12.ほんとうの剣術
エリアスは、裏山で狩りを行っていた。いざクロスボウというおもちゃを完成させたエリアスは、やはり早々に動かない的撃ちでは満足できなくなった。
もう的にはだいたい当たるようになった、つまらない、とナーニャに豪語したところ、では裏山で兎や鳥を撃ってはどうかと提案された。実はナーニャは、そんな簡単に弓が扱えるようになるとは思っていなかったので、エリアスの話を信じてはいなかったのだが。
「魔獣よけの柵が張ってあるので敷地内は安全ですが、柵を越えないでくださいね」
ナーニャは言った。裏山は屋敷の敷地だということだ。裏庭から続く森は広いとは思っていたが、まさか全部敷地内だとは思わなかった。
「魔獣?」
初めて聞く単語だ。いわゆるモンスターだろうか。やはり定番のオークとかゴブリンでもいるのだろうか。
「魔獣とは、魔術を行使する獣です。普通の獣ではあり得ない速度で動いたりすごい力を出したりします。大抵は好戦的で危険です」
なるほど確かに人間だけが魔術を使えるという道理はなかった。効率的に【魔素】に干渉できるよう適応した魔獣は、通常の獣とは明らかに違う凶悪な姿をしていることが多いとのことだ。
(その理屈なら、人間も【魔素】を使えるんだから、凶悪な姿になっていないとおかしいじゃないか)
そう思ったエリアスだが、魔獣と言う物がまだよくわからなかったので、その疑問はおいておくことにした。
ナーニャはそして、柵がなくてもこの辺りで魔獣を見たという話は聞いたことがありませんけどね、と言ったのだった。
裏山に入ったエリアスは獲物を探す。難航するかと思われたが、すぐに兎を何匹か見かけた。屋敷の敷地内は人が入ることがなく、天敵もいないため多く繁殖しているようだ。しかし、さすがにエリアスが姿を見せると、逃げて行ってしまう。
森の中は視界が悪いためあまり期待はできないが、とりあえず【遠視】の魔法でも使ってみるかと、魔術を行使するため【魔素】の流れを制御しようとしたとき、エリアスは気づいた。
「【魔素】が……濃い?」
屋敷の屋内で視た【魔素】は、非常に薄い密度だった。しかし森の中には【魔素】が満ちあふれていた。
「自分の体の中の【魔素】は、空間の【魔素】とは比べられない程強い。つまり、生物や植物の中に強い【魔素】があるということですか。森には動植物が多いため【魔素】が多いと」
明らかに視覚以外の何かで感じられる【魔素】の感覚については、まだよくわからなかったが、考えをまとめる。
「ということは、【魔素】を視れば、生物を探知できるんじゃないでしょうか」
しかしてそれは成功した。【魔素】の感覚で視た森は、動植物に満ちあふれていた。その中でも、遠くにたたずむ小さな生物を発見したのだ。
慎重に音を立てないように接近し、視覚でその姿をとらえると兎だった。まだ距離はある。クロスボウを巻き上げ、撃った。
「やった! 当たりました!」
矢は容易に兎を仕留める。
このあと、容易に兎を見つけることができるようになったエリアスは、魔術複合クロスボウの長射程を生かして、兎の知覚外から矢を放つことで、数匹の兎を狩った。
まさか本当に獲物を仕留めてくるとは思っていなかったナーニャは、兎を持ち帰ったエリアスを見て大変驚いたが、エリアスに血抜きや解体の方法を教えてくれた。
このようにして、その日から夕食の食卓に兎やキジの肉がしばしば上がるようになった。
◆◇◆◇
一方、剣術については、基本的な動作ができるようになっていた。教わった基本型の素振りを日々繰り返し、だんだんと身体が作られていった。
【身体強化】の魔術は制御が難しく、一瞬しか発動できなかった。熟練者になると長時間使えるらしいが、今のエリアスには無理だったため、瞬間的な動きへ利用することにした。
【身体強化】で一瞬の筋力強化をおこない、超速での踏み込みや瞬間的な回避、剣の振り抜きを行う。ナーニャのような瞬間移動というわけにはいかなかったが、それでも子供としてはおかしいレベルの、不自然な加速ができるようになった。少なくともエリアスはそう感じていた。
また、ナーニャはたまに組み手をして、実践的な体の使い方を教えてくれた。しかし、まだまだレベルが違いすぎて、まともな打ち合いにはなっていなかった。
「剣術は難しいですね」
エリアスは、イリーナと剣術について話していた。イリーナも最近、姉の影響か剣の練習を始めたのだった。イリーナともずいぶん仲良くなって、砕けた口調で普通に世間話をするくらいの仲にはなっていた。
「にゃー。そうだね。ボクは獣人だから身体能力である程度は何とかなるけど、やっぱり基本的な型とか大事だよね」
そして、イリーナはいつの間にか一人称がボクになっていた。これも姉の影響で、彼女の姉がボクと言っていたらしい。女なのにボクというのがかっこいいと思ったらしい。密かにエリアスは、ボクっ娘誕生に喜んでいた。
「やっぱり、ちゃんとした流派の人に習った方がいいんだろうにゃー。でもこの街には道場とかないんだよね」
イリーナは、大きくなったら王都に行って正式な剣術を習いたいなとか、知り合いに剣術の先生がいればなー、とか、あまり本気で悔しがっている口調ではないが、現状の不満を漏らしていた。そんな様子を見かねて、ついエリアスは言ってしまった。
「うちにシグルズ剣術の師範代がいますよ?」
◆◇◆◇
「にゃ……、あの、よろしくお願いします!」
「イリーナさん、どこからでも打ち込んできてください」
ナーニャとイリーナが剣を持って対峙している。エリアスがイリーナを連れ帰り事情を説明すると、ナーニャはイリーナに剣術を教えることを快く承諾してくれたのだった。そして、まずは実力を見るために、組み手を行うことにしたのだ。
イリーナは腰を落として距離を詰めると、ナーニャに斬りかかった。一合、二合と切り結んだ後、イリーナの剣がナーニャの体をとらえる。しかし、剣が体に届いた瞬間ナーニャの姿がかすんだ。
エリアスが息を飲む。【身体強化】による瞬間移動である。自身もこれで打ちのめされたのだ。
ガキン!
