので気にかけていなかったのだが、なにやら様子がおかしい。


「イリス?」


 アイアリスは少し涙目だった。


「エルが、無事で良かった……」


 アイアリスは声を震わせて言った。とっさのことで、エリアスはかける言葉を見失った。エリアスがうろたえていると、アイアリスはさらに言葉を続けた。


「エル、あんまり危ないこと、しないで」


 強い口調ではっきりと言った。珍しくアイアリスは怒っていた。エリアスの危機意識のなさに怒っていた。


「はい……」


 エリアスはおとなしく頷いた。



◆◇◆◇



「イリス、ごめんなさい」

「もう、いい。許す」


 その後、危ないことをして悪かったと謝り倒して、エリアスはなんとかアイアリスに許してもらった。ドノヴァンがそれとなく水を向けて話を変える。


「まあなんだ、エリアスも反省してるしこの話はこれで終わりにしようぜ」

「そ、そうです。ドノヴァンは最近どんな物作ってるんですか?」


 せっかくの心遣いなのでエリアスはそれに乗った。


「そうだな、こないだ魔導具の受注があってな、ちょっと制作を手伝ったな」

「魔導具!」


 先ほどまでの狼狽を一瞬で忘れて、エリアスが食いついた。アイアリスが半眼で見つめていることには気づかない。


「魔導具というのは何ですか? 簡単に作れる物なのですか!?」

「お、おう。魔導具っていうのは魔術回路が組み込んである道具だ。【魔素】(マナ)を注げば細かい制御をしなくても毎回同じ魔術が発動する。たとえば【点火】(ティンダー)を組み込んだ魔道具なら、【魔素】(マナ)を注ぐだけで炎が灯るという寸法だ」


 勢い込んで質問したエリアスに、若干引きながらドノヴァンは説明する。


「魔術回路さえ用意してあれば、魔導体で回路を刻み込むだけだから、作るのは簡単だな」

「魔術回路? 魔導体?」

「魔術回路は詳しくは知らん。回路はもらった図面通りに刻むだけだからな。

 魔導体っていうのは【魔素】(マナ)を通す物全般だ。鉄に魔素結晶混ぜた魔導鉄とか、銀に混ぜた魔導銀とかが使われるな」


 【魔素】(マナ)を注げば魔術が発動するというと、魔法陣のようなものかとも一瞬思ったが、エリアスが想像したのは電気回路のような物だった。


「なるほど。魔術回路がキモなのですね。魔術回路、初めて聞きます。ドノヴァンが知らないとなると……イリーナ……は知りませんよね?」

「にゃー! なんで決めつけるの!」

「知ってるんですか?」

「知らないけど!」


 エリアスがイリーナとじゃれあってると、横からアイアリスがそっと発言した。


「エル、私魔術回路の本、持ってる」


 予想外のところからの発言にエリアスは驚いた。


「え? イリスは昔聞いたとき、魔術は知らないって言っていませんでしたか」

「勉強した」


 以前、エリアスから魔術のことについて訊ねられたアイアリスは、持ち前の責任感と知識欲から、自身が魔術について知らないままでいることに耐えられなくなった。アイアリスは本の虫である。知識欲は人一倍旺盛であった。また、(スール)として、エリアスの質問に答えられない状態は看過できなかった。


 さっそく、以前懇意にしてもらった元学者の老人のつてをたどって、魔術関連の本を何冊か手に入れると、独学で学び始めた。初級魔術はすでに修めて、現在の興味はまさに、魔術回路による【魔素】(マナ)の制御に移っていた。


 アイアリスは、いつエリアスに魔術のことを聞かれても大丈夫なようにと勉強を初めたのだが、今では自身の好奇心のために学んでいたのだった。そしてついに、当初の目的であるエリアスの質問に答えるときが来た。


「ちょうど教室に置いてある。見せてあげる」



◆◇◆◇



 エリアスと共に六番教室に移動したアイアリスは、2冊の本を取り出した。


「えーと、『はじめての魔術回路』、『基本魔術回路五〇選』?」

「うん、この二冊があれば基本はだいたいわかる」


 アイアリスが『はじめての魔術回路』を開いて、説明をはじめる。

「魔術とは、【魔素】(マナ)の流れを制御すること。【魔素】(マナ)が世界に影響を与えて、現象が発生する」


(ああ、なんか……、懐かしいな)


