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<R15>15歳未満の方は移動してください。

ある日、立て札になった俺の話。

作者: 小川 綾


 なんか、眩しいな。


 俺、いつ起きたっけ?


 瞼を開け閉めする、あのぱちぱちとした感じもないのに――外の景色が見える。


 外?

 なんで?


 俺の部屋の天井は?

 昨日、ベッドでゲームしてて……。


 目を……動かない。動かせない。

 目玉を開いた、あのすーすーとした感覚もない。


 頭も、首も、口も……全身に、何かできる感じがない。

 「手」って、どうしたら曲がるんだっけ?

 「あくび」って、考えないとできないか?


 何が起きてんだ?



 ……確かめたくても、なにもできない。



 なんでって頭で理解できなくても、景色だけは映っている。


 雲ひとつなく晴れた空、雑草っぽいのが広がる原っぱ。

 あと、俺の前で二つに分かれる道。

 どこかで見た記憶も全くない。


 向かいから誰かが歩いてくる。


 四人いるな。

 女が二人と、男が一人。

 もう一人は……なんだ、ありゃ?


 全身鎧だ。男か女かもわかりゃしねぇ。


 というか、女の髪が金と緑。

 外人か?


 男は茶髪だけど、見慣れてんのはそれだけ。


 格好は「それでどこ歩けんの?」って感じだ。

 マントとか羽織ってるし。

 緑の髪の娘もビキニくらい布地が少ない。

 コスプレヤーってやつ?


 なんか、ゲームみたいだ。


 でも、思うだけ。

 ただ目に映るものを受け入れるしかない。



 四人はどんどん俺に近づいてくる。


 口を開きたいのに、声の出し方が分からない。

 俺からは声をかけれないけど、向こうは俺を見ている。


 声、掛けてくれるかな?


 そわそわしながら待っていると、俺の前の道の分かれ目で足を止めた。


 金髪の娘がぐっと近づいてくる。

 美人だな。

 胸もでけぇ。

 もっとこっちきてくれていいのよ?


 下心が伝わっちゃったのか、金髪の娘は立ち止まっちまった。

 俺を指差しながら、後ろの三人を振り返る。


 今度は鎧が俺に近づいてきた。

 なんか材質が鉄っぽい。


 これ、どうやって中に人が入んの?……と見ていて気づいた。


 鎧の胸に、立て札が映っていた。


 あれ?

 そこって、俺がいるはずじゃん。



 まさか、俺……立て札?





 どうやら映っている立て札は、俺で間違いなさそうだ。


 何を言っているんだと思われそうだけど、俺も何を言ってるかわからない。


 なんか異世界転生とか流行ってるよな?

 これって、それ?

 でも立て札って、そりゃないだろう!


 ……って、叫べもしねぇ。

 こうやってうだうだと考えるしかない。


 そもそも転生ってさ、「生」だろ?

 無機物に転「生」ってなんだよ。


 風が当たる感覚もねぇし、暑い寒いも感じない。

 こんな近いのに金髪の娘の息も分かんねぇんだ。


 妙に生々しいのに、リアルでもねぇ。


 こりゃ、悪い夢だな。

 もっかい寝たい。


 でも、瞼ってどうしたら閉じるんだろう?


 仕方ない、今見えるものを見るか。

 見てる感覚ないけど。



 四人の上には太陽っぽいのがある。

 ちゃんと明るい。

 空は青い。


 よく見たら遠くに雲があった。

 山っぽい影も連なっている。


 四人の背中には、漫画とかに出てきそうな短い草の生い茂る草原ってやつが広がってる。


 その真ん中に、俺に向かってずどんと伸びる道がある。

 舗装もされてない土むき出しのそれは、ちょうど俺の前で二つに割れてる。


 田舎を絵に描いたらこんな感じ、って景色だ。


 四人はなんか話しながら、分かれる右の道に行ってしまった。



 俺の前には、また広大な自然ってやつが広がる。


 それにしても……こんなだだっ広い草原、日本じゃなさそう。

 こんなん金落としそうな施設が建て放題じゃん。


 さっき通っていったやつらの格好を思い返すと、本当に異世界なのかも……って気がしてくる。


 ……ん?

