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20:糾明ポートフォリオ


 耳に響くは風の音のみ。青春の騒がしさは授業中には起こらない。世界にいるのは僕らだけと錯覚をするみたいに静まり返っていた。

「君がどうやって屋上にたどり着いたのか僕は知らない。だけど僕と会話してたさっきの生徒、橋本裕貴って言うんだ」

「お前に追いかけられた彼女は、必然的に人が少ないところにいくだろう。自分の泣き顔を多くの人に見られたい、っていうタイプじゃなさそうだったからな。そうなると、女子トイレ、または特別教室の続くB棟か、その辺にアタリをつけて私は追跡したわけだ」

「そういうのを聞いたわけじゃなくて」

「む。なんだ」

「イニシャルがYHなんだよ。屋上にもよく足を運んでたみたいだし、ハンカチは自殺志願者とはまったく関係なかったんだ」

「橋本裕貴がハンカチの持ち主だと風紀委員はいいたいのか。私はそうは思わないな。聞き耳たてたことは謝罪するが、女らしくなりたいと願う彼女が男物のハンカチを使うとは考えづらい」

「君だって想像だろ。まあいいよ、あとで直接聞いてみるから」

 さっきはそれで納得しそうになったけど、裕貴は性格的にはボーイッシュだし、男物の衣類品を持っていたってなんら不思議ではない。

「そこまで言うなら私の推論を聞かせてやる」

 自信たっぷりの声音で彼女はタオルケットの隙間から、僕にホッチキスでとめた藁半紙の束を差し出した。

「君が昨日だか読んでたやつじゃないか」

 受けとって一回表紙に目を通すと、やっぱり『図書便り』とある。

 一部のページが折り曲げられていた。付箋紙代わりのドッグイヤーということだろう。この薄さでまさか栞とは言うまい。

 間違って折れたか、もしくは僕にわかりやすくするため、彼女が折ったか。

「七不思議?」

「うむ。1から七まで十和森に伝わる怪奇談。5、6は欠番だが、目を通してくれ」

「昨日読み上げたやつか。古井戸に死体、イチョウに恋まじない、合わせ鏡の悪魔、図書室に魔本、七不思議の秘密、これがどうかした?なんの変哲もない下らない作り話の羅列だ」

 怪談なんだろうが、僕の背筋に悪寒が走ることはない。21世紀の科学時代を生きる者として、陳腐だと鼻で笑いたくなる内容だ。

「そう作り話だ。私も少し調べてみたが、他でその七不思議という記載を見ることはなかった。5、6が欠番なのは、あえて未完成にすることで信憑性を増すためだろう。では次にそのページ左下の編者を見てくれ」

 僕はクエスチョンマークを浮かべながらも彼女の命令従い、見開き左下に目を落とした。

「君は、……柴崎陽太が好きだね」

 その時の僕はきっと呆れ顔だったに違いない。

「皮肉なら犬にでも食わせてろ。重要なのはその七不思議は柴崎陽太が集め記載したという点。加えて言うならその会誌は毎月15日に貸出カウンターに並ぶ」

「だから?それ知ったとこで利益なんてないじゃないか」

「私は勘違いしてた。三年の卒業式は3月初旬、15日に作られるそれは入学生に向けて作られているんだ」

「今年の一年に柴崎陽太は七不思議をプレゼントしたわけ?センスを疑うね」

「その会誌を作るのは二年生までで、三年になったら図書便りにはノンタッチだ。つまりそれは彼のラストメッセージになるわけだな」

 あまりの下らなさにめまいがしてきた。

 柴崎陽太と面識はないが、僕と気が合うことはなさそうだ。

「その5つの不思議の中に違和感を感じる箇所がある。風紀委員、わかるか?」

 1、裏庭の古井戸の底には死体が埋まっている。

 2、大イチョウに好きな人の名字と自分の名前を彫ると結ばれる。

 3、4時44分44秒に家庭科室で合わせ鏡をすると悪魔が出てきて願いを叶えてくれる。

 4、図書室には魔本があり、一人になった生徒の血を吸う。

 7は七不思議全てを知った者は、呪われる。

 こんなかに違和感?

 僕はしばらく考えて、ぼそりと思ったことを呟いた。

「3番目の不思議なのに4時44分に合わせ鏡をする、ってのは変じゃないかな」

「至極どうでもいい点に気づくなお前。まあ人によって思うところは違うからいいだろう。私は2番目の不思議が変だと思ったんだ」

「大イチョウに好きな人の名字と自分の名前を彫ると結ばれる、ってやつ?」

「そうそれだ。七不思議全てオーソドックスでどこにでも有りそうな内容にも関わらずそれだけ妙に浮いている」

「そうかなぁ。魔本なんてめっちゃ凝ってると思うけど」

 ネクロミコンとかだろうか。あいにくクトゥルー神話には疎いからわからん。

「単純にみるとただの恋まじないのように思えるが、ほかの4つに比べ、それだけ設定じみたものを感じる。例えば、そうだな。男の子が女の子を好きでその噂を実行したとする。すると女の名字で男の名前の組み合わせになるわけだ。これでは婿入りではないか」

 小学校の時、消しゴムに好きな人の名前を書いて、誰にも見られずに使いきると成就するってジンクスがあったな。関係ないけど。

「現に、他の3つは別の文集などに載っているなか、2の大イチョウだけ見当たらなかったんだ。おそらく柴崎陽太は学校に蔓延る怪奇を7つ集め、自らの手で七不思議というくくりに当てはめようとしたのだろう。しかし思った以上に怪談話が十和森には少なかった。だからオリジナル一つと、7つ知ると呪われるという有りがちな設定を加え、3つの不思議を5つに水増ししたのだ」

