3. メンデル伯爵家は火の車
※ 何不自由なく暮らしてきた伯爵令嬢アリス。母が急死して義父や義妹から虐げられる生活が始まります。
◇ ◇ ◇ ◇
その日から私の屋敷の待遇はメイドと同じように扱われた。
私は慣れない炊事や屋敷の掃除をさせられて、早朝から夕刻まで働かされる。そして1週間も経たない内に、私の手はあかぎれやしもやけだらけになった。
それでも私が唯一救いだったのは食事時間だった。
以前のような贅沢なご馳走は何も食べられなかったが、メイドたちと共に食事ができたのは僥倖だった。
その一時だけは彼女たちと温かな団らんを囲めたからだ。
またメイドたちと寝食を共にする事で、以前より彼女たちと親密な間柄になれたのも唯一の救いだった。
食事はほとんど義父たち家族が食べ終えた残飯だったが、時々料理長や屋敷の庭で従事する農夫たちが、果物やデザートのお菓子や白パンを私たちにこっそり分け与えてくれた。
私はいつもひもじかったので、屋敷の従者たちの優しさがとても嬉しかった。
◇ ◇
季節が秋から冬になると、冷たい水仕事が一番きつかったが、それ以上に私が辛かったのは、貴族学園を退学させられた事だった。
「長女のアリスは重病で療養を兼ねて学園を辞めます」と義父が勝手に退学の手続きを取ってしまったのだ。
貴族学園長に義父は平気で嘘をついた。
私より3カ月遅く生まれたイサドラは、平然と貴族学園に通わせているというのに。
突然の休学は私にとって召使の身に落ちた以上に辛いものだった。
私は学園での学び舎がとても好きだった。
授業で学ぶ事ももちろんだが、何よりも学園に行けば中等部から仲良しだった令嬢がたくさんいた。私は彼女等と会えなくなるのがとても辛かった。
またイサドラは、王宮で主催する茶会や舞踏会の招待状も、私だけ欠席欄に丸をつけて勝手に返送してしまう。そればかりか義父同様に平気で令嬢たちに嘘をついた。
「アリスお姉さまはとても恐ろしい病いにかかって衰弱してしまいましたの。王宮殿の茶会や舞踏会なんてもってのほかですわ。ベッドから起き上がる事すらできませんもの」と。
「まあ、それはお気の毒に」と驚愕する令嬢たち。
すると中等部から仲良しだった令嬢たちが、私の病状を心配してくださったのか、
「アリス様のお見舞いにお伺いたいものですわ」とイサドラに伝えると、更にイサドラは慌てて嘘を重ねた。
「申し訳ありませんが、姉の病気は人に移るとても恐ろしい病なのです。上級生のお姉さまたちに移ったら大変ですわ!当分、姉のお見舞いは控えた方が良ろしいかと」
と勝手に私を感染症扱いにしたのだ。
この話を後から彼女らに聞いて、どれもこれも腸が煮えくり返る事ばかりだった。
◇ ◇
そんなこんなで私が令嬢からメイドに成り下がってから半年が過ぎた。
するとまた新たなとんでもない事実が判明した。
「アリス様、メンデル家の財産はこの半年であっという間に底を突きました」
と会計士も執事も義父のいない時を見計らって、私にこっそり相談してきた。
「そんな馬鹿な……あれほどあった遺産が冗談でしょう?」
「いいえアリス様。誠に申し上げにくいのですが事実です。そればかりか伯爵家の領地が次々と抵当に入っていて、この屋敷すら抵当に入っている始末です」
「そんな……信じられない……」
私は執事たちの説明に真っ青になり血の気がひいていった。
◇ ◇
本来伯爵家の領地といえども、実際は王国から借りてる土地にすぎない。
つまり国王の了承を得なければ、領主が勝手に土地の抵当などはご法度なのだ。
万一領主の財政が圧迫した時は、王国の債権処理部に詳細を説明して、最低でも領地の担保は王国で建て替える仕組みとなっている。
それはこの国の領主、つまり高位貴族なら誰もが知っている常識だった。
「どうしてそんな大事になっているの?」
「それがお嬢様、旦那様と長兄様が賭博で大損して借金をこさえたらしく、利子が雪だるま式に増えているせいでございます」
「なんですって義父たちが?」
私は信じられない理由で愕然となった。
そもそも我がメンデル伯爵家は先祖代々の領地が数多くあり、土地も肥沃でこの半世紀以上、天変地異もなく領民も勤勉で、毎年国の税金をきちんと納めていた。その財力はつねに潤沢であった。
領地は大切な財産であり、そこに住む領民たちを守って行くのが領主の勤め。
それなのに肝心の領主が管理するどころか、己の遊蕩のために借金の返済目的で領地を抵当になどもってのほかだった。
挙句の果てには今住んでいるこの屋敷ですら抵当に入っているというのか。
信じがたい悪夢だわ。
一体、何故たった半年でこんな酷い有り様となったのか?
理由はすぐに分かった。
父と兄がギャンブル依存症だったからだ。
そもそも父の実家、男爵家が落ちぶれたのもそれが原因という。
執事たちがいうには、義父たちは以前は王都の繁華街の賭博場に頻繁に通っていたが、大分借金がかさんでしまい賭博場から締め出しを喰らったという。
最近は場所を変えて、貴族の集う競馬場で賭けを続けているらしい。
そして上級貴族の間で流行っている『賭け馬倶楽部』にも入会していた。
『賭け馬倶楽部』とは貴族が所有する馬たちで、競争レースをして上位3着まで勝った馬主が、倶楽部で決めたオッズの金を貰う社しくみだった。
とはいえ『賭け馬倶楽部』は王国の社交のひとつで、れっきとした公共のギャンブルでもあり、賭け事で儲けた税の一部を王国に治めていた。
義父と義兄は先代の伯爵家が持ち馬を何頭か所有していたのを知り、2人は大レースで一攫千金を狙おうとしていた。
ここ週末になると、義父たちはいそいそと王都付近にある国立アスコッティ競馬場へ通っていると、私は詳しく執事から教えてもらった。
「おお、絶対に許せない。先祖代々の我が伯爵家の土地を抵当にしたなんて、それでも未だにお義父様たちは懲りずに競馬までしてるとは!」
アリスは生まれて初めて人に対して、憤懣やるかたない気持ちになった。
このままではメンデル伯爵家が私の代で滅亡してしまう。
何とか阻止しなければならない。
私は頬につたう涙を手で拭った。
今はしくしくと令嬢風に泣いてなどいられなかった。




