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12:殺伐スクール


 休まることない休日は終わり、日付はまた一つ進む。

 坂井珠希の手伝いをすることになったが、僕の日常を崩す権利をあの人たちに与えたつもりはない。

 

 まだ白くなっていない息を吐きながら校門をくぐった。

 これからどんどん朝が辛くなる季節とはいえ、まだ半袖でも耐えられそうな気温だ。

 前日までの気だるさをごまかすように昨日一昨日の出来事を回想しながら歩みを進めていた。

 朝の澄んだ空気は教室さえも清々しくさせ、引きずる眠気をも優しく包みこんでくれる。

 彼女はもう登校したのかなとぼんやり考えながら教材を鞄から机に移し替えていると、背中をわりかし強めに叩かれた。

「つぅ」

 小さく呻き声をあげ振り向くと、嫌な笑い顔がそこにあった。

「よお、長山」

 振り向いた先に他者を威嚇するヤマカガシみたいに髪を整髪料でツンツンにたたせた同級生が立っていた。

 僕はこいつ、志茂田が苦手だ。目のカタキのようになにかとつっかかってくるが、それらすべて僕を思っての行為ではないからだ。

「なんだよ」

 いらいらを出来るだけ抑えて声を平坦にする。お互いにお互いを好いていないことは明白だ。

「まだ出歯亀やってんの?」

 言葉の意味がわからなくて、僕は脊髄反射のように「は?」と呟いていた。それから数秒である仮定が浮かんだ。

「出歯亀って、……もしかして映研の活動のこと?」

「おーそれそれ。廃部になったってのに、まだあんなきめぇことしてんの?」

 会話の切り出しとしては不自然極まりない。ようするに、話かける口実が欲しかったのだろう。

 校舎をビデオで撮ってまわる行為自体は迷惑がられているかもしれないが、盗撮はしていないし(屋上を除く)、出来るだけ許可を取って撮影に臨んでいるつもりだ。

 そもそも彼にとやかく言われる筋合いはない。

「ほっといてくれ。それにまだ廃部にはなってないよ」

「くそうぜぇやつがいなくなって、部員はお前一人らしいじゃん。今期から、かなぁり厳しい管理になったらしいから、いつまでも未練がましくしがみついてんなよ」

「勝手に言ってろ」

 生徒会の部活管理について喚いている志茂田を無視し、机に突っ伏して惰眠をむさぼろうとしたが、腕を枕にする前に後ろ襟を強引に引っ張られ、気管が強く圧迫させられた。咳こみながら、再度ニヤニヤを顔に貼り付けた志茂田を睨みつける。

「なにすんだよ」

「反省しろし。根暗過ぎるぞ、ビデオ撮影って」

「だから他人に迷惑かけないように活動してるってば」

「迷惑とかじゃなくて、お前の行為自体が虫酸が走るっうの。変態じゃねぇか」

 あまりに一方的な言い分に、流石に我慢の限界が近づいてきた。

 堪忍袋がはじけて中にたまった怒りを言葉にしようとした時だ。僕が声帯を震わせるより先に、まだ稼働していない暖房器具の前で他のやつらと雑談していた裕貴が、助け舟を出すように席に戻ってきて、僕の代わりに志茂田を睨みつけた。

