8. ユーフォとアリス
※ 今話はユーフォとアリスの関係が中心となります。
◇ ◇ ◇ ◇
「しかし本当にうまくいったもんだな」
ドレスデン伯爵はサロンのソファーで美味しそうに、アールグレイのアイスティーを飲みながら言った。
「だけど父上、僕はアリスをこんなにやせ細らせてしまった奴らを、どうしても許せない!」
「そうよアリスちゃん、しばらく見ない内に大人びて美しくなったけど、よく見るとやつれたわ」
「ユーフォ、叔母様、大丈夫です。食事だけはアンナたちと一緒に食してたし、他のメイドたちが私の事を心配して、少しずつ食べ物を分け与えてくれました」
「まあ、なんて良いメイドさんばかりなんでしょう。後でしっかりと私からもその娘たちにお礼しないとね」
「ありがとうございます。そうしてくれると、とっても嬉しいです」
ドレスデン侯爵夫人は私を見て涙ぐんのか、レースのハンカチを取り出して目頭をそっと拭きとった。
「でも母様、さっきアリスの手を取った時、僕はびっくりしたよ。とても令嬢の手とは思えないほど赤く腫れてガサガサだった。余りにも痛ましくて絶句したんだ」
ユーフォルブは私の隣に片時も離れないで座っていた。
赤ビロードの横長のソファに座っており、私の両手に巻いた包帯を見て悲しげに見つめていた。
「もう、ユーフォったら大丈夫よ。包帯も大袈裟すぎるわ!──こちらのメイドさんがしてくれたのはありがたいけれど、あかぎれなんて軟膏を塗れば直ぐによくなるのよ。それに今回のことで私、屋敷の家令たちが、いかに大変な水仕事や野良仕事をしてるか、身に染みて分かったの。だからメイドの経験も良い社会勉強になったわ」
私は両手をパタパタと翳して、何とかしてユーフォたちに大したケガではないと、にこやかに分からせたかった。
それは私の本音だった。
母が亡くなってからこれまでメイドの様々な経験を通して、今までどれほど伯爵令嬢として恵まれていたのか、身に染みて理解できた。貴族令嬢としては変だが、屋敷の家令たちに感謝してるくらいだった。
「もうアリスはお人好しすぎるよ。僕が異国でどれほど君の待遇を心配したか、アリスはちっとも僕の気持ちを知らないだろう」
ユーフォルブが体の大勢を変えて、更に私の側に身を寄せてきた。
同時にユーフォのプラチナブロンドの髪の香りが漂ってくる。
──あ、今日はローズマリーの香水なのかしら?
それにしてもユーフォ、すっかり素敵な貴公子になったわ。
私はまじまじとユーフォの大人びた顔つきと筋骨隆々となった体躯に見惚れた。
彼が留学してから数年ぶりの再会であった。
私はすぐ隣にいるユーフォの黒き瞳に、思わず吸い込まれそうな錯覚に陥りそうだった。
◇ ◇
ユーフォは母親譲りの容姿をしていた。
銀髪の前髪から見え隠れする長い睫毛と、深淵のような黒き瞳が特徴な美男子だった。
少し女性的というかエキゾチックな美顔で、ユーフォにじっと凝視されたら面食い令嬢なら一発でノックアウトされそうだ。
それほどユーフォは成人となって、この身が蕩けそうなくらい麗しく成長していた。
だが本人は『自分の女顔が大嫌いだ!』と子供の頃から口癖だった。
幼少期にやたらと女の子に間違えられるたびに、もっと男らしい風貌がいいとユーフォは常にぼやいていた。
なので顔だけで寄ってくる外見重視の令嬢たちを毛嫌いしていた。
その中で『アリス君だけは違う、君だけは僕自身をいつも見てくれる』
とユーフォは私にしょっちゅう言ってたっけ。
それもそのはず、私は子供の頃からユーフォのみっともない姿や、気の弱さを目の当たりにしてきたから。
