7.逆鱗 (グロ注意)
10214文字 頑張った。
バトルシーンというよりは……
いつの間にかPV40000 ユニーク7000 お気に入り登録190件突破。読者の皆様ありがとうございます。
今回はあとがきに色々書いてありますのでぜひお読み下さい。
現在王宮の食堂には俺たちと王様、王子様の計7人+それぞれのお付のメイドさんがいる。
王様がリリーナ達に労いの言葉をかけて宴が始まった。
王宮で出された夕飯は極上という言葉が相応しい美味しいものだった。
だいたいね、なにこの食器。銀製?ウチには木製のものしかねえよ!このスプーン一本で1年間は働かなくていいだろう。
エリオットは食事に集中。マリンとリンネは2人で食事を楽しみながら談笑中。王子様はリリーナに積極的に話しかけているがリリーナはそんな王子をそっけない態度でかわしている。
そうなると必然的に俺の話相手は王様になる。最初は滅茶苦茶緊張したがもうある程度はなれた。
それに王様にもっと真影のことについて聞かれると思ったが王様は俺に食事を勧めたりと真影のことには一切触れない。俺は王様にかなり好感を持った。
「ハンクよ、このスープをもっと飲むがいい。我が王宮自慢の一品だ」
「あ、じゃあいただきます。……美味しい。美味しいですよ、このスープ!今まで食べたことがないです!!あの、もっといただいてもいいですか?」
「よいよい。どんどん食べるがいい。足りなくなったら余に言え。いくらでもシェフに作らせるからな」
「ありがとうございます!!」
この王様とってもいい人!
いやー、こんな豪華な食事を腹いっぱい食える日が来るとは。生きてて良かった~!!
王様もどんどん俺に食事を進めてくれるし本気で感謝だわ。こんな豪華な料理は二度と食べられないかもしれないからな。腹が破れてもいいから残さず食ってやるわ!!
吐きそうなほど食い過ぎたせいか、夕飯が終わると眠気と吐き気が同時に襲ってきた。うっ……き、気持ち悪い上に瞼が重い……。緊張とかで体調を崩したのかな?
「ハンク、大丈夫?顔色が悪い」
「ああ、何だか気持ち悪くて眠くてよ。はやく眠りたい」
「早く部屋に行って休んで。皆には私から言っておく」
「……じゃあ、そうさせてもらおうかな。おやすみ~」
滅茶苦茶ねみぃ。部屋にいってさっさと寝よう。気持ち悪いのも寝れば直るだろ。
×××
リリーナにとってハンクは全てだ。
彼のためなら全てを捨てられる。彼のためなら他人の人生を利用し、操り、その全てをハンクのために使わせることに躊躇いを覚えない。
だから彼女は想い人を傷つける人間を決して許さない。どこまでも、何年かかろうとも地獄の果てまで追い込み必ず報復を与える。
彼女は皆が思い描く人間全体のための『勇者』ではない。
たった1人のためだけの、最愛の人のためだけの勇者なのだ。
彼女は彼のためなら魔王にも勇者にもなれる。だから彼らの運命はハンクに手を出した時点で決まっていたのだろう。
リリーナは王に与えられた部屋でハンクのことを思いベッドに入る。
今日のハンクもかっこよかったな。ハンクの声が聞けて嬉しい。彼が生きているだけで幸せになれる。
彼の笑顔を思い浮かべながら眠ればきっといい夢が見れる。そう思って眠りに入ろうとするとノックの音が聞こえた。
「誰?」
「僕です。アルフォンスです。先生にお話したいことがあるんです。少しよろしいですか?」
リリーナは基本的に男が嫌いだが、仲がいい男にはそれなりに好意を抱くこともある(勿論ハンクとは比べられないが)。
ましてやアルフォンスはかつての教え子。彼と結婚する気はさらさらないが、ハンクを除いた男性の中でアルフォンスはかなり好感度が高い。
素っ気ない態度を取ることもあるが、それも彼女の愛情表現なのだ。
だから夜更けに女性の部屋に来るなど紳士にあるまじき行為をしても、追い返したりせず普通に応答する。
