3.妻の選択。俺の選択。
重い!愛が重すぎるよ、リリーナさん!!
昔から盲目的に俺を愛するリリーナではあったけどここまでの思いだなんて……
想像の斜め上過ぎるわ!!ええい、頭が混乱してきたぞ……
「ええと、リリーナがいかに俺を愛しているかってことはわかった。正直ドン引きだけど、痛いほど伝わった。それで?そこに何で"真影"が絡んでくるんだ?」
「"勇者"と"農民"では不釣り合いだと周囲が納得しない。でも"勇者"と"魔王討伐の英雄"なら誰もが納得する。ましてや"真影"は勇者パーティの切り札的存在。一番頼りになる仲間。そんな存在と一緒に旅をしていた勇者がお互いに惹かれ合ってもおかしくはないでしょ?ラレンヌ王国の連中は内心は不満に思うだろうけど、表立ってその不満を表すことは出来ない。なにせ相手は魔王討伐の英雄。名実共に王家以上の力を持つことになる。それに"勇者"と"魔王討伐の英雄"の結婚は多くの民衆にとって歓迎すべきこと。一旦世論がそっちの方向に傾いたら、いかに王家だろうとそう簡単には口出し出来ない。だから私は"真影"という架空の存在を作りだすことにした。ねえ、ハンク。魔王討伐の旅で私が一番苦労したことは何だと思う?」
「え?そりゃ、魔物との戦闘とかじゃないか?」
「違う。全然違う。私にとって魔物の討伐は赤子の手をひねるようなもの。私がこの旅で一番苦労したことはね、"真影"という架空の存在を世界中の人間に"確かに存在する"と認識させること。これが一番苦労した。まず私は一緒に旅をする人間、つまりはエリオット達を騙すことにした。エリオット達には旅立つ前に『私にしか姿を見せない暗殺者の仲間が旅に付いてきている』とあらかじめ言っておいた。最初のころは3人共私の言葉を疑っていた。もうひとりの仲間は存在しないんじゃないかと疑っていた。でもね、私はたった2つの魔法を使うことによって3人に、もうひとりの存在を信じこませたの。使う魔法はこの2つ。ひとつは【ダブルアバター】。本来は敵を撹乱する魔法で、その効果は自分そっくりの分身を作りだす魔法。もうひとつは【スケルトンスルー】。これも撹乱用の魔法で姿を見えなくする単純な魔法」
「方法は簡単。まずはモンスターとの戦闘でわざとピンチに陥るの。それで崖とかに追い込まれたら、仲間達にばれないように【ダブルアバター】で分身を作る。その後は【スケルトンスルー】で姿を消したままモンスターを私が殲滅。最後に分身を消して私はこう言うだけで良かった、『暗殺者が助けてくれたんだわ』ってね。最初の方は3人共疑ってたけど、2回、3回とこれを繰り返す内に仲間達は"真影"の存在を信じた。彼らの中に『普段は姿を見せないけど、ピンチには頼りになる最強の暗殺者』を私が作りだした。仲間達が信じたら後はさらに簡単になった。私達は勇者パーティとして各地を回った。ラレンヌ王国だけじゃない。帝国や連合国、神法山やエルフの里。宿屋やお城に泊まる時、旅の話をするときは必ずパーティの話になる。私は何もしないで良かった。"真影"の存在を信じた仲間達が勝手に周囲に"真影"の存在を広めてくれる。噂は拡大して広がるもの。最初は『姿を見せないけど仲間達のピンチにはその力を発揮する強い暗殺者』がいつしか『勇者以外には姿を見せない、昔から存在する史上最強の伝説の暗殺者』として世界中に広がった。"真影"なんて称号も勝手に作られた。今では世界中の人間が"真影"の存在を信じている。実はね、エリオット達には魔王討伐の後に"真影"の名前を教えておいたの。『"真影"の名前はハンク・トマソン』だってね。勇者しか"真影"の正体を知らない。逆に言えば、私が"真影"だと認めれば誰でも"真影"になれる。後はハンクが『自分は"真影"だ』と名乗り出れば貴方は"魔王討伐の英雄"という身分が手に入る」
「ええと、何か?つまりは……俺に勇者に相応しいだけの身分を用意するために"真影"という存在を作り出したってことか?」
「その通り!」
グッと親指を立ててドヤ顔をするリリーナ。
その姿は可愛い。確かに可愛いんだけど……
無茶苦茶過ぎるだろ!!俺だけのためにひとりの人間を作り出したって!?どれだけ無茶苦茶なんだよ!?
「いやいやいや!!俺が伝説の暗殺者だって?ムリムリムリ!!だって俺だよ?魔法だって使えないし、暗殺どころか剣も握ったことねえよ!!しかも虚弱体質だからほとんどの奴に負けちゃうよ!?だいたい『俺が真影です』って言っても誰も信じねえよ!!だって俺、ずっと家にいたんだもん!!」
「その点は大丈夫。ハンクは虚弱体質で直射日光に3時間以上当たると具合が悪くなる。つまりは1日3時間以上は外に出て働いていない。しかも村の中でも無視されているからハンクの目撃証言も少ない。第一、極少数の人間が戯言を吐こうと大勢の人間が信じていることが真実となる。ハンクが"真影"になることには何の問題も生じない。私の計画に狂いはない」
「だからどうやって大勢の人間に信じさせるんだよ!?」
「それも大丈夫。私が用意しなくても向こうが勝手に発表の場を用意してくれた。……私がここに帰ってきたのはハンクに会うため。それともうひとつ目的がある」
おいおいおい!!俺の嫁さんはこれ以上何をしようってんだよ!?
