11.やるべきことはただ二つ
お待たせしてすみませんでした!
『……なさい』
うん?なんか呼ばれたような……
『……きなさい』
誰かが俺を呼んでいる?……まあ俺を呼ぶ人間なんて一人しかしないか。
『起きなさい』
まだ眠いから寝たいんだよ。お願いだからもう少し寝かせてくれよ、リリーナ……
「起きろつってんだろうがあああああああああああ!!!」
「うっひゃあああああああああああ!?」
突然の大声に生まれてから一度も出したことがないような悲鳴を上げてしまう。続いて額がじんじんと痛みだす。
一体何が起きたんだ!?敵襲か!?それともついにリリーナがドメスティックバイオレンスに手を出し始めたのか!?
俺はどちらかというとMよりだから少しぐらいの暴力は大目に見るが、あんまり激しいのだと虚弱体質の俺は死んでしまうぞ。
何故リリーナがドメスティックバイオレンスに手を出すほど怒っているのかわからないけど、命を確保するためにもここは全力で謝っておこう。
「リリーナ様!どうもすみませんでしたああああ!!!」
痛む額に鞭を打って寝起き土下座を華麗に決めると、頭上から呆れたような溜息が聞こえてきた。
「何を寝ぼけておるのじゃ!しっかり起きなさい!!」
「へ?」
よく聞けば耳に入る声はリリーナの美声とは似ても似つかないしわがれ声。恐る恐る顔を上げると、そこには杖を持った見知らぬ爺さんがいた。
見た目は60歳ぐらいで、ゆったりとした真っ白なロープをまとい、顎からは腹まである長く真っ白な髭が生えている。頭頂部は太陽と見間違えるほどのつるっぱげで、俺は瞬時に"太陽じじい"というあだ名を思い付いた。
さて、ピッタリのあだ名を思い付いたのはいいのだけど、この太陽じじいは誰なのだろうか。杖を持っている所を見ると、どうも俺は太陽じじいに額を杖で殴られたっぽい。
俺は何故見知らぬじじいから殴られなければいけないのだろうか。というか、マジでこのじじいは誰なんだよ。
「……あの、どちらさまで?」
俺がそう聞くと、太陽じじいは質問に答えてはくれず逆に質問してきた。
「君は何故ここにいるのかわかるかね?倒れる前の記憶はあるか?」
倒れる前の記憶?え~と、確か王子様に誘われて商店街に行くことになって、そこでリトナちゃんと出会って……って、ああああああああああああああああ!!!!!!!
「リ、リリーナは!?俺、リリーナに謝らなきゃいけないんだ!!」
「ひとまずは落ち着きなさい」
「いや落ち着いている場合じゃないから!!リリーナはどこにいるんだ!?お願いだから教えてくれよ、太陽じじい!!」
「誰が太陽じじいだ!!!」
思いっきり杖で頭を叩かれた。ガチで痛い!!
この太陽じじい、じじいの癖にめっちゃ力が強い。多分俺より力があるぞ。
「え、えっとおじいさま?リリーナの居場所を知っていたら教えていただけませんか?」
情けないということなかれ。小市民である俺は暴力にはとことん弱いのだ。
「はぁ……まずは自己紹介から始めるとしようか。わしはサンシャイン・ファル・アマーリンという者じゃ。この城で宮廷魔術師を務めている。そして君の奥方であるリリーナの魔法の師匠でもあるかの」
サンシャイン?やっぱり太陽じじいじゃないか。ってリリーナの魔法の師匠!?
「あ、これはどうもご丁寧に。俺はハンク・トマソンといいます。えっと、いつも妻がお世話になっています?」
親がいなかったからな。こういう時はどういう風に挨拶をしていいのかわからん。
俺が挨拶をすると、太陽じじいはニヤニヤ笑いを浮かべながら俺を見た。
「ほほう。噂に聞く真影殿は随分と丁寧な男なのじゃな。暗殺者であるというのに、こうもあっさりと名乗るとは」
げぇ!!真影の演技についてはさっぱりと忘れてたぜ!どうする?どうすればいいんだ!?
今更態度を変えるのも変だし、勢いで誤魔化すしかない!!
