11.発明
日間1位でした。ありがとうございます!
作品タイトルにそぐうように、テコ入れ行きます!
エリアスは3年生になっていた。アイアリスは5年生だが、以前の言葉通りまだ『学校』に通うようだ。なにやら家庭の事情がありそうだ。
3年生になったので、兄に任命されるのかと思ったのだが。
「エリアス君ですか……。君の弟になったらかわいそ、いや、大変そう、もとい、ええと、とにかく今年はまだ人数が足りているので、大丈夫です。転入生が来たらお願いするかもしれません」
エリアスは知らないうちに、アイアリスに変なことをいつも質問して困らせている問題児という扱いになっていた。知識欲が旺盛なのは好意的に見られていたが、小さな子供を指導するには難ありと判断されて予備人員に回されてしまった。人数が余っているうちは。なるべく問題なさそうな子から任命していくのだ。適当に見えて、一応考えられているのだった。
2年生の暮れにエリアスはゲイルに呼び出された。
「エリアス、以前は悪かったな」
また以前のようにケンカにでもならないかと警戒していたのだが、穏やかに切り出された。
「俺は今年で卒業する。家に呼び戻された。そろそろ領地のことを学び初めなきゃならないらしい」
そう言うと、本当はもっと居たかったんだがな、と漏らした。そういえば貴族だったのは知っていたが、弱小貴族だと思っていた。領地持ちだったとは。
「こんなこと、俺が言えた義理じゃないんだが、エリアス、アイアリスを頼む。守ってやれ」
託されてしまった。エリアスには、そして周囲の誰にも、いじめているようにしか見えなかったのだが、驚いたことにあれでゲイルはアイアリスを守っていたつもりだったようだ。
そういう台詞はもうちょっと、いじめられてるのを守ったとか、困っているのを助けてあげたとか、そういうエピソードがないと言えない物である。いじめていた側が言うか、である。
しかしエリアスは、なんだかちょっと良いシーンのような雰囲気に流されて、それっぽく応えた。
「わかりました。必ず守ります」
よく考えたらツッコミどころ満載で、良いシーンでも何でもないかったのだが、何となく、男の友情が芽生えたような気がした。
◆◇◆◇
エリアスは、その後も基本魔術の研究を進めていた。
あまり成果はなかったが、【微風】の応用して風向きをいろいろ制御できるようになった、風を渦巻き状に回して、小規模なつむじ風を発生させたりできるようになった。これはもはや、【微風】ではなかったので、エリアスはこの魔術に【竜巻】と名付けた。庭の落ち葉の掃除くらいには使えそうだ。
そしてもう一つ成果があった。
「【石礫】!」
カランカラン。白い石が床に転がる。黒い玄武岩だけではなく、白い花崗岩を呼び出せるようになっていた。
「この魔術は本当に存在意義がわかりません!」
白い石が出るようになっても何が嬉しいのかわからなかった。
◆◇◆◇
この世界では、製紙技術や、版画に毛が生えた程度の最低限の印刷技術は普及しており、それなりに本は流通していた。
しかし、現代の本屋のように潤沢に店頭在庫があるわけではなかった。魔術関連の入門書は在庫がなかった。
だが、唯一店頭に置いてあった、子供向けの魔術を使った遊びがいくつか載った小冊子を手に入れることができた。空気の屈折率を変える魔術を使って、見える風景を歪めたり、箱を細かく振動させ上に載った砂粒をパチパチと飛ばしたりといった、元の世界であれば国営放送の昼間の教育番組でやっていそうな、他愛ない内容だ。
とりあえず役には立たないが、【魔素】の流れと現象との関係を観察するために一通り試した。
これら様々な実験から、魔術についていくつかの性質がわかってきた。魔術の射程、つまり発動箇所までの距離は30センチほどが限界だった。これは万人がそうなのか、個人によって異なるかはわからなかったが。
「それにしても微妙というか、小ネタみたいな魔術ばかりですね。電池も燃料もなしに、ノーコストで現象が発生しているのは驚きですが。これ以上は、注文している入門書待ちか」