「アル?入っていいよ」
「いえ、その大切なお話があるので中庭まで来てほしいのです」
中庭に出ると夜空には無数の星が宝石のように輝いていた。この場所には自分達以外の気配は感じない。心地よい夜風が二人の間を通り抜ける。
「それで?私に何の用なの?」
リリーナが問いかけるとアルフォンスは緊張で顔を強張らせた。深呼吸をし、自らを落ち着かせた後、自らの想いを彼女に告げる。
「先生が勇者になる前にも言いましたが、もう一度言わせていただきます。……僕は先生のことが好きです。僕が王子でも、先生が勇者でもそんなことは関係ない。僕はひとりの男として先生のことを愛しているんです。だから僕と結婚してください」
アルフォンスの真剣な告白にリリーナは2年前のことを思い出した。
こうして彼にプロポーズされるのは2度目だ。あの時も彼は緊張で顔を強張らせながらとても真剣に自らの想いを素直な心で伝えてくれた。
女として男性にプロポーズされるのは嬉しいが、それでも彼女の答えは2年前と変わらない。
アルフォンスの告白が真剣だからこそ、リリーナも自分の想いを素直に語る。
「ありがとう、アル。あなたの気持ちはとても嬉しい。でもね、私はハンクのことがとても好きなの。彼のことを本気で愛しているの。だからあなたの気持ちは受け取れない。あなたの奥さんになることは出来ない」
「2年前と答えは変わりませんね。……どうして彼なんですか?自慢するつもりはありませんが、僕は王子です。いずれこの国の王となります。経済面でも身分的にもただの農民であるあの男より僕と結婚した方が先生もきっと幸せになれます。何より、僕はあの男より先生のことを愛している自信がある!!」
「……仮にアルがハンクより私のことを愛していても関係ないの。身分?経済面?そんなものは全然関係ない。私が世界で一番愛しているのはハンク・トマソンなの。アルは太陽がなくても生きられる?私にとってハンクは太陽なの。彼がいなければ生きていけないし、生きている必要もない。彼のことを心の底から愛しているの」
そう言ってリリーナは微笑んだ。アルフォンスが一度も見たことがない綺麗な笑顔で。
あまりにも美しい笑顔にアルフォンスは見とれてしまう。そして改めてリリーナにそんな笑顔をさせるハンクに嫉妬してしまう。
アルフォンスの知っているリリーナは滅多に表情を動かさない。2年間一緒にいたがこんな美しい笑顔を向けられたことは一度もない。
何故リリーナ先生の想い人が自分じゃないのか。何故先生は僕の愛に答えてくれないのか。
そんな疑問と黒い気持ちがふつふつと心を埋め尽くしていく。
「……それほどまでにあの男を愛しているのですか?」
「うん。私はハンクが大好き。彼のためなら何でも出来る」
純粋な瞳で断言するリリーナにアルフォンスは一時的にだが負けを認める。
「……ふぅ。先生、いやリリーナさん。僕はリリーナさんのことを諦めません。あなたを必ず振り向かせてみせる。……急いであの男の部屋に行ってください。今ならまだ間に合うかもしれない」
「? それはどういう意味?」
「王国の暗部は知っていますね?父上はあの男を『闇』に始末させるつもりです」
「!? ハンク!!」
リリーナが去った中庭でアルフォンスは無言で夜空を見上げる。そしてぽつりと呟く。
「父上、僕は実力でリリーナさんを振り向かせたいのです。あのような汚い方法でリリーナさんを僕のものにしても意味がない。悪く思わないでくださいね」
×××
ラレンヌ王国暗部第三暗殺部隊、通称『闇』。
同じラレンヌ王国の暗殺部隊である『黒』・『影』に並ぶラレンヌ王国の真の守護者。
彼らの仕事はただひとつ。王と国にとって邪魔者を消すこと。そのためには王族と宰相以外には存在を悟られてはいけない。
彼らは表の顔として別の役職を持っている。