「これは、その、俺が持つ千の顔の一つでしてね!!暗殺者だと疑われないために普段からこういう丁寧な口調の演技をしているんですよ!!!」
ダメだ!寝起きだから頭が全然働かない!!
俺の勢いだけの言い訳を聞くと、太陽じじいは呆れを通りこして哀れみの目で俺を見た。
「お主……この先も"真影"の演技を続けるつもりなら、もう少し頭の回転を速くしなければいかんぞ」
いや、それは寝起きだからであって、普段はもう少し上手く言い訳出来るんですよ?……って今この太陽じじい、演技って……
「演技も何も俺こそが真影であって、別に演技をしてなんか……」
「そう誤魔化さんでもよい。わしは全部知っておるからの」
全部知っている!?確か太陽じじいは宮廷魔術師って言っていたよな。
てことは王様達の味方。つまり王様も全部知っているってことか!?
やばいよ、これ!絶対処刑ルートじゃん!俺の未来は真っ暗じゃん!!
そもそも俺がただの農民だって知っているなら、宮廷魔術師なんて偉い人間が俺に会いにくるはずがないんだよな。
つまりこの太陽じじいは俺を処刑するためにやってきたのか。ああ、最悪だ!!せめて最後にリリーナに会って謝りたかった……
「そんなに暗い顔をせんでも大丈夫じゃよ。全部知っているのはわしだけじゃ。王様達は何も知らん」
え?処刑ルートじゃないの?俺助かるの?
「えっと、じゃあなんでアマーリンさんは俺の事情を知っているんですか?」
「サンシャインで構わんよ。わしが君の事情を知っている理由は簡単じゃ。リリーナに全部聞いたんじゃよ」
「リリーナに?」
「さよう。ふむ……あまり時間はないのじゃが、起きたばかりで君も色々と混乱しているじゃろう。君が倒れてから起きたことを説明してあげるからよく聞きなさい」
×××
太陽じじいことサンシャインさんから聞いた内容はそれは衝撃的なものだった。
「えっと、それはつまり王子様は俺が真影の偽物だって気付いたってことですか?」
「さよう。王子はわしほど詳しい事情を知ってる訳ではないが、君が倒れたことによって偽物だと確信されたようだ。まあ、そもそも存在しない"真影"に偽物も本物もないのじゃがな」
「でも、さっき王様は知らないって……」
やっぱり太陽じじいは俺の処刑人だったのか?太陽じじいは嘘つきだったの?
「王様は何もご存じないよ。王子は君が真影ではないという情報を誰にも話していない」
「じゃあ王子様がリリーナに婚約を申し込んだというのは……」
「君の想像通りじゃよ。王子は君が真影ではないという情報を黙っている代わりに、リリーナにパレードの場で自分との結婚を発表するように迫った。そしてリリーナはその要求を受け入れたよ」
「受け入れた!?何で……!?」
「理由は君もよく知っていると思うが?」
理由って……リトナちゃんのことか?だってあれは、全然そんなつもりじゃなくて、俺は……
「お、俺は……リリーナに愛想をつかされたってことですか?」
思い返してみれば俺はリリーナに何かを貰うばかりで、何も与えることが出来なかった。
リトナちゃんとは何もなかったとはいえ、あいつを傷つけてしまったのは確かだ。それだったらあいつに愛想を尽かされるのもしょうがないのかもな……
「いやいや、違うよ。リリーナは今も深く君のことを愛しておる。だからこそ彼女は王子の婚約を受け入れたのじゃよ」
「それは……どういう意味ですか?」
サンシャインさんは俺の質問には答えず、またもや逆に質問をしてきた。
「君は自分がリリーナに愛されていることを知っているかね?」
「そりゃあ、知っていますけど……」
ええ、痛いほど知っていますとも。浮気をしたら玉と棒を切ると宣言されるぐらいにね。
「リリーナは強い。その戦闘力は間違いなく人類の中でもナンバー1じゃろう。じゃがリリーナがそれほどの強さを誇るのには理由がある。その理由こそがハンク・トマソン、君じゃよ」
「俺……ですか?」
「さよう。リリーナにとって君は、法であり、世界でもあり、神でもあるんじゃ。いってしまえば彼女はハンク・トマソン教の狂信者だともいえるじゃろう。君という信仰の対象がいるからこそ彼女は無類の強さを誇る。君がいるからこそ彼女は決して折れることがない。だからこそ彼女は世界最強でいられるのじゃ」
