間違っているという恐怖に。
姉が抱えるほおずきの秘密。俺だけが知っている現実。
心配するなと言われても、迷惑は掛けないと言われても。それが不可能だろうことは判っていた。姉の狂言なら良いとすら、考えている。
俺は、嫉妬に溺れるただの子供だった。
「智樹、入って良い?」
扉をノックする音と共に、姉の声が聞こえた。俺の部屋に姉が来るのは珍しい。いつも、俺が姉の部屋に行っていたのだ。いつも、昔から。
「ちょっと待って、開けるから」
机の上の参考書類を片し、扉を開く。心臓が高鳴った。
「ごめんねぇ。勉強の邪魔だった?」
「ああ、まあ」
姉を部屋に通し、扉を閉める。リビングとは違い、この部屋は家族の気配を感じない。
「智樹とさ、きちんと話しておきたくて」
俺が俺を開放してしまう空間。姉の部屋と、同じように。
「きちんとって?」
並んでベッドに腰掛け、姉を見る。自宅を出る前と変わらない。少なくとも、見た目だけは。
「うん、えっとね」
少しだけ不安の混じった笑顔を浮かべ、姉が俺の手をとった。そのまま、腹に手を当てる。
「その、こないだ電話で話したでしょ?」
ぞくり。飲み込まれそうな笑み。思わず目を逸らしそうになる。手を払いそうになる。
「で、ね。あたし……」
どくん。重なる鼓動。姉の話が狂言ではないと、俺のことを諭すように。
ふいに、揺れるほおずきの実を思い出した。ほおずきの実、萼の中に包まれた。育つさまを外から見せず、気付けば大きくなっていて。まるでそれは、姉の。
「……産もうかなって、思ってるんだ」
掌に伝わる胎動。聞いていた。知っていた。判っていた。ただ、認めたくはなかった。
胸の奥で、何かが蠢く。信じたくない現実を目の当たりにし、逃げようのない現実を知り。
「何で? 何で俺にそんな相談するんだよ?」
嫉妬。恐らくは。
「姉さんの、菜摘の好きにすれば良いだろ?」
醜い感情。間違いなく。
「菜摘が決めてるなら俺に相談する必要なんて」
姉の中に宿るそれ。俺は、怖くて仕方がない。姉の子供。この手で触れてしまったせいで、存在を否定出来なくなった。
「……あるよ」
唐突にそれを聞かされたのは、つい先日の電話でのこと。
――あたしね、子供が出来たみたい。五ヵ月だって。
声を弾ませ、嬉しそうに話していた姉。不安がないはずはないけれど、大切そうに、幸せそうに。
「だって智樹は」
昔から、俺たち姉弟は仲が良かった。両親には言えない秘密を、共有し合う程度には。
「菜摘……姉さん。俺、テスト勉強があるから」
姉の言葉を遮り、言い訳を口にする。
「明日のテストはさ、どうしても落とせないんだよ」
本当はこれ以上、菜摘の言葉を聞きたくなかった。逃げているだけだと思う。しかし。
何を聞いても意味がない。俺にはどうしようもないのだ。
「智樹……」
姉の手を払い、立ち上がる。無言で帰るよう告げた。俺の口元は引き攣っているのだろうか。自分では、判らないけれど。
感情を落ち着かせるよう、ゆっくりと息を吐く。空気の揺れる音と共に、姉の気配が部屋から消えた。
安堵と嫉妬。ない交ぜになった感情は、窓を開けても逃げては行かない。ただ湿った空気だけが、部屋の中に流れ込む。
忘れなければならない。菜摘は俺の姉でしかない。知っている。判っている。行き場のない恋慕の情は、渦巻く悪意に支配され。
ほおずきの灯に、照らされた。実を孕んだ、ほおずきに。