ある者は文官、ある者は使用人、ある者は騎士団員。普段は表の顔を見せ、任務の時だけ裏の顔を見せる。そうやって誰にも悟られずに任務を達成し、国を守るのだ。
『闇』の隊長であるドラク・ドリィエはこの仕事と自らの地位に誇りを持っている。
清濁合わせ持たねば国は成立しない。ならば王のために、愛する祖国のために汚い部分を引き受ける自分達こそがこの国の守護者だ。彼ら暗殺部隊に所属するものは皆そのことを誇りに思っていた。
ドラク達『闇』が受けた任務はある男の尋問と暗殺。
数え切れないほど行っている簡単な任務だ。王からは噂に聞く伝説の暗殺者である"真影"が男を守っている可能性があると聞いているので装備は万全の準備し、全隊員を出撃させている。
王からは既にターゲットに睡眠薬を盛っていると聞いているから"真影"が邪魔をしなければ暗殺は簡単だ。騒がれる心配もない。
ターゲットがいる部屋に"真影"を警戒しながら入る。部下に目配せをして探知魔法をかけさせる。部下からの返答は反応なし。どうやら"真影"はこの部屋いないようだ。
ベットでぐっすりと眠るターゲットに近づく。
見ればまだ若い男だ。自分の半分も生きていないだろう。王からこの青年が暗殺される理由を聞いている。
ドラク個人としてはこの青年に同情する。
しかし、しかしだ。彼の愛する祖国を守るためにはどのような方法を用いてでも勇者を王家に取り入れる必要がある。
まだ確証は得られていないが、帝国と連合が近々手を結ぶという噂を聞いている。ならばなんとしても勇者を王家に取り入れ王国の力を絶対とする必要がある。
だからこの青年の死も王国のために必要なのだ。
ドラクは懐からナイフを取りだし刃をそっと青年の首に当てる。
首を切っても脳さえ無事ならいくらでも情報を引き出すことが出来る。
王国のために死んでくれ。そう願って青年の細い首を刃で切り裂こうとした時、突然悪寒が走った。
全身から冷や汗が出たのがわかった。生存本能を刺激されとっさに後ろに振り返る。
部屋の入り口にいたのは勇者だった。
この国に絶対的に必要な人材。魔王を倒した英雄。そして未来の王族。
王子が引き離しているはずの勇者が無表情で部屋の入り口に立っていた。目をこらすが勇者からは殺気も魔力も何も感じない。
先ほどの悪寒はなんだったのか?まさか本物の"真影"が来たのか?そう思い警戒心を高めると無表情で立っていた勇者が小さな声で呟いた。
「お前達が闇か?」
×××
彼女は静かに怒り狂っていた。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!
心が闇に染まる。頭の中が憎悪で一杯になる。思考の全てが愛しい人にナイフを向ける大罪人を殺せと命じてくる。
殺意の衝動に身を任せ全てを消したくなるが、彼女は理性を総動員して殺意を押さえる。
「貴殿が勇者だな?何故我々のことを知っている?……まあいい。いずれ貴殿も王族になるのだからな。貴殿の伴侶には個人的には同情するが国のために死んでもらう。任務の邪魔をしないでもらいたい」
彼女はドラクの言葉を無視して笑う。
暗く、殺意に染まった笑顔で。
お前達がいかに罪深いか、お前達がしようとしたことは大罪なんだということをわからせるために彼女は罪人共に罪を告げる。
その姿は羅刹のごとく。全身から殺気をみなぎらせ、裁きの剣をかまえ、無慈悲の判決を言い渡す。
「……お前達の罪は3つある。1つ、私のハンクを殺そうとしたこと。2つ、私とハンクを引き裂こうとしたこと。3つ、お前達が生きていること。お前達のような存在は、私とハンクを引き裂こうとする存在は生きているだけで大罪。判決は全員死刑」
彼女は理性をとっぱらい、殺意の衝動に身を任せ、ただ一言だけ罪人達に告げる。
「処刑を開始しよう」
羅刹の裁きが始まった。
ハンクを殺そうとした罪人達の数はざっと数えて20人。