魔術の入門書については、調べてもらうと版元がわかったので、題名から何冊か見繕って、製造してもらうように注文していたのだった。ある意味、オンデマンド印刷と言えなくもないが、版元は遠方のため到着に時間を要した。
◆◇◆◇
エリアスは継続して弓の練習を行っていた。最初は筋力が足りず、弓を引くのに難儀していたが、いまではコツを掴んで6割ほどまで弓を引けるようになって、矢は前に飛ぶようにはなった。
エリアスは、15メートルほど先の的を狙い矢を射ていたが、なかなか当たらない。
「うーん、やっぱりだめだ。当たらないなあ」
エリアスは、自分には弓の才能はないと判断した。エリアスが考える問題点は2つあった。
1つは単純に筋力の問題。いまだに弓をいっぱいまで引くことができなかったし、矢を放つまでに弓を安定して静止させることができずに、射線が安定しない。【身体強化】の魔術を使おうかとも思ったが、あの魔術は効果時間が一瞬であり、瞬発力を発生させることにしか使えない。弓を引いて狙いを付ける間保持するという用途には使えなかった。
もう1つは照準の問題だった。弓にはわかりやすい照準器などが付いていなく、また矢は放物線を描いて飛んでいくため非常に狙いが付けづらかった。
「弓むずかしすぎます。那須与一とか、ウィリアムテルとかが伝説になるのもわかります」
ここに至ってエリアスは、これ以上練習で何とかするのを諦めた。弓の方を何とかしよう。そういう風に発想転換した。
そもそも、属人的な技術に左右される道具はあまり良い道具ではないのだ。誰が使っても、一定の精度で動く、現代の道具はそういう思想で発達してきたのだ。そういう意味では弓は失格だと言うのがエリアスの考えだ。使いこなせなかった負け惜しみではない。ないと言ったらない。
「とりあえず、誰にでも思いつく弓の進化形と言えばクロスボウかな」
エリアスは一つの形を思い浮かべ、つぶやいた。
しかし、クロスボウは古い武器である。既にあるかもしれない。あるのならそれを買ってくれば良い。まずは、クロスボウのスケッチを描き上げると、ナーニャに見せた。
「なんですかこの絵は? エリアス様が考えたかっこいい弓ですか? 強そうですね」
あー、はいはい、『ぼくのかんがえたさいきょうの弓』ね。すごいすごい、と言うような扱いを受けた。割と精密なスケッチを描いたのにこの扱いということは、少なくともこの国には存在しないのだろうと思った。
エリアスは部屋に籠もると図面を書き始めた。製図は得意である。最近はCADがメインになってきているが、エリアスはアナログな製図作業の方が好きだった。
「せっかくだから巻き上げ器も付けましょう」
図面を完成させると、エリアスはドノヴァンの元に向かった。
「ドノヴァン、木工はできますか?」
餅は餅屋、工作といえばドワーフである。図面を見せながら、作れるかとエリアスが問う。
「見たことない形だな。本体はいいけど、この辺りのからくりの細工が細かいな。俺はまだ基本細工しかできないから無理だ。そうだ、兄貴なら作れるかもしれない
「兄貴って兄ですか?」
「そうだ。ディックって言うんだが、変な物作るの好きだから、たぶん作ってくれるだろう。最近、店に並ぶ道具も作らせてもらえるようになったって自慢してたから、技術もそれなりにあるだろ」
二人でディックの元に向かう。
「なんだいこれは。君が書いたの? すごい精密な図面だね!」
「クロスボウです。ここに弓をはめ込みます。これが完成イメージです」
「ははあ、なるほど。ここに弦を引っかけて……ここを引っ張ると弦が放たれるんだね。よく考えられている。君が考えたのかい? すごいなあ。このハンドルは何かな」
「巻き上げ器です。てこの原理で弦をひきます」
「ふんふん。そうなると、この辺の小さな部品は鉄で作った方が良さそうだね、力がかかりそうだから」
ディックは、図面を眺めてエリアスにいくつか質問をし、すぐに構造を理解すると、まだ作ってくれとも言われていないのに、素材や製造法について嬉しそうに検討し始めた。
「作れますか? 制作費は出します」
「まかせておきたまえ!」
ひと月後、ホルン王国内では初となるクロスボウができあがった。
◆◇◆◇
タンッ!