 左側の草だけ、まったく揺れてねぇ。


 右はふわっと揺れてるのに、左は止まったまんま……写真みたいだ。


 見間違いか?

 そんなことねぇな。


 なんかぞわっとする。


 そういや、あいつらの声聞こえなかったな。

 口は動いてたのに。


 草も揺れてんのに、風が吹いてるような音もしない。

 無音っていうか、もともと聞くって感覚がなかったみたいだ。


 なんか……気味悪ぃ。


 狂ったように何かしたい。

 何でもいい。

 あーって言うだけで、頭を掻くだけでもいいんだ。


 でも、それってどうするんだろう。


 それくらい、体ってものがない。

 何もできなくて狂いそうだ。


 そんでもって、狂いそうって思えるから狂ってない。

 人って案外狂えないもんだな。


 あ。

 俺、立て札だっけ?



 お、また前の一本道から人が来た。


 今度は男の二人連れ。

 片方の男はやたらデカイ盾さげてる。

 あんなのよく持てんな。


 盾の男が俺に近づいてきた。

 表面に、俺と思わしき板がアップで映る。


 あ、なんか書いてる!



في نهاية الطريق، المعبد →

← ممنوع الدخول



 読めねぇよ!

 なんだそりゃ!


 こういうのって、何故か言語通じちゃうんだろ?

 なんでそこだけリアルなんだよ!


 はぁ。

 とりあえず矢印は分かるわ。

 すげぇな、記号は次元を超えてた。


 どうやら俺は、何かを指す立て札っぽい。

 多分、道か。

 みんな確認してるしな。


 野郎らも右の道を進んで行った。



 そこから、何組か人が来た。

 みんな、俺を見て右に行く。

 街かなんかあんのか?


 つーか、左に何があんだろ?

 気のせいか、左の方がなんか濁ってる気がすんだよな。

 確かめる術がないから、余計に気になる。


 確かめたいな。

 どうしようもねぇけど。





 陽が暮れてきた。

 これ、夢なんだろ?

 いつ覚めるんだろう。

 

 何もできないって退屈だわ。

 暗くなってきて、唯一の暇つぶしもできなくなってきた。


 街灯もねぇのかよ。

 どんな田舎だ。

 さっきから人も来ねぇし。


 音って聞こえなくても、ないってわかるもんだな。





 日が落ちた。

 月も出た。

 その辺はどの世界も共通なんだな。


 ついでに、思ったより月って明るい。

 電気なくても、結構周りが見えるもんだ。


 ……とはいっても、人も通らないし、動物も鳥も見てねぇわ。


 居ない……のか?


 さっき、なんか黒いのが横切った気がしたけどな。



 うわっ! びっくりした!

 いきなり真っ暗になった!


 あ、明るくなった。


 俺の前で暗闇が動いてる?


 あ、これ人の影か!

 俺の見える範囲全部埋めやがって!


 しかも男かよ!

 しっ! しっ! あんま顔近づけんな!



 うわっ!

 これ……人じゃねぇ!


 肌、水死体みたいな色してんじゃん! 

 牙がすげぇ尖ってる……噛まれたら終わりだな、こりゃ。


 ……ん?

 ん、ん、ん。


 あ、なんか俺、擦られてる?

 右の視界が暗い。なんか凄いごりごりしてる。

 俺の右側にやすりかけてんのか?


 痛くはないけど、じりじり揺れて気持ち悪いな。


 あ、左側が真っ暗になった。

 またごりごりしてる。


 何してんだろ、こいつ。


 あれか、笠地蔵的なやつ?

 人知れず俺をキレイにしてんのか?

