10.彼女の涙と宣戦布告
後書きになんとなく思い浮かんだファンタジーものの一話を載せておきます。大体4000文字ぐらいです。
嫁勇の投稿が遅いお詫びです。
後書きのものについても嫁勇についてでも感想をいただけるとありがたいです。
「え?え?何でリトナちゃんがここにいるの?リリーナはどこに行った!?」
「何を言っているんですかハンクさん?私の手をギュッと握って強引に連れ出したのはハンクさんじゃないですか。ハンクさんったらあんなに強引に私を連れ出すなんて……。そんなに私と二人きりになりたかったんですか?」
え、え~!?何を言っているのこの子は!?俺をここまで連れ出したのはあなたじゃないですか。俺にはあなたを連れ出した覚えなどありませんよ!?リリーナがすぐそばにいるのにそんな愚行を俺がするはずがない。
「リトナちゃんが俺をここまで連れてきたんでしょ!?」
「も~、ハンクさんったら照れちゃって!大丈夫。私はハンクさんの気持ちは全部わかっています!!」
俺の気持ちを何一つ理解していないリトナちゃんは頬を赤らめながら俺に近づきその柔らかい体を俺に密着させる。
「これから……どうします?」
「どうするって……?」
彼女の白魚のような白く美しい指が俺の薄い胸板に円を書くように這いずり回る。
「私……良い場所知っているんです。これからイきません?」
「イくって……そ、その、どこに?」
「わかっているくせに。それとも私に言わせたいんですか?ハンクさんのエッチ」
そう言ったリトナちゃんは俺の耳にふーっと天使の吐息を吹き掛ける。
俺の体がブルっと震えて硬直してしまう。その間にもリトナちゃんの指は上半身から下半身へとゆっくりと移動している。
……もういいよね?俺これ以上我慢しなくていいよね?
だってこんなご馳走がどうぞ食べて下さいとばかりに俺を誘っているんだよ?
ここでいかなかったら男がすたるってもんだ!!
母さん、父さん、俺……今日大人になります!!
衝動のまま欲望に身を任せようとしたその時、ふとある言葉が俺の頭をよぎった。
『…………………………にしてあげる』
続いて浮かぶリリーナの濁った目。
『………………て女の子にしてあげる』
そして俺の下半身に向かう鋭い剣。
『棒と玉を切って女の子にしてあげる』
うん。浮気は良くないよね!
このまま欲望に身を任せれば俺に明るい未来はないということを思い出した。
だってねえ?俺の奥さん超超超超超焼きもちやきだよ?
俺が浮気をしたら監禁されて二度と日の目を見られない可能性が高い。
その結論に至ると同時に俺の欲望が収まるのがわかった。
「リトナちゃん……やっぱりどこかに行くのは止めてリリーナとアルフォンス王子様と合流しよう。やっぱりこのままはぐれた状態になるのは良くないよ」
「え?どうしたんですか、急に?」
「ほら、俺にはリリーナっていう奥さんもいるし?……リトナちゃんの誘いはすっごい嬉しいけどさ、このまま行ってしまったら俺もリトナちゃんも後悔すると思うんだ。それに俺……リリーナのこと愛しているからさ」
自分でも恥ずかしいことを言った自覚があるので体温が急激に上昇していくのがわかった。多分今の俺の顔は真っ赤だろう。
リトナちゃんは俺のそんな様子に一瞬だけ動揺を浮かべたが、すぐに艶っぽい表情に戻し再び俺を誘惑する。
「そんなこと言わずに行きましょうよ。私、ハンクさんになら何をされてもいいですよ?」
耳元で囁いたリトナちゃんはそっと右手を動かし硬直する俺の右手にその手を重ねた。
そしてゆっくりと右手を胸に持っていく。
や、柔らかい!!お、お、おおおおおっぱいってこんなに柔らかいのか!!
