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とある中学生の話

作者: 沖田 光海


 時間つぶしにしかならない話です。

 私の名前は雨宮命と申します。

 田舎の小学校に通い、持ち上がりで一番近く(と言っても、小さな山を一つ越えた先)にある中学校へ通い、高校は女子高へ通っていました。

 面白味のない人生にも思えます。自分でも、そう思っています。

 これはそんな私が、中学校の頃の話です。



 真新しい制服に身を包んだ私を、私が見て一番最初に思ったことは『まあ、こんなものか』だ。ランドセルを背負っていたころは、自転車に乗って学校へ通う、中学生がとても大人びたものに見えた。けれど、実際、中学生になったからと言って、私が変わることは無かった。

 しかし、変化しない私とは裏腹に環境は変わっていた。あったことのないクラスメイト(小学校時代は一クラスしかなかった)、思ったよりも広い教室。その環境の中、何か変化があるかもしれないと仮説を立てていても、私は何の変化も求めてはいなかったし、その通りにほとんど変化をしていなかったように思う。

 毎日をなんとなくで過ごしているある日、同じ小学校に通っていた、藤崎ミカからある言葉を投げかけられた。

「好きな人は誰?」

 はて? 友人としての意味ならミカもその部類に入るが(少なくとも私は決してそのことを口には出さない)、なんとなく、彼女が求めている答えは違うように思えた。

「どういう意味?」

「だって、命ちゃん……好きな人いるんでしょ? 教えてよ」

 一体誰からそんな話を聞いたのか。そもそも、私には《そう言う意味で》好きな人などいない。そのことを正直に伝えると彼女は食い下がってきた。

「うっそだぁ~、この齢で異性を好きにならないって、あり得ないんだよ」

 今考えれば、バカバカしいと思える言葉だ。しかし、当時の幼い私はその言葉を真に受けてしまった。

 正直、この後のことを良く覚えていない。気が付いたら家に帰って、自室でぼーっとしていたように思う。

 ――ああ、好きな相手ができないのは《おかしいこと》なのか。

 昔から私は周囲の人間とは違った目線で物事を考えることが得意であった。人とは違う目線に立ち、時には突拍子もない(しかし、必ずしも間違いではない)意見を口にする私に、教師は面倒だと思いながらも、驚いていたことを良く覚えている。

 よく言えば個性的――しかし、悪く言えば集団生活でなじみにくい。よく、私は『命ちゃんっておかしいよね』と言われていた。気が付けば、少しずつ周りに流されるように生きていたものの、それでは《自分》という存在が消えてしまうのではないかと思ってしまう。しかし、だからと言って周りに合わせないと、変なものを見る目で見られてしまう。

 どっちつかずのまま、人と妙な距離を取りながら、私はその時を生きていた。

 話をもどそう。ミカに言われた『この齢で、異性を好きにならないって、あり得ないんだよ』という言葉は、私にとって(おそらく、悪い意味で)衝撃だったのである。小学校時代、主に男子からイジメを受けていた身としては、異性に対して《距離》とおうか? どうも、打ち解けにくい面があった。一つ例をあげれば、私は人の顔と名前を覚えることが苦手。そして、男子の名前を覚えることが特にダメだったと記憶している。けれど、いくら名前を覚えにくいと言っても、毎日のように話す人間の名前はしっかり記憶に残ってる。――つまり、男子と話す機会がそれほど少なかったのだ(男女共同のクラスで男女比はほぼ5:5にも関わらず)。

 そうやって異性と距離を取っていた人間が、異性に対して興味を持つのだろうかという話に持っていくと――まあ、ここからは説明しなくてもわかるだろう。

 好きな相手が出来なくても、なんらおかしくない中、私は好きな相手ができないことをおかしいのではと思ってしまった。

 どうしてだろう。そう思い自宅のパソコンで調べてみたら、目に入ってきたのは『無性愛者』という文字。人に恋をしない人だという。

 一気に力が抜けたような気がした。ああ、私は異常な人間なのか――と。どうも思春期真っ只中の少女は、自分一人で突っ走って、そして完結しやすいところがある、と何かの本で読んだ気がした。私も、例にもれずその中に入っていたのだ。

 同年代の人間が恋バナなる物で盛り上がっている中、私は一人本を読んでいた。その内容も、あまり恋愛が絡んだものではなかったように思う。

「雨宮さんって好きな人いる?」

 一瞬迷ったが、正直に『いない』と答えた。アッサリ納得して、ミカの意見は間違いだったと証明して欲しかったのかもしれない。

 しかし

「嘘つかないでよ」

 《いる》か《いない》か。イエスかノーの二択で質問してきたのに、どうしてか彼女たちは最初から一択の答えしか求めていなかった。

「ねえ、誰にも言わないから、教えてよ」

 居ないと言っても信じてくれない。私の言葉を否定されるたびに、私が異常であると知らしめられているようであった。

 結局、その時はなにをどう彼女たちが勘違いしたのか、私の好きな相手は同じクラスの人物、田内という男子ということにされてしまった。

 正直に言おう。私は彼のことを同じクラスだと、この時初めて知った。出席簿を見てああ、そう言えばこんな名前の生徒いたような、いなかったような? と思ってしまうような相手だ。

 この事件があってから、私は良く知りもしない相手の『誰にも言わない』という言葉ほど信用してはいけないものは無いということを知った。

 つまり、私がその田内という男子が好きという噂は三日もしないうちに広まっていたのだ。正直、彼には悪いことをしてしまったと、その時は思ったのだが、彼も調子に乗っていたと知ったときは、すぐにすまないと思ったことを撤回してしまった。

 人のうわさも七十五日。気が付けばその噂は消えて(私が全力でガセだと言ったり、そもそも私が彼の顔を覚えていなかったことが知れ渡った所為だ)、一旦は平穏になった。

 その時、またミカと話す機会がおこった。

 彼女が好きな相手について聞いてほしかったのだと思う。一方的に彼女が空いている男子『和也』なる人物の話をされた後、彼女は言った。

「で、好きな人教えて! 誰にも言わないから」

 言えない。しかし、言わなければ帰してもらえない雰囲気だった。結局、私は空想上の人物を口にした。当時ハマっていた漫画の登場人物から付けた、安直な名前を持った存在だったように思う。

 それを聞いて満足したのか、彼女から逃げることに成功した。

 私はそれから半月後、噂というものはどうも大げさになって伝わるらしいということを知った。ミカへ話したことが広まっていた。しかも尾ひれを大量につけて。

 例えば歳の差だとか、遊ばれているのだとか、相手は私に到底釣り合わない人物だとか、そう言ったことだ。場合によっては明らかに矛盾する噂も広がっていた。

 結局しばらくすれば騒ぐだけ騒いで、いつの間にか静まっていたが、私にとっては些細なことで済まされないほど、今までのことはトラウマとして残っている。

 正直、あの後女子高へ通おうと思ってしまったのも、当然のように思う。



 これで私の話は終わりです。

 今思えば本当にバカバカしいと、自分でも考えてしまいますが、あの時の幼い私にとっては、大袈裟なくらい大変なことだったように思います。




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