リリーナは当然のごとく全員殺すつもりだが、一番最初に裁きを与えるのはハンクを殺そうとした暗殺者。
ただすぐには殺さない。こいつには最も重い罰を与える必要がある。まずは罪人の数を減らそう。
彼女は殺意に染まった頭でそう考え呪文を唱える。
【ダークヴィジョン】
本来は術者を中心に半径5メートル以内を暗闇に染める逃走用の下級魔術だが、リリーナが使えば半径100メートル以内を何も見えない漆黒に染めることが出来る。
突然の暗闇に驚く暗殺者達をよそに、彼女は闇にまぎれドラクの前に立ち剣を振るう。
最初に切り落としたのは右腕。次に切ったのは左腕。ドラクは両手を失ってようやく自らが斬られたことに気付く。
リリーナは何が起こったのかわからず呆然としているドラクを無表情で眺め再び剣を振るう。右足、ついで左足。ドラクは所詮だるまと言われる状態になる。
リリーナはドラクが失血死しないように切り落とした四肢の付け根に治癒魔法をかけ、四肢を失ったドラクの首を掴み囁きかける。
「部下が死んでいくのをハンクの隣でしっかりと見ていてね。暗闇でも見えるようにしてあげるから」
そう言うとリリーナはドラクの四肢を失った体を寝ているハンクの隣に置く。
ドラクの視界にはリリーナが部下に剣を振るうのが見えた。彼女は剣を振って部下の首を切断する。
そこでようやくドラクは自分達が勇者に襲撃されていることに気付いた。
ドラクは声を上げて部下に逃亡を促す。
「襲われているぞ!!俺はもうダメだ!!各員戦闘態勢にはいれ!!早くしろーーー!!」
「どうしたんですか!?隊長はどこに!?」
「隊長!?」
「この暗闇はいったい!?」
「早く探知魔法と解除魔法をかけろ!この暗闇を晴らせ!!早くしないと全員死ぬぞ!!」
リリーナは声をあげたドラクをわずらわしげに睨んだ後、混乱する暗殺者達に無言で近寄った。
そして近くにいた暗殺者の腹に魔力で強化した右手を突き刺し、生きたまま小腸を引きずり出す。
「うぎぎぎぎぎ……ぎゃっ!」
右手に掴んだ小腸を近くにいる暗殺者に投げつけて再び剣を一閃。裁きを与えられた罪人の体は細切れになる。
「何だ!?どうし……ギャアー!!」
「何が!?ウワァー!!」
声を上げたものから殺されていく。ある者は剣で首を切り裂かれ、ある者は素手で臓物を引きずり出される。闇の中で淡々と死体の山が出来上がっていく。血だまり地獄が広がっていく。
「解除魔法かけます!【ディ・スペル】」
そこでようやく暗闇がはれる。生き残っている暗殺者達は全員が全員心底恐怖することになった。
訓練によって暗殺部隊の隊員は全員恐怖を押し殺す術を知っている。死体をみることなど日常茶飯事だ。惨殺された死体など見慣れているし、自らがその死体を生みだしたことも数え切れないほどある。
敵や死体に恐怖するようでは暗殺部隊など務まらない。恐怖などという感情は暗殺者になった時点で忘れてしまったものだった。
しかし、暗殺者達は再び恐怖を思い出すことになる。
視界に入ったのは全身を血で真っ赤に染めた、ギラギラと殺意に満ちた目でこちらを睨みつけてくる化物。床に散らばる仲間達の肉片と血だまり。
一瞬で死を悟った。本能で目の前の存在が危険だということが理解出来た。忘れていた恐怖が甦り体が硬直してしまう。
その隙を見逃すリリーナではない。彼女は両手を暗殺者達に向け再び呪文を唱えた。
【エクスプロージョン】
ドラクの視界には生き残っていた部下の半分が爆発するのが見えた。
肉体がはじけ飛び、肉片が部屋中に広がり、血の雨が降り注ぐ。
エクスプロージョンの呪文ならドラクも知っているし使うことも出来る。ただ自分が知っているエクスプロージョンは単体を対象にした攻撃魔法のはずだ。
自分や宮廷魔道師の友人がエクスプロージョンを唱えても一度に複数を爆発させることは不可能だ。
だったら勇者が唱えたエクスプロージョンは何だと言うのか?