次の瞬間、背後に現れたナーニャの剣を、イリーナは受け止めていた。イリーナはそのまま後ろに飛びずさって距離を取る。
(え、防いだ? あんな見えない攻撃を!?)
イリーナは再度攻撃に移る。イリーナが上段の攻撃を仕掛けてくるのを見てとったナーニャは足を払った。イリーナは空高く跳躍する。再び 【身体強化】を使用して、体勢を立て直したナーニャは剣を突き出した。空中で死に体になったイリーナにナーニャの剣がせまる。
もはや空中で絶体絶命かと思われたイリーナだが、しっぽふって重心を移動すると、体をひねって剣をかわした。そして落下の体重を乗せてそのまま肩口に斬りかかった。
空中からの急襲に、しかしナーニャは、難なく半身をずらして剣をかわして、無理な空中戦からの着地で不安定な体勢になっていたイリーナを組み伏せた。
「なかなか良い動きです」
「にゃー、やっぱり無理かー」
「型を覚えて【身体強化】を使いこなせるようになれば、それなりに戦えるようにはなるでしょう」
対戦が終わり、イリーナとナーニャが言葉を交わしている。
「え? なに、いまの。何が起きたんですか?」
エリアスは驚愕していた。ナーニャは人間じゃないと思っていたが、イリーナも十分人間離れした動きをしていた。一瞬の攻防について行けていなかった。
「手も足もでなかったよー」
「エリアス様もせめて、これくらい動けるようになってください」
どうもイリーナの動きは全然普通のものらしい。エリアスは自分の常識とこの世界の人間の剣術、というか運動能力との絶望的な差を見た。ぐうの音もでなかった。
その後、イリーナはナーニャに手ほどきを受けて、【身体強化】や基本型を教わった。その日は2人で型や体さばきの練習を夕方まで行った。
◆◇◆◇
いつもよりハードな練習で疲れ果てたエリアスが、練習後しばらく死んだように休んでいると、ナーニャとイリーナは先に屋敷に入って行ってしまった。お茶でも飲んで待っているとのことだ。
やがて動けるようになったエリアスは、イリーナ達のところに向かおうとしたが、服が汗でびっしょりとぬれてしまっていることに気づいた。さすがにこの格好でお茶に行くのははばかられたので、先に汗を流して着替えようと考えた。
着替えをつかんで風呂に向かった。服を脱ぎ捨て風呂場に入る。
「あ、エリアスもお風呂?」
イリーナがいた。
「ごめんね、先に入らせてもらったよ。ナーニャさんが汗臭いから入れって。女の子に失礼しちゃうよね」
全裸のイリーナが言った。
「あ、えーと! ごめん!」
やばい、ラッキースケベだ。きゃーエッチとか言われて桶を投げつけられて殴られる展開だ。そう思ったエリアスは、きびすを返し、すぐに風呂場を出て行こうとした。
「にゃ? 外で待ってるの? わるいよ。一緒に入ろう。ここのお風呂大きいし」
(あれ)
エリアスは首をかしげた。イリーナは特に何とも思っていないようだ。それどころか一緒の入浴を勧めてきた。
(ああそうか。僕らまだ小学生だった)
エリアスはもうすっかり今生の体に馴染んででしまい、身体に精神が引きずられる部分があるのか、自分と周りの子供達の年齢に特段に幼いとか子供だとかを感じなくなっていた。そのため忘れそうになっていたが、自分たちはまだ小学生に相当する年齢なのだ。別に一緒に風呂に入っても問題ない。そろそろ問題な年頃のような気もしないでもないが、イリーナが気にしていないことから、この世界ではまだ大丈夫な年齢なのだろう。
そしてもちろん、エリアスはロリコンではないので、イリーナの裸身を見ても特に何とも思わなかった。
「うん、じゃあ一緒に入ろう」
「にゃ。流したげる」
エリアスとイリーナは、二人で仲良く汗を流した。
◇◆◇◆
イリーナのキャラや口調がかたまってなかったので、ボクっ娘にしてしまいました。