クロスボウから放たれた矢が、30メートル離れた的に突き刺さった。
ハンドルで弦を巻き上げて矢を乗せる。狙いを付けて引き金を引く。それだけで簡単に的に当たる。
照門も取り付けたので、照準も簡単で、矢の放物運動を考慮して多少の微調整は必要だったが、面白いように狙ったところに飛んでいく。固くて引けない弦も、巻き上げ器のおかげで簡単に引くことができた。弓とは何だったのか。
これは行けると思ったエリアスが的を遠くに移動させる。店で一番の強弓(それは強すぎて誰も引けないよと忠告された。何でそんな物売っているんだ)を買ってきて取り付けたので、まだまだ射程は伸ばせるはずだ。試しに遠くに向けて撃ってみたところ、単純な飛距離なら、目測だが二五〇か三〇〇メートルくらいは出るようだ。まあ、そんな距離では当たらないだろうが。
順に的までの距離を伸ばして試したところ、思ったよりも射程は伸びなかった。五〇メートルくらいまでは、的に当たるのだが、それを超えると、急激に矢の安定が崩れて、逸れていってしまう。これはクロスボウ側の問題ではない。矢の安定がたりないのだ。
「投射物を安定させるには……回転を加えるとか?」
エリアスは改善案を考える。矢や弾丸を安定して飛ばすには、回転させればよい。ジャイロ効果で弾道が安定する。そこまではすぐに思いついた。しかし実現方法が思いつかない。矢羽根を調節して空気抵抗で回るようにすれば良いだろうか。しかしやはり、実際の形が思い浮かばなかった。矢羽根を斜めに入れる? エッジを立てる? 矢の空力なんていままで考えたこともなかったエリアスが、うんうんうなっていると、ふと、ひらめきが浮かんだ。
「そうか、【竜巻】だ!」
技術がないなら魔術を使えばいいじゃない。いいことを思いついたとばかりに、エリアスは早速実行する
「【竜巻】!」
バシュッ!
発射の瞬間に魔術を発動させる。矢の周り数センチに極小の竜巻が発生し回転を加える。螺旋状に回転した矢は、まっすぐに飛んで、八〇メートル先の的の端に当たった。
「やった!」
予想以上結果に思わず声を上げた。
その後、的の位置を変えて検証したところ、有効射程は一〇〇から一五〇メートル程度、命中率は格段に落ちるが、無理をすれば二〇〇メートル前後まではなんとか飛ばせるということがわかった。
「これだけ遠くなってくると、まっすぐ飛ぶと言っても、狙うのも一苦労ですね……。スコープでもあればいいんですが」
矢を回転させることによって、ちゃんと訓練すれば当てられる域まで射撃の精度は高まっていたのだが、道具に頼ることを覚えてしまったエリアスはもっと楽に照準できる方法に逃げたくなった。
「スコープ作るとなるとレンズがいりますね。ガラスはありますが、あの加工精度を見ていると、さすがにレンズ加工は無理そうです」
身の回りのガラス製品を思い出しながらエリアスは言った。
「魔術を使ってレンズ加工できないものですかねー」
しかし、エリアスが使えるのは基本魔術の他は【竜巻】と、あとは子供用の小冊子に載っていた、空気の屈折率を変えたり、物を振動させたりする他愛ない魔術だけである。加工に使えるような物はなかった。
「屈折……、まてよ? 空気の屈折率!?」
エリアスは気づいた。屈折率を変えて像を歪められるのなら、レンズになるはずだ。
エリアスは屈折魔術でレンズを生成する。安定して球面を生成することに苦労したが、しばらくの試行の後、凸レンズと凹レンズを生成することに成功した。
「この魔術の名前は【遠視】です」
そうして、凸レンズと凹レンズを組み合わせて、望遠鏡を生成する魔術を完成させた。【魔素】を制御することで拡大率も思うがままだ。
「【遠視】!」
クロスボウの上に、スコープを固定して生成する。拡大された的をよく狙い、
「【竜巻】!」
引き金を引いた。
放たれた矢は、一五〇メートル先の的の真ん中を貫いた。
◆◇◆◇
クロスボウの出来に満足したエリアスは、ちょっとだけ心配になった。
(あんまり高度な武器を作ったら軍事バランス崩れちゃったりして。外から持ち込んだオーバーテクノロジーで戦争が起きるとかそういう小説あったよなあ)
と思わなくもなかったが、
(でもまあ、所詮クロスボウだし。この国では知られていないようだけど、クロスボウくらい、きっとこの世界でも、どこかの誰かが似たようなもの思いついているよね)
と楽観的に思考を打ち切った。
クロスボウは古い武器である。古代中国に既に弩が存在したし、ヨーロッパでも十字軍が実戦使用していたのだ。中世レベルなら存在していておかしくない。
エリアスの考え通り、実は、クロスボウはこの世界でも確かに東方の果ての国ですでに発明されていたのだが、まだホルン王国周辺には伝わっていなかった。
熟練した弓士が射ても、三〇メートルからせいぜい五〇メートル以下の射程しか出ないこの世界において、魔法を併用して有効射程を一〇〇メートル以上に伸ばしたエリアスのクロスボウは驚異でしかなかった。元の世界で売っているクロスボウでも、この射程で簡単に的に命中するようなものはまずありえないだろう。
このときのエリアスはまだ、自分が作り上げた物の価値を正確に理解してはいなかった。
◆◇◆◇
飛距離=飛ばせる距離
射程=実用的に目標に当てられる距離