お、俺、おっぱいに初めて触ったよ!!い、生きててよかった……
「このおっぱい好きにしていいんですよ?右手をニギニギしてみてください」
言われた通りニギニギと俺が指を動かすと柔らかいおっぱいがそれにあわせて形を変える。
時折リトナちゃんから「んっ」とか「あっ」とか卑猥な声が聞こえてきて俺の興奮度は天井突破だ。
おっぱいに触れた俺の頭の中からは既にリリーナの存在が消えていた。
おっぱいは偉大なり。凄いよおっぱい!
おっぱいのおっぱいによるおっぱいのための政治を国はやるべきだ!
そうすれば世界はきっと平和なはずだ!!
リトナちゃんが見ていなかったら感動の涙さえ流していたかもしれない。
だけど俺の幸せな時間はすぐに終りをむかえた。
そう。おっぱいに感動する俺の耳によく聞きなれた、とても恐ろしい声が聞こえてきたからだ。
「ハンク……何をしているの?」
俺はゆっくりと、それはゆっくりと声の方に顔を向けるとそこには鬼がいた。
凍てつくような極寒の視線。全身をとりまく濃厚な殺気。全てを焼き付けんとする灼熱の怒気。
ああ、俺の人生が終わった……
絶望する俺にリリーナはゆっくりと近づいてきた。
今から息子ともお別れか……。切除された後の玉と棒はどうなるのだろう?せめて一度でも使ってあげたかった……
俺はこのあと問答無用でリリーナから体罰を受けると思っていた。怒鳴られてお仕置きされて元通りになると思っていた。
だけどリリーナはそんなことはしなかった。……せめていつものように怒ってくれたらこんな気持ちにはならなかったのに。
――バシッ!!
最初に聞こえたのは大きな平手打ちの音だった。
慌てて音がした方に顔を向けると、そこには頬を押さえたリトナちゃん。
俺が何か言おうと口を開こうとしたその時、また
――バシッ!!
と大きな音が聞こえると同時に頬がジンジンと痛みだした。
多分俺はリリーナから平手打ちをうけたのだろう。
しかし俺はリリーナから平手打ちを受けたことが全然気にならないほど大きな衝撃を受けていた。
目に写るのは俺の瞳をじっと見詰めながらボロボロと涙を溢しているリリーナ。
リリーナが泣くところを見たことがないわけではなかった。
幼い頃はいじめっ子に苛められて泣いているリリーナのことをよく庇っていたし、リリーナが王都に行くことになった日だって別れたくないと泣くリリーナを慰めたことだってあった。
俺よりずっと強いリリーナだけど、俺の中ではリリーナは守るべき存在だった。
弱い俺では彼女の身体を守ることは出来ないけれど、せめて心だけは守ってあげようとずっと思っていた。
でも今リリーナが泣いているのは間違いなく俺のせいで。
俺が守るべき彼女を泣かせてしまったという事実に衝撃を受けていて。
俺は何も反応することが出来ずバカみたいにリリーナを見つめ返すことしか出来なかった。
リリーナは視線を逸らすこともせず、涙を流しながらただ俺を見詰めていた。
その視線が俺を責めているようで吐き気がするぐらいの罪悪感に襲われる。
「……どうして?」
その一言だけを残してリリーナは俺に背を向けて走り出していた。
俺から遠ざかってゆく彼女の背中を俺はただ呆然と眺めていた。
リリーナを追いかけなければいけないと思った時には彼女の背中は既に小さくなっていた。
「リリーナさん、行っちゃいましたね。あたしの顔を叩くなんて本気でムカつく」
その声でこの場にリトナちゃんがいたということを漸く思い出した。
まだショックを受けている俺にリトナちゃんは再び体を密着させる。
「あんな暴力女どうでもいいじゃないですか。嫌なことは忘れてあたしと楽しみましょ?あんな女よりあたしの方がハンクさん満足させてあげられますよ」
そこからの行動は完全に無意識だった。
