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33:終結エピローグ


 秋が冬に変わろうとしている放課後。11月に入って世界はがらりと変わってしまった。


 階段で布田美月に手紙を渡してから二週間たつけど、彼女はまだ生きている。

 たぶんもう二度と、自ら死を選ぼうとすることはないだろう。

 彼女の件で手をこまいていたせいでテストは散々たる結果だったけど、地頭の悪さを嘆いてもしかたない。とりあえずは目先の問題を解決しなくては。


 僕と裕貴は映画研究部の部室で作戦会議を進めていた。中間の失敗を期末で取り戻そうと対策を練っていたわけではない、映研の存続に必要な『部員』と『実績』をいかにしようと頭を悩ませていたのだ。

「やっぱりオーソドックスにポスターじゃないか?」

 手に持ったカラフルなペンを器用に指で回しながら裕貴は提案した。

「僕か裕貴に絵心があればだけどね」

 タイムリミットまであと二週間ちょっと。12月に入るまでに残り部員一名と活動実績をどうにかしなければならない。

「んじゃ校内放送とか朝礼ジャックとか」

「過激だな。実行は君がやれよ」

 会議は踊るされど進まず。二人の部員では、ろくなアイデアがでないのが原因だろう。このままでは実質的に廃部は免れなない。

 だけど、せっかく裕貴がかけもち入部してくれたのだ。どうにかして存続させたいところではある。

「思いついた!」

「んー、とりあえず聞こうか」

「京を裸にして素肌にボディペインティングするんだ。その状態で校門で勧誘を行う。活動実績も部員も確保できるし、なんて一石二鳥な案だろう!」

「まさかの逆セクハラに僕は目から鱗が落ちそうだよ!」

 とにもかくにも、僕らの未来は苦悩だらけでくすぶっていた。


「相変わらずのらくらしているようだな」

 狭い部室にパキリとチョコレートを噛み砕いく音が、幼子のように明るい声とともに響いた。

 顔をあげて、声がした廊下側を見てみる。

「あ、てめぇ坂井珠希!」

 女らしくなる宣言はどこに行ったのかと疑いたくなるほど乱暴な語調で裕貴が金髪の少女の名を叫んだ。

「久しぶりだな」

「ああ、久しぶり」

 無視すんなぁー、という裕貴のかん高い声を無視して彼女はその青い瞳を僕に向けていた。

 実際僕と坂井珠希が会うのはあの屋上での一件以来である。会って話をしようにも、彼女は引きこもりに戻ってしまい、学校に来てさえいなかった。試験期間中は保健室でテストだけうけて早々に帰宅してしまうらしく影さえつかむことができなかった。なぜかそのあと千歳とはちょいちょい会ってるけど。

 それにしても今になってなんの用だろうか。そう首を捻る僕の疑問など知らぬという顔で、裕貴の方を向いて板チョコ片手の彼女は口を開いた。

「む、お前はたしか橋本……なにがしではないか。入部したのか」

「裕貴だ、ゆーき!会うのは初めてだが、貴様に一つ言いたいことがある。いいかよく聞け、宣戦布告だからな」

「そんなことより風紀委員」

 無視すんなー、という裕貴の発言を無視して、坂井珠希は再び口を開いた。

「まだ廃部にはなっていないようだな」

「ああ、生徒会との約束は一応11月末までだからね。猶予は少ないけど頑張ってるよ」

「ふっふふふふ」

「な、なんだよ気持ち悪いな」

 プレゼントを前に笑いをこらえきれなくなった子供みたいに、肩を揺らしながら坂井珠希は、にやにやと僕に二本の指を突き出した。

「良い知らせが2つある!」

「へ、あ、なに?」

 安楽椅子探偵みたいに千歳や僕を使いぱしりしてた癖に、基本的に彼女の精神年齢は幼いのだろう。「ひとーつ」と楽しそうに声をあげながら、僕にA4サイズのプリントを差し出した。

「なにそれ」

「あっ、入部届けじゃないか!」

 ぽかんとした僕に代わって裕貴が大きく声をあげた。思わず「え」と言いながらプリントに書かれた文字を追う。

 そこには確かに、入部届と書かれており、保険の山内先生の許可印と坂井珠希の名が綴られていた。

「私が新入部員になってやろう。感謝しろ」

「ほ、ほんとっ!?」

「ああ、お前にはささやかだか世話になったからな、その恩返しだ。勘違いしてほしくないが、私が寛大だからこその特別措置なのだからな!」

 少しおかしくなった彼女の日本語に野暮な突っ込みをいれずに、立ち上がって彼女の手を握る。

「ありがとう!」

 桜色だった坂井珠希の頬はみるみるうちに赤色に染まっていく。

「おことわりだぁー!」

 裕貴だけがなにやら叫んでいたけど、「無視すんなぁー!」無視だ。

 せっかくの新入部員を逃すわけにはいかない。

 これで最低部員数の問題を無事にクリアすることができたのである。万歳。

「もう一つの良い知らせってなんだよ」

 僕に手を握られてパニックになっていた人見知りは、裕貴のその声で我にかえったのか、握りしめたままだったプリントとチョコをポケットにしまってから、人差し指をピンとたてて、目の前の僕を威嚇するよう大きな声をあげた。

「そうだ、そうだぞ。喜べ風紀委員!もう一つの問題も解決だ!」

「え、それって活動実績ってこと?ま、まさかだって僕まだなにもしてないよ」

「むふふー」と妙な含み笑いをしてから、坂井珠希は僕の胸にトンと何かを押し当てた。

「え、なにこれ」

「千歳にやいてもらったDVDのコピーだ」

「DVD?なんの」

 僕の肩ほどもない身長で、大きく胸を張って彼女は言った。

「お前の自称暇つぶしだよ」

 まさか、

「タペストリーの!?」

 そういえば、あの日布田美月と別れたあと、貸してほしいと頼まれて彼女にDVDを渡したんだった。次の日に千歳の手から返却されたけど、まさかコピーしていたとは。

「だ、だけどなんでコピーまで差し出すのさ?」

「文字を入れたりと多少改変したからな。最後に制作者の許可を頂こうというわけだ」

「許可、ってなんの?」

「喜べ風紀委員。学校のHPでこの映像が試聴できるようになったのだぞ」

「はぁあ?」

 意味不明な発言に思考停止する。ホームページ?それって十和森高校公式サイトってこと?

 え、なんで。HPってことは、色んな人に観られるってことで、先生とかも観て、受験生や在校生や卒業生もみんな時々覗くってこと?

「PR用動画ってわけか」

「ご明察」

 裕貴は平然とした表情で答えを述べた。

「って、つまり、これが映画研究部、最初の活動実績になるのか!」

「ふふ、その通りだぞ、橋本なにがし。すべては校長に掛け合った私の手柄なのだ」


「裕貴だ、ゆーき!つうかどんな動画なんだよ。一回見せてよ」

「よかろう」

 ごそごそと部の備品であるノートパソコンを起動している裕貴の手に坂井珠希からDVDが渡される。

 僕はその光景を、喜劇でも鑑賞しているみたいに呆然と立ち尽くしていた。

 部員と、実績と、映画研究部存続に憂いていた問題2つが坂井珠希の手によって一挙に解決したらしい。

「ふふ、私の活躍に声も出せないようだな。これからの私のことは敬意を払い救世主と呼んでくれていいぞ」

「そんじゃ私は部長ってよんでくれ。京は副部長ね。それより坂井さん、DVDプレーヤーってどれかわかる?」

「それだそれ、そのアイコン」

 なんだかんだで仲良く肩を合わせてディスプレイを眺める彼女たちに、僕は騒がしいと感じるより、嬉しさを感じていた。これから僕たち三人で映画研究部をやっていくんだ、部長として、僕が頑張んなくちゃ!

「……」

 自分に嘘をついて、耳まで真っ赤になったであろう僕を青いビー玉みたいな瞳が見ていた。

「宣伝用動画、に僕の、」

 気づけば独り言まで震えている。

「めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」

 呟きに坂井珠希は、無邪気に微笑んだ。

「自分の作品を公表するというのは、得てしてそんなものだよ」

 その発言は妙に格言めいていた。


というわけで、放課後タペストリー完結なわけです。

なんだかんだで長くなってしまいましたがお付き合いありがとうございました。

青春ミステリっぽいのが書きたいという衝動から始められた物語でしたが、いかがでしたでしょうか?

多少なりとも面白いと思われたなら作者冥利につきます。


読了感謝です。




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