ドラクが考えている間にもリリーナは次々と死体を生み出していく。
彼女が剣を振れば部下の首が飛び、彼女が魔法を唱えれば血の雨が降り注ぐ。
無傷の部下がリリーナに向かって魔法とナイフで反撃する。
彼女は一言「ハンクに当たったらどうするつもり?」と呟き、ナイフを素手で受け止め投げ返し、魔法をより上位の魔法で術者ごと消滅させる。
いかに魔王を倒した勇者といえど、所詮は個人。数で攻めればどうとでもなるだろう。自分達暗殺部隊にかかれば勇者ですら無力化出来るだろう、何故なら自分達は国を守護する最強の暗殺者なのだから。
襲撃の前にはそう考えていた。個人が国に勝てるはずがないとそう思っていた。
だがドラクは自らの間違いを悟る。
目の前の勇者は単騎で国を滅ぼせる化物だ。もしかしたらこの勇者は魔王以上に『魔王』なのかもしれない。
自分達は、我らが王は龍の逆鱗に触れてしまったのだ。ドラクは四肢を失った体で部下が死んでいく光景を前に勇者と敵対したことを心の底から後悔した。
気がつけば20人いたはずの部下の数は4人にまで減っていた。
リリーナは虐殺を止めて笑顔を浮かべる。
その笑顔は端から見れば聖女と見間違うような慈愛に満ちた美しいものだったが、笑顔を向けられた暗殺部隊の者達には嗜虐心に満ちた魔王の笑顔に見えた。
暗殺部隊の者達は足が地面に縫い付けられたようにピクリとも動けない。
それが魔法によるものなのか、それとも恐怖によるものなのかも彼らにはもはや判断出来ない。
リリーナは生き残っている暗殺者達に優しげな声で問いかけた。
「おめでとう。生き残った貴方達はついている。これから質問するから正直に答えてね?」
暗殺者達は恐怖に染まった顔で何度も頷く。リリーナはそんな光景を満足げに眺め質問する。
「そこのあなた。貴方達はハンクに何をするつもりだったの?」
問いかけられた部下のことはドラクは良く知っている。
自分が『闇』の隊長に選ばれて以来常にドラクを支えてくれた右腕とも呼べる存在だ。
田舎には病気の妹がいて妹の治癒代を稼ぐために大金が稼げる暗殺者になったと言っていたのを覚えている。
「ほ、本物の真影の居場所を聞き出した後にしょ、処刑するつもりだった。し、しかたなかったんだ……ゆ、許してくれ……」
「だめ」
部下の首に剣が突き刺さる。床に血だまりが出来る。
「そこのあなた。どうやってハンクに尋問するつもりだったの?」
次に指名されたのは新入りだった。勤勉で、真面目で、誰よりも一生懸命に訓練するやつだった。近い内に自分を越えるかもしれない。
そう思わせるほどの逸材だった。
「いやだいやだ!たすけて下さい!!許してください!!お願いします!!お願いだから……」
「質問に答えないゴミクズはいらない」
首と胴体が別れる。血しぶきがドラクとハンクにかかる。
「そこのあなたが答えて?」
「ひっ!く、首をきった後、そ、その精神魔法を使って脳の中を覗くつもりでした」
答えたのは部下唯一の女性だった。
暗殺者になれば男女の差など関係ないが、それでも男ばかりの暗殺部隊の中で苦労したこともあるだろう。
女性だからと侮られないように、誰よりも負けん気が強い部下だった。母子家庭で親孝行がしたいと言っていたのを覚えている。
「私のハンクの脳を?お前も同じ目にあわせてあげる」
嫌な音と共に頭蓋骨から脳が引きずり出される。白目を向いて絶命する。
「最後のあなた。この脳を食べて?そうすればあなたの生存を考えてあげる」
「ほ、本当だな?これを食べれば見逃してくれるんだな!?」
「はやく食べなさい。死にたいの?」
泣きながら仲間の脳を食べているのは部下の中でもムードメーカーと呼べる存在だった。
酒癖が悪いところが欠点だが、空気を読むのが上手く、自然と信頼してしまうような独特の空気感を持っている部下だった。
来月には子供が生まれるといっていた。
「うっ!うぇ……!!っっっっっっっ!!!……た、食べたぞ!これでいいんだろう!?見逃してくれるんだろう!?」