リトナちゃんの言葉を理解した時には、俺はリトナちゃんを体から振り払っていた。
「……確かに君にとっては暴力女かもしれない。でも俺にとってリリーナは世界で一番愛しくて可愛らしい女なんだ。それにリリーナより俺を満足させるって?それは無理だよ。あいつ以上に俺を満足させられる女なんているはずないんだから」
リトナちゃんは俺を信じられないという目で見ていた。
でも既に彼女のことは眼中になくて、俺の頭の中はリリーナのことで一杯だった。
今すぐリリーナに謝らなければいけない。
謝って、リリーナのことを抱き締めて、俺が好きなのはリリーナだと言わなければいけない。
それだけが彼女を泣かせてしまった俺に唯一出来ることだから。
もうリリーナの背中は見えなくなってしまった。
足の遅い俺ではリリーナに追い付くどころか見付けることすら難しいだろう。
だけど俺は走り出す。
普段は怖いぐらい強い癖に、どこか弱いところがある最愛の彼女を一刻も早く見付けなければいけないから。
俺はリトナちゃんを放ってリリーナが消えた方に走り出す。
でも俺はすぐに足を止めることになった。
最初に俺を襲ったのは頭痛だった。
始めはジンジンと、次第にガンガンと動くのが困難になるぐらい痛みだす。
続いてきたのは激しい目眩。
視界が定まらず、立つのでさえ難しくなって反射的に座り込んでしまう。
あれ?何でこんな事になってんだ?早くリリーナを追いかけなきゃいけないのに……
ふと空を見るとギラギラと照りつける日光。
……もう3時間たっちまったのか?そんなに外にいた記憶はないんだけどな……
一刻も早くリリーナのそばに行きたいのに体が言うことを聞いてくれない。
俺は初めて自分の虚弱体質が憎くなった。最愛の女が泣いているのに、そばにいてやることすら出来ない自分が情けない。
しかも彼女が泣いている原因は俺なのだ。
それなのに立つことすら出来ない事がものすごく悔しかった。
俯いて座りこむ俺の体に影が出来た。
痛む頭で何とか顔をあげると、アルフォンス王子様が俺のことを軽蔑の目で眺めていた。
「リリーナさんを泣かせるなんて最低ですね」
沈黙する俺を見下して、王子様は言葉を続ける。
「あなたは彼女に相応しくない。あなたでは彼女のことを守れない。僕ならリリーナさんを守れます。彼女のことを本当に思うなら、リリーナさんの元から消えて下さい」
その言葉だけは無視出来なかった。頭痛も目眩も気にならず、気が付けば王子様相手に怒鳴り付けていた。
「何で他人のあんたにそんなこと言われなくちゃならないんだよ!!俺だってリリーナのことぐらい守れる!!俺が……俺しかあいつの心は守れないんだよ!!」
「……泣いているリリーナさんの元へ駆け付けることすら出来ないのにですか?」
嘲笑と共に言われた王子様の言葉に俺は反論することが出来なかった。
確かに俺は今リリーナのそばにいてやることが出来ない。彼女を泣かせてしまったことを謝ることすら出来ない。
でも、それでも胸をはっていえる。
「確かに俺は最低だ。最愛の女を泣かせてしまったのに、そばに行って謝ることすら出来ない。でもな、あいつには俺が必要なんだ。そして俺にもあいつが必要なんだ。だから俺はあいつのそばにずっといる。他人のあんたが口を出すんじゃねえ!!」
俺は残る気力を振り絞って王子様を睨み付けた。
王子様もまた俺のことを睨み付けていた。
二人の視線がぶつかる。
頭痛も目眩も更に酷くなり今にも意識がなくなりそうだ。
それでも俺は王子様から目を逸らさなかった 。
ここで目を逸らしてしまったら俺の負けのような気がしたから。
俺も王子様も互いに目を逸らさなかった。
俺達が睨み合った時間は実際には数秒だったかもしれない。でも俺には……俺達には何日も時が過ぎたように感じた。