信仰対象……そこまで行き過ぎているとは思わないが、少しだけ思い当たることはあるかもしれない。
「……あいつが俺はいるから強いというのはわかりました。でもそれと王子の婚約を受け入れるのにはどういう関係が……」
「あの子は頭もいい。自分の"勇者"という肩書が君のことを傷つけることになるのを理解している。君が望む平穏な生活を送らせてあげることが出来ないということがわかってしまっている。だからこそ君が自分以外の女性といる姿を見て思ったんじゃろう。『自分はこのまま身をひいた方がいいのではなだろうか』とな」
「リリーナがですか?俺は浮気をしたら玉と棒を切るって宣言されているんですけど?」
自分でいうのもアレだが、リリーナの俺に対する独占欲は常軌を逸している。そんなあいつが身をひこうなんて考えるのだろうか。
俺がそういうとサンシャインさんは哀れみの感情をその顔に浮かべた。
「言ったじゃろう。あの子にとって君は神様なのじゃよ。あの子に君を傷つけることは絶対に出来ない。それほど強い言葉で脅すのは、自分から絶対に離れないで欲しいという願望の裏返しなのじゃよ。あの子はいわゆる普通の生活を君に送らせてあげることが出来る女性にコンプレックスを持っておる。自分ではどうあがいても普通の生活を君にあげることが不可能だとわかっておるからの」
コンプレックス……!全然気づかなかった。
「あの子は王子の要求を受け入れる代わりに二つの条件をだした。一つは生活するのに一生困らないだけの金を君に渡すこと。二つ目は君に決して手を出さず、平穏の生活を送らせてあげること。王子はこの二つの条件を受け入れたよ。あの子がわしに自分の計画を話したのも君を守るためじゃよ。あの子はわしに君を守るよう要求してきた。わかるか?あの子の行動は全て君のためなのじゃ。あの子は君のためなら自分ですら犠牲に出来る」
そ、そんな。あいつがそこまで俺のことを思っていてくれたなんて……!!それなのに俺はかわいい女の子に言い寄られて浮かれてばかりで、あいつのことを傷つけてしまった……!!
クソッ!何であの時に俺は!!
「さて、ハンク君。君には二つの選択肢がある。一つはこのままリリーナを諦めてこの城を去ること。その場合は君は一生を不自由なく過ごせるだけの金と共に平穏な生活を手に入れることが出来るじゃろう。もう一つの選択肢は故郷と平穏を捨ててリリーナを選ぶこと。その場合は、君はリリーナを手に入れることが出来るじゃろうが、もうこの国にはいられなくなる。何せ王族を敵に回すわけじゃからの。この選択は君の一生を左右する選択じゃ。よく考えて選びなさい」
よく考えて選べって……そんなことは考えるまでもない。
あいつは無条件で俺の傍にいてくれるものだと勝手に思ってた。そんな思い上がりで俺はリリーナを傷つけてしまったというのに、あいつは自分の幸せを諦めてまでこんな俺のために自分を犠牲にしようとしている。
あいつが自分の傍からいなくるかもしれないって聞いて、俺はショックを受けた。あいつがどれほど自分にとって大切なのか気付かされた。
リリーナが俺の傍にいてくれるなら、国だろうが平穏だろうが何だって捨ててやるよ!
「サンシャインさん。俺はリリーナに会わなければいけません。あいつの居場所を教えてくれませんか?」
「リリーナを選ぶというのか?その道の先は困難ばかりだとしても?」
「たとえ困難ばかりだとしても俺があいつの傍にいたいんですよ。あいつに俺が必要かはわかりませんが、俺にはあいつが絶対に必要なんです。それに……リリーナなら例え道の先に困難があったとしても力づくでぶち壊してくれるでしょう?」
照れ隠しをこめて茶化しながらそう言うと、サンシャインさんはニッコリと笑った。
「そうじゃな。君と一緒ならばあの子は誰にも負けないじゃろう」
「でしょう?それよりもほら。早くリリーナの居場所を教えてくださいよ。凱旋パレードが始める前にあいつと仲直りしなくちゃいけないんで」
「残念ながらそれは無理じゃの」
ええ~!?今はサンシャインさんが俺にリリーナの居場所を教えて仲直りしてハッピーエンドって流れだろうが!!空気読めよ、太陽じじいが!!