「考えたけどやっぱり処刑」
部下の体が左右に別れた。
罪人達を排除したリリーナは散らばる肉片と血だまりを満足げに眺めた後笑い声をあげた。楽しそうに、嬉しそうに、自らの所業を誇るように大きな声で笑った。
ドラクはリリーナの笑い声を聞いて心底恐怖した。
何故この化物は笑っていられるのか。人間をゴミのように弄んで何も思わないのか。
暗殺を生業とする自分ですら仕事を終えた後に笑うことなんて出来ない。
それなのに何故笑うことが出来るのか。ドラクにはリリーナのことが欠片も理解できなかった。
「何故だ?何故笑うことが出来る!?俺の部下を……人間をゴミのように殺して何も思わないのか!?」
ドラクが聞くとリリーナは笑いを止めてドラクの顔を見る。そして誇らしげにドラクには理解出来ない言葉を告げる。
「思うこと?勿論ある。私は貴方達ゴミを排除できてとても嬉しい。とても誇らしい。だってそうでしょ?私とハンクを引き裂こうとする害虫を排除できたんですもの。貴方達害虫を排除することによって、寝ているとはいえハンクの目の前で私の愛を証明できたんですもの。これほど誇らしいことはないわ」
そういって笑う目の前の狂人を見てドラクは血の気が引くのを感じる。
どこからかカチカチという音が聞こえてきた。周囲を探り音の出所を探すが原因は見つからない。
しばらくしてようやく悟る。カチカチという音が自分の歯が小刻みに震えていることによって出ているということを。
「お、お前は何なんだ!?ゆ、勇者なんだろう!?正義の象徴のはずだ!!これじゃあ、まるでお前が倒した魔王みたいじゃないか……」
「……あなたは、ううん、貴方達は勘違いをしている。勇者は正義の象徴などではない。ただ人間の中から『世界』に選ばれただけ。そして同様に魔王も悪の象徴というわけではなく魔族の中から『世界』に選ばれただけ。魔族を率いている者が魔王な訳ではない。それに私は確かに魔王を倒したが、それは所詮偽者。自らを『魔王』と名乗る世界に選ばれなかった魔王を殺したに過ぎない。もし魔族を率いていたのが私と同様に選ばれた者だったら、魔族と人の戦争はまだ続いている。最強と最強がぶつかりあったら決着はそう簡単にはつかない。同時にそれは私達が無敵ではないという証拠になるんだけどね」
「それはどういう意味だ!?」
「これから死ぬあなたには関係ないでしょう?大丈夫。あなたの部下達の首とあなたの死体は私が王様の部屋に届けてあげる。だって貴方達は王様のためなら何でも出来るほど王様とこの国を愛しているんだものね。だから安心して。それじゃあ、私のハンクへの愛の証明のために死んで」
ドラクが最後に見たものは、自分の頭目掛けて化物が剣を振り下ろす光景だった。
ドラクを殺したリリーナはベッドでぐっすりと眠る血まみれのハンクを優しげな顔で眺める。
「ごめんね、ハンク。害虫の体液が一杯ついちゃったね。怪我はないよね?今綺麗にするから」
【精霊よ、血と肉片を集めて】
リリーナが命令するとハンクから汚れが消えていく。部屋中にある血だまりが、細切れの肉片が彼女の右手に集まっていく。
「うん、綺麗になった。これで誰もこの部屋で戦闘があったなんて気付かない。直接精霊に命令できるのは世界に選ばれた者の特権なんだよ。便利だよね」
そう言うとリリーナは綺麗になったハンクの唇にそっとキスをする。
「危険な目にあわせてごめんね。ここまで強引な手段に出るとは思わなかった。もう絶対にハンクを危険な目に合わせないから。あのクソジジイも今すぐ殺したいけど、まだ殺せない。でも報復はするから」
彼女は最愛の人に笑いかける。優しげで、天使のような、とても慈愛に満ちた笑顔で。
「おやすみ、ハンク。いい夢を見てね」
×××
変な臭いで目を覚ます。
何この臭い?何か……腐敗物?とかそういう系。それと……鉄?他にも異臭が酷い。
寝る前はこんな臭いしなかったよな。