やがて王子様が俺から目を逸らした。
「ここで睨みあっていても仕方がない。僕は彼女の元へ行きます。泣いているリリーナさんを慰めるのはこの僕だ。あなたはずっとそこで止まっていればいい。……彼女に相応しいのはこの僕だ!」
そう言うと王子は一瞥すらせず俺の前から去ってゆく。
その背中を睨み付けることしか出来ない自分が酷く恨めしかった。
王子様を……アルフォンスを殴り飛ばし、リリーナは俺の女だと宣言することが出来ない自分の体が情けなかった。
意地と根性でアルフォンスが見えなくなるまでその背中を睨み付けていたが、やがて限界が来て意識を手離す。
倒れ伏す俺に周囲が騒がしくなったのが分かったが、俺が意識を手離す直前まで考えていたのは
彼女の泣き顔と
『……どうして?』
という問いかけだった。
白銀の塔にあるテラスには男がいた。目も髪も着ている服も上から下まで真っ黒。年齢は20代前半ぐらいで身長は170センチぐらい。容姿は悪くはないが良くもない。どこにでもいるような男だ。
ただ、その平凡な容姿と違って目だけは非凡だった。一見穏やかそうだが、その瞳には深い年月を感じさせる何かがあった。そして何より、男の右目は血のように真っ赤だった。
――いったいどうしてこうなってしまったんだろう?
柊 修吾はふとした瞬間にいつも思う。
もうとっくに受け入れたはずなのに、そんなことを考えてもどうしようもないのにいつも後悔してしまう。
修吾は吸いかけのタバコを地面で揉み消し自分の住居である城から街を見下ろす。
視界に入るのは灰色の大地。廃墟と薄汚れた服纏う人々。自らが作った街の入口には軍服を着た者達が列をなして白銀の城を目指して歩いてくるのが見える。
修吾はこんな光景を見るたびに平和だった日本を思い出して憂鬱な気持ちになってしまう。
×××
西暦2030年。人口増加に伴う食料並びに土地不足問題が世界各国で勃発。それらを解決するための無差別開発による地球環境の悪化。増えすぎた人口と環境の悪化を発端に、ありとあらゆるエネルギーが不足して世界中で未曾有の危機が起きた。
それらにより人々の不満が爆発。不安は国の乱れを呼び経済は崩壊。警察もその役割を録に果たせず、行き場の無くなった人々の不安は攻撃性へと変わり、かつては安全大国と呼ばれた日本でも治安が最悪レベルまで悪化。東京・大坂などの大都市では武装していなければ男性でも住むことは出来ないほどの危険地帯と化した。
日本を含む先進国と呼ばれる大国でも経済崩壊・治安悪化の影響で他国を援助するほどの余裕は無くなった。それが原因で大国の経済援助により成り立っていたいくつかの発展途上国は崩壊。
かろうじて残った発展途上国の幾つかは国を存亡させるために他国への侵略を開始。生存の為の戦争は世界中に広がり、発展途上国・先進技術国を問わず全ての国が参戦し、第三次世界大戦が勃発。
大国は自国が所有する全戦力を勝利のために使い、当たり前のように核爆弾が使用される異常事態が起こる。それに伴い日本を含む全ての核非保有国が急遽核の開発に着手し、核爆弾の開発に成功。
核爆弾は世界中で使用され、核爆弾を核爆弾で迎撃するなどのかつてない事態に発展。
日本もまた希代の天才科学者であるDr.柊の手により様々な兵器の開発に成功。
開発された新兵器を惜しみ無く戦争に投入し戦火を拡大させた。
国という概念が崩壊した終戦時には70億人を誇った世界人口は30億人まで減少していた。
大戦が終わっても人類の地獄はまだまだ続いた。核爆弾により世界中に広がった放射能の影響で更に15億人ほど死亡。大戦の影響で文明は崩壊。大地も海も放射能に汚染され、戦前以上の食料不足に陥ることになり地球の総人口は10億人以下にまで減少した。