 ご利益ねぇぞ?



 あ、終わった。


 もう影がない。

 月明かりが眩しいな。


 あいつ、どっかいっちまったのか?


 なんだったんだろ?





 月明かりの中を誰か向かってくる。


 あ、馬だ。馬、いたんだ。

 馬の上に誰か乗ってる。


 おお、すげぇ!

 中世の騎士みたいな格好だ。

 なんか鎧って、マジ重そうだな。


 でも、鎧に、槍に、盾。

 すっごい戦いそう!



 ん?

 なんかこいつ、むっちゃ焦ってない?

 降りる時にこけてやんの。


 あ、近づいてきた。


 盾、すっげぇピカピカだ。

 お! 俺、映ってんじゃん!



          →

  ممنوع الدخول



 ……あれ?


 なんか字の数、減ってない?


 あれ? こいつ、左に行った!?

 初の左じゃん!


 左もやっぱなんかあるんだな!



 ……それにしても、なんであんな焦ってたんだろ?





 なんだろ。


 俺の左の方が、なんかやたら黒い気がする。

 さっきからすげぇ違和感……なんだけど。


 いや、夜だから暗いんだけどさ。

 空が全然明ける気配ないんだわ。


 でも、絶対なんか変わってきてんだ。


 夜って感じの黒かった空が、紫っぽいっていうか……変に仄暗くてさ。


 こういう世界なの?

 夜の次が朝じゃないとか?


 なんか、空に黒い雲みたいなのが湧いてきた。


 水に垂らした墨汁みたいにさ、じわじわ広がってんだ。

 でも、これ絶対雲じゃねぇよな。


 だってさ、蛇みたいにとぐろ巻いてんだぜ……?


 あれ? 月がない!

 ずっと見てたのに……いつから?



 ……俺、なんかグラグラしてる。

 地面が揺れてる?

 船にでも乗ってんのって感じ。

 俺、船ダメなんだよね。


 気持ち悪ぃ……酔いそう。


 うわっ! 俺のすぐ下の地面が割れやがった!

 この間乗った飛行機より揺れてんじゃん!


 音なんてしないのに、今、絶対ばきっていった!


 え? なんなの?


 何が起きてんだ!?


 知りようねぇし!

 誰か来てくれよ!

 教えてくれよ!



 前の道が……なくなった。

 割れた地面って、どこに消えんだ?


 誰もいなくてよかったわ。

 目の前で人が落ちたらトラウマじゃん。



 ……なぁ。


 割れたとこから、なんか出てくんだけど。


 すげぇいっぱい。

 猫くらいの黒いの。

 羽生えてる。

 飛んでる。


 羽音なんて聞こえねぇのに、頭ん中にざわざわ響いてんだ。



 うっせぇ!って思ったら。

 全部の目がこっちを見た……気がする。



 なんか羽の動き、おかしくね?

 進む方向が逆だったり、急に空中で止まったりするのがいる。


 あ、あれ……飛んでんのに腹が上向いてんじゃん。



 近所の雀の群れに似てんのに……なのに。

 鳥肌、立ってきた。



 気づいたら、空が真紫だ。


 蛇みたいな細いのが、そこに這い回っててさ。


 なんか飛んできた!

 俺の前に落ちたの……人の、首じゃん!


 なんなんだよ!



 もう景色なんて見たくねぇのに。

 なんで瞼がねぇんだよ!

 色んな黒いのが、空も地面も平らに押し寄せてくる。

 このまま、潰されんじゃね……?


 なぁ!

 これ夢だろ!

 早く覚めろよ!



 ……やめよ。



 考えんな。

 夢だ。

 考えたら負けだ。



 そもそもさ。

 立て札が考えるなんて、おかしいじゃん。


 ……そう思えよ。



 考えない、考えない。



 あ。

 俺、揺れた。



 景色が傾い……



        真

         っ

           暗

           だ

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