第四話 ライン教えてよ
週が明けた月曜日の放課後のことだ。
僕は気配を消して帰宅準備をしていた。
思わずきょろきょろと周囲を確認する。
どうやら恐山響子の存在は確認されない。
よし、今ならばスムーズに帰宅できる。今日は電脳戦記デジタルクロニクルの最新刊の発売日だ。
本屋によって絶対にゲットしなければいけない。
学生鞄に教科書を入れ、僕は席をたつ。
「あ、あの……さささっさ君……」
消え入りそうな女子の声がする。
さささっさとは誰だ。僕の名前は佐々直人だ。ということは違う誰かだろう。
僕はその虫の羽音のような声を無視する。
早く帰って、電脳戦記デジタルクロニクルを読まないといけないのだ。
僕が素知らぬ顔で教室を出ようとすると制服の袖口をつかまれた。ちなみに友ノ浦高校の制服はブレザータイプだ。
強く引っ張られたのでつまづきそうになる。
僕が振り向くとそこには小柄な少女が僕の袖をつかんでいた。
目測だけど身長は百五十センチメートルほどだろう。もしかするとそれ以下かも知れない。
どことなくハムスターを連想させる顔をしている。前髪が眉毛の上でぱっつんと切り揃えている。
この子誰だ?
前髪ぱっつん女子は潤んだ瞳で僕を見ている。
「さ、佐々君ってデジタルクロニクル読んでるんでしょう」
前髪ぱっつん女子から思いもよらぬタイトルが出てきた。
うん、確かに読んでいる。
その最新刊を買いに行かなくては行けないのだ。
「うん、まあ」
僕は曖昧な返事をする。
どうにかしてここを立ち去る算段をたてなければ。
「わ、私も読んでるんだよね」
ばしっと前髪ぱっつん女子は電脳戦記デジタルクロニクルの第一巻を僕に見せる。
僕の第一巻は今現在恐山響子の手元にある。
早く返してもらわないと。借りパクは許さない。
「ふーん、そうなんだ」
僕はそう言いながら、どのルートで教室をでるか周囲を見る。
かつかつかつと床をならすローファーの足音がする。しまった前髪ぱっつん女子に止められて、奴が来てしまった。
あいつが教室に入ってくると空気がぴりぴりする。一瞬にして教室が緊張感に包まれる。
恐山響子が教室に入ってきたのだ。
恐山響子は真っ直ぐに僕の方にやってくる。
眉毛のない怖い顔を僕に近づける。
恐山響子の吐息が僕の頬にふれる。
くっこいつ顔は怖いのに息はミントのさわやかな香りがする。
「あ、あなた……佐々君と私が話してるんだから……」
前髪ぱっつん女子は震える拳を握りしめて、恐山響子を見上げる。おおよそ身長差は三十センチメートルだ。大人と子どもほどの差がある。
「目黒美々《めぐろみみ》、直人は借りていくから」
がさがさのハスキーボイスで恐山響子は前髪ぱっつん女子に言う。問答無用で僕の手をつかむと教室の外に連れ出した。
あの前髪ぱっつん女子の名前は目黒美々っていうんだ。あっ教室にいたということらクラスメイトか。
そんなにデジタルクロニクルの話をしたかったのだろうか。確かにあれは面白いからな。春にアニメ化して、評価もかなり高い。
そういえば夏に劇場公開されるんだよな。
ぜひ見に行きたい。
気がつけば僕は例の校舎裏の中庭に連れてこられていた。まるで連行される囚人だ。
しかしそれにしても恐山響子は顔は怖いけど手のひらはすべすべしていて気持ちいいな。
「なあ直人、ライン教えてくれないか」
恐山響子は巨乳を包むブレザーの胸ポケットからスマートフォンを取りだす。
「あれ教えてなかったっけ?」
あれっ教えていたとばかり思っていた。だから恐山響子はわざわざ僕の教室にきていたのか。
ぐいぐいと僕に顔を近づける。
恐山響子は僕を見下ろす。
恐山響子の顔が文字通り目と鼻の先だ。
くっ巨乳が胸に当たっている。なんて柔らかさだ。顔はあんなに怖いのに。こいつはどうしてこんなに僕の好きなスタイルをしているんだ。
僕の下半身に熱と痛みが走る。
「うんうん、知らない。いちいち教室に行くの面倒くさいからライン教えてよ」
さらに顔が近づいてくる。くっやはり恐山響子の顔は怖い。なぜ眉毛がないんだよ。
「わかった。わかったから少し離れてよ」
僕が言うと恐山響子はただでさえ細い目を細める。怖い怖い、目に殺気が込められてるよ。
これが蛇に睨まれた蛙といつやつか。
唇をとがらせて恐山響子は僕から離れる。
あの顔はどういう感情の顔なのか。まあ怖いのには違いない。
僕はズボンのポケットからスマートフォンを取りだす。ラインのアプリを開き、QRコードを恐山響子に見せる。
恐山響子は薄い唇をにちゃりと開く。
怖いよ。食べられそうだ。
恐山響子はスマートフォンの画面をかざして僕のQRコードを読み取る。
僕のラインに恐山響子が追加された。
恐山響子のアイコンは見たこともない美少女であった。彼女の好きなアイドルか何かだろうか。
僕のアイコンは飼い猫の白玉だ。
「直人とお友だちになれたな」
スマートフォンの画面を見ながら、恐山響子はにちゃりと微笑む。
お友だちというワードが妙に引っかかる。どこかで聞いたような気がするな。
「なあ直人、次の土曜日暇か?」
また僕に恐山響子は顔を近づける。
顔は無茶苦茶怖いのにいい匂いがする。
「いや、忙しい」
僕は即答する。
アニメを見たり、ライトノベルを読んだりしないといけない。忙しいことこの上ない。
「本当に?」
ぐいっと両肩に手をおかれる。うっ肩がつかまれて痛い。それなのに胸には恐山響子の柔らかいおっぱいの感触がある。
苦痛と快感に頭がバグりそうだ。
「ちょ、ちょっとぐらいは時間あるかな」
僕がそう言うと恐山響子は尖った犬歯を見せて、にちゃりと微笑む。
「じゃあ眼鏡を買いに行くのについてきてよ」
まさかの提案に僕は思わず「いいよ」と応えてしまった。




