幕間その3◇天使の困った弟
ちょっと前のお話。めんどくさい事ばかり聞かれてアイアリスは結構苦労しています。
「ありがとうございました」
「またいつでもきなさい」
老人から話を聞き終え、私は席を立った。『弟』からの質問に答えられなかった私は、本を調べ、『学校』の先生に質問し、それでも答えが見つからず、町外れに住む、引退した学者だという老人の元を訪れていた。
突然の訪問にもかかわらず、老人は大変喜んで、丁寧に、私にもわかるようにかみ砕いて説明してくれた。おいしいお茶とお茶菓子までいただいた。またごちそうするから遊びにおいでと、言ってくれた。
◆◇◆◇
「アイアリス、ちょっといいですか? 貨幣の事でわからないことがあるのですけど」
可愛い私の『弟』が訊いてくる。貨幣の種類とそれぞれの変換がわからないのだろう。大銅貨が銅貨20枚、銀貨が大銅貨10枚、金貨が銀貨20枚と、この国のお金は難しい。私もつまづいた。
「たぶんだけど、金貨は同量の金と同じ価値で、銀貨は同量の銀と同じ価値ですよね」
……なんだか難しい話を始めた。
「それで、金と銀の値段は変動しますよね? それでも金貨と銀貨の交換レートが固定。だとしたら、金の値段が銀に対していつもより高いときに、銀貨を金貨に両替して、その金貨を鋳つぶして金として売ったら、儲かることになりませんか?」
少し考える。銀貨二〇枚を金貨一枚に両替する。金貨を鋳つぶして金にする。金の価値はいつもより上がっていて、たとえば銀貨二十一枚で売れる。銀貨一枚分得する。
なるほど確かにそうなる。逆に銀が金に対して高いときには銀貨を鋳つぶして売って、金貨で代金をもらえばいい。大儲けだ。
「これって破綻してるんじゃないかな? なんでこれで大丈夫かわかりますか?」
わかるわけがない。
「ごめん。わからない。今度調べておく」
彼は時おり、こういった高度な知識や発想を見せることがある。
以前は、算術で計算用の簡単な数字の書き方を発明したことがあった。さらには、最近は方程式というものを教えてくれた。わかっていない数を文字で表したり、その文字に数を入れたりなんて発想、私には絶対思いつかない。
まだろくに買い物もしたことがないはずなのに、なんで金や銀の値段が変動すると知っているんだろう。私だって、言われて野菜や薪の値段が変動することと同じだと考えつくまで、金や銀もそうであるなんてこと気づかなかった。
かと思えば、一週間が七日で一年が三三六日であるとか、この町の名前がアインブルクであるということとか、驚くほど基本的なことを知らない。誰でも知っている、街によく飛んでいるスズラ鳥や、道ばたに咲いているアーリンの花の名前も知らなかった。
6歳児なのだから、無知なのは当たり前だともいえるけど、6歳児らしからぬ知性と、一部の高度な知識とのアンバランスさが際立って、奇妙な感じを受ける。
彼と話しているとよく、同い年か、もっと年上と話しているような気分になることがある。私が彼を教え、守ってあげなければいけないのに、守られているような感覚。
そんなとき、彼のことを対等な友人、いや、むしろもっと頼れる人のように感じている自分にはっとする。あいては6歳の小さな子供なのに。
◆◇◆◇
ともあれ、元学者の老人から答えを得ることができた。翌日、『学校』で彼に聞いてきたことを伝える。
「えっとね。昔は、金貨と銀貨の交換は、相場で決まってた。それだと不便だから、少し前の王様が、交換の枚数を固定に決めた。そのままだと、鋳つぶして売られちゃうから、同じ量の金の価値よりも、金貨の方が高くなってる。国の信用? が、載せてあるんだって」
彼は、そうかー。金本位制じゃなかったのか。信用通貨だったかー。とよくわからない単語をつぶやいている。満足いく答えだったようで、調べてきた甲斐があった。彼が喜ぶ姿を見ていると、私も嬉しい。
「あれ、まてよ。金の方が価値が低いのなら、自分で金から金貨を作ったらいいんじゃないかな? 型をとって」
新たな疑問が沸いたようだ。またあの老人の元に聞きに行こう。お茶とお茶菓子をいただきに。
◆◇◆◇
ちなみに、金本位制ではないので、たとえ純金製だとしても勝手に金貨を作ると偽金貨作りになって犯罪です。




