5. アリス、嫁に出される!
◇ ◇ ◇ ◇
屋敷に帰宅した義父と義兄は早速私に嫁に行けと強制した。
私を嫁にと望んだ老人は大金持の侯爵だという。
侯爵はひとつだけ、私を嫁に貰う時に条件を付けた。
「まずは結婚証書を持って娘1人だけ我が屋敷に来させなさい。そしてその娘をワシが気に入れば嫁に迎えよう、逆に娘を見て気にいらなければ、伯爵家の本邸の屋敷を抵当に貰うとしよう」
といったらしい。
「良いなアリス、お前は明日、侯爵家に嫁がせる。嫌とはいわせん」
半ば強制的に私は義父に嫁ぎ先を命じられた。
私に選択の余地はなかった。
翌朝、義父に言われた通りメイド服から義妹のお下がりの、空色の美しい膝下丈のドレスに着替えた。
襟元には白レースの縁飾りがついている。
とても清楚で可憐なドレスだった。
私が着替えてエントランスに行くと義父、義兄、義妹が待ち構えていた。
「いいか、良く聞けアリス、我が家の存続はお前1人にかかっている。もしも失敗したら、この屋敷を明け渡すしかないんだ。いいな、ひとつも粗相のないよう気を付けるんだぞ」
義父が凄い形相で脅すようにいった。
「そうだぞアリス、相手はもうろくジジイだ。しこたま金のなる老木と思えよ。そしてくれぐれも従順にして正妻の座に居座るんだ。そして我が家のために金をせしめろ、分かったな!」
義兄がもの凄い形相で脅すようにいった。
「アリス姉さま、そのドレスは私があげたんだから忘れないように、いいわね、今度そっちへ遊びにいったら何か高価な贈り物を用意しておいてよ!」
最後は義妹が大きな綿菓子をぺろぺろ舐めながら、私にトドメを差した。
「わかりました。それでは義父様、義兄様、皆様行ってまいります」
私は内心3人にはウンザリしていたが、表面上はにこやかに笑顔を取り繕った。
そして挨拶の後、久しぶりに屋敷の外へ出た。
私はそのまま早春の心地よい風を感じたくて、思いっきり深呼吸をして大きく息を吐いた。
──はあ、揃いも揃って似た者親子だわ。
この3人は何処まで行っても金と物欲しか頭にない。
まるで私を『高額商品、受注1点承りました~!』のような品物でしか見ていないのだろう。
おお嫌だ、余りにも愚鈍すぎて身の毛だよだちそうだわ。
そして、これまた屋敷の従者から借りたボストンバッグ1つを手に持って、私は自家用馬車ではなく街から依頼したおんぼろ馬車に乗車した。
義父たちは所有している馬車の車輪が擦り切れるのが嫌なのだ。
致し方ない、我が家は車輪すらも交換できないくらい貧乏のどん底に陥っていたのだから。
◇ ◇
そこから馬車に揺られながら半時ほど経っただろうか、王都のお城がよく見える一等地にある侯爵家のお屋敷に到着した。
馬車から降り立った私は、自分の服装を改めてしげしげと確認する。
この服をイサドラから、いやいや渡された時を思い出した。
※ ※
「嫌よ、何故私がお姉さまにドレスをあげなくてはならないの?」
案の定イサドラは私にドレスを与えるのを拒んだ。
「イサドラいいかげんにしなさい!」
側にいた義父は珍しくイサドラにきつく叱った。
「アリスは由緒正しい侯爵家に嫁ぐんだ。ボロの使用人服では伯爵家の品位が疑われる。第一、ドレスは何十着もあるだろう、何でもいいからお前のドレスと靴をアリスに渡しなさい!」
「もうお父様ったら……そんなに怒鳴らないでよ!」
そう父親から命じられたイサドラはグズグズいいながらも、一番質素なドレスと平靴を私に渡した。
私は無言でそのドレスを受け取った。
嫌々渡されはしたが、私はもう少しで喉元から言葉が出そうになるのを必死に押さえた。
──イサドラ、あなた分かってるの?
元はと言えばこのドレスも靴も、すべて私の物だったのよ。まるではなから自分の物だと言わんばかりの態度ね。
私はつくづく、この強欲な義妹の横柄さに辟易した。
◇ ◇
馬車は侯爵家の門番の了解を得て、豪奢な正門が開かれた邸内の芝生に入っていった。
私は車窓から自分の屋敷より少なくとも3倍はあるだろう、大きな候爵邸のみごとな景観を眺めた。
侯爵邸は荘厳ではあったが、それよりも何百年もこの土地に佇んだ品位と落ち着きがあり、屋敷を取り囲む芝生も、青い絨毯のように美しく低く刈られていた。
──本当、イサドラが派手好きで良かったわ。
もし胸元のぱっくりと開いた華美なドレスを貰っていたらと思うとゾッとする。
日中からそんな派手派手しいドレス、私はこの場で絶対に着たくなかった。
この壮麗たる屋敷に入った途端、私は思った。
──ねえアリス、私がいま身に付けているこのドレスはとても縁起がいいと思わない?
縁起?
ええだって、この少しだけ古びた水色のドレスは、私が中等学園の時にいつも身に纏っていた制服代わりのドレスよ。
ああそうだったわね。
やはり私は運がいい。
そうアリスは確信した。
はたから見ても、この屋敷に来てアリスの痩せて青褪めてみえた顔は、いつしか赤みがさして朗らかな表情に変っていた。
◇
これまで義父も義兄もイサドラさえ意地でも褒めなかったが、アリスは美少女だった。
金褐色の豊かな腰まで届く髪を櫛で綺麗に梳かして、トパーズ色の瞳はいつになく輝いていた。
青白い顔は幾分、働き疲れでやつれてはいたが、今日はアンナに口紅を借りて、アリスの唇は紅をさしたので顔色は普段より良く見えた。
そしてアリスが中等学園でなじんで着ていた、空色のドレスはとても彼女に良く似合っていた。
確かにこの半年で背丈も伸びて、食事も質素となり痩せ衰えたせいで、ドレスは少しダブついて丈も短かくなってはいたけれども。
傍から見るとスッと背筋を伸ばして顔をあげて歩くアリスは堂々として美しかった。