発表の場を向こうが用意した?……リリーナは何をするつもりなんだ!?
うん?発表の場?大勢が集まる……ってまさか!?
「気付いた?そう、凱旋パレードで貴方という存在を発表する。『"真影"の正体はハンク・トマソンで、勇者であるリリーナ・トマソンの夫である』という事実を公表する。多くの国民はそのことを歓迎し、事実として認識する。そうなれば後は簡単。王家の人間は絶対に口出し出来ない。なぜなら私とハンクを無理矢理別れさせれば反乱が起きるから。私が起こさせる。私は勇者としても"真影"としても世界中で善行を行った。命を救った数も数え切れないぐらい。だから私にも"真影"にも信者と呼ぶべき存在がたくさんいる。その人達が絶対に黙っていないわ。私がそう仕向けた。後は何もしないでも私とハンクは幸せに暮らす事が出来る。富も名誉も思うがまま。それが私が考えた計画。誰も傷つかない、安全でリスクが少ない最善の策なの」
こ、こいつ、外堀を完璧に埋めてやがる!
確かに凱旋パレードで、しかも勇者直々に発表すれば多くの人間が信じるだろう。
そうなれば人口50人未満の村の田舎者が何を言うと皆信じない。王家の人間だって何も言えなくなるだろう。
リリーナの言う通りこれが最善の策なのか?いやいや、でもなあ……
「なあ、リリーナ。やっぱり無理だよ。俺はただの農民。そんな伝説の暗殺者なんて存在じゃない。それにそんな多くの人間を騙しきる自信は俺にないよ。王家からの使者だって俺がずっと家にいたことを知っている。……俺はリリーナの知っての通り、喧嘩すらしたことがない弱い男だ。"真影"なんて大層な存在じゃない。別の方法を一緒に考えよう?」
「使者の件なら大丈夫。確かに王家の人間は使者を通してハンクがずっと家にいたことを知っているかもしれない。でもね、民衆は『魔王を倒した世界の英雄』と『勇者に任せるだけで魔王に対して何もしなかった王家』のどっちを信じると思う?……ハンクは別の方法って言うけど、これ以上最善の策がハンクにはあるの?」
「それはっ!……今は思いつかないけど」
それからリリーナは俺に語りかけるように質問をした。
「ねえ、ハンク。貴方は私のことを愛している?ずっと一緒にいたいと思ってくれてる?」
「当たり前だろう!!俺はリリーナのことを愛している!!ずっと一緒にいたいさ!!……でもな、想いあっててもどうしようもないことがあるんだよ」
俺の言葉を聞くとリリーナの瞳がドロドロに濁った。
この濁りは覚えがある。逆プロポーズとリリーナが王都に行く事になった日と同じ目だ。
こうなったリリ-ナは俺の予想以上の行動をとる。
「だったら、私を愛しているなら選んで?"真影"となって私と順風満帆に暮らすかどうか。ハンクが"真影"にならないんなら、私は最終手段を取る必要がある」
「……最終手段って?」
「決まっている。私達の結婚に反対する人間をひとり残らず皆殺しにすること。本当はこれが一番手っ取り早くて簡単な手段。私ならそれが出来る。これを最終手段にしたのは貴方が嫌がるだろうと思ったから。貴方が"真影"を選ばないのなら、私は躊躇なくこれを実行する。大丈夫。凱旋パレードで『俺の強さは勇者のためだけに発揮される。今日を機に暗殺者を引退して二度と戦わない』とでも言えばハンクが戦えないということはばれない。貴方が"真影"になる準備は私が完璧に整えた。後はハンクが選ぶだけ」
~ ~ っ!!
どうすればいいんだよ。俺が断ればジェノサイド。俺が"真影"になれば丸く収まるってこともわかっているんだよ。
それに……こんな物騒なことを言っているリリーナだけど、その本心は誰よりも近くにいた俺が一番よくわかっているんだ。
こいつは必至なんだ。俺のことが大好きで、このままでは俺に捨てられるかしれないと不安に思っている。俺に一番迷惑をかけない方法を思いつき、お膳立てを全て整えた。
リリーナは何があろうと俺と一緒にいる覚悟を決めた。後は俺が覚悟を決めるだけなんだ。
「ねえ、ハンク。選んで?……お願い」
「~~~~っ!!!!!!あ~~~!!!!!!………はぁ。負けたよ。もう覚悟を決めた。そうだよな、俺達は夫婦なんだよな。お前は俺のために色々とやってくれた。夫ならそれに答えなきゃな。……いいよ。お前とずっと一緒にいられるなら、英雄だろうと暗殺者だろうと何にでもなってやる。だって、俺もお前を愛しているんだから」
「ごめんね、ハンク……」
「ばっか。俺達は夫婦だろ?謝る必要なんかどこにもない。そういう時は別の言葉が欲しいな」
俺がそういうとリリーナはニッコリと笑った。俺がリリーナの一番大好きな表情で、とても幸せそうに笑ったのだ。
「ありがとう、ハンク!世界で一番貴方のことを愛している!!」
ああ、俺もだよ。無茶苦茶で、理不尽で、時々恐怖を感じることもあるけど……やっぱり俺はこいつを愛しているんだろうなあ。