「ああ、誤解するな。リリーナの居場所を教えるのは構わんが、君がパレードが始まる前にリリーナと仲直りするのが無理じゃと言ったんじゃよ。何せ凱旋パレードはもう始まっておるからの。ほれ、そこの窓から外を見てみなさい」
「何~!?」
慌てて窓を除くとそこには多くの人が集まっていた。大量の群集が両脇に立ち並ぶ大通りで歩みを進めているのは四人の男女。
一人は、その剣技は万の軍勢に匹敵すると謳われる"剣王"の称号を持つ大剣豪。
一人は、魔術を極めた真なる天才。"魔女王"の称号を持つ才女。
一人は、その治癒術で多くの人を救った"聖女"の称号を持つ大僧侶。
そして最後の一人は、魔王を倒した最強の人間。その力は神にも匹敵し、現人神とも称えられる"勇者"と呼ばれる少女がいた。
さっきからなんか騒がしいと思っていたら、もうパレード始まってんじゃねえか!!え?なにこれ?何で凱旋パレードが始まってんの!?
「お主は丸一日寝ておったんじゃよ。凱旋パレードはとっくに始まっておる。じゃから君が凱旋パレードの前にリリーナと仲直りするのは不可能なのじゃよ」
「不可能なのじゃよ、じゃねえよ!!おい、これどうするんだ!?」
もう手遅れってこと!?太陽じじいがの言葉は俺を応援する言葉に見せかけて、実はいやがらせだったの!?
「まあ落ち着きなさい。今あの大通りを歩く英雄達は、王城を目指して歩いておる。そこで待っているのは王族達。おそらく王子はそこでリリーナとの婚約を発表するつもりじゃろう」
「そんな……!?くそっ……!」
すぐに部屋から出てリリーナの元まで走ろうとしたが、サンシャインさんに止められた。
「待ちなさい。ここから走ったのでは絶対に間に合わないし、王城の周りにはたくさんの兵士達が待機しておる。非力な君ではたとえ間に合ったとしても、パレードに乱入するのは不可能じゃよ」
「……っ!!だとしても、ここでじっとしているよりはマシです!!俺はここで動かなければ、もう二度とあいつに顔向けできない!!」
「若者はせっかちでいかん。何故わしがここに残ってわざわざ君に説明したと思う?」
「え?それは……嫌がらせ?」
「このバカモンが!!」
杖で殴られた。太陽じじいマジパワフル。
「はぁ。わしが魔法で君を王城まで送ってやろう。そこで王子に代わって君がリリーナに告白するのじゃ。名付けて『プロポーズ乗っ取り大作戦』じゃ!!」
太陽じじい……!!疑ってごめんよ!あなたを疑った俺がバカでした!!あと、そのネーミングセンスはちょっとどうかと思うよ?殴られるから口には出さないけど。
サンシャインさんの申し出は大変ありがたい。でも何故彼はここまで俺達に協力してくれるのだろうか。
「あの、サンシャインさんは何で俺に協力してくれるですか?この国のためを思えば、リリーナと王子様が結婚した方が良いと思うんですけど」
俺がそう聞くとサンシャインさんは優しい笑みを浮かべた。
「わしは確かにこの国に栄えてほしいと思っておる。じゃが、それ以上にリリーナには幸せになって欲しいと思っておるのじゃよ」
その笑みは祖父が孫に向ける優しいもので、多分サンシャインさんにとってリリーナは弟子であると同時に孫のような存在なのだろう。
「あともう一つだけ聞きたいんですけど……俺ってリリーナになんて声をかければいいんですかね?」
何せリリーナとこんな風にすれ違ったのは初めての経験なのだ。上手いこと『プロポーズ乗っ取り大作戦』とやらが成功したとしても、リリーナになんて言ったらいいのか全然わからない。
「なんじゃそんなことか」
サンシャインさんは得意げな顔になって、俺に教えてくれた。
「男が自分のパートナーを怒らせた時にすることはたった二つ。まずは謝ること。そして自分の気持ちを素直に伝えることじゃよ」




