4. 大一番の競馬レース
※今話はアリスが人から聞いたお話です。
◇ ◇ ◇ ◇
これは後日、ある御方から私に教えてくれた話である。
その日は春麗らかな日曜日だった──。
本日は年に1度の最強馬を競う大レースの大会日である。
王都に面した広大な芝生が美しいスコッティ競馬場は、大勢の貴族たちが詰めかけていてとても賑わっていた。
本日のメインレースの事前予想では、現在一番人気の無敗馬がおり、圧倒的人気を誇っていた。
多くの者はその馬に大金を賭けている。
レースに参加する競走馬は全部で12頭。
ここまで地方予選を勝ち上がってきた優秀なサラブレッドばかりだ。
その馬たちの中に、義父たちの所有馬も参戦していたがオッズは50倍と高かった。対して一番人気の馬のオッズはたったの1.5倍である。
つまり義父の所有する馬はとても弱く、勝つチャンスは非常に少ない。
しかし、もし義父の馬が勝てばいわゆる『大穴』となり義父にも大金が入るしくみだ。
まさに競馬はギャンブルである。
だがここで1つ困った点があった。
義父たちには所有馬に賭ける金がない。
掛金がなければ競馬ができない。義父は悔しそうに歯ぎしりをした。
「父上、以前酒場で耳にしたのですが、気前よく金を貸してくれる奇特なご老人がいるらしい」
「何、それは本当か?」
「はい父上、あそこに座っている身なりのいい老人ですよ」
ロイドは義父に目くばせをした。
その老人は一番人気馬の所有者であった。
派手ではないが、仕立ての良いシルバーホワイトのスーツと、おそろいのシルクハットを着こなしており、品格の良さが垣間見られた。
噂によると王族ともつながりのある高位貴族らしい。
だが義父とロイドは、この所賭け事以外の社交場には出席しない為、その老人が誰なのかは知らなかった。
義父とロイドは無謀にも老人に近づき、屋敷を二重抵当に入れて、彼から金の借り入れを申し入れた。
老人は気前よく義父に貸してあげた。
その時、老人は義父たちにこう仄めかしたそうだ。
「どうじゃな。このレースでお互いの所有する馬のどちらかが勝ち、もしもわしの馬が負けたら本邸をあなた方に譲ってやっても良いぞ」と野賜ったのだ。
老人はよほど自分の持ち馬に自信があるのか、意味深に『フォフォッフォッ!』と特長のある笑い方をした。
「よし望むところだ、爺さん!うちの馬だって3歳になってからは一度も負けてないぜ、爺さんの屋敷は俺たちが頂こう!」
とロイドは酒の飲み過ぎで赤くなった鼻先を掻きながらいった。
「フォフォッフォッ!良かろう」
その老人は倶楽部の仲間から聞いた話によると、王都の一等地に広大な屋敷を構えているという噂があった。
素性も良く知らない老人に義父と義兄は、大金を借りて賭けをする。
どこまでも危なっかしい親子である。
この日どうやら2人は、競馬場で酒をしこたま飲んでいたらしくシラフではなかった。
それもあって、わざわざ借用証書まで作ってその賭けに乗ってしまったのだ。
レースは終了した──。
結果は見事に老人の馬が1着で、義父たちの馬は10着と末尾から数えて2番目だった。
まったく危なげのないレースで叔父たちの馬券はゴミとなった。
せめて5着以内なら少しは所有者にも賞金が貰えたが10着では完敗である。
大損して酔いもすっかり醒めた義父たちは老人にひれ伏した。
「ご老人、申し訳ないがどうかなかった事にしてくれませんか」
2人は跪いて詫びた。
「いやいやこの通り借用証書も作りましたぞ。約束は約束ですからな」
と老人は承知しなかった。
「そこを何とか、それ以外ならどんな条件でも呑みましょうぞ」
義父は更に遜って借金をチャラにして欲しいと頼み込んだ。
老人はフォフォッと笑い、ある提案をした。
「そうじゃな~! ならば屋敷の代わりにもし伯爵に若い娘がおるなら、その娘を私の家に嫁がせれば借金は白紙に戻してやっても良いぞ」
と老人は人の良さげな顔をして恐ろしい事をいった。
だが借金を白紙にすると聞いた義父と義兄は飛びあがって歓喜する。
「分かりました、お安い御用です。貴方様の嫁ですよね。ははは、さすが優秀なサラブレッドを持つ老人は精力がありますな、私の家にはとても若い娘がいますから、その娘をやりましょう」
「良かろう、その娘を連れて来たら借金はなしとしよう」
「ありがとう存じます」
義父は満面の笑みを浮かべて即答で約束をした。