ユーフォは年上なのに、おねしょをして乳母から叱られてビービ―泣いていたのも、男の子たちとかけっこをして転倒して泣いたりとか。
少年時代のユーフォのドジな点や、気の弱さなど何もかも私は熟知していた。
しかし一緒に遊んでいた頃は兄妹みたいと思っていたが、ユーフォが隣国へ留学した翌日から、すごく悲しくて何日も私は泣いていた。
私の側にいつもいた彼がいなくなって、初めてユーフォに異性の愛情を自覚したのだ。
だから遠く離れていても、お互いの事を忘れずに私たちは文通を続けた。
ユーフォにとっても私からの手紙が異国で暮らしていた時、何よりも楽しみだといってくれた。
文通だけの交際、それも却って良かったのだろう。
何より私がユーフォの外見ではなく、内面性を重要視しているのが彼には嬉しかったようだ。
とはいえ、こうしてまじかにユーフォを見つめると──。
「久しぶりにユーフォを見たせいか、随分美丈夫になって背も軽く私を越えてしまったわね。ちょっと麗しすぎて……何だか面食いの令嬢たちの気持、今なら分かるかも!」
素敵な貴公子になったユーフォを眩しく見つめながら、私は思わず口に出してしまった。
「わあ嫌だな~アリス、君までそんな事言うなよ、アリスが他の令嬢たちと同類なんて僕は心外だよ」
とユーフォルブは少し照れたのか、私の鼻先をちょこんと指で突っついた。
だがユーフォルブのその仕草は、嬉しさの照れ隠しだと子供の頃から私は知っている。
実は執事のジョージさんが教えてくれたのだが、ユーフォルブは隣国へ留学してから勉学も励んだと同時に、剣技の習得も懸命にしてたらしい。
『アリスに再会した時にユーフォ、とってもカッコよくなったのね!と言われたいから』だと。
うふふ、ユーフォったら可愛い!
そうね、痩せ細った今の私ならユーフォは軽々とお姫様抱っこしてくれるだろう。
王宮殿の絢爛豪華な大階段をユーフォが私を抱いて悠々と登っていく。そんな妄想をデレデレ〜と思い描いてしまい、私の顔はリンゴのように真っ赤になった。
「ああ早く2人きりになって、アリスをずっと抱きしめていたい!」
とユーフォの声がしたので、私はてっきりユーフォが私の心声に呼応したのではないか、とドキリとした。
そうだ、もしもここに超面食いのイサドラが、ユーフォが侯爵家の子息だと知っていたら?
たとえ私の婚約者と知っても、あのイサドラの事だ。
あらゆる手段を講じてユーフォを奪おうとしたかもしれない。
何でも私のモノを欲しがる義妹だ。
それだけユーフォは面食い令嬢たちを一目で虜にする容姿だった。
私はイサドラの顔を思い出したせいで、せっかくの甘い気分が台無しになった。
それと同時に無性にイサドラに対してふつふつと怒りもこみあげてきた。
「ユーフォありがとう。でもその前に私、義父たちをギャフンといわせたいのよ!」
「アリス……」
ユーフォは怒った顔の私も、綺麗だな~とでも言いたげに瞳をとろんとした。
こうしてドレスデン家に保護されて安堵したせいか、私の怒りはどんどん膨らんでいった。
「ええ、何より亡きご先祖様たちが守ってくださった伯爵の領地を、ギャンブルで担保にした義父たちを、私は絶対に許さないわ!──そしてあの意地悪で嘘つきな妹もこらしめたい!」
「ははは、大丈夫だよアリスちゃん。叔父さんが仇をしっかり取ってやるからな!──そうだ、こうしちゃおれん、まずは国王と兄の宰相に、あのエセ伯爵の内情と筆頭伯爵家相続人のアリスにした仕打ちを報告せねばな」
ドレスデン侯爵は素早く立ち上がって、執事のジョージを呼び出して、そのまま馬車に乗って王城へと出発した。
※次回が最終話となります。m(__)m