「お前の主観でクレームつけるの止めろよ。京の部活に、口出しする権利はないだろ」

「出たよ出た、保護者」

「ああ?それどういう意味だ?」

 わざと逆なでするような発言をした彼に裕貴は食ってかかるように文句を言った。志茂田はそれに答えず、下品な笑いを浮かべている。

 その光景を見て、僕は小さくため息をつく。

「志茂田に、京の部活がどうなろうと関係ないだろ」

「関係ねぇのはおめぇも同じじゃね?少なからず俺は迷惑に思ってんだから長山は出歯亀行為を自粛すべきだろ」

「お前のことなんてどうでもいいんだ。それにどう考えたって、いちゃもんじゃないか」

 裕貴は僕の代わりに反論してくれている。感謝しつつも、生欠伸をして机に突っ伏した。結局のところ、これが日常だ。

 志茂田が僕にちょかいをかけて、裕貴がそれを仲裁する。

 言い争いをしている時の志茂田のにやけ顔を消すように、僕は強く瞼をつむった。


「なにか収穫はあったか?」

 中休み。覗いた屋上には、ボイラーの囲いに背中を預ける金髪の姿があった。挨拶をしようと近づいた僕にちらりとも視線を上げず尋ねられた。

「収穫って……」

「情報だよ。情報」

「自殺者志願者の?」

「それとシバサキについてもだ」

 青色のタオルケットを頭からヴェールのように羽織った坂井珠希は、体育座りをした膝の上にプリントを乗せ、ぺらぺらとそれを捲っている。顔は出ているが、御簾のようなタオルケットは他者との壁の役割をギリギリで果たしているらしく、彼女の声が上擦ることはなかった。

「昨日の話なら、千歳から聞かなかった?」

「報告はされたが、同じ風景でも受け手の印象で大きく変わ、……まて、千歳だと?いつからお前らは名前で呼び合う仲になった」

 つい滑った呼称に、僕の順応性は自分で思っていた以上に強いらしいと、新たな発見をした。

「あの人がそう呼べって」

「そうか。まあいい。それでどうだ?」

 彼女はそこで始めて僕を見上げた。クリクリとしたアーモンド型の双眸に射抜かれ、思わずドキリとしてしまう。

「柴崎陽太のことならなにも。多分報告しても変わらないと思うよ。自殺志願者ついても同じ」

「あっ」

 坂井珠希は目が合っていることに気がついたのか、小さな悲鳴を上げて瞳を伏せた。淡い恋愛感情ではなく、単純な視線恐怖症からだろう。それからすぐに平静な口調に戻って、彼女は言葉を続けた。

「ふむ。彼と一緒にいたという女生徒の話は興味深かったが……。風紀委員はどう思う?」

 僕は彼女の向かいのフェンスに背中を預けて、空を見上げた。秋の空を流れる雲は、遠く、早く、手を伸ばしても届きそうにない。

 アスファルトに座る彼女のお尻の下には、ハンカチが敷いてあるので汚れる心配はないが、僕が制服を汚さない座り方となると不良座りくらいしかできない。あれは骨盤が歪むとテレビでやっていた。

「別に特には。ただ痴情のもつれとかではないと思うけどね」

「根拠は?」

「勘かな」

「頼りにならないうえ、思考することを放棄するとは。お前の脳の楽観さにはある種尊敬の念すら抱くよ」

「君が訊いてきたから答えただけだろ」

 苦笑しつつ、偉そうな彼女の頭頂部を見下ろす。青い布があるだけで、なんの面白みもない。

 面白みと言えば、彼女はさっきから何を熱心に読んでいるのだろうか。

 屋上に吹く涼風がタオルケットからはみ出した稲穂のような金髪に、「それなに?」と素直に質問してみた。

「これか?」

 閉じて掲げてくれた。藁半紙を纏めて作られたプリントの束は、本と呼ぶのはお粗末作りであったが、読み物としては一応成立しているらしい。装丁は最悪だが、表紙にはかすれた印刷で『図書便り』と綴られていた。

 よく貸し出しカウンターに置かれているな、とおぼろげだが思い出し、改めて見直す。まともに見ること自体、初めてである。

 ふと綴られていた日付に違和感を感じた。

「3月号?ずいぶん前の号だね」

「うむ。今からおよそ8ヶ月前の会誌だな」

 彼女はページをめくりながら、口を開いた。

 なんやかんやと言える知識はないが、図書便りはたしか図書委員の手作りの月刊誌だ。

「面白いの、それ?」

「なんやかんやで暇つぶしには持ってこいだ。例えば、」

 捲っていた指が止まり、

「学校の七不思議ー」

 今まで出したことのないようなファンシーな声で彼女は続けた。

「1、裏庭の古井戸の底には死体が埋まっている。2、大イチョウに好きな人の名字と自分の名前を彫ると結ばれる。3、4時44分44秒に家庭科室で合わせ鏡をすると悪魔が出てきて願いを叶えてくれる。4、図書室には魔本があり、一人になった生徒の血を吸う。5、6は空白。7は七不思議全てを知った者は、呪われる」

