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ミエル私とミエナイ僕  作者: 栗原林檎


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3. ミエナイ僕

僕は、「ミエナイ」。


……いや。

本当は、見えている。


小さい頃からずっと、知っていた。

セシリアの視線の先に、僕たちとは違う“何か”がいることも。

それでも、僕は知らないふりをしてきた。

彼女が壊れないように。


――今度こそ、間違えないために。


僕は小さい頃から、ずっとセシリアだけを想って生きてきた。


"一回目"で、彼女が壊れてから。

あの瞬間を、僕は一度も忘れたことがない。

……もはやこれは、愛なんて綺麗なものじゃないのかもしれない。


執着。


そう呼ばれる感情に、近いのかもしれない。

それでもいい。

もう二度と、間違えたくない。

大人になった君と、

今度こそ、最後まで一緒にいるためなら


僕は、

なんだってする。



——たとえ、君が望まなくても。




侯爵家に到着すると、僕の両親が温かい笑顔で迎え入れてくれた。


「お誕生日おめでとう、セシリアちゃん!」

「レオンが前日からずっとソワソワしていたんだよ。君を喜ばせたくて、キッチンの様子を何度も見に行ってね」

「父上! やめてください!」


セシリアが、少しだけ笑う。

――どくん。

心臓が、大きく跳ねた。

まるで、何も欠けてなどいない、完璧な家族の風景。

大きなテーブルには、侯爵家自慢の、甘酸っぱい香りが漂うレモンパイが用意されていた。

セシリアが一口食べる。

それだけで、胸の奥が満たされる。


「美味しい……。そういえば、〇〇ちゃんは? 一緒に食べないんですか?」


その瞬間。

――どくん。

心臓が、強く脈打った。

さっきとは違う意味の心臓の音。

賑やかだった食卓に、氷水をぶちまけたような静寂が訪れる。

僕の肩が、ぴくっと不自然に跳ねる。


「……〇〇? 誰だ、それは」

父上が、本気で不思議そうに首を傾げた。

「え、レオンの妹の〇〇ちゃんですよ! いつもここで、一緒に……」

「セシリアちゃんったら、やぁねぇ。レオンは一人っ子よ?」


母上も、困ったように笑っている。

――まずい。

心臓が、うるさい。

どくん。

どくん。

どくん。

僕は立ち上がり、セシリアの両肩を掴んだ。


「セシリア!」


現実に引き戻すように。


「ほら、今日は誕生日だし、色々あったから疲れてるんだよ。ね? ほら、食べよう。美味しいレモンパイがあるんだから」


強引に話を打ち切り、僕は彼女の皿にパイを切り分けた。

彼女は頷く。

――忘れているはずだ。

消した人間モノのことは、代償で忘れている。


今回は「一回目」とは違う。


別の行動を、ずっとさせていたはずなのに。

どうして、思い出してきているんだ……?

気づかないうちに、皿の上でフォークが嫌な音を立てていた。

彼女が自ら妹を消し去ってしまったあの日。絶望して壊れた彼女を、僕はもう二度と見たくない。


一回目、アーノルドが彼女に贈ったのはハンカチだった。彼女の肌に触れるものは僕だけでいい。だから今回は、さりげなく誘導してクッキーに変えさせた。


一回目、彼女への嫉妬を垂れ流す女たちを放置して、彼女の心を傷つけた。だから今回は、二度と彼女を侮辱できないよう、僕の視線で黙らせた。


一回目、図書室で彼女に名簿を見られ、欠番の真相に近づかれた。だから今回は、放課後すぐに彼女を連れ出し、お祝いで足止めするはずだったのに――。


(どうしてだ。どうして、馬車の事件は起きた?)


本当は、あの事件も防ぐはずだった。彼女に「ミセテ」という呪いを使わせないために、あの馬車が通る前に彼女を安全な場所へ遠ざける計画だった。


なのに、あの日、家で起きた予想外のトラブルのせいで、僕の合流がわずかに遅れた。その一瞬の隙に、彼女はまた、異形を見て、力を使ってしまった。

彼女が「17番」を思い出し始めているのは、あの馬車のせいか。


それとも、僕がどれほど運命を書き換えても、彼女の魂は「真実」を求めてしまうのか。


「……セシリア、ほら。美味しいよ?」


僕は笑う。

たとえ、この歪な世界を維持するために僕がどれほど嘘を重ねることになろうとも、僕は彼女を「大人」にする。

彼女に、これ以上「ミセテ」なんて使わせない。

これ以上「ソレ」を消させ、代償として彼女の大切な記憶を削らせるわけにはいかないんだ。

たとえ彼女に疎まれようとも、僕の手で彼女の視界を塞ぎ、守り抜いてみせる。


(……次に消えるのは、アイツか。……いや、絶対に止めてみせる。僕がアイツを遠ざければ、彼女は力を使わずに済むはずだ)


彼女の記憶がまた一つ欠落してしまう前に、僕がすべてをコントロールしなくてはならない。

彼女を「真実」から遠ざけ、この平穏な箱庭の中に繋ぎ止めるために。

僕は完璧な微笑みを貼り付けたまま、何も知らないセシリアの背後に蠢く「影」を、怪物の目で睨みつけた。

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