俺、寝ゲロでもしちゃったんだろうか。
何か肌がべたつくし、頭痛いし。それに悪夢を見たような気がする。昨日食いすぎちゃったからなあ。
そう思いながら部屋を出ると王宮の様子が騒がしい。兵士や文官達が忙しなく廊下を走っている。
廊下にいたメイドさんに何があったのかと聞いてもお茶を濁して答えてくれない。不審に思いながらも昨日食事をした食堂にいくとリリーナ達は既に席についていた。
「みんなおはよう」
「おはよう、ハンク」
「おう!おはよう!!」
「おっはよ~!」
「おはようございます」
挨拶をした後席に座って朝食を食べ始める。
昨日夕飯を食べた時も思ったが、王宮の食事を俺の想像を超える豪華さだった。
一食で俺の月収を超えることを思うと物悲しい気持ちになるが、今はそのことを頭の隅に追い込み素直に食事を楽しむことにしよう。
食事を楽しんでいると王様達がいないことに気付く。何でいないんだろう?王様達は別の場所で食べているのかな。皆に聞いてみるか。
「なあなあ、何で王様達がいないんだ?俺達とは別の場所で食べているとか?」
「……王様達は用があってまだ朝食を食べていない」
「用?用ってなんだ?」
「小耳に挟んだんだけど、王様の部屋に不審物が置かれていたらしい。王様達は不審物の処理で忙しい」
「不審物?へぇ~、それで王宮が騒がしいのか」
リリーナの言葉に納得していると、リリーナの手に黒いシミのようなものがあるのに気付いた。何のシミだ?リリーナはあんなところに黒子なんかなかったよな?
「リリーナ、手のところに黒いシミがついているぞ。何のシミだ?」
「どれ?……ああ、これなら多分トマトソースのシミ。昨日のが手についてしまったと思う」
「昨日?夕飯にトマトソースなんか出たか?」
「私が昨日の夜に自分で作った」
「へー。トマトソースなんか作れたんだ」
「旅の間にも定期的に作っていた。昨日の夜に血のように赤いトマトが収穫できたの。王様にもおすそ分けしてあげた」
「そうなんだ。今度俺にも作ってくれよ」
「まかせて」
ニヤリと笑ったリリーナの笑顔に何故か寒気を感じた。
作者が作品の突っ込みどころを解説という名のいいわけで説明します。
Q1.ハンクの部屋に暗殺者が20人以上も入れたの?
A1.入れたんです。王宮だからきっとスッゴク広かったんです。
Q2.暗殺者なのになんで暗闇になったぐらいで驚いたの?
A2.ドラクさん達というより人間にとって勇者は正義の象徴。だから自分達を勇者が殺しにくるなんて想像もしていなかったんですね。当然、アルフォンスもリリーナがドラクさんを殺すなんて想像もしていません。せいぜい撃退される程度だろうと思っています。だから突然の暗闇も勇者の魔法ではなく第三者(真影)の魔法だって勘違いしてリリーナから警戒を外してしまったんです。その結果があれです。
Q3.リリーナ強すぎじゃね?
A3.あの戦闘は暗闇にまぎれた奇襲だから虐殺になったんです。しかもいきなり指令塔を失っているわけですから、闇の皆様は暗闇とトップの消失という突然の事態で混乱してしまったわけです。だから一方的な虐殺になったんです。ドラクさんが健在でリリーナが彼らと正面から戦えば、あんな虐殺みたいな結果になりません。勿論、リリーナさんの勝ちですが。
Q4.なんで素直に脳みそ食べたの?普通躊躇しない?
A4.彼は生まれてくる子供のために死ぬわけにはいきませんでした。生き残る方法があるなら何でもします。
Q5.あんな虐殺があったらハンク普通は起きるんじゃない?爆発とかの音もすごそうだし。
A5.ハンクさんは睡眠薬がたっぷりと入った食事を胃がはちきれるほど食べてます。だから薬がよく効いていてぐっすりだったんです。何があろうと絶対に起きない深い眠りに入っていたのです。
ちなみに彼らの死体とか肉片はリリーナが王様の部屋に運んでおきました。彼らの死体は王様のベッドを囲むようにおいてあります。部屋は当然血みどろです。