 エリアスがまだ読み書きができなかった頃、アイアリスにこの教室でいろいろな本を読み聞かせてもらったものだった。最近ではめっきりこういう機会はなくなっていた。


「エル、聞いてる?」

「あ、はい。大丈夫です」


 【魔素】(マナ)の流れの下りについては問題ない。エリアスにはその流れが、そして空間に影響を与えている姿が、()えている。


「だから、その流れと同じように【魔素】(マナ)が流れる道を作ればいい。【魔素】(マナ)はどんな物質にも流れるけれど、特に【魔素】(マナ)をよく流す物体がある。それを魔導体と言う。【魔素】(マナ)は流れやすい方に流れるので、魔導体で道を作れば、【魔素】(マナ)はその道を流れる」

「なるほど」


 聞けば聞くほど電気回路のように聞こえる。【魔素】(マナ)を電気、魔導体を導電体と置き換えればそのままだ。


「……本当にわかってる?」


 ここまでとくに質問を挟む様子もないエリアスを、本当に理解しているのかとアイアリスは訝んだ。


「魔術の【魔素】(マナ)の流れを再現した道を魔導体で作るんですよね? それが魔術回路」

「……そう」


 あっさりと理解したエリアスの様子を見て、アイアリスは本をめくる。概要のページを飛ばして実例の章を開く。


 『かんしゃく弾をつくってみよう』 そこにはそう書かれていた。


「ええと、小さな【爆発】(エクスプロージョン)の魔術を組み込んで、【魔素】(マナ)を込めると数秒後に小さく爆ぜるおもちゃ……。ああこれ、下級生が遊んでるのを見たことがあります。魔導具だったんですね」


 エリアスは以前、下級生がかんしゃく()を投げ合って遊んでいるのを見たことがあった。そのときはなんの疑問もなく、元いた世界のかんしゃく玉と同じ物だと思っていた。

 しかしよく考えれば、この世界で火薬が発明されているとは思えなかった。文字が読めるようになったエリアスは、戦争物や歴史書なども読んだが、魔法以外の爆発物は一切登場しなかった。火薬で爆ぜるかんしゃく玉というのは不自然である。


「そう、小さな遅延回路と【爆発】(エクスプロージョン)の回路でできている」


 そう言ってアイアリスは回路図を示した。簡単な図である。そして『基本魔術回路五〇選』を開くと、ここが【爆発】(エクスプロージョン)、ここはこの遅延回路、と、部分部分について詳しく説明を加えた。小さな図だったので、エリアスはアイアリスの説明で理解することができた。


「実際に作ってみる」


 アイアリスは、鞄の中から小瓶と小さな四方程度の木板のかけらを取り出した。


「これは魔導塗料。魔導鉄を溶かした物。耐久性はないけど魔術回路が書ける。結構高い」


 アイアリスは竹串を使って、魔導塗料でかんしゃく弾の魔術回路を木版に書き写した。


「できた。見て」


 できあがったかんしゃく弾魔術回路をエリアスに見せると、アイアリスは【魔素】(マナ)を流し込んだ。アイアリスの指先から放出された微量の【魔素】(マナ)が、木板上の魔術回路を伝って、【爆発】(エクスプロージョン)の魔術を使うときの流れと同じ形に流れたのが、エリアスの目には見えた。アイアリスは木板を中庭に投げ捨てる。


パン!


 小さな破裂音を立てて、かんしゃく弾は爆ぜた。しばらくの沈黙を破ってアイアリスが言う。


「これが、魔導具の基本」

「すごい……!」


 エリアスは感動した。魔術回路を使えば、安定して魔術が使えるようになる。細かな制御で失敗して、持続時間が延びない魔術も改善するかもしれない。

 魔術回路についてもっと詳しく知りたい。そう感じたエリアスは、この日、アイアリスから二冊の本を借りて帰った。



◇◆◇◆



設定ばかり増やしてすみません。魔術関連の設定はほぼ出つくしたと思います。

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