放射能で汚れていない場所は海を含めて地球上に殆ど存在せず、生き残った人々は同じ人間に殺されるか放射能により死ぬかの2択を選ぶことになり人類は滅びの道を進むことになった。
しかし、意外なことに滅びの道を進む人類が完全に滅ぶことはなかった。何と生き残った人々の中に放射能に適合する人達が現われたのだ。
その数は極わずかだが、人類にとっては猛毒のはずの放射能をあびてもその健康には何も影響を及ぼさなかった。放射能で汚染された食物を口にしても同様で、人類の一部は死の星と化した地球でも生き残るために進化をしたのだ。
通常、数千年から数万年かかる進化を何故わずか数年で成し遂げとげることが出来たのかはわからない。偉い学者や専門の研究者がいればわかったのかもしれないが、彼等は皆戦争で死んでしまったのだから。
環境に適応した人々――自らを新人類と名乗る彼等には、放射能汚染に適応出来る恩恵と共に大きな代償を支払うことが強制された。
×××
過去に思いをはせて修吾が灰色の大地を眺めているとノックの音が聞こえてきた。
修吾が入室を許可すると、10代後半の軍服を着た非常に美しい少女が修吾の前で跪き口上を述べた。
「ご機嫌麗しゅう、柊始皇帝陛下。先程探索に出ていた者達が戻って参りました」
その声で灰色の大地から視線を外した修吾は自分の前で跪く少女を苦笑と共に眺めた。
「始皇帝陛下はやめろよ。皇帝の座は200年ほど前に引退したはずだぞ。今の俺は只の柊修吾だ。本来ならお前の方が地位は上なんだからタメ口でもいいんだぞ」
「例え貴方様が全ての地位を降りたとしても始皇帝の名前は永遠に貴方様のものです。建国の祖であり、我等一族の父でもあり恩人でもある貴方様にどうしてそのような口の聞き方が出来ましょう」
少女の生真面目な返答に修吾は再び苦笑いを浮かべた。
「美麗は相変わらず真面目というか固いというか……。そういう所はお前の先祖にそっくりだな」
その言葉に今まで真面目一辺倒だった少女が心底嬉しそうに微笑んだ。
「初代様にですか。それほど光栄なことは御座いません」
「今のは褒めたんじゃないんだぞ?……まあいい。それで?探索隊の奴等は何か珍しい物でも見つけてきたのか?」
修吾の言葉で美麗は本題を思い出し、しまったという表情を一瞬だけ浮かべ、照れ隠しをするようにことさら真面目な表情を取り繕った。
「失礼いたしました。探索の責任者であるユーズによりますと、本来の目的である武器や戦前の遺物は発見することが出来なかったそうです」
「そうか。今回も武器は見つからなかったか。……いったいどうしてだろうな?そりゃあ、日本は銃刀法違反とかで武器の規制は厳しかったけど、戦時中にはかなりの数があったはずだ。この300年間、あの当事の武器を探しているがろくに見つからない。全部戦争で壊れちまったのか?」
後半は問いかけと言うよりは独り言のようだった。答える術のない問いなので美麗は報告を続ける。
「ただ、その代わりといっては何ですが稀少種の巣を発見したみたいです」
「稀少種?今度は何だ?」
「ケルベロスです。公式な記録によりますと50年ぶりの発見ですね」
「そいつぁとんでもないのを見つけたな。50年前に絶滅させたはずなんだが。……死傷者は?」
「探索に出ていた内半数は殺されたようです。残った半数の内3割は負傷。隊長を始めとする"覚醒者"は無傷のようですが暫く探索は難しいでしょう。2、3日以内に討伐隊が編成されるようです」
修吾は重い溜め息を吐いて再び灰色の大地に視線をやった。その視線は遠くを見ているようで、もう取り戻せない何かを思い出しているようでもあった。
「なあ知っているか?300年前にはケルベロスなんて空想上の生き物だと思われていたんだぜ。ドラゴンもユニコーンもリザードマンも全部想像上の生物だと思われてきた。ところが今は逆だ。俺達が空想上の生き物だと思っていた生き物が当たり前のように存在して、ライオンとかゾウとか現実にいた生き物が幻の生物になっちまった」
終戦直後、放射能に適応したのは人間だけではなかった。
滅びるはずだった動物達が放射能に適応して劇的な進化をしたのだ。蜥蜴が巨大化して二足歩行になったり、魚が空を泳いでいたり、3つ首の人間大の超大型犬が大地をのし歩いたり。
ライオンやゾウなどの既存の動物が姿を消した代わりに、今までは空想上の生き物だと思っていた動物達が次々と姿を現した。
戦後に出現したこれらの生物は人間に対して異常なほどの攻撃性を持っていた。
通常、動物は空腹時や興奮時意外は他の生物を殺さない。
満腹のライオンが目の前にいる小鹿を見逃すように、動物が他生物を襲撃するときはそれ相応の理由がある。
だがこの新種達は空腹時だろうが満腹時だろうが理由なく人間を襲撃する。我々人間が家に出たゴキブリを殺すように、彼等新種は人間が視界に入ると問答無用で攻撃してくる。まるで地球を死の星に変えた人類に罰を与えるように。
そして厄介なことにこの断罪者達はどこにでも存在する。かつては動物園にしか大型動物がいなかったこの日本でも、現在では身近にある人類最大の敵として人々に認識されている。
何故動物達の放射能に適応した進化後の姿がファンタジーにしか出てこないおとぎ話の生物の姿になったのかはわからない。
ただ、戦後に生き残った人類は彼等と大地の覇権を争うことになったのだ。
「何度もお話を伺ったことはありますが、私にはあの害獣共が元々は存在しなかったなんて信じられません。それにおとぎ話にしか出てこないライオンとかキリンが存在していたなんて……」
「まあそうだろうな。でも本当の話なんだ。今じゃ腐るほど見かけるリザードマンだってあの時代だったら大騒ぎだ。それに動物達が人間を襲うなんてこともなかった。そりゃあ、サバンナとかなら話は別だけどよ。少なくともこの地で動物に人が襲われるなんて事態は滅多になかったよ」
「サバンナ……確か戦前に存在した海の向こうの国でしたよね?」
「ああ。今もあるかはわからないけどな」
「海の向こうの国ですか。私には海の向こうに大地があることも信じられませんが、陛下が仰るのならあるのでしょうね。だとしたら……戦前の世界はとても広かったのでしょうね」
「広かったよ。でも、もう取り戻せない過去のことだ。俺が言うのもなんだけど、今は未来をみないとな」
「ええ。陛下の仰る通り未来をみませんと」
心の底から浮かび上がる過去への羨望を払拭するために修吾はあえて『未来』という言葉を口にした。
美麗もまた滅多に見せない笑顔を浮かべてあえて『未来』という言葉を口にした。
同じ『未来』という言葉でも二人がその言葉に込めた思いは正反対の物だ。
美麗はその言葉に希望を見いだし、修吾はその言葉に絶望を想像する。
未来に待っているのは希望か絶望か。修吾の考えでは後者の可能性の方が高い。
人は『未来』に生きられる可能性はあるのか。彼はそのことをずっと考えている。
だけど未だに答えは出ない。だから修吾は国を作った。解答までの猶予を得るために。
自分が答えを出すまでに人はこの地獄のような世界で生きられるのか。それとも人の先に待つのは滅びなのか。
修吾はずっと考えている。無限の退屈を少しでも紛らわすために。
×××
戦争により全てが滅んだこの時代。生き残った人類は強大な獣達と覇権を争い何とか生きている。
これはかつてあった日本という国の領土にある4つの国のひとつの『黒の国』に住む国民達と柊修吾の物語。