「……」

「どうだ?なかなか興味深いだろ」

 高校生にもなって、なにやってるんだ、図書委員は。

「これが三年の卒業の時に送られたんだ。なかなかセンスがいいじゃないか」

「頭がおかしいんじゃない?それ作った人。そもそもウチの学校に井戸もイチョウもないじゃないか」

「む、風紀委員は知らないのか?」

 意外そうに坂井珠希は口を開き、

「千歳に聞けばわかると思うが十年くらい前に改装したんだよ、ここ。その時に井戸やイチョウがある裏庭は潰され、屋内プールになったってわけだ。だからあながちこの七不思議は、歴史あるのかもな」

「ふーん」

 最低でも十年以上前から、その噂はあったってわけだ。作り手の創作話でなければ、だけど。


「あっ、そうだハンカチ」

 彼女のお尻の下に敷いてあるハンカチを見て、前に貯水タンクの下で拾った物を思いだす。

 クエスチョンマークを浮かべる彼女に、僕はポケットから取り出した水色のハンカチを差し出した。

「なんだこれは?」

「拾ったんだけど君のじゃない?」

「私の、ではないが」

 アテがハズれたと落胆する僕の手から素早く彼女はハンカチを奪い、折りたためられたそれを広げはじめた。持ち主でもないのに、なんで受け取るんだ?

「どこに落ちてた?」

「……そこの下」

 太い二本のパイプから、それに沿って貯水タンクを指さした。

 風に煽らた図書便りがパタパタと音をたてている。

「ふむ。ここに落ちてたのか」

 こことは場所、すなわち屋上をさすのだろう。

 もしかしたら、自殺志願者の落とし物……、なんて上手い話があるはずがない。僕はわざとバカにした口調で今思ったことを実直に告げた。

「わからないぞ。可能性はゼロじゃない」

 甘過ぎる考えを否定した僕に彼女は、なんだかしたり顔で、鼻をならした。

 顎に手をあて、裏表を矯めつ眇めつしている彼女に冷めた視線をプレゼントしてあげる。

「ん?」

 彼女はこれみよがしにハンカチを掲げた。

「イニシャルが刺繍してある」

「え?嘘?気づかなかったなぁ」

「ほらここ。布地と同じ色の糸だから目立たないが」

 彼女の白魚のような指の先に、言葉通り『YH』と縫われていた。

「……でも落とし主のイニシャルがわかっただけでどうしようもないよね」

「そうだな。そもそもイニシャルかどうかもわからないし」

「とりあえず職員室に届けることにしよう」

 ハンカチを返してもらおうと手を伸ばしたが、

「いや、こいつは私が預かっておく」

 彼女は言うやいなやハンカチを自分のポケットにしまった。タオルケットに隠れてよくわからなかったがおそらく胸の内ポケット、男子には手がだせない聖域だ。

 ここでハンカチの所有権を主張するのもおかしな話なので僕は黙って、彼女の拾得物横領を見逃すことにした。


 休み時間終了のチャイムとともに僕は自分の教室に戻るため、屋上のドアをそっと開ける。

 坂井珠希は、この後の授業もすべてボイコットして、そのまま屋上で見張りという名のサボタージュを続けるらしい。彼女の傍らには、勉強道具が無造作に入れられた手提げ袋があったので授業についていけなくなる心配はないらしい。

 地頭は僕のような凡才とは比べものにならない、とはいえ不良生徒には変わりないんじゃないだろうか。

 一応立入禁止なので、人目を気にしながら廊下の喧騒に紛れようと階段を下る。

 その中腹の踊場で、段差を椅子に黄昏ている裕貴を見つけた。

 なんでこんなところに?

 と驚きながら、見つけられたのが裕貴で良かったと思い声をかけた。

「あ、け、京!?」

「そんなに驚かなくても」

 僕が上階から降りてくるのに、気づいていなかったらしく、裕貴は見てわかるくらいにうろたえていた。

「こんなところでなにしてるの?」

「あ、いや、散歩っ、つうか……」

「ふーん……」

 あからさまにごまかされると追及する気を失う。ひとまず納得してるふりをして、僕は裕貴の肩をポンと叩いた。

「んじゃ教室行こうか。もう授業開始しちゃうよ」

「お、おう」

 挙動不審な裕貴と共にそのまま教室に戻った。





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