「そうまでして会誌を作る意味がわからないな。それに全部君の妄想かもしれないじゃないか」

「その通り、妄想だ」

 きっぱり肯定されるとは予想外だ。

「だからこそ気兼ねなく垂れ流すことができる。続けるぞ風紀委員」

「どうぞご勝手に」

「次に考えるのは、内容だ。まずうちの高校の大イチョウはすでに、切り倒されている。おそらく古井戸の怪談を見つけた時に柴崎陽太は大イチョウがあったことを知ったのだろう。これを組み入れることで、さらなる信憑性の強化をはかったわけだ。それに、実際に試される心配もない」

 僕だったら自分の作った噂の効果を目で見てわかるカタチにするのに、柴崎陽太は違うのだろうか。

「名前を彫るという行為は極めて一般的だ。呪いたい相手を強く思う時、名前ほど重要なものはない。名はその人物全てを表す」

 金木犀の香りがどこからかしてきたような気がする。屋上まで届くはずがないのはわかってはいるが、秋の日の風にその香りを思い馳せるだけで気分は陽気になってくる。

「幹に名前を刻むというのは木の成長を脅かし傷つけるという点でマイナスかもしれないが、伸び伸びと育つ植物に名前を刻むというのはプラス面の効果も大いに持つだろう。しかしながら、考えるべくはこの不思議、刻む名前をごちゃごちゃにしてしまっている」

「結婚後を意識してるだけだろ。それにただの学生の噂にそこまで考えるやつがいるかよ」

「そう深くは考えない。作り話なら尚更だ。だからこそ語り継がれる物語には芯がある。この話にはそれがないのだよ」

 彼女の言いたいことはわかるけど前置きが長い気がする。

「例えば図書室。たくさんある蔵書の中になにか一冊不思議な本が混じってても不思議はないという好奇心が軸だ。井戸の底に死体というの古くから考えられてきたことだ。水には不浄なるものが寄り来るという。井戸の底の骨に魂が宿ったという狂骨や、番町皿屋敷のお菊さんなどな。合わせ鏡では、4という不吉な数字の羅列、無限に続く鏡の世界は異次元に繋がるという深層心理をともなって、」

「も、もうわかったから、結局君はなにが言いたいんだよ!」

 タオルケットをすっぽりかぶって顔を見せない彼女が一番不気味だ。そのくせ、目があってさえいなければ結構よく喋るし。

 僕の言葉に「うむ、そうか」と曖昧に頷いた仕草を見せたあと彼女はいつもの調子で続けた。

「好きな人の名字と自分の名前だな。ハンカチに刻まれていたイニシャルはなんだ?」

 YH。

「また柴崎陽太?Yが陽太ならHは誰だよ」

 ヨウタのY。でも坂井珠希の今までの言い分だと素直に考えることは許されないのだろう。となるとHが名字の人物が、謎解きには必要になってくる。

「フダだ、布田美月。美術部一年、私の睨んだ通りだとな」

 なるほど、と一瞬納得しかけた自分を振り払い僕は声を大きくする。

「なんか無理やりすぎない?普通のイニシャルで良いじゃないか」

「私の予想では布田美月が柴崎陽太にプレゼントしたのだろう。作られた七不思議になぞらえて。彼が死んで彼女の持ち物になり、それを落とした。私はそう考えている」

「なんか納得できないな」

「っふ、まあ妄想するのは誰にも与えられた権利さ」

 僕の心とは違い爽やかな午後だった。

 あと2ヶ月もすれば寒さ辛い冬がやってくて屋上で彼女と話をすることもできなくなるだろう。

 僕はすぐそこまで迫る新たな季節を思い、空を見上げてため息をついた。

 季節は巡り、時間は過ぎる。僕がどんなに願っても15歳は16歳になって、一年生は二年生になる。1ヶ月は1年に1年は10年に。

「時間の矢は止まらない……」

「っ」

 思っていたことを、ぼそりと呟いてしまった。タオルケットの中から一瞬、驚きの声があがったような気がする。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 彼女はなんだか震える声音でそう応えた。まあいきなり独り言を言えば大抵の人はひくだろう。

 それでも僕は、その過ぎ行く時の中でも、僕をずっと思い続けると言ってくれた少女の顔を思い出す。

 無益な会話で自らの心象をごまかしてはいるが、僕の脳内に掠めるのは幼なじみに他ならなかった。

 問題を先送りにするわけにはいかないのだ。

 そういう思いが伝わったのか坂井珠希はのっそり立ち上がるとタオルケットを羽織ったまま屋上の出口に向かって歩きはじめた。

「……では私は保健室に帰るとする。なにかあったらまた来い」

 結局、屋上での、この時間で彼女の金髪を見ることはなかったわけだ。

「ああ、そういえば今日はなんで屋上を見張らないの?」

「言わずもがな、人の出入りが激しい今日に飛び降りようとは考えづらいだろ。なら見張りもいらぬというわけだ」

 キィと怯える子ウサギみたいな音をたて重たい扉は開かれる。

「園芸部員の清掃のことを知ってたんだ」

「そういうことだ」

 扉は数回バウンドし、重く鈍い音を幾度響かせたが、やがて収まり、再び孤独の静けさに僕は包まれた。さっきまで二人分あった呼吸音はいまや一つ、なんだか少し寂しい。

 それでも考えをまとめるのに、一人きりというのは好都合だった。裕貴とわかれたばかりでは考えすぎてしまっただろう思考も、しばらく時間をおいたからかどことなく好調だ。

 坂井珠希はそういうところもわかっていて、僕に話かけたのだろうか?なんにせよ彼女は天才